28話:山の民の神
それは見たことのないエネミーだった。
だからこそ俺は思った、違うと。
木々の合間に揺れる炎。
それは不自然に漂うものの、自然の炎のように見える。
言うなれば火の玉が浮いているのだ。
「ど、どうして…………? 火の精は見られたくないことをする大人が子供を遠ざけるための迷信のはず…………」
山の民が震える声で呟いていた。
(なるほど、早く寝ないと鬼が出る程度の言い伝えの類か)
だが目の前にいる火の精は、意思を持って窺うかのように揺れてる。
右に左に林間をうろつく火の球は、いつの間にかポツリポツリとその姿を増やしていた。
だがゲームの火の精は違う。
太陽神を名乗る一柱が従えると設定したエネミーで、待機状態だと赤いガラス玉の形状だ。
一定範囲に入ると起動して炎が燃え上がり悪魔のような顔で牙を剥く。
炎の前方には鉤爪のような両手があり、首だけで飛んでるような状態になるのだ。
「おい、この場合どうすれば…………おい?」
「神よ、神よ。あぁ、本当におわすとは、おぉ、神よ…………!」
なんか山の民が土下座するように縮こまって震える声を上げてる。
火の球怖がるにしてもこんな明るい中でみても雰囲気とか何にもないだろ。
(いや、山の神の信者だったな。だったら神の使い出たらこうなる、か?)
そう思っていると地面がズンッと揺れた。
見ればスタファが殺気立って浮かぶ炎に一歩近づいている。
どうやらスタファの華奢な足から出た音であるらしい。
地面の震動など関係ないだろう火の球も、スタファの異様な雰囲気を察したのか不規則に炎を上げだす。
「待て! 違うぞ、あれは!」
いや、もし同じだったとしても火の精の近くには太陽神がいる。
(だとしたらなおのこと刺激はまずい!)
ゲームにいた四種類の神は、それぞれに対立関係が設定されていた。
大地神は太陽神と顔を合わせれば即バトルな関係であり、大地神の配下にもグランディオンのように被害をこうむったと言う設定をしたキャラクターもいる。
だから出会えばバトルになるのはわかる。
わかるがまずい。
何故なら太陽神は、正面からやり合えば大地神を負かす超パワータイプだから。
設定が適用されるなら、俺は太陽神相手だと負ける!
「その不愉快な姿を私の前に晒すとはいい度胸ね!」
スタファが完全に火の精を脅しにかかった!?
火の精のほうもスタファの殺気がわかったのかさらに動きが変わる。
そして突然細長くなったかと思うと、上空に打ち上げ花火のように一瞬炎を上げた。
五体ほど増えた火の精が次々に山林より高く火を上げる姿は狼煙のようだ。
「今のは…………? うお?」
突如として地面が揺れる。
またスタファかと思ったが、今度は一歩も動いていなかった。
大きく揺れて小さく波が引くように揺れが収まるけれど、柄の間、また揺れる。
「まさかこれは、足音!?」
気づいて上を見ると、ひときわ大きな揺れと共に空から巨大な存在が降って来た。
へし折れる木々、砕け散る岩、悲鳴を上げる動物たち。
けれどそんな騒音全てを凌駕する大音声が響いた。
「他人の縄張り侵してうちのもんに手出そうとは何処の三下だぁ!?」
声の主は巨人だった。
赤い髪や髭で肌は褐色。
大きさのせいかほつれの目立つ衣服だが、纏う武具は精緻な細工が見える。
それと同時に経年を思わせる傷み具合、か。
これは壁画のとおり長命かもしれないな。
「か…………み…………?」
俺の近くで山の民が呟く。
「いや、あれはただの巨人だ」
「え、は?」
俺の訂正に山の民は困惑する。
どうやら巨人も初めて見るようだ。
けれどどう見ても普通だ。
腕が複数あるわけでもなければ肌の色も人間っぽくて、クリオネのような変形をする様子もなく、特に恐ろしげではない。
巨大エネミーなら、ゲームではいる所にはいるものだった。
VRMMOをやってた身としては、今さら大きなだけの人間に恐れる要素はない。
「貴様、弱いふりをして何をしている? それともそのちんけな姿で誤魔化せるとでも思ったか? 人間如きに敬われる程度と、俺を甘く見たな。その浅はかさ、後悔しても…………!」
「お黙り、下賤の存在が。私を前に出て来るのがお前一人だなんて、そんな貧相な出迎えで満足すると思っているの?」
怒り心頭の巨人に対してスタファが煽る。
まぁ、生ける炎とか言われるのが他にいるかもしれないしな。
こいつ赤いだけで炎って言うにはちょっと迫力が足りないし。
他に隠れてて隙を突かれるのも嫌だからここは静観しよう。
「そう言えば何処から出て来たんだ? これだけ大きくては隠れるのも」
「礼儀を知らぬ尊大な女の連れもまた、無礼な愚者か?」
「ぬぁんですってぇぇええ!?」
叫ぶと同時にスタファは跳んだ。
直線上にある巨人の足ではなく、顎目がけて。
そして激しい音を立てて封印の役割をしていた鎖型の装飾が外れて行く。
次の瞬間、スタファの姿は白い肌の巨人へと変貌していた。
巨大な白い拳が赤毛の巨人の顎を砕かんばかりに殴りつける。
「段階を飛ばせるのか…………」
三段変形の最終形態までスタファは一気に変わった。
そしてゲームだと当たり前に巨人サイズの服を着てるけど、今はすごい早着替えだなぁと他人ごとで感心する。
「訂正なさい! いいえ! 訂正して詫び大神に許しを請うた上で無様な死体を晒して罪を償え!」
「うぐぐ…………、な、なんだこの力? しかも、なんだその姿は!?」
「臓物ぶちまけたるわぁぁああ!」
完全にスタファが凶暴化してる。
ステータスを調べると、色んな数値が変動している上にやはり魔法職に必要な知性も下がっていた。
今は完全物理職だ。
この状態だと体格から加算される攻撃力のボーナスがえぐいことになるから、素の状態で一番力のあるダークドワーフのティダの上を行く。
実は最初に配置してあるとおり、ティダは素では強いけれど、条件を満たして変形をした他のエリアボスのほうが強くなり、総合的にはエリアボス内では弱い仕様だ。
「ひぃ、ひぃ…………!」
轟音とともに揺れる中、山の民は目をかっぴらいて泣いていた。
こんな状態で恐怖の対象だろう巨人二人を見てるのは危機感からだろうか。
「ひょぁえぇああああ!?」
突然変な悲鳴を上げた山の民の視線の方向を見ると、漂っていたはずの火の精が激しく燃え上がってこっちに来ていた。
五体はいたはずが三体に減っている。
位置からしてスタファに踏みつぶされたのかもしれない。
「何をする気か知らないが、かかる火の粉は振り払うぞ」
言葉が通じるかわからないが、一応そう宣言して魔法を放つことにした。
ゲームの火の精は地味に強い。
動きも早く、接触での被ダメージもあるので低レベルの魔法では削り切れないエネミーだ。
(違う、とは思うが性能同じだったら嫌だし。ここはセオリーどおり遠距離から強い魔法ぶち込んで一撃でやっておこう)
そう思って手を動かした俺は、今全身鎧の騎士姿であることを思い出す。
「…………恰好がつかないか。…………アハト・アクアガエスム」
鎧の中でこっそり放ったのはLv.8の水の矛を投擲する魔法だ。
遠投できる長距離魔法だが、俺は剣を振る動作に紛れさせて魔法を放った。
発見としてはマップ化スキルにより必中がつくこと、神の魔法ということで当たり判定が大きくなっており、さらには着弾と同時に弾けるような追加ダメージを与えるようになっていることか。
そして火の精は残った三体ともが消滅した。
当たり判定が大きくなっていたことと、標的が人間の頭程度だったからオーバーキルしたような感じだ。
そして山の民は未だに縮こまって震えるばかりなのはどうした。
(あ、もしかしたら揺れてて逃げられないのかもしれないな。ふむ、これは魔法の練習として一つ助けてやろう)
こうして姿を見せてしまった以上、不本意ながらこれがスタファの日の目となる。
ならば少しでもいい印象にしなければ。
「こちらに被害がないよう押さえている内に逃げなさい」
攻撃力増加、防御力増加、速度増加、状態異常回復くらいでいいか?
適当にゲームでも良く使われてた補助をかけておこう。
ステータス見れないし、まだ必要か?
けれど落ち着いたのか山の民は泣くのをやめて俺を見た。
「あ、あなたは、あなた方は…………?」
「知る必要はない。離れなければ困ったことになるぞ。これ以上の手助けが必要だというならもはや生き残る必要もないほどの弱者ということになるが?」
立ち上がった山の民に、早くどっかいってくれと念じつつちょっと脅しをかける。
「そ、それが、ご命令であるならば、つ、謹んでお受けいたします! 僕は、生き残り! この神代の情景を、か、必ずや…………!」
なんか噛み噛みでまくしたてると、一気に走り出した。
「なんだったんだ? まぁ、いいか。これでゆっくりステータスが見れる。魔法はかかってたみたいだし、この世界の人間にも有効か。となると、スタファにも…………うん? なんだこれは? グランド系従魔強化?」
聞いたことのないスキルでグランドレイスの種族についていた。
「グランド系とついてるなら、最上位種特有の? 従魔ってなんだ? レイス相手の強化か?」
思ったら手が滑るような感覚でスキルが発動する。
辺りにはレイスなんていないし、と思ったらエフェクト効果がスタファにかかった。
「あぁ! 神の愛を感じますぅ!」
「いや、ただの支援だ。手早く終わらせろ」
「仰せのままに!」
「な、何故そんな奴に従っている!? 神とは何だ!? 何処から!」
「もはやお前に発言は許されていない! 神も知らぬ不信心者は死して初めて許されるのよ!」
スタファのステータスを見るに、一時的なブースト状態でなかなかに効果を望める。
一定の攻撃を受けると消えるようだが、最初から押していたところに強化でスタファは赤毛の巨人を蛸殴りするだけ。
たまに抵抗でいくらか攻撃が当たるも大したダメージにはならない。
たぶんこれは、ボスキャラ周辺に出て来るエネミーが汎用よりも強いステータスを持つことと関係してるんだろう。
「神よ! 勝ちました! 敗者の無様な死をご笑納ください」
そんなの笑って受け取りたくない!
が、俺が馬鹿にされて怒ってくれたと思えば、うん。
「よくやった。素晴らしい戦いだったぞ。スタファの美しさは強さにも宿るのだな」
「は、はいぃ! た、大神の、お目汚し、いえ、そのように褒めていただけるような、姿では、ないのですが、うふふ」
白い巨人が大きな体でモジモジする。
辺りの破壊がすごいことになってるが、女の子らしいその様子にはなんとなく、微笑ましいものを感じられなくもないと、思えた。
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