271話:合縁奇縁
王国東の戦場で暴れる共和国の王女を見ていた。
危険な特攻だが、力の差は歴然だ。
(だから見てるだけで大丈夫かと思ってたんだが)
俺は王女を起点に転移している。
そして殺されそうになっているところを救ったところだ。
まさか以前つけたマーカーをそのままにしていて襲撃に気づくとは思わなかった。
「そう言えば、小王国の銀級探索者だったか?」
「お前は…………ブラッドリィ!」
「違うと言っているだろう」
まだその誤解継続してたのか。
合縁奇縁とはいうものの、なんでそんな奴らとまた会うんだろうな?
地面から体を起こしてトリーダックが、俺を仇のように睨んでいる。
(で、一緒に転がったのが…………ソーメン、いや、メーソンとか言ったか。こいつらの名前案外覚えてるな)
俺が魔法で地面を隆起させる地魔法を使ったせいだ。
直撃は王女も巻き込むので、発生場所をずらしはした。
まぁ、王女も転がったがトリーダックとメーソンは派手に吹き飛んだので良しとしよう。
「賢人さま! あぁ、こんな失態を御覧に入れるなんて…………!」
王女は王女で地面に座り込んだまま頭を抱える。
だがもっと気にしてほしいことがある。
あれだけ動いてたから髪は乱れ、汗で張りついてもいた。
そして何より返り血がエグイ。
その見た目で、お前のせいだと言わんばかりにトリーダックを睨む表情が鬼のようだ。
(そう言えば般若って怒り狂った女の顔って聞いた気がするなぁ)
どうでもいいことに逃避しそうになっていると、マップ化に反応が現われた。
トリーダックたちに気づいたのも、マップ化で周囲を把握していた結果だ。
共和国で会った時につけてたマーカーを解除し忘れていた。
今回現れた反応はエネミーだ。
「遅参いたしました!」
騎馬が駆け込んで来て、馬上からそう声が上がる。
位置取りは地面に膝を突いたままの王女を庇う形。
つまり味方だ。
だが顔をフルフェイスで覆ってわからない。
(…………いや、鉄仮面からあふれ出した縦ロールには見覚えあるな)
体にぴったりした乗馬服のせいでメリハリのある肉体も良くわかる。
そして味方のエネミーとなると該当は一人。
こいつ、オークプリンセスか。
「ルピア、やはりこうして隙を突かれる。隊を割いて行動すべきだと言ったはずだ」
「うぅ、けれど今までは上手くやれていたわ」
何やらオークプリンセスが、王女に対してダメ出しをするようだ。
っていうか言葉上手くなってる?
鉄仮面で籠ってるせいでわかりにくいが、前みたいな無理に喋ってる感がなくなっているな。
「ともかく、武器を使い捨てるその戦い方は褒められたものではない。ちゃんと本領を発揮できる得物を持て」
言ってオークプリンセスが立ち上がるルピアに長い得物を渡した。
馬の横に括りつけてきたようだ。
それは長杖で、瑞果姫杖という。
ゲームならオークプリンセスが持つ固有の武器だ。
だが今王女が持つのは、俺が魔薔という大地神の大陸だけの杖と交換したもの。
そして女性専用装備で使いようがなかったから、なんか一番持ってて似合いそうな、共和国の王女に下げ渡した得物だった。
「杖だと! まさかあれだけ暴れて魔法職なのか!?」
メーソンが信じられないと言わんばかりに声を上げる。
そう言えばその辺りどうなっているんだろうな?
王女が使っていたのはゲームと関係ない武器で、この世界で作られたものだ。
そして使っていたアーツはあくまで初期アーツ。
ジョブに関係なく、アーツを放てる武器を装備できたら使える系アーツだった。
(威力はこの世界の人間の防御力の弱さと、王女のレベルであれなんだろう。杖と剣を装備できるのは魔法剣士。だが槍を使って王女はアーツを放っていた。武器の装備制限はこの世界の武器だとないのか?)
考えたこともなかった。
というかこの世界の武器に興味なかったからな。
今度自分でも…………いや、やめておこう。
(結局レベル五十程度の王女の攻撃で壊れる武器だ。性能は考えるまでもなかったな)
手持ちのレア武器のほうが確実に性能は上だ。
しかも一度取り出すと戻せないだけでいくらでも替えが効く、神のチート能力の賜物だった。
俺が余計な考えに思考を割いている内に、王女は立ち上がって杖を向ける。
「あなたたちが我が国、我が父、我が誇りを侮辱した罪! ここで贖わせてあげます!」
「私も力を示すため、相手になってもらおう」
オークプリンセスも何やらやる気で杖を突きだす。
もちろん俺が交換した魔薔だ。
(ふむ、こっちは魔法職三人。向こうは近接が主で弓が一人の五人か)
位置としては近距離優位だ。
だが向こうはこちらの攻撃一つ当たれば致命傷となる。
ならこれくらい問題ない。
そう思って忘れていた。
「状況は変わった! 逃げるぞ!」
「おう!」
逃げた!?
そう言えばこういう奴らだった!
トリーダックたちは息を合わせて撤退を敢行する。
突然の反転に、攻撃を予想していた俺と王女は動けずにいた。
だが一人、予期していた者がいたのだ。
「姑息なのは探索者の常というものか!」
鉄仮面の奥でオークプリンセスが吠える。
そして魔薔を掲げると、瞬間周囲の空気が揺らめくような錯覚を覚えた。
気にせずトリーダックたちは撤退するが、気づけばトリーダックたちは同じ場所に戻っている。
「え、な、何が?」
見ていた王女のほうが困惑するほど異常な事態。
俺が知るゲームでもこんな魔法はない。
だが俺は似たようなおかしな場所をみたことがあった。
「レベル制限のある結界か。外から入り込めないはずだが、中に内包すると出られなくなるのか」
「はい、そのとおりです。これで奴らは姑息な戦闘放棄などできません。そしてこの場の内でのことは外から観測はされません。ここは、眺める者が多くありますから」
どうやら戦場を監視する奴がいるようだ。
わざわざオークプリンセスが言うってことは、俺たちの仲間ではない。
それで言えばトリーダックたちも戦争には加わらず隠れて王女を狙っていたから、そう言う奴が他にもいるのかもしれない。
「なんだ!? こんな手を隠してやがったか!」
トリーダックも逃げられないことに気づいて吐き捨てる。
次にはこっちに向き直ってまた戦闘態勢を取った。
それに対して王女は笑う。
そこには暗い色が見て取れた。
「力なき女を罵る下郎が、力を得た私を前に無様に逃げ、そして逃げられず今や絞められる家畜も同然とは。下賤の民には相応しい末路ね」
「ち、調子に乗るな!」
逃げられないなら突撃もまた、以前と同じようだ。
魔法職相手に距離を取ったままは危険と判断したんだろう。
それは正しい。
だが大前提が間違っている。
「近接でも上回ることはできないんだがな」
攻撃モーションに入ったために隙のある王女を狙いに行っているトリーダック。
だが俺は杖術で横入りをした。
トリーダックは咄嗟に剣で防御態勢を取るが、俺の杖術アーツは金級探索者を一撃で殺したゴーレムを砕ける。
トリーダックの剣は砕けて、本人もひとたまりもなく吹き飛んだ。
剣を犠牲に直撃は避けたようだが、ボールのように跳ねて転がり、一番後ろで弓を構えていた探索者の元まで行ってしまう。
「ひ、退け! だが足を止めるな!」
メーソンが、トリーダックを一撃で動けなくしたことによって方針変更を叫ぶ。
悪い判断じゃない。
だが攻撃範囲の判断が甘いな。
オークプリンセスの結界内部は何処も魔法の攻撃範囲内だ。
俺なら王女とオークプリンセスを巻き込むことのほうが心配で、魔法乱発する気はないんだが。
「あはははは! ほら、おいかけっこをしてあげる! あの時のように!」
王女が哄笑しながら、魔法を次々に放つ。
それでも連打と呼ぶには間があると思うのは、熟練度マックスになっていないからだろう。
その隙間をオークプリンセスが魔薔を使って補っていた。
被弾こそ免れているが、トリーダックは俺の杖の余波で動きが鈍い。
それを庇う探索者たちも精彩を欠く動きで傷が見る間に増えて行く。
これは全滅まで時間の問題だな。
そう思っていた。
「…………何!? 私の結界に侵入者!?」
オークプリンセスは驚きの声をあげると、探索者に向けていた魔法を上に向かって放つ。
突然のことに、王女も魔法攻撃を止めて上を見た。
オークプリンセスの火の魔法が走ると、空中で何かが弾く。
次の瞬間、俺たちとトリーダックたちの間に割って入るように何者かが落下していたのだった。
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