268話:ファナ・シルヴァ
他視点
私は王国に帰って来た。
思えば私の半生は奇跡の連続だったかもしれない。
帝国の侵攻で生き残った。
その後も女ひとりで生き残って軍へと入ることができた。
クソ以下の兵士に捕まったのは不運だったけど、そこで諦めなかったからこそ神の目にとまれた。
そう思えばあれも必要な試練だったと過去のことにできる。
「あれがレジスタンスの…………? まだずいぶんと若いな」
私は大公の街と呼ばれる都市に、レジスタンスを率いて入城した。
ここで村娘でしかなかった私が、代表として王族と会う。
こんなことになるなんて思いもしなかったけど、これも神の導きあってこそと思えば、このくらい驚くほどでもないと納得できた。
神の領地での暮らしを経て、帝国でのレジスタンス活動を行えたのは、全て神がいてこそだ。
私の行動は今日まで、神によって成功が約束されていた。
「帝国軍を相手にあんな若さで立ち向かったのか?」
「しかもこの街が襲われることさえ予見していたというぞ」
「もはや神がかっているとしか言いようがない」
聞こえる声があまりにそのままで笑ってしまいそうになる。
けれど今はかつての第一王子ルージス殿下が引見している場。
失礼な振る舞いはできない。
だってここからなんだ。
レジスタンスとして、神に選ばれた者として、私が人前に立てるのは。
神にはこの会談前に一度意見をお聞きした。
けれど好きにせよとお答えになられて、それ以上は言うこともないと態度で示されている。
その信頼と、困った時には頼れと無言で語る姿が心強い。
かつては雲の上に等しかった王族と顔を合わせても、少しも引け目を感じないくらいに。
「良くやってくれた、レジスタンス。そなたらの働きは多く苦難の道を行く民の希望となる。もちろん、我々にとっても。特にファナ・シルヴァ。故国を救うために立ち戻ったその義に厚く勇敢な決断を私は心より祝福する」
「殿下」
「いや、もう私は」
「そうですか、ではルージスさま」
第一王子はすでに大公の養子となっている己の身を受け入れたようだ。
前評判では受け入れそうになかったのが、こうして実際聞くと疲れたような顔色が目についた。
けれど瞳にはまだ意欲が宿っている。
その姿は、やはり神の手の内で行く道を決められていることが良くわかる。
私がルージスさまを前に臆することはないと思えた。
「私は生まれ育った故国である故に、その国を先祖より守って来たあなたの血筋に対して膝を突きます。しかし、私の仲間は自身の国のため、己の矜持のために立った者たち。この場での起立をお許しいただけましょうか?」
「…………今は戦時。立礼で構わないとも」
膝を突かないことに咎めはなしだけれど、礼は取れと言うようだ。
退くことは覚えたその姿勢は、かつての王位を得てしかるべきという傲慢だっただろう王子の頃とは違う。
それでもまだ権勢欲は保持しているのだろう。
「では、戦果の報告を」
もちろん私の後ろにいてくださる神に膝を突かせるなんてできないし、跪けと言われていたらきっとルージスさまは後悔しただろう。
ライカンスロープ帝国やドワーフ賢王国でのことは聞いている。
神は慈悲深いけれど、必要とあれば力を振るって理解させることもある方だ。
それで言えば、まずルージスさまは一つ試練を越えた。
「第六王子と第十王子両名を捕縛。それによって一部帝国軍の武装を解除させ各種物資を獲得しております」
私の言葉に、隠しきれない期待が周囲から押し寄せるように感じる。
周辺は荒らされ、物資の当てもないこの大公の街。
なのに逃げてくる民は増えるばかりで、すでに汲々としているのだろう。
「物資に関しまして、食料は優先的にこちらの都市にお渡しする考えです」
「そちらも遠征だろうにありがたい」
安堵の色が窺えるのは、本心だからだろう。
けれどここは神の領地に近い。
そちらですでに人間の食べられる物を生産しており、帝国に配って人気取りにも使った。
それとは別に私たちレジスタンスを賄うためにも使われており、今も食糧事情に困ってはいないのだ。
やはり神の策略に穴はない。
「王子の引き渡しに関しては…………」
「いや、その前に聞きたいことがある」
ルージスさまが私を止める。
主導はこの方がしており、ここで一番のはずの大公は臣下よろしく控えていた。
「戦場で、見たこともない強力な化け物を倒していたと聞いた。そうした化け物はよく強力な何かしらを落とす」
言いさして一度私をじっと見る。
つまりは落としたものを寄越せと言いたいのだろう。
けれどその討伐には一切大公の街は関わっていない。
そんな恥知らずなことを匂わせた時点で見下げ果てるけれど、ルージスさまの目には縋るような色さえあった。
「回復ができるものがあれば、できる限りの金銭で対価として買えないか?」
対価を払うことと、願う心情のわかる物品。
これならまだこちらも頷ける。
ただ残念ながらそんなものは落とさなかったのだ。
正直に告げると、少しだけ残念そうにした上でさらに言葉を投げかけて来た。
「では、そちらにいる共和国の薬聖に治療をお願いできないか?」
ピンとこず、私は共和国という言葉でルークを見る。
するとルークはクペスさんを見た。
そう言えば神が扮して王国でごく短い期間活動していたはずだ。
その時にきっとそうした名声を手に入れたのだろう。
なるほど、争いにあって薬聖とさえ言われる名声は有用だし、身分のない状態でも売り込める布石をこんな所に仕込んでおられたんだ。
さすが神というしかない。
「発言をよろしいでしょうか? ありがとう」
クペスさんは優雅にお辞儀して、私の隣へやって来た。
「まず私の疑念をお聞きいただきたい。薬聖などと過分な呼び名。名乗った覚えもないのですが、いったいどなたがお耳に入れたのでしょう?」
「あぁ、そうか。あくまで依頼の件は『水魚』だからな。私のことは知らないのか」
ルージスさま曰く、金級探索者『水魚』に第一王子と第三王子、そして王女が揃って魔石を依頼したが、その際に『水魚』は瓦解した。
調べると同時に生き残りから報告があり、その時にトーマス・クペスという凄腕の薬師のことは聞き及んでいたという。
「なるほどなるほど。では私を共和国のと呼ぶのでしたら、わが主君に許可をお取りください。私は命じられるならば喜んで」
クペスさんはすぐさま退くと、ルークの隣で跪く。
芝居がかった大袈裟な仕草だけれど、それが如実に物語っていた。
ルークを共和国の王子、ひいては正統な継承者として扱うことで条件を飲むと。
その上で要請すればクペスさんは引き受ける。
なるほど、これが次の試練か。
「…………わかった」
「殿下!?」
大公が声を出したけれど、他の者たちもざわめく。
不安の声が大きくなろうとする中、ルージスさまは手をあげるだけで止めた。
その姿は完全にこの地を掌握した支配者のもの。
王家から追いやられて、ただ悄然としていたわけではないことがわかる。
「生きてこそ、永らえてこそ先を憂うこともある。ならば、今を生きて戦うことを優先すべきだ。何より、我々にはこのレジスタンスという有志に返すべき恩があまりに大きい」
力強い言葉は、先の見えない不安の中にある人々にとっては道しるべのようなものか。
私は神の元で安寧を得た。
けれどこの人たちは救世教なんて言う救いもしない偽神を奉る。
その不安いかばかりか同情してしまう。
それでもこうして意志を強く持てるのならば、なるほど神が選んだ方だ。
戦うことを諦めない者にこそ神は手を差し伸べてくださる。
その後は、ルークを認めてクペスさんも応諾した。
どんな治療をするかを賢人に扮した神と協議して、問題なく協力することとなる。
神ならばこの成り行きも予想の範囲だったんだろう。
「移動と戦で疲労は蓄積していることだろう。けれど最後にこれはどうしても聞かなければならない。君たちは北から入国した。その後、いったいどうやってここまで来たのだ?」
帝国軍とは違う道を選ばなければ、私たちレジスタンスは戦うしかない。
けれどそんな形跡はなく、大公の街では使者を最初信じられなかったそうだ。
気づけなかったのは当たり前だ。
戦ってないし遭遇もしていないのだから。
その道を、ルージスさまも知っているはずだけれど。
「西の山脈から続く森の霧に紛れて参りました」
「本気か!? そこは強力なレイスが出たはずだ!」
大公が信じられない思いを声にする。
「神の許しを得て通りましたので、私たちはレイスに襲われることはありませんでした」
「神?」
ルージスさまは不思議そうに呟くと、司祭服を着た者を見る。
それは救世教で私の神とは別だ。
「私が信奉する神は、救世教のような偽神ではありません」
「なんと不心得な!?」
「あのレイスたちは神の怒りです。不心得を行った七徳を名乗る者どもを遣わせたのはいったい誰だと思っているのですか?」
私の言葉に司祭服を着た男性は目を剥く。
無視してルージスさまに問いかけた。
「私はあの森で神の助けを受けました。その後、英雄ヴァン・クールとも接触したはずですが、報告を受けてはいないのですか?」
「報告、そう言えば、確か巨人が出たと…………いや、その前に宗教者に会ったと言っていたか?」
どうやら聞き知ってはいたようだ。
それなら後は答えを選ぶだけでいい。
「ルージスさま」
私の呼びかけに、記憶を呼び起こそうとしていたルージスさまは視線をあげる。
「あなたは、神を信じますか?」
ごく当たり前の私の問いに、ルージスさまは耳を疑うように動きを止めたのだった。
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