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261話:王国侵攻

 元から帝国は王国を侵攻する準備をしており、前哨戦も済ませている。

 そのせいか新帝がやる気になったら王国侵攻はすぐに動いた。


「ずいぶんと早いな。妾の死はそこまでの動機だったのか?」


 俺は今、帝国が制圧した王国北を眺める位置にいる。

 帝国の本隊はすでに侵攻を進めるため先に行軍していて、周囲にこちらへ注意を向ける者はいない。


 残されたのは無残に焼き払われた大地、打ち壊された砦。

 そして埋葬もされず野ざらしにされた貴賤を問わない死体だ。


「功を焦る王子、新帝に取り入りたい臣下、逆に新帝を帝都より遠ざけたい政敵。それらの動きは神の手の内。そう思えば、新帝のこの苛烈さは予想以上と言えますね」


 スタファがやっぱり俺が何かしたと思い込んで笑う。

 さすがにいつもの白いドレスは目立つので、今は銀髪を隠す黒いベールをかぶり、ドレスも濃紺に着替えていた。


「内応者を仕込み、的確に弱い場所を指示して攻撃させ、欲に走らせながら統率を外れさせない。わたくしはティダとアルブムルナの手腕こそ、新帝を心地よく走らせるのだと思いましてよ」


 チェルヴァは目立つ黄昏色のドレスを脱がず、上から墨色のローブを着て誤魔化している。


 俺たちは高い位置にある山の岩場から見下ろしているので、目立たない恰好は念のためだ。

 俺も頭からマントを被って身を縮めていた。


「だがこの勢いがいつまでも続くはずはないだろう?」


 今まで小競り合いをしていたが、それが一気に北辺の守りを抜いての快進撃だ。

 ただし新帝は休まず進軍を続けている。

 その上、帝国国内から大量の兵を動員した。

 それに合わせて今も、食糧や水と言った必要物資を集めては送ることを同時進行にしている。


 まだ兵站は安定していない上に、軍が先行しているためどうしても兵糧の確保が後手に回っている。

 進んでいけば足りなくなり兵も止まるだろう。

 新帝も腹が減れば気持ちだけでは進み続けることはできない。


(もし敵の真ん中で止まったら、大将取られて一発逆転あるんじゃないか?)


 俺の疑問にチェルヴァが微笑む。


「えぇ、確かに見計らって止めなければなりませんわ。機を誤れば、同時に王国内でも弱める動きをしている策が、上手く動いてはくれないかもしれませんわね」

「この勢いが緩み、飢えた帝国兵が周辺住民を蹂躙し、より混迷を極めてくれれば、それを討った時より劇的な演出となります」


 スタファもどうやら俺が考えつくことくらい対処しているらしい。

 だったら俺は委ねるだけだ。

 …………うん? だけでいいよな?

 なんか色々言ってたけど、大丈夫だよな、うん。


「アルブムルナとティダがレジスタンスも上手く動かしているのだから、こちらも合わせないと」

「えぇ、タイミングはよくよく計るように気をつけているけれど、新帝に予想以上の頑張りをされてもねぇ」


 スタファにチェルヴァが応じるのは、どうやら高度な戦略があるらしい。

 余計に俺は口を挟むべきではないな。


 そうして数日、新帝の快進撃が続いた。


「おや、数日前に開戦でもうそこまで進軍したのかい? これは急ぎカトルどのに最新の情報をお届けすべきだろう」


 一時大地神の大陸に戻ったヴェノスは、新帝の侵攻の早さに驚く。

 地図で地名を確かめ、王国側が対処できていない状況を聞くと、そのままカトルのいる議長国へととんぼ返りになった。


「労いの言葉をかけるべきったか?」

「僕たち、あまり何もできてないので、今は褒められても、あんまり…………」


 俺の側にいるグランディオンが耳と尻尾を下げる。

 グランディオンの担当するライカンスロープ帝国は、地元民が頑張っていて確かにすることはないんだろう。

 それに距離があって帝国の王国侵攻なんて他所の話だ。

 定期連絡で来ただけで、ヴェノスほど忙しそうでもない。


 俺としては暇な奴が他にいてうれしいくらいなんだが。


「…………では、少し話を聞いて、ヴェノスの手伝いになる情報を持って行ってやるといい。それとも、私にライカンスロープ帝国と、議長国の連携についてせつめ…………報告、してくれるか?」


 どっちにしても俺は有益だ。


 するとグランディオンは尻尾を立てて前のめりになった。


「あの、あのですね、議長国に神聖連邦の人が来てたらしいんです!」


 どうやら俺に報告することがあったようだ。

 本来ならヴェノスが言う予定っだったが、帰ってしまったので代役をするつもりなんだろう。


「神聖連邦からということは、またぞろ我々を不快にさせたような?」

「いえ、議長国は港があって、そこで神聖連邦と定期的に大きな船を行き来させてるそうです。それで、共和国を避けてたとか」


 なるほど、貿易ルートということか。

 陸路は間に共和国という荒地だし、それよりも議長国へ海路のほうが安全なんだろう。


「なんだか大事な話をする人が一緒に来てるらしいって、商人さんが言ってたそうです」

「カトルが言うほどとなると、神聖連邦の高官というところか。つまり、議長国も相応に地位の高い者が相手をするということだな?」

「はい! そのとおりです」


 グランディオンは目を輝かせるが、前世でも外相会談とかあったし当たり前の想像だ。


「戦争を想定した話し合いだったんじゃないかって」


 カトルの予想は共和国の征圧であり、議長国と組んで東西から攻めること。

 北の王国は今手を出せない国情なので、神聖連邦は共和国をさっさと押さえたいようだ。


 しかも共和国全土の征圧ではない。

 欲しい要衝だけを押さえる方向らしく、全部押さえて面倒を見るような手間はかけないだろうという。


「現実的ではあるけれど、頼るのが少し遅かったようね」

「我が君は大神。人間が思いつくことなどすでに手を打っていましてよ」


 スタファとチェルヴァが笑い合う。

 こういう時は仲良しだな。


(まぁ、今回は運よくカトルが行ってくれたから良かっただけで…………そう考えるとカトル相当勘が利く? 今度意見聞いてみようかな)


 カトルがすでに議長国の発言権がある人物に折衝しており、ライカンスロープ帝国、ドワーフ賢王国の様子を伝え、争うことの不利を説いた。

 帝国でのレジスタンス活動や王国の継嗣争いなど不安材料も伝えており、今は守りに入るべきだと説得したそうだ。


「戻りました」

「ヴェノス?」


 さっき戻って、すぐ出て行ったのにまた戻って来た。


「何か不測の事態か?」

「いえ、神の想像の範囲内ではあります」


 知らん知らん、なんのことだ?


「聞かせてみよ」


 偉そうに繕って言えば、ヴェノスは騎士らしく胸に手を当ててまっすぐ立つ。

 本当こういうのがさまになるよな。


「神聖連邦が議長国に、共和国への同時侵攻を持ちかけました」

「あぁ、それは今、多忙なヴェノスに代わってグランディオンから報告を受けていた」

「あ、あ、勝手なことを、ごめんなさい」

「いやいや、神にお知らせすることの重要性は確かだ。グランディオンが私の不明を補ってくれるとは、礼こそ言っても責めることはない」


 うん、紳士だ。


 そんなヴェノスの報告はやはり神聖連邦が繋ぎを取って同時侵攻するという話。

 そして欲しいところだけを今の内に掠め盗ろうという内容だった。


「同時に、何故兵を発していながら動かないのかという確認でした」


 カトルに報せに行ったついでに、向こうからも新情報があったそうだ。


「どうも共和国への派兵は議長国の総意ではなく、欲に逸った者たちが手を貸したというのが実情だそうです。議会からの承認や支援は受けていなかったとか」

「つまり、赤髪の独断だったと」


 傾国の美女のエネミーは派兵できるだけの人員を独力で組織したことになる。

 案外辣腕じゃないか? 統率力俺よりあるかも?


「勢力も議長国が認識していた時点では大きくなく、けれど共和国内で応じる勢力は見繕っていたそうです。結果としては即座に首都を陥落。議長国側も噛んでおけば良かったと言うところに神聖連邦が話を持ち込んでいました」


 なんの密約もなし、支援もなしで逃がした魚は大きいと気づいた。

 できれば美味しいところを得たいが、後ろから襲っては謗りを受ける。

 名を取るか実を取るかという状況。


「そこで神のご指示のとおり動きまして」


 俺は漏れそうになる声を飲み込む。

 全く覚えがないぞ!


「カトルどのが議長国で神が気にされていたのは誰かと聞かれたので、以前名の挙がった者を伝えたところ、即座にその者たちと連絡を取ったのです」

「た、しか…………選択を間違えない市長、だったか?」

「それとドワーフからの侵攻を退けたという者がいたかと。王国での人間の強さを思えば、強者として」


 スタファの補足で思い出す。

 そうだ、強者は誰かと話した時に出た名だ。

 選択を間違えないは確かギフト持ちを探った時。


「はい、その二名を挙げました。そして機先を制したことが功を奏し、神聖連邦がやって来たのと時を同じくして説得がなっております」


 選択を間違えない市長は、カトルから俺に従うか抗うかの二択で即座に陥落したんだとか。

 味方になって一緒に将軍を説得してくれたという。

 ちなみに、ドワーフ賢王国でのことが将軍には効いたそうだ。


 そこの二人が神聖連邦との接触と同時に議長国の首脳に談判をした。

 渡りに船だった神聖連邦の誘いをいったん保留にさせたそうだ。


「まさに神の示唆がなければなしえなかったでしょう。ギフトを使った結果、やはり神の誘いと神聖連邦の誘い、どちらが議長国のためになるかという選択では、神が選ばれたそうです」


 ヴェノスは俺を讃えるが、それ普通にお前とカトルの功績だぞ?

 うん、いっぱい褒めよう、そしてカトルにはメノウいっぱいあげよう。

 俺は密かにそう決心した。


隔日更新

次回:王国分断

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