276話:ヴァン・クール
他視点
決死の籠城戦が始まった。
もちろん少しの勝算はあってこその戦いだ。
帝国軍の進軍はわかっていたし、そのための備えもしていた。
「矢が尽きたならば石だ! 土でもいい! 櫓から浴びせかけろ!」
俺は王都の壁を背に防衛戦を続けている。
帝国軍が進軍する方向には幾重にも堀を作り、そのために掘り返した土は一つに集めて山にした。
その山を囲むように櫓を十基急増することで、簡易だが王都を守る砦を模している。
「堀に落ちた者は後回しだ! 堀を避けた者たちを確実に狙え! 来る道は限られている! 外すな!」
俺の指揮は部隊長へ伝わり、そして戦う兵士たちへと伝達されていく。
堀で道を限り、位置の有利を取ることで、数や質の低さをカバーしていた。
この戦法で兵站を蔑ろにしてきた帝国軍の足止めに成功している。
帝国軍は消耗を嫌い、勢いを削がれていた。
「怪我を負った者はすぐに退け! だが手当てを受けたならばすぐに立て! 今この時国を守れるのは貴君らだ!」
前線であるここに、陛下も立っていた。
もちろん前には出さないが、後ろにいても兵たちを鼓舞して喉を嗄らしている。
その姿に、留まり共に戦う王に、兵たちも応えようと奮起していた。
数日と思っていた籠城が、もうひと月を越えたのは、嬉しい誤算だ。
「帝国軍が退いたぞぉ!」
今日もまたなんとか猛攻を凌げた。
その解放と翌日の不安を振り払うように、俺たちは雄たけびを上げる。
また朝日が昇れば戦いは始まり、日が傾いて終わるだろうと信じて。
ただ帝国軍の撤退と自軍の状況確認を終えれば、俺と陛下は黙して城へと向かった。
「奇跡だな」
陛下が溜め息のように呟く。
汚れた装備は着替えたが、またすぐ身に着けられる恰好のまま俺と今後の経過を話し合った。
「確かに奇跡的な巡り合わせですが、それを引き寄せたオルヴィア姫の慧眼には驚かされます」
姫君はすでに王都から逃がしており不在。
本人は随分反対し、いっそ自分が残るからと訴えた。
それでもアジュール陛下は首を縦に振ることはなく、オルヴィア姫は西へ。
その際に残した対処、それはただ守り忍ぶだけではない奇襲の作戦だった。
「自らを囮に選ぶ辺り、オルヴィアらしい」
陛下は思い出し笑いを浮かべて、ひと月近く前のことを語る。
俺も今はいない姫君を懐かしむ気持ちが湧いた。
まずあえて国王が逃げるとの情報を帝国軍へ漏らし、正面を帝国軍と戦いを継続して目を引き付ける策だと思わせたのだ。
その間に陛下が裏から逃げるのだと。
その時に陛下に扮して運ばれる役をオルヴィア姫が買って出た。
「偽報に乗って隠れられる一軍だけを派遣、罠にかけて逆に撃破。そのことによって帝国軍の攻め寄せる勢いが削れた」
「その上で、私にあえて功名心の強い若者を選んで一騎打ちをせよと。あれも突出すると死を招くという見せしめになりましたな」
オルヴィア姫の策で勢いに乗っていた帝国軍の指揮に守勢が宿った。
今までは戦い殺して勝つだけだったが、自らが負けて死ぬことを意識させたことで生じた迷いだ。
そして王都は守りの用意をしてあるため、最初に前に出た者から殺される現実がある。
手柄の機会は最初の者が殺され尽してこちらが弱った時。
自分から進んで他人の踏み台になる者はいない。
そのため、勢いのない帝国軍は日中に攻めきれず撤退を繰り返している。
そうしてひと月を凌いだ。
「一時しのぎには良策だった」
陛下は笑いながらも声は乾いていた。
陛下がいうとおり一時しのぎだ。
そもそもの問題として、食糧や物資が立てこもる王都では不足し続けている。
何よりここから巻き返すだけの戦力は、もうこちらにはない。
戦うごとに守る人手が減らされていく中、一気に攻められてすぐさま王都を落とされるか、徐々に攻められて数を減らし王都を落とされるか、その違いでしかないのだ。
「もう少し民が逃げてくれれば、猶予は生まれるかもしれないのですが」
「それでも避難民たちは出てくれた。お蔭で食料も今日までもたせられた」
俺に陛下は言外に高望みだと指摘した。
もちろん逃げて帝国軍に捕まる民もいる。
その時にこちらの情報を売って命を買う者も。
吐かせないためには内情を報せないことが一番だ。
そのため民は知らない。
もう残された食糧がわずかなことを。
もはや傷ついた兵たちを治療する薬もないことを。
生き残っているかもしれない領地の貴族に救援を頼んだが、返事が未だないことも。
「…………鎮都将軍、あとどれくらいだ?」
陛下は動揺など微塵もない声で問う。
「長くて半月。もはやオルヴィア姫が残してくださった策は一つ」
「あぁ、では半月もたせよう。それまでにできる限り時間を稼いで見せようじゃないか」
陛下はそれで西が立て直すことを期待されている。
けれど返事がないのは西も同じだ。
ルージス殿下にも、こちらから使者を立てて王都から逃がした。
だというのに、オルヴィア姫が無事に着いたとも聞こえない。
不安だろう。
不安だろうが、もはやこの王都で命を使い果たす覚悟を陛下はしている。
だからこそ恥を忍んで国王が救援を求めた。
これから行う一か八かの賭けのために。
そうして半月、俺たちは抗い続けた。
「結局、私の首を繋ぐのはオルヴィアの作戦だな」
陛下は苦笑し、その手には敵に見つからないよう小さく割いた紙を握っている。
割かれた四つの紙を繋いで一つの手紙にすると、そこにはオルヴィア姫の策が記されていたのだ。
オルヴィア姫は王都を脱してもすぐにはルージス殿下の元へは行かず、生き残った兵を募っていた。
そしてひと月半をかけて指揮を執る貴族も見つけたと報せて来たのだ。
「安全なところに逃げろというのに」
「死中に活を求めると言います。そのための陛下の道を開くため、オルヴィア姫も腐心なさったのでしょう」
「わかっている」
陛下は一度深呼吸をすると、大きくはないが確かな声で命じた。
「では、行くぞ」
ここは王都の城門前。
もはや時間をかけ過ぎて、堀は埋められ櫓は壊された。
ここから外は戦場であり、そこに陛下は全戦力を持って突貫を行う。
そうして突き進む陛下の軍とは反対から、オルヴィア姫が用意した軍が呼応するのだ。
帝国軍に両方から穴をあけることで脱出を試みる。
もう王都には大した物資も残ってはいない。
家さえ住人がいなければ解体して櫓や城壁から落としたのだから。
「突撃ぃぃいい!」
陛下の号令で俺たちは怒号を上げて走る。
こちらの窮状はさすがに帝国軍にもわかっていた。
何せかまどの煙は隠せないので日に日に数が減れば、こちらの不足は目に見える。
そしてこの突貫だ。
決死の行動であることは察せられる。
だからこそ帝国軍からすれば、ここを凌げば終わる戦い。
俺たちに対して厚く守りを張るだろう。
そこにオルヴィア姫が用意した部隊が奇襲を仕かける。
後背を突かれて足並みを乱したところを突き進むのみだ。
「ぐぅ…………!? あぁ…………あ」
「陛下!?」
帝国軍の中を突き進んで抜け出そうとする中、兵士たちの中で守っていた陛下が一瞬敵兵の前に露出した。
乱戦になったことで生まれた隙に、一人の帝国軍兵士がたまたま転がり込む。
そして相手をよく見もせずに剣を振るい、陛下に重傷を負わせていた。
すぐさまその敵兵士は周囲の王国兵により切り刻まれるが、陛下は戦場で足を止めてしまう。
「陛下! しっかり!」
俺は駆けつけて倒れそうになるのを支える。
だが、悪いことに敵の剣が内臓まで届いているようだ。
それほど深い傷であることは見てわかる。
「くそ!? ここで死なせるものか!」
俺は陛下を片腕に抱いて、もう片方の手で刀を振る。
力が乗りきらない上に、打ち合いに弱い得物だ。
敵の攻撃を避けられもしない中、俺も体中に傷を負い、それでもなお前へ進んだ。
「そっちは敵の防備が厚くなってる! こっちだ!」
オルヴィア姫との合流を目指そうとしたところが、横合いからそんな声がかけられた。
見れば探索者らしき男が俺を見据えている。
怪我をして殺伐とした空気を纏っていた。
だが見るからに帝国軍ではない。
「急げ! 無駄死にしたいのか!?」
荒いがそこに嘘はなかった。
俺は従って方向を変える。
瞬間、鼻を突く異臭がした。
そして足元に見覚えのある魔物が忽然と現われ、探索者らしき男に攻撃態勢を取る。
「西にいた!? 何故こいつが!」
「また出やがった!」
探索者が苦々しく叫んで剣を構えるが、攻撃をする様子がない。
何かを待つようだと思った瞬間、別人が西にいたはずの化け物の横合いに駆け込む。
背の高い男がすぐさま、化け物に向けて魔法を放った。
それは攻撃行動の方向を見失わせる幻惑の魔法だ。
あの化け物には俺の部下にいた魔法使いたちでは効果を発揮させられなかったというのに。
背の高い男はそれほどの使い手らしい。
「ともかく今は逃げるぞ! 間に合うならその王さまも治療してやる!」
一思いに化け物の首に剣を突き立て、背の高い男が俺に言った。
部下は陛下のためと察して退路を作ろうと動きだし、俺の後ろを守って壁となる。
俺も治療の言葉に縋るように、陛下を抱え直して足を踏み出した。
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