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265話:ヴァン・クール

他視点

 俺は急造ながら新調された軍服に喪章をつけて登城した。

 ひと月前に亡くした仲間のためだ。


 ホージョーという悪女は強かった。

 その美貌と弁舌、美術品と謎の多さで一部の貴族を篭絡した手腕も恐ろしいものだ。

 何せ篭絡された中には王妃がいて、気づけば国の中枢に影響力を得ていたのだから。

 そしてホージョーの画策により第一王子が廃され第三王子が皇太子になって初めて、俺はその脅威を肌で感じるまでになった。

 政治は停滞し、国内は分裂。

 結果帝国の侵攻に碌な対処もできず、国土を荒らされるまでになっていた。


「ホージョーの背後関係をまだ調べているのか? 今さらわかることもないだろう?」

「えぇ。やはり一年以上前、王国外から現れたということしか。その後の確たる痕跡も、一次情報もなく、もちろん今回の帝国と結んでいた痕跡も残されてはおりません」


 行く先から聞こえる声はまだ年若い男女のもの。

 近衛兵が俺を見て敬礼をする。

 ひと月一月前のただの軍属にはなかった所作だ。


 それが今やこうして国王へ直参できるまでになっている。


「クール鎮都将軍が参りしまた!」


 しかもご立派な称号で呼ばれるようになったのだ。


 ホージョーの本性を暴いたまでは良かった。

 けれど最後には自ら自爆して屋敷ごとを破壊し、何一つ情報は落とさず、こちらは北から連れ添った仲間を殺されている。


 俺もその爆発と屋敷の崩落に巻き込まれて重傷を負った。

 けれどそれを国王陛下が王家に伝わる秘薬で命を救ってくださっている。

 ダンジョンからもたらされた上級薬だという。

 俺はそれを得て今も不自由なく剣を振れるまでに回復した。


「陛下、ヴァン・クール参りました」

「あぁ、来たか」


 応じたのはアジュール陛下。

 俺こそ帝国の侵攻を退けるに必要な剣だとおっしゃって、薬を下賜してくださった。

 さらに鎮都将軍という、王都を守るために戦う全てにおいて権限を持つという新たな地位を俺のために用意された。

 これほど見込まれて、奮起しないわけがない。

 ましてや敵は憎き帝国。

 故郷の仇である上に、俺の力を認めてくれた北辺の領主たちを無残に殺した新帝だ。


 帝国侵攻の時期から見て、ホージョーは帝国側だとは思うが、何一つ証拠がない。

 それは今、アジュール陛下と話していた、オルヴィア姫が言ったとおりだった。


「鎮都将軍、すでに何度も聞いたがまたいいだろうか。ホージョーがいまわの際に遺した情報がほしい。些細なことでいい。せめてホージョーの情報網の端緒でも見つけなければ、どう策を弄しても帝国に筒抜けということもあるのだ」

「帝国であると断言はできませんわ、陛下」


 アジュール陛下は俺と同じ考えのようだが、オルヴィア姫は違うようだ。


 この姫君は今まで表にはでず、先代国王が国を騒がせたとして退位させられ、王妃と共に離宮に幽閉された後に出て来た。

 未婚の姫ならば親について行くところが、アジュール陛下に許されて突然表に現れた形だ。


 それまでの清楚可憐という前評判を覆す、端麗だが弱弱しさなどない鋭い知恵を発揮している。


「以前も申し上げましたが、最悪なのは第三者であることです。帝国もまた操られている可能性を除外する要素も今は存在しません」

「どういうことでしょう?」


 俺は思わず姫君に聞き返す。

 以前は許されなかったが今の地位では許される。

 そのためオルヴィア姫も答えをくれた。


「あなたは以前、私の問いにこう答えました。帝国の妾、もしくは姫などの弱者を狙う北辺の者はいないと」


 確かにその問答には覚えがある。

 アジュール陛下が即位し、俺が鎮都将軍となったその日の内に聞かれた。

 淑女としての慎みや恥じらいなどない、何処か戦地に臨む者特有の無礼さで。


「私が調べられた限りでも、帝国国内、ましてや住まいからさえも簡単には出られない身の上の女性に、なんの怨みがあったかわかりませんでした。けれど事実姫が狙われ、庇った妾が死んでいる。そのために新帝は今般の凶行に及んでいます」

「まさか、王国に罪をなすりつけた何者かに操られていると?」

「それはあまりにも、帝国を甘く見過ぎている。あそこは我が国よりも激しい継承争いだったからこそ防備が硬い」


 俺の懸念に頷いて、アジュール陛下も否定する。


「その守りを抜いて先帝は暗殺されています。そして防備が硬いからこそ、我が国の一領主程度がそれを抜けますか? やるからには入念な準備と侵入経路の確保が必要。けれど王国内部でそんな動きは観測されていません」


 言われてみればそうなのだが、それがどうしたという思いもある。


「すでに帝国は王国を侵犯しています。目の前の敵を無視して、その向こうに揺れる影を追うなど自殺行為です」

「鎮都将軍のおっしゃることは一面においては正しいでしょう。けれど国という広い視野を持つ上では偏狭すぎるものの見方です」


 オルヴィア姫は怯えもせず俺に言い返した。

 何より、アジュール陛下をも圧する眼差しで見すえる。


「新帝の暴走を凌ぎ、それで国に平和が戻るわけではありません。その先の国のあり方を考えて今から選択せねばならないのです。勝つか負けるかではなく、勝った場合、負けた場合の両面を見て最悪を想定し、今から備えるべきです」

「そんなことができれば…………」

「できるできないではなく、やらなければならないことです」


 このオルヴィア姫は妹であるはずだが、アジュール陛下は言い返せない。

 兄弟仲など知らない。

 けれどこれは何かありそうな力関係に見える。

 そしてアジュール陛下も受け入れているようにも。


 この方は自ら悪を引き受けるとおっしゃった。

 兄を排斥し、国を傾けたからには、己は悪であると。

 その上で皇太子となったからには、悪である先王を廃すさらなる悪になってでもこの国を守るために動かすと。


「オルヴィア姫、確かに必要ではありますが、それを全て陛下に押しつけるなど筋違い。何のための臣下であるとお思いか?」


 俺はアジュール陛下の覚悟を支えるためにも、ささやかな助け舟を出した。

 オルヴィア姫は、俺をまっすぐ見つめると、アジュール陛下を責め立てるような姿勢から一転した。


「言葉が過ぎました。では、陛下。どうか、諮問を行ってください。その上で、今の最善ではなく、王国が生き延びてこその最善を模索してくださいますよう、お願い申し上げます」

「…………もちろんだ」


 硬い陛下の返事を得て、オルヴィア姫は退室する。

 部屋は人払いされているため、残るのは俺と陛下のみだ。


「はぁ、助かった。少しでも甘いことを言うとあれだ。情けないところを見られている以上は、あのように発破をかけなければ動かないと思われているんだろうが」

「陛下にそのような」


 俺の言葉をアジュール陛下は手ぶりで止める。

 この方は元来陽気で近づく者の貴賤を問わない。

 軽薄に見えていた時もあったが、今となっては懐の広さだと思える。


「それに鎮都将軍を推したのもオルヴィアだ。王都にいる者の中で最も帝国への対処に明るい者はヴァン・クールしかいないと」

「そう、なのですか。知らず、ご無礼を」


 今度は恐縮してしまうと、また手振りとともに苦笑した。


「気にする必要はない。あいつは最も死にやすいところを押しつけたと思っているし、そう言っていた。…………すまん」

「陛下が心痛める必要はございません。軍に身を置く者としてこれほどの誉をいただけたのですから。それにおれ、いや、私は帝国と戦うために立ったのです。己の本懐を果たせる舞台を用意されて、私こそが感謝すべきであると常思っております」


 いつもなら腰に下げた刀がある場所に手が伸びる。

 国王を前に不敬な癖だ。

 すぐさま一兵卒のように腕を背後に組んで背筋を伸ばした。


「そう言えば、あの不思議な形の剣はその額飾りと違って戦利品だとは聞かないな。切れないものはないというが」

「そこまでではありません。が、時折大変な切れ味を持っていることは確かです」


 咎められず、興味深そうに聞かれる。

 今日の芳しくない戦線の後退を告げる前の雑談だろうと思って俺も応じた。


「あれは刀という剣で、私の師匠である方から、使いこなせる素養があるからと譲り受けたアーティファクトなのです」

「つまり、ダンジョンから? だが聞いたことがないな」

「いえ、ダンジョンではなく、五十年前に生きた英雄の一人から譲り受けたものであると」

「ほう、あの大戦か。生き残り英雄と親しんでいたならばさぞ高名な師であろうな」

「確かに師は今も、探索者の間ではアーティファクトの弓使いなどと呼ばれていますが、国に関わることのない方ですので」

「いや、聞いたことがある。招聘しようとして失敗した者の話だ。何やら使命があり、そのために強者となる者を捜していると言って断られたとか」


 アジュール陛下の言葉に思わず笑う。

 そんな大層な方ではないが、確かに言葉を飾る貴族の口から出たならそう言うことになるのだろう。


「あの方は五十年前の戦いにおいて、減る仲間を増やすことがままならない状況に汲々とした結果、次に危機が訪れた時に強者となり得る者を遺すため、自分が素養のある者を鍛えると、時には子供をさらうように連れて行くこともあったほどです」

「それは、うむ、あまり褒められた行動ではないな」


 俺は孤児だったから一も二もなく応じた。

 ただ親のいる子供は嫌がったり、親が抵抗したり、何度となくトラブルになっているのをみている。


 逆に売り込みに来た者も、気に入らなければ引き受けない。

 そのため無用な諍いに発展もしたことも少なくなかった。


「鎮都将軍の強さはそんな理由があったのだな」

「いえ、私は途中で師の教えから逃げ出しました」

「まさか、本当か?」

「…………帝国を相手に、志願兵を募集していて、まだ修行中だと師匠に反対されたため、弟子を辞めると飛び出してしまったのです」


 実はこの刀は、修行のために借りていたものだ。

 その後、名を挙げた時に偶然再会し、返そうとしたが断られた。

 強者となることを諦めていないならそのまま使い、次に伝承しろと言われて。


「あの方は、きっと、実用の武器や装備がただの珍品としてしまいこまれることを恐れていたのでしょう。それで言えば私は、あの刀を生涯振り続ける覚悟があった」

「生涯…………。そうか、戦い続けるのか」


 何処か戦くような呟きが陛下の口から洩れる。

 この王国存亡の危機に立ち、戦いを志したけれど、まだこの方は死を恐れているのだ。


「陛下、どうぞ私はあなたの剣です。私を振るって戦ってください」

「…………あぁ、そうだな。すまない、鎮都将軍。報告を、聞かせてくれ」


 今一度決意するように口を引き結んだあと、アジュール陛下は静かに俺に命じた。


隔日更新

次回:王国のレジスタンス

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