260話:ぽんたぬ
他視点
異世界転移? 転生? なんでもいい。
ともかく世界は変わったし、私の日常は書き替えられた。
だったらここで生きて行くしかない。
だから戦った、だから家族を作った、だからこの世界で最も安定した権威である神聖連邦から少し離れて暮らした。
こっちで暮らす覚悟はしょうがなく決めたけど、それで責任だとか、義務だとかを負うつもりなんてない。
私はこの世界に生まれたわけじゃないんだもの。
「やっぱり効率が悪いな。まだレベル五しか上がってないぞ」
「錬金術ジョブがいれば、経験値五パーアップできたんだけどな」
フルートリスに用意された神聖連邦の部屋で、フルートリスとストックが気楽に話す。
強敵が現われそうだからパワーレベリングしなきゃって話だけど、ゲームほど上手くはいっていない。
戦うための準備とか、私はそれが嫌で距離を取ったのに。
家族を巻き込まれないよう戦闘からは遠ざけたけど、晩年になってこんなことになるなんて。
「ノーライフキャッスルに行ければいいんだが、距離がなぁ」
「経験値が美味いのはドラゴンクラウドだが、そっちはこの世界にあるかもわからないし」
二人は楽しそう。
結局見た目は女でも、フルートリスの内面は男のまま。
戦うことが好きなんだ。
けど私は違う。
ゲームだから楽しめた。
それが現実になったって、周囲よりも強い力があったって関係ない。
戦うことは嫌いだし、争いに命を懸けるのも嫌だ。
「東の巨人を一体釣り出してみるか?」
「上手くいけばボス狩りにはなるな」
しかも危ない話を始める。
こういう戦いに巻き込むことを念頭にしてる神聖連邦から離れたのに。
けどここで無視したら家族に被害が出る結果になりかねない。
それは止めないと、私が戦うことになっても。
でも安全確保して、私以外の誰かが世界を救ってくれるよう育てるのは悪くない。
今はこれが私として一番安全を計れる状況だ。
だからこそ、危険を冒したくはないし、育てた人員を無駄に減らすこともしたくない。
「それ、レベル足りない人連れて私たちだけで倒せる? 蘇生できるって言っても限りはあるんだから。効率を考えるなら、底上げで人員増やしてまずはレベル六十代を増やすこと考えたほうがいいんじゃない?」
「確かにレベル百が百人いても足りないし、今いる七徳の五人だけをレベルマにしてもな。足りないレベルを数で補うのもありか」
「いや、レベルマにするのが最低条件だ。アンナが言うような安全ばっかり拘ってたら戦えない奴だけになる」
賛同ぎみなストックにフルートリスが否定する。
けどそのとおりだ。
ゲームでもレベルが足りないプレイヤーが束になったところで、レイドボスは倒せない。
必要なのはレベルマ、アーツマ、熟練度マのプレイヤーだ。
だけど私は命を賭けたくはない。
だからこそ安全で地道に強化できる位置を探るしかない。
「巨人釣りなんて危ないことするには早いって。七徳が今、英雄の子孫とか名うての人集めてる途中でしょ」
七徳の五人自体は私たちが鍛えてる。
つまり動いてるのは部下の二十一士以下の人間だ。
「そっちの進捗どうなってるか、フルートリス知らないの?」
「あ、そう言えば本人も自分が子孫って気づいてないタイプの奴らに繋ぎ取り始めたって聞いたな」
よぉし、話題を変えることに成功だ。
「やっぱり子孫が鍛えやすいって神聖連邦も睨んでるってことか?」
ストックも乗る。
子孫はプレイヤーの血を引いていて、どうやらゲームの時のルールが適用される存在。
つまり、必要経験値がプレイヤーと同じでジョブやアーツの構成も同じにできる。
そして老いが遅い。
能力が数値化されていないこの世界の人間と違って、防御力や耐久力という概念が適応されているらしい。
言ってしまえば、現地人より死ににくいのだ。
それらは神聖連邦が幾多のプレイヤーとその子孫を調べて残した研究結果。
「も? どういうことだ、畑?」
ストックの台詞にフルートリスが目を向けた。
「いや、五十年前に弟子みたいにして連れてた奴いたの覚えてるか? あいつが子孫が強くなりやすいって知って、鍛えるために捜すことしててさ」
「何それ? だったらその弟子が鍛えた相手捕まえれば戦力アップじゃん」
テンションを上げる私にストックが困った様子を見せる。
「それが、ここ二十年くらい会ってないから、今もやってるか知らないんだよ。そうでなくても五十年前戦争終わってから各地旅して回るような生活してたから、今も何処いるか知らないんだ」
無理だというストックに、フルートリスは考え込んだ。
「それでも五十年前に捜して、二十年前には会ってる。だったらその時に子孫として鍛えた相手聞いてないのか?」
「あぁ、えーと、あれだ」
ストックが言葉に詰まるけど、わかる。
この歳になるとなんか出てこないんだよね。
すぐにあれとか、あのときとか言って、わからないって孫に怒られたり。
「あのぉ、丸い盾の…………」
「あ、大楯か」
私わからないけどフルートリスが知ってる相手だったらしい。
つまりそれだけ名うて? レベル高い?
「誰? 有名人?」
「金級探索者だよ。しかもソロ。今だとアーティファクトの盾使いとかも呼ばれる。たしかそっちにはもう七徳が接触はかってたはずだ」
私も聞いたことあるけど、活動年代がおかしい。
「その名前聞いたの、三十年は前だけど?」
「確か、親から引き継いでるゲーム装備使ってる探索者らしい?」
ストックは変わらずあやふやだ。
けれど名前の由来になる同じ武器を使っているなら、三十年前から今も現役である理由はわかった。
フルートリスは神聖連邦側から得た情報を教えてくれる。
「確か、五十年前にも親かその上の代が参戦してたはずだ。けど俺たちプレイヤーとは被らない戦場任されてた」
「わざわざ別? プレイヤーに思うところある奴なのか?」
「あぁ、逆に子孫だからこそ悪質なプレイヤー警戒してるとか?」
私とストックの予想は外れたようで、フルートリスは首を横に振った。
「お前ら知らないか。持ってる大楯、ウンフェルシェートモントって言う名前の装備でな。初期の頃は最強装備って言われてたんだよ」
「最強? 俺もその盾なら知ってるけど、ちょっと癖あって使いにくい感じだった気がするぞ? あと形から、ボウルって言われてた」
私は知らないけど、ストックは聞き覚えのある装備のようだ。
どうやら調理器具のボウルに似た形らしい。
真ん丸な盾で、前方方向には完全防御を発揮する。
ただし攻撃を受け続けていると、確率で弾き飛ばし効果が生じてプレイヤーは体勢を崩し、完全防御も突破されるんだとか。
何より真後ろからの攻撃には無防備。
一度構えると身を返すのも鈍重。
周囲を味方に守られてのタンク役でヘイトを稼ぐ別の装備やアイテムを使ってようやく実用に耐えるそうだ。
「それは調整入った後の性能だ。初期はそれこそ本当に完全防御で、前後左右全部の攻撃が防御判定だったんだよ。もちろん、確率弾き飛ばし判定もなし」
「何それ。え、攻撃は? ただ守るだけでもやりようはあるだろうけど」
「盾使って攻撃できるジョブのアーツあれば、守ったままカウンター可能」
「うわ、敵にいたら調整早よってとこだが。うん? まさか」
ストックが何かに気づくと、フルートリスは肩を竦める。
「その金級探索者、初期の調整なしで使ってるんだよ」
「そんなのあるの!? ってことは、私もそれ使えば完全防御?」
身を守れるならどうにかして手に入れたい。
戦うことは家族にしてほしくないけど、そんな身の守り方あるなら鍛えるのもありだ。
けど興奮する私に、フルートリスが指を振る。
「そこでプレイヤーと離されてた理由だ。どうも俺たち調整後のプレイヤーが触ると、初期から調整されてなかった装備にも調整が適用になる。つまり、俺たちが手にした時点でその無敵盾はただの癖のある装備になり下がるんだ」
だから戦場を別けられた。
強力な防御が失われないように。
フルートリス曰く、実際そうしてかつてほどの性能が失われた装備が幾つも報告されているそうだ。
調整後のプレイヤーが触るというトリガーが判明するまでずいぶんかかったという。
「えぇ、なぁんだー」
「ってわけだから、その大楯とは連絡がついてる。先祖代々、異界の悪魔現われたら神聖連邦に連絡取って、装備の継承者が参戦するって約束してるらしい。今回も一番に連絡された。今帝国離れてこっちに来るために旅してるそうだ。ついたらたぶん、接触禁止を言われるぞ」
フルートリスがいうには、今も繋がりのある子孫はすでに移動を始めているんだって。
「あ、そう言えば近いところで公国に最強の狂戦士いるだろ。あいつ子孫じゃないのか? 強いんだろ?」
ストックは公国を通ってきたはずだけど、怪我人を抱えてて接触はしなかったという。
「会う暇なかったが、いるっていうのはうわさで散々聞いた」
「あぁ、そっちは拒否されてるらしい。あと、子孫でもないそうだ」
「へぇ、つまり素で強いの? すごいね」
私の感想にフルートリスが手を振る。
「それがどうも、渋る相手を散々口説いた末に、ギフト持ちらしいことを聞きだしたそうだ。で、絶対戦力にはなれないとかで、拒否されてるらしい」
「自分の世界のために戦ってもいいじゃない。強くするって言ってるのに」
「まぁ、相手にも理由があるんだろ。それに、いきなり世界の危機だって言っても信じられないだろうしな」
ストックの顔を盗み見ると、どこかわくわくしている様子が窺えた。
その雰囲気はフルートリスにもある。
やっぱり私はわからない。
こんな理不尽なことに前のめりになるなんて。
生き残るために戦わないといけないのはわかってるけど、私は平和な暮らしが心底ほしかった。
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