270話:トリーダック
他視点
「面倒なことになったな」
俺のぼやきに探索者『栄光の架橋』の仲間が頷く。
「あのお姫さま、本当に生きてるとはな」
「しかもなんだ、あの強さ? 顔は同じに見えるが、本当に同一人物か?」
仲間内でそんな会話を交わされる。
それは俺も思ったことだし、正直な感想はありえない、だ。
こんなことになったきっかけは、帝国が王国を侵攻したことだろう。
小王国と呼ばれる俺の国も帝国傘下で王国東を侵せと命じられていた。
けれどこっちからすれば新帝の女の敵なんて知ったことじゃない。
そんなことで国民の命無駄にできるか。
だから国も準備が、兵站がと理由をつけて兵を出さずいたんだ。
「まさかこっちが攻められるなんて、うちのお偉いさんも思ってなかっただろうな」
メーソンが自嘲ぎみに呟く。
俺が引き抜きを受けた後も変わらず、組んでくれている。
ただ、引き留めるような言葉もなくいられるのが落ち着かない。
行く気はないと言ったんだが返事もなしってのは気になるが、こっちから振るのも気まずい状態だ。
「帝国荒らしてたレジスタンスがなんでうちにと思ったら、あの王女さまですもんね」
仲間たちがいうとおり、まさかだ。
「帝国荒らして何してんだ? しかも王国にまで手ぇだすとは」
この国を攻めた相手が王女と知った時には納得もした。
共和国が建った時、うちの国はいち早く王室を見限って帝国にくみした仕返しだと。
それが理由なら帝国でのレジスタンスだという活動も兵士集めだと思える。
なのに王女はうちの国に攻撃しつつ、今は王国さえも相手取って戦っている。
本来ならただの無謀だが、それを可能にしてる強さが異常だった。
「一番の驚きは、あの王女が戦えてることだな」
今も戦場に立つ王女を見据えるメーソンに、俺も同意して頷いた。
「あんな力何処で手に入れたっていうんだ? それとも最初から王室に英雄の素質でもあったのか?」
「考えられるのはあの鎧だが…………」
俺の疑問を受けて呟くメーソンだが、その声に自信はない。
「王女がダンジョン攻略か? だが、帝国の何処だ? あんなの出て来るダンジョンなんて聞いたことがない。何より、やれるだけの力がまずなかったはずだ」
「それはそうなんだが…………ブラッドリィじゃないのか?」
それは『血塗れ団』の首領。
一年ほど前は王国で目撃例があったが、今では全く聞かないため死亡説が流れている。
そう考えるとやはり俺たちが会ったあれは、王国から逃げていたんだろう。
そして共和国で王女を手駒に加えた。
「共和国に捕まっていた王女を鍛えて次の兵士とでも?」
「今の状況からすると、狂信者にして他の兵を増やすとか?」
俺の推測にメーソンも推測を重ねる。
だがお互い顔を見合わせればどちらも納得してないのは表情でわかった。
「あの、本当にこの依頼受けなきゃいけなかったんですか?」
仲間内で一番の年少が、不服を隠しきれずに聞く。
今さらな問いだが、やるからには言いたくもなる。
「こんなの、暗殺じゃないか」
一人がそのままズバリを口にした。
俺たちに命じられたのは、最初王女の顔を確かめろと言うだけだった。
その後は根掘り葉掘り聞かれ、今さらだが、国のためと我慢もした。
「探索者をなんだと思ってんだ」
仲間のぼやきは俺たちの共通認識だ。
だがもう、戦う王女の姿を捉えて密かに近づいている。
俺たちはこれからあの王女を殺しに向かうしかない。
「だからあっちの金級どもは逃げてんだろうな」
俺にメーソンも頷く。
「帝国国内からごっそり消えてるらしいな。銀級でも金級並みの実力があると言われている者が姿をくらましてる」
戦争に駆り出される気配を察して逃げたんだろう。
それで言えば俺たちは下手を打った。
怪我ですぐさま動けなかったにしても、こんな急に戦場へ放り込まれるとは考えていなかった甘さだ。
しかも内容は女の暗殺。
それによって戦況を自国有利に導けと来た。
普段ならそんな馬鹿な話叩き返すんだが、そうも言えない。
「ことが国や俺たちのために必要だってのは、こうしてみればわかるんだがな」
俺もぼやきが漏れる。
何せ馬鹿みたいな戦い方だ。
王女一人が飛び込むだけで戦況がかわる。
「…………やはり、武器よりも鎧が問題だな」
メーソンが蹂躙される王国軍を見て、活路を見出そうとしていた。
王女の槍は連戦に耐えられず折れている。
抜くのは腰の剣だが、そこには鎧ほどの特別さは見いだせない。
得物の範囲の違いで攻撃の勢いは衰えた。
だが威力は変わらずにいる。
「以前は確かに戦うことなんかできない王女だった。それがこの短期間で化け物のような力を得てる。ありえないからには種があるってのが普通だろうな」
メーソンがいうとおり種は、あの派手な鎧だろう。
そうでなければ強くなるためにより強い物を倒すことしかない。
だがそんなの命が幾つあっても足りない。
まことしやかに言われているが、俺は実践した奴なんて聞いたことがなかった。
当たり前だ。
やったところで自分より強いなんて、敵に回して生きて帰れるわけがない。
「よし、得物を変えたなら今までの行動を観察するにそろそろ自陣に戻る」
俺たちも無駄に眺めてたわけじゃない。
何度見ても目を疑う戦い方だが、まぐれや偶然じゃない。
それだけの数の戦闘を見て来た。
あいつは俺たちよりも強い。
それは覆しようがないとわかったから、できる限り情報を得ることに終始したんだ。
そうしなければ今度は俺たちが危ないからな。
俺は仲間たちと顔を見合わせる。
「最終確認だ。奴のこの後の行動は自陣に帰る。これが唯一の機会だ」
あの剣も鈍らになるとさすがに自陣へ帰る。
その時には王女の体力も減っているが、驚くべき身体能力を得ているため攻撃された側の軍も追走は無理だ。
自陣に帰れば新たな得物を得て出陣する。
それで王国とうちの国二つを相手に立ちまわっていた。
ただ今回、王女を守るべきレジスタンスは戦闘中。
すぐに守りには動けないし、今まで帰陣する王女に大きく援護する様子もなかった。
「力に溺れて慢心している今しかない」
帰陣する際の隙を突いて、鎧に守られていない部分を狙う。
俺の確認を受けて、メーソンも応じる。
「それが上手くいかなければ一時撤退。他の探索者と合流する」
「俺らおびき寄せるための餌かっての」
仲間が不満を零すが、実際そのとおりだ。
聞き取りの結果俺たちに対して王女は遺恨がある。
それを使ってレジスタンスから引き離すのが次善策だった。
その作戦においても武器を手放し疲れた帰陣の隙は最も有効だ。
「顔を覚えられてない時には、思い出させるって言う面倒な手間があるがな」
こっちとしては忘れていてほしいような、それはそれで困るような。
俺たちとしては忘れられない危ない橋だった。
その時の危険だったセナ・マギステルはもういない。
あの時は絶対的強者だったセナ・マギステルが死に、逃げ隠れするしかなかった王女が今では一軍を敵に回しても生きている。
想像もしなかった結果だ。
「…………面倒なことは考えすぎるな」
「あぁ、そうだな」
メーソンの忠告に、俺は切り替えて頷く。
「今やるべきは国のために働くこと。王女はやりすぎた。俺らで終わらせよう」
仲間と頷き合うと、後はもう無言で動いた。
レジスタンスの後背を大きく回って国軍側から王国軍側へ移動。
できる限り草や岩に隠れて、王女への接近を試みる。
王女が退く気配を見せた時、俺たちも隠れることをやめてレジスタンス側への進路を塞ぐ形で駆け出した。
その音と姿に王女はこちらに顔を向けて動きを止める。
「今だ! 放て!」
俺の合図で弓を使う仲間が王女の顔面を狙って矢を放つ。
その間も俺たちは肉薄すべく近づいた。
「この程度で! …………あなたは!?」
「はん! 覚えていたかよ、王女さま!」
矢は鎧に覆われた腕で防がれた。
そうして自らの視界を塞いだ王女に駆け寄り、俺は挑発しつつ剣を振りかぶる。
狙うはドレスのように馬鹿みたいに開いた胸。
狙いどおり王女は俺たちへの敵意から逃げるという選択肢を捨てた。
そして王女は咄嗟に腕を割り込ませる。
だが、そこを俺が押さえれば、俺に隠れて近づいていたメーソンが次には胸に剣を突き立てるだろう。
こいつは力こそ強くなったが、戦い方ってもんをわかっちゃいない。
「やれやれ、全くどうしてこうなるのだろうな?」
作戦の成功を確信した途端、気の抜けた声が割り込んだ。
それでも俺たちは動きを止めない。
この機会は逃せない。
なのに、嫌に逃げなけりゃって考えてしまうのは何故だ?
次の瞬間、俺は背後のメーソンごと足元が吹き飛ぶ衝撃で宙に投げ出されたのだった。
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