272話:乱入者の逃亡
レアエネミーであるオークプリンセスには固有スキルがある。
レベル五十五以上のプレイヤーでなければ通れない結界を張るというもので、プレイヤー側にレベル制限を課す仕様だった。
現実となった今、それを使ってレベル五十五未満の人間を閉じ込める結界を作り上げている。
けれどそこに侵入者が現われた。
つまりレベル五十五以上の戦力だ。
この世界では珍しい強者といっていい。
(人間だとすればだが。エネミーにはオークキングみたいなのいるしな)
俺はこの場に乱入して来た人物を見る。
経路から、空から降って来たように見えたが本当に飛んできたのだろうか?
ゲームでも空を飛ぶことはできたが、それは魔法じゃない。
ゲーム上のエリア移動モーションでのみ可能であり、使用条件は太陽神の信徒になること。
この世界の人間では習得不可能な技能だ。
「上を狙ったが、侵入経路が上空か?」
俺の問いにオークプリンセスは杖を侵入者に向けたまま答えた。
「いえ、結界に入ってからあの探索者たちの頭上へと跳躍しました」
「なるほど」
人間の身長を越えるほどの跳躍は、珍しいが無理ではない。
忍者は育つ木に合わせて跳び上がる練習をしてそれくらいできるようになるとも言う。
「では放った魔法は火の第四魔法で合っているか?」
「はい、ですが、弾かれました。まるで、イブさまがお使いの魔法剣のように」
「魔法剣だろうな」
どうやらオークプリンセスも当たりをつけていたようだ。
オークプリンセスは火炎放射を放ったが、それを弾かれた。
術者のオークプリンセスは、魔法の使用を途中キャンセルさせられた状態だ。
これは魔法剣での反射のタイミングによってゲームでも起きていた現象でもある。
「さて、トリーダックも驚いているところを見るに、援軍というわけではないようだが?」
俺の言葉に、動かず剣を体の陰に隠していた侵入者がようやく立ち上がった。
ひょろりとした長身の男だ。
顔立ちは整っているが特徴は少なく、三十代くらいか。
体は細身だが、剣を持つ立ち姿はしっかりしている。
そんな男がおもむろにこめかみに指を当てた。
「駄目だなこりゃ。勝てねえ…………」
「誰か知らねぇが、わかってるなら関係ない奴は引っ込め」
「いや、関係はあるんだよ。っていうか、お前に用があって来たんだ。まさかパワーレベリングしても勝てねぇ相手とはな」
侵入者はトリーダックに応えつつ、何やら聞き逃せない言葉を漏らした。
同じく聞き覚えのある王女が俺を振り返る。
「パワーレベリング? そんなことをできる者が他に?」
オークプリンセスは侵入者から目を離さず、見極めるように呟いた。
「まさか、プレイヤーか? だがこんなに若い者がいるとは聞いていない。何者だ?」
オークプリンセスの言葉に侵入者も反応する。
俺は下手なことを言わないよう黙っていた。
(俺たちが転移してるんだから。他にいても不思議はない。けど今日まで噂は聞かなかった。だったらすでに他の勢力が抱え込んで隠してたか?)
小王国に強者と言われる者はいた。
確か帝国の侵攻を一度は跳ねのけた将軍だ。
だが年齢が目の前の奴とは合わない。
「それはこっちの台詞だ。…………つまり、そこの王女の強さはパワーレベリング?」
「そいつは『血塗れ団』のブラッドリィだ」
「違うと言っているのに、いい加減聞き分けてほしいものだ」
「その顔忘れるか!?」
俺が疲れ交じりに言えば、馬鹿にされたと思ったのかトリーダックが言い切り立つ。
侵入者を仲間と見て教えたようだが、敵認定してる俺の言葉は聞かないらしい。
「顔…………まさか、その仮面本当に?」
侵入者はあまり攻撃的ではなかったのに、今俺を見る目は敵意がよぎった。
「ブラッドリィの仮面はかつての英雄が所有していた、外見を誤魔化す効果のある物だ。それをつけているなら同じような顔に見えるのも納得できる。そしてブラッドリィが自ら渡すはずもないことを思えば…………殺ったな?」
「そんな効果も知っているということは、そちらこそ『血塗れ団』の生き残りか?」
お互いに答えない。
けれど答えは察せられる。
(あの場にいた者たちは全て処理したし、今までそんな話もなかったから気を追抜いてしまっていたな。まさか生き残りがいたとは。しかもパワーレベリングしてたなんて、完全に負けたからだろ? めんどうだな)
俺が溜め息を吐こうとした時、ないと思っていた返答があった。
「…………『血塗れ団』ではない」
どうやら遅れての否定は、トリーダックたちが警戒したからのようだ。
「そんなの持ってる相手ならこっちのほうがわかりやすいか? 俺は七徳の忍耐と呼ばれる」
「ほう、七徳…………。節制のほうの仲間か」
俺の応答に、やはりと言わんばかりの忍耐を名乗る侵入者が眉間を険しくした。
あのゲームを逸脱する無礼者の仲間とは勿体ない。
この結界に侵入できる強さがあることを考えると、今ここで潰すべきか迷う。
(神聖連邦の手の者か。つまりあっちでは、プレイヤーがパワーレベリングしてるんだな。こうして成果が上がっていることを思えば、やはりここでプレイヤー側削っても面白くないだろうし)
正直ここで殺すのは惜しいんだが、節制の仲間だと思うと不安がある。
そしてこちらも、見逃すなど考えもしないやる気の者がいた。
「神の娘をさらった一派? なんて不敬な! 今すぐ息の根を止めてみせましょう!」
「おい! 巫女さん誘拐したとかなら別の揉め事だ! 他所でやれ!」
メーソンが王女の言葉を受けて、忍耐を睨む。
神の娘はイブのことで女神なんだが、どうやら言葉から巫女と勘違いしたらしい。
「もろともに死ね!」
そして王女は容赦なしか。
俺が眺めている間に魔法が炸裂する。
ただ今度は上手く打ち返す忍耐によって、王女が放った風の魔法が逆襲する形での炸裂だった。
もちろん、そこをオークプリンセスが別の魔法をぶつけて相殺したので、どちらもまだ無傷。
(魔法剣士として魔法を撃たないのは賢明だな。ネックは魔法職の割に低いMPと、剣士にしては強い魔法威力。ここぞで使わないといけないジョブだ)
エリアボスのイブならプレイヤー以上の能力を与えられているため、魔法はガンガン撃ちまくる。
けれどプレイヤー基準で言えば魔法剣士は器用貧乏になりがちだ。
そこを焦らずレベルの近い魔法職二人を相手に凌いでいる忍耐。
逆に攻撃されず押している王女が逸って魔法を連打し、合わせてオークプリンセスも魔法のタイミングが乱れ始めた。
「…………!? そこだ!」
メーソンが、王女とオークプリンセスの連携が乱れて魔法が止む瞬間を見極め、距離を詰めようと走りだす。
すぐさま後ろにトリーダックも続き、ほかの探索者も援護に入った。
だが忍耐は警告を叫ぶ。
「駄目だ! もう一人を忘れるな!」
もちろん俺が見逃すわけもない。
「第六魔法一触爆炎」
触れると爆発する機雷のような魔法を、メーソンの目の前に浮かべた。
しかも神の魔法のためどう見ても機雷として現れた火球が大きい。
どころか土星の輪のようなプレイヤーが使った時とはエフェクトが違う。
(これ、威力高すぎたかもしれない!?)
俺はフレンドリーファイアを恐れて、王女たちに防御系魔法を続けて放った。
「「強化魔法青籠凍結!」」
声が重なり、忍耐も魔法で一番の防御バフをトリーダックたちにかけていた。
そしてメーソンが魔法に触れる瞬間、トリーダックが仲間を引き掴む。
だが遅く、メーソンの剣が触れ、瞬間爆発が起こった。
(いて!? あ、俺の魔法で俺が被弾した!)
まさか自分の魔法でもフレンドリーファイアなしの弊害があるなんて。
俺はすごく間抜けな状況に気づかれない内に回復魔法を発動。
ついでに吹っ飛んだ王女とオークプリンセスの元へ行き回復魔法をかけた。
「う、うぅ、さすがは神…………」
苦しげなのに目が爛々とした王女が倒れたまま俺を見上げる。
ちなみにその下には気を失ったオークプリンセスがいるんだが、気づいていないようだ。
「王女、フルフェイスの正面が開いているのを直してやるくらいはしてやってもいいんじゃないか?」
「あ!? これは、まさか私を庇って!?」
オークプリンセスを踏んでること気づいたようだが、単に位置関係だと思う。
「あぁ!?」
王女がせわしい。
指差すほうを見ると走り去る背中が見えた。
それは自ら乱入して来た上で敵わないと言った忍耐。
同時に、奇妙に歪んでいたはずの周囲の風景が普段どおりになっている。
「は…………? あ、オークプリンセスが気絶したことで結界が解けたのか」
敵わないとして逃亡するのはわかる。
だが乱入して来た忍耐がいの一番に逃げている状況はちょっとした混乱を呼ぶ。
さらには引き摺るようにして、爆発で血を流すトリーダックを伴っているのだ。
暴れるそぶりを見せるが重傷らしく、トリーダックは忍耐に運ばれて逃亡中。
そして残るのは、同じく重傷のメーソン。
その他の探索者たちも、爆発で壊れた武器を捨てて予備を手に取る。
いる人員の中で、一番強い者が逃亡し、比較的弱い者たちが残された憐れな状況。
だというのに、残された探索者四人は、俺たちを阻むように武器を構えていた。
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