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27話:黒判定

 俺とスタファは公国へと辿り着いた。


 山際の古い町並みは太い木の柱が土壁に装飾のように埋まってる。

 人が歩き続けて磨いた石畳は凸凹ながら表面は丸くつややかだ。

 馴染みのない煙突も実用として存在している姿が興味を引く。


(本当、観光地に来たって感じだ。VRが発達してたって言っても、やっぱり限界があるんだよな)


 VRを本当に現実に近づけることはできるにはできるらしい。

 けれどそこには人体にどれだけ負荷をかけるかとか、安全面での問題とかがあってゲームに実装するような技術ではない。


 というのを、『封印大陸』を作っている時に聞いたことがある。


「市場調査を行い、この世界の技術力を検分したいと思うのですがよろしいでしょうか?」


 そうスタファが言い出して、高級店らしい場所を選んでのウィンドウショッピングが始まった。

 服飾、装飾、家具や香水など色々回ったが、金なんて持ってないからどうするかとひやひやしたものだ。

 けれどスタファは当たり前のように接客をされ、最高品質の物を持ってくるよう命じ、店員と談笑して何も買わず颯爽と店を出る。


 小市民としては冷やかしとしか思えない。

 けれどどの店の店員も揃って店の外まで出て見送った。

 これはこの国の人間がサービス精神旺盛なのか、スタファのコミュ力が高いのかどっちだ?


「山の民?」

「はい、か、みぃ…………イース。あちらの山には神がおり、神域として山の民が守り住んでいると聞きましたの」


 イースとは俺が名乗っている偽名。

 ダイチでも良かったけど、せっかく立派な鎧なんだからそれっぽい名前でイース・グランドレーとした。


 思いつきだし慣れないスタファが妙な言動になっている。


(まぁ、グランドレイスをもじっただけだけどな)


 ただスタファは普段から神、神と呼びすぎな気もする。


 あとスタファも偽名を名乗るかと聞いたものの、俺に呼ばれるならそのまま名前がいいと言っていた。

 けどつき従う騎士を装っているから、俺のほうからスタファを呼ぶ機会は今のところない。


「世間知らずの令嬢として、山の民に興味本位に近づいてみる、といった態でいかがでしょう?」

「山の神の情報を何かしら持っているのはその者たちだな。いいだろう」


 小声で打ち合わせをして、俺たちは山へ分け入った。

 そしてほどなく、顔を真っ赤にして息も荒い若者に呼び止められる。


「ひぃ、はぁ、は、あ、あの…………その…………はぁ、はぁ」


 大丈夫かこいつ?

 息が荒い以外にもまるで言葉が不自由そうに意味を成さない声を出し続けてる。


 俺の後ろから来たから、成り行きでスタファの前に出てた。

 するとスタファはまるで俺に縋るように身を寄せて来る。


「山の民では?」


 あ、なるほど。耳うちするためか。

 それに地元民が近寄らない山の中にいるのなら、言葉が不自由なのも文明社会から距離を取っているなら納得だ。


「君は山の民と呼ばれる山の神の信徒だろうか?」

「は、はい! そう呼ばれています! それで、あ、あなた方は、いったい?」

「ただの旅行者だ。古い信仰の残る地であると聞いたため、古跡を旅の思い出にしたいとお嬢さまがおっしゃられた」


 それっぽい観光人を装って話すんだけど、なんでか山の民の目はスタファに釘づけになってる。


(そうか、こいつが挙動不審なのはのぼせ上がってるのか)


 ゲームのキャラとして設定は美女に化けているとなっているのだから、スタファの造詣は人形のように整っている。


 美人を前に言葉が出てこないなんて、異世界でも人間は同じようだ。


「…………山の民であるのなら、私に山の神についてお話を聞かせてくださらない? 本当にこの山には神と呼ばれる者がいるのかしら?」


 スタファも視線に気づいたようで、俺から離れて一歩前に出た。


「も、もちろん! 山の神を見たという者はここ百年いないそうですが、山の神がいた証拠なら山のあちこちに! あ、案内させていただきます!」

「まぁ、親切なお方。道々お話も聞かせてね?」

「はいぃ!」


 ちょっとテンション高すぎて怖いけど、他に当てもないしな。


「山の神は、はるか昔に起きた大戦を生き残り、同じく生き残った人間を守るとしてこの山に居を構えられ、それが公国の始まりなのです」

「大戦、それはいったいいつくらいのことかしら? 五十年前に大変な争いがあったと聞いているわ」

「それは異界の悪魔ですね。異界の悪魔が現われるよりも昔です。三千年ほど前までは神々が地上に暮らす神代でした。神々の間で争いが起こり、今では地上に残る神は少なくと伝わっています」


 俺の世界で四千年前にはもう現代に繋がる文明の基礎はあったはずだ。

 四大文明も一万年前だったか?

 と考えるとこの世界の文明はまだまだ未発達な部類と言えるだろうか?


 それとも紀元前みたいな区切りが三千年前なのかもしれない。


「ここが神の遺跡、足下の石と呼ばれる物です」


 案内されたのは山の中の岩場。

 砂岩のような石の中に足の指らしきへこみがある。

 その大きさは指の窪みに人間一人座り込めるほど。


 この足を持つ直立の人間を想像すると、五メートルはあるようだ。


「大きいな」

「ほどほどですね」


 俺とスタファの感想の違いは、きっと元の体の大きさの差だな。


「こちらは山の神が祭祀場と定めた際に作ったモニュメントだと言われています」


 次に案内されたのはストーンヘンジのような巨石群。


「こちらは神の腰掛と呼ばれ、あちらは暦の塔と呼ばれる神の指示で作った石塔です」


 いいな、なんか観光してるって感じだ。


「そしてこちらが僕たちの祖先が神との契約を書き記した壁画です」


 これもなんか世界遺産であったのに似てる。

 赤と黒の周辺でとれるだろう染料で描かれた抽象画のような拙い写実。


 竜や巨人、巨鳥なんかが描かれており、人間はとても小さい。

 けれど中には輝くような集中線の演出をされた人間が竜に戦いを挑んでいるような絵もある。


「少し休憩しますか? お二人とも言わないので失念してました。お疲れでしょう」

「いや、気遣いは結構」

「私も興味が尽きず疲れを感じませんわ」

「そ、そうですか? 結構登って来たんですけど?」


 そう言えばだいぶ歩いたな。


「…………マップ化」


 俺は鎧の中で聞こえないようスキルを発動する。

 すると辺りが3Dマッピング状態で把握できた。

 さらに山の起伏や木々のみならず、そこに潜む人間たちの姿もわかる。


 なるほど、大規模攻撃のためのスキルなら、攻撃対象となる相手を特定することも能力の範囲か。


「ところで、ここには山の民だけが住んでいるのか? 山賊の類は?」

「いえ、そんな不届き者ここにはいません」

「では、今隠れて我々を監視しているのは不届き者でいいんだな?」

「え!?」


 俺は潜んでる一人一人に鎧の腕を上げて指を差してみせる。

 総勢十人は俺に把握されてることに気づくも退く気配はない。


 俺は威嚇目的で剣に手をかけた。

 すると案内を買って出た山の民が俺の目の前に恐ろしいほどの速さで土下座する。


「き、きっと仲間です! どうか無礼をお許しください! ご令嬢の美しさに皆目を奪われてるんです! 僕の幼馴染と従兄も山を下りて街まで見に行くほど麗しいお姿に引かれていました! 何分娯楽などない山の中の暮らし! ましてや外界との交流も少ない一族ですので高貴な方との接し方など知らないのです! ご不快ではございましょうが、どうか今一度お慈悲を!」


 すごい流暢に喋れるじゃん。

 いや、これって命乞いか?

 ってことは潜んでるの山の民?


 俺があっけに取られていると、スタファが黒い扇子で口元を覆い山を睨んだ。


「盗み見などと躾の悪い真似はやめておいでなさい。それもできぬというのならば我が騎士の目の届かぬ所まで去りなさい、無礼者!」


 一喝に潜む十人は四と六に別れて山の中を動く。

 が、場所を変えただけでまだ包囲するようにこちらを窺ってる。


「これほど言っても散らぬのなら、どうやら賊であったようだ。ならば、数の少ないほうから」


 俺が四人のほうに狙いを定めると、甲高い鳥の鳴き声があがった。

 瞬間、十人は示し合わせたようにマップ化の範囲外へと去る。


「鳥…………?」

「そ、それもお気づきですか? その、山の中だと声や仕草での合図より、指笛で鳥の鳴き真似をしたほうが聞き取りやすくてですね」


 なんか大汗を掻いてる案内の山の民が勝手に説明を始めた。

 どうやら鳥の声と思った音は合図の指笛だったらしい。


「…………退いたのならいい」

「では遺跡の説明を続けてくださいな」

「は、はい! ご寛恕、感謝いたします! 次は何を?」


 山の民は大袈裟に喜んで見せると、機嫌を取るようにスタファへ聞く。


「では、こちらの絵のこの燃えている巨人が何かを教えてくださる?」


 黒で描かれた巨人の周囲を、赤で描かれた丸が取り囲んでいる。

 さらにその下に小さく人々が描かれているから、黒い人物は巨人なのだろう。


「そちらは僕たちが信仰する山の神です。山に出る火は神の使いである火の精で、夜見ても近づいてはいけないと」

「火の、精?」

「お、同じ言葉なだけかもしれないから。な? こちらは気にするな。説明を続けろ」


 反応するスタファに声かけて、俺は山の民に続けるよう指示した。


「は、はい。これは山の神が怒り山を焼き炎を纏い暴れたという過去の伝説を描いたものです。その姿はまるで生きる炎のようであったと」

「黒では!?」

「待ちなさい」


 スタファが声を大きくしたせいで、山の民はびっくりして跳びあがった。

 次の瞬間、山の民の目は限界まで見開かれてその場で崩れ落ちる。


「いったいどうした?」

「あ、あぁ…………火の精!?」


 山の民が叫んで指差す先には、火の玉が林間をゆらゆらと揺れていたのだった。


毎日更新

次回:山の民の神

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