273話:トリーダック
他視点
気づいた時には知らない場所にいた。
跳ね起きてみたが、俺は痛みにまた倒れる羽目になった。
「無茶をする。手持ちの薬じゃ完治は無理だった。死なない程度だ。大人しくしておいてくれ」
「て、めぇ…………」
俺は側にいる細身の男に声を絞り出す。
こいつは乱入者だった。
七徳とか忍耐だとか名乗ってたが、そんなのはどうでもいい。
こいつが俺をここまで移動させたことが問題だ。
そう思ったが、視線を動かせば周りには知らない奴らがいる。
この忍耐とか言う奴の仲間か、いや、一人知った顔がいた。
探索者ギルドの新人職員だ。
「話には聞いてましたけど、本当にすごい生命力をお持ちで」
その姿はぼろぼろで、戦闘の痕跡が色濃い。
何より雰囲気が違う。
鈍さがないどころか戦闘慣れした鋭さがあり、探索者ギルドでのあれがふりだったと明確にわかる。
「まだ追跡を振り切れてない。下手に騒ぐな」
口を開きかけた俺に忍耐が釘を刺す。
だがこれだけは聞かなけりゃいけない。
「俺の、仲間は…………」
剣を折られて吹っ飛んだのは覚えている。
その時に骨やって仲間に庇われながら走ったのも、意識が途切れながらも覚えていた。
そしてこの忍耐が走るメーソンたちに忠告した時、ブラッドリィが魔法を放ったんだ。
目はかすんでいたが、こいつに守られたのは確か聞こえた。
だがその後が問題だ。
「俺だけ、逃がして、どうする…………あいつらいて、助けられて、俺はやって来たんだ」
この忍耐は勝ち目がないと見て逃げることを選択した。
ただその時に俺だけは逃がすと言ったんだ。
同時にメーソンたちは見捨てると言いやがった。
もっと腹立たしいのは、それをメーソンたちが受け入れたことだ。
「お前の力はこれからこの世界を救うために使える。それを仲間たちは認めた」
「ふざけろ、世界なんて」
そんな大きなもん背負い込んだことなんてない。
そう言おうとした俺に職員が口を挟む。
「言ったじゃないですか。実力差が開いてるって。あなたにはその力がある。英雄の子孫なんですから」
なんだそれ、知らないことをなんで当たり前に言ってやがる。
それにその言いぐさも引っかかった。
帝国の探索者へって話はつまり、俺を引き離す前提でしてたってのか?
なんなんだ、何が起こってる?
俺は今、何に巻き込まれてるってんだ?
「この状態で反抗されると俺も無駄足だ。本来なら王国のほうに行くためこっちに来たってのに」
「すみません。まさかあんなに早く戦場に放り込まれるとは思っていなかったんです」
忍耐に職員が謝ることから、どうやらこの職員が俺をどうにかする役だったらしい。
ところが戦場へ放り込まれたせいで、回収しに上役らしい忍耐が出張った。
「いや、色々錯綜してた情報を得られた。直接見なきゃあれは混乱する。救恤と節制をやったのは同じ勢力で確定だ」
「そんな、七徳を二組も?」
わからんが職員は衝撃を受けたようだ。
説明を求めて忍耐を睨むと、手短に告げられた。
「はっきり言って今、世界は巨悪を抱えている」
「それがブラッドリィだとでも?」
「違う。そもそもあれはブラッドリィじゃない。似て見えるだろうが、別人だ。ブラッドリィを殺して、あいつが使っていた顔を変える仮面を奪ったやつだ」
そう言うアイテムがあると忍耐は言う。
「じゃあ、何者だってんだ」
「わからん。影はあったが影だけだった。それがこの王国と帝国の争いで表に出て来たと見ていい」
忍耐は真面目に言い募るが、騙されるかよ。
「お前らのほうから手を出したと王女が言ってたぞ」
「まさか。世界平和のため、争いをこんな風に無為に広げることはしません」
職員は否定するが、忍耐には思い当たる節があるらしい。
「たぶん、あいつらは人間じゃない。あぁ、もちろんルピア王女以外だ」
俺が異論を唱える前にそう言って、あげるのはブラッドリィと思っていた相手と鉄仮面の女。
どちらも顔を隠していたのは俺も覚えてる。
「知能の高い魔物の可能性が高い。危険な魔物を見つけたなら倒す。そこにおかしなことはないだろ? 俺の仲間は役目を果たそうとしたに過ぎない」
「巫女さん、さらったようなこと、を」
「そこはルピア王女以外にも人間の協力者がいたんだろう。それで、保護か情報収集の目的で引き離したんじゃないか?」
「結局、ブラッドリィとやってること、変わらん」
宗教で人集めて、犯罪を行わせる。
俺の指摘に忍耐は不服そうだが、俺が気づくとすぐ表情を変えた。
「ともかく、この世界に今、人間以外の脅威が存在している。俺たちはその前兆を知った。だから戦える素養のある者を集めて対抗手段を模索している」
「それが英雄の子孫で、あなたなんですよ」
職員も俺を見るが、知らんな。
だいたい俺はそこらの生まれだ。
街の平大工の息子で子だくさんの一人。
その中でたまたま探索者になっただけの珍しくもない人間だった。
「たまたまだとか思っているだろうが、探索者という仕事についてやってこられている以上、お前には英雄の子孫としての能力がある。少なくとも、今日まで大怪我もなく生き残れたのがその証だ」
忍耐はまるでこっちの腹の内わかってるように指摘する。
「英雄の子孫は強くなりやすい。そして生き残ることに関しては周囲よりも明らかにずぬけてる。何よりお前の父親の出生はあやふやだが、祖母にあたる人間は五十年前の英雄の一人と接点があった」
祖母が英雄の寵を受けて?
確かに祖父はいなかったが父は全くそんなこと聞いたことはない。
何より英雄だとか実感がない話だった。
「それが何だってんだ。仲間見捨てる理由になるか」
吐き捨てると職員は困った様子で肩を竦める。
忍耐は表情変えず、俺を見据えた。
「だったら、お前だけでも生き残ることを俺に願って受け入れた仲間の気持ちはどうなる? 一緒に心中するのがお前の望みだったとして、あっちはお前に期待したからだろう」
知ったように言いやがる。
心中なんてそれこそ望んじゃいねぇ。
俺を庇う暇あったら逃げろというのに、受け入れて残って。
あまつさえメーソンは俺が生き残ったほうがいいならそうしろとさえ言っていた。
俺が喋れないからと勝手にこの訳の分からない奴に託して。
「わかっているだろう」
否定しようとして声が出ない。
メーソンが容赦なく止める声が耳に蘇る。
俺が無茶や暴走するといつも言っていた言葉のはず、今はいない、聞こえない。
追っ手がかかってることからこの世にいないことも想像がつく。
「…………くそ」
鼻の奥が痛んで息が震える。
俺が強いのは事実だ。
メーソンたちと差ができてることを指摘されてようやく気づいたが、最初から俺が強く引っ張ていたのだから、最初から力量には差があった。
だからちょっと怪我続きで調子が悪くなっただけだと思っていたのに。
こんなことなら口車に乗って帝国にでも行っていればよかったのか?
いや、結局はメーソンたちがこの国に残るなら戦場に出される。
結局強さってなんだよ。
俺がメーソンたちより強いからなんだってんだ。
「仲間も守れない強さでどうしろっていうんだ」
「もっと強くなれ」
忍耐が当たり前のように言いやがる。
「俺は英雄の子孫じゃない。それでもこれくらいは行けた。お前はもっと効率よくいけるはずなんだ」
こいつは俺よりも強いのに、はっきりと言い切る。
「仲間を思うなら生き残って強くなれ。そしてあの世界を脅かす者たちに一矢報いてから死んでくれ」
俺の死を望む言葉が、いっそ今は死ぬまでの目標を示されたような気にもなる。
「あの共和国の王女も俺と同じ鍛え方をしてあそこまでになった。ただのお姫さまが、だ。お前ならもっと強くなれる。そして報いることができるはずだ」
弱い俺が仲間の死に報いる指標を示されたと思ってしまう。
これはこいつが俺を利用するための言葉だ。
だが、今はその口車に乗りたい気分だった。
「…………あぁ、あぁ、いいぜ。それであいつらの仇が取れるならな」
俺の返事に忍耐は頷く。
その横で職員が不安そうだがないも言わない。
自棄になってる自覚はある。
だがどうしようもない。
こんな生かされた状態で暴れたところで意味はないことはわかってるんだ。
だったら少しでも仲間のためになることをしたい。
今さら遅くてもそう思うよりほかになかった。
「そうとなれば今度は自分の足で歩いてくれ。王国へ向かう」
「何をしにいく?」
俺は今度こそ痛みに気をつけながら身を起こす。
「もう一人、英雄の子孫を確保しに行く。ここまで急激に情勢が悪化するとは…………いや、させられるとは思わなかった。こちらの見込みの甘さだ。だからこそ、俺が出張った訳でもあるんだが」
忍耐も険しい表情なのが難しさを物語っているようだ。
だが今はそれでいいと思える。
少しでも困難があるならぶち壊したい、そんな気分で俺はただ頷いた。
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