264話:彭娘
他視点
年月と共に金と人手をかけて飾った屋敷に不躾な足音が響いていた。
さらには無粋な武器の音を響かせ私のいる部屋に押し入る礼儀知らずども。
「ホージョー! 貴様の罪は明白! すぐにこの屋敷の主人、およびその家族を解放せよ!」
「まぁ、明白という割には、墓の下の故人を解放せよとは異なことを」
私は神よりたまわった、チャイナ服というあでやかな衣装を隙なく着こんで振り返った。
武器を構える正面には王国の英雄と名高いヴァン・クール。
手に持つ刀はこの世界にないもので、この英雄自体を初期から神も注目していたと聞いている。
けれど残念ながら、私はあの刀とそれにまつわるプレイヤーの影は見つけられなかった。
探索者が見つけたものかも、異界から持ち込まれたかものかも定かではない。
経歴を調べても、元が戦災孤児であるため軍に志願するまではようとして知れなかったのだ。
ただスライムハウンドを倒せる武器と人間であり、警戒は必要だった。
今回においては、一介の軍人を貴族屋敷に差し向けるという英断を行った者は誰かも考えなければならない。
私が見た目どおりだとは思わなかった何者かが、きっといるはずだ。
「墓の下の故人に対する殺害容疑もある。抵抗するなら容赦はしない。もしお前に指示した者がいるならば、情報の軽重を計り減刑も…………」
「そんな、ヴァンさん!」
どうやら手下は知らないらしく、ヴァン・クールはよく馴らした部下で有名なのに、横やりをいれている。
つまり私から情報を取ることを重視した何者かは、手下とは別にいるのだろう。
「それと、屋敷主人については、すでに跡継ぎがいる。愛人として囲った故人とは別だ」
「まぁ、突然の死に嘆かれて部屋に籠っていらっしゃる方々を、私がどうしていると? どうぞ、寝室に赴いてくださいませ。心労から寝込んでおりますのよ」
もちろん、そのほうが動きやすいため、そうなるように仕込んだのだ。
一時の感情でパトロンを殺してしまったのは失態だったけれど、神もスタファさまも重視せず、そうとわかって動くよう指示された。
けっか、こうして適当に繕って上手くことは転がっている。
本当は逃げる隙も十分あったけれど、今さらになって動く者がいたため、私は見極めようと神の領地に比べるまでもないこんな場所に残っていた。
「そうそう、王妃さまもお加減が悪くいらっしゃるそうで、お見舞いに伺いたいのです」
「王族へも毒牙を伸ばしたというなら、言葉には気をつけろ」
ヴァン・クールは殺気だって刀を構える。
「そんなまさか。心配しただけですのに。この国情ですもの、まだ未婚のお姫さまもずいぶん気遣っていらっしゃるとか?」
さらに揺さぶれば、他に微かな異変があった。
瞬きが多い、意識が他に逸れた、筋肉が強張る、そんなことでも私は見逃さない。
つまりこの襲撃の裏にいるのはオルヴィア姫がいる。
神が早い内にその動きを封じ、何故かと思って行動を追ったところ、大地神に剣を捧げた騎士団長と出会い、一目で危険と判断する洞察力を持っていた。
確かにそれだけの慧眼ならば神の目にも止まるだろう。
正直悔しい、妬ましい、たかだか餌の分際で…………。
「ヴァンさん! 屋敷の住人は見つけました! けど、様子が!」
部屋の入口を押さえた手下の向こうから声が聞こえた。
「報告を」
「寝台から降りることを拒否して、ひどく怯えています」
「何をした?」
ヴァン・クールは私から視線も刀も逸らさず問う。
「何も? 悲しみに共感して、お慰めはしましたけれど?」
少し本性をほのめかして、寝台で大人しくしているよう話しただけだ。
パトロンの死体を掲げてみせたお蔭で従順に今まで寝台の上にいた。
もちろん私も騒がなければ寝室に入らないと約束したので、今日まで守って来たのだ。
特別責められることなどしていない。
「あぁ、一つ悪いことをしたかもしれないと思うことはありましてよ?」
女ひとりと思うのか、半数はあまり警戒していない。
ただ私を確実に傷つけられる刀を持ったヴァン・クールだけは、常に切り込むすきを窺っていた。
それに動かず対処している私に気づいている勘のいい者も、やはり見た目に騙されず構えている。
この者たちのレベルは低く、敵にもならない。
けれど可能性はある。
神はこれを見抜いていらしたのだ。
だからこそ私のような矮小な者にさえ役目をお与えになる。
それが誇らしいと同時に、やはり人間などに同じ情けを向けられるとなると苛立たしく感じた。
「この国の第三二王子殿下のことでございます」
言えば面白いくらい反応が返る。
今や王国を危急存亡の秋に陥れた元凶の一人と憎む者も多い。
ただその元凶と見られるのは、皇太子を決めた国王でもあり、一点集中でヘイトを稼ぐことはできていない。
憎悪の的になっていればもっと使いようもあったのに。
「…………お前が入れ知恵をしたことはわかっている」
「まぁ、そんな悪しざまにおっしゃらなくとも。わたくしはただ、誠心誠意謝罪すべきだとご助言させていただいたまで。その後の王族方の進退など、どうして一介の妾が左右できましょう」
ヴァン・クールは言いかけた言葉を飲み込むように頬を緊張させた。
何せここで私の言葉を否定しては、王家を貶めるだけ。
けれど私の介入あってこそと調べがついているから、罵りたいと思うのだろう。
その愚かさは少し溜飲が下がる。
同時にスライムハウンドが転移をしたことを告げる異臭がした。
オルヴィア姫が裏にいるという確定情報はこれで届くし、私を的にしたおかげで他に潜む者たちは無傷だ。
そんなことにも気づけない英雄など、今さら神の元へ至れるはずもないのではないか?
滅ぶ王国でもろともに滅ぶ道を選んでいる以上、そんな雑魚には神のお目こぼしはもうないだろう。
「…………もういい。お前はこれ以上喋らせても邪悪しか吐かない手合いだ」
私に見切りをつけるようにヴァン・クールが宣言し、同時に瞬きの間に間合いを詰められていた。
私に見えたのは、首に過たず一閃が走る瞬間。
「けれど残念」
「ぐ…………!? これは、毒か!?」
私のチャイナドレスは首元も覆っており、その布地に刀が触れた瞬間、服という装備からは魅了効果が発揮される。
これでヴァン・クールは私に攻撃行動がとれない。
ただし時間と共に回復、けれど動けない隙があればいい。
「自らの王も王子も野放しで躾けもせずにおいて、か弱い女のわたくしを一方的に責めるだなんてひどい殿方。…………ひどく頭が悪くて笑ってしまうわ」
声を潜めてヴァン・クールに囁き、私はその横をすり抜けて背後の手下たちに向かう。
「ぐ、くそ! お前たち! 逃げろ! 人間じゃない!」
ヴァン・クールは私に攻撃しようとしてできず、無理をしたせいで体勢を崩して無様に床に転がる。
そんな英雄の言葉に、手下の幾人かは何かを投げた。
私は投げられたものを見つつ、投げたいけないお手ては、本性に備わった触手で千切り飛ばす。
血と叫びが吹きあがる中、一つを弾き飛ばして手下に当てる。
するとどうやら私に状態異常を起こさせる類のアイテムであることはわかった。
ただ元いた世界のものではないデザインのため、この世界作られた物で効能は未知数。
ならば当たる必要もない。
私はレベルによる身体能力でヴァン・クールの真似をした。
まだ退避もままならない手下たちの中に瞬く間に入り込んだのだ。
「まぁ、そんなに慌ててどういたしまして? せっかく土足で踏み込んだのですから、すぐに帰るなどとおっしゃらないで」
嘲弄の言葉をかけながら、私は手近な人間たちの腹を抉る。
黒い扇子を持つため片手しか使えないものの、目につく三人ほどは床に這わせた。
他は私を中心に距離を取って逃げる。
つい追い駆けそうになったところで、背後に迫る殺気に気づいて身を返した。
けれど鋭い剣閃は避けきれず、血に濡れた腕を切り落とされる。
「うわぁ!? なんだこれ! 手じゃないぞ!」
飛んだ私の腕を反射的に掴んだ人間が叫ぶ。
本体から離れたことで擬態が解けて、本来の触手が露わになったのだ。
私の腕を切り飛ばしたヴァン・クールがすぐさま動く。
「擬態しているのか! ならばこれだ!」
「しまった!?」
魅了から回復したヴァン・クールが、返す刀で私の黒い扇子を切りつける。
戦闘になっても手放さなかったことで当たりをつけられたようだ。
破損した上に私の手から黒い扇子が飛んで行く。
瞬間、来ていたチャイナドレスは破け破損し、その魅了の効果を失う。
けれど同時に膨らんだ肉が私の身を守る鎧となって、擬態していた時よりもこの身を強くした。
「ち、さっきの状態異常の薬の中に、魅了を回復する薬でも潜ませていたか」
異形の姿とそれに見合う低い声で喋れば、周囲は今までとは違う目を向けた。
そう、この目を私は知っている。
プレイヤー、ずいぶん昔に出会った気がする相手。
嫌悪された、罵倒された、嘲笑われた、ごみを見るように切り捨てられた。
私の正体を自ら暴いておいて身勝手にも攻撃してくる手合い。
「よくこの姿を暴いてくれたな! これ以上の手加減はしてやらないぞ! 餌の分際で!」
「本性を現したか! これ以上王国を荒らさせはしない!」
ヴァン・クールの声に、手下もそれぞれが得物を私に向ける。
「煩わしい! 私の程度のエネミーに致命傷を負わされる程度の脆弱さで何をするつもりでいる! 身の程を知れ!」
私はもう隠す必要もなくなった触手を一斉に動かした。
振る武器も、鎧も貫いて次々に人間たちに血反吐を吐かせる。
けれど一つだけ触手が受け止められた感触があった。
見れば、ヴァン・クールが刀で軌道を逸らした上で、吹き飛ばされても命を長らえている。
他の人間たちよりも確実に硬い。
同じような人間の見た目でこの強度は明らかにおかしかった。
それと同時に、一撃を入れても耐える様子に既視感もある。
「この手応え、まさか…………プレイヤー?」
「げほ、何を言っているか知らないが、人間を舐めるな!」
触手で即死しないため、ヴァン・クールは自らを囮に私へ接近した。
その果敢さに手下も闘志を吹き返して、少ないながらに体力を削ってくる。
蟻のように私を襲う男どもはしつこく諦めることはない。
最初は痛手を負わせた後には離脱しようと思っていたのに、私もいつしか切り上げることをやめて、邪魔な男たちを殺すことに執心してしまっていた。
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