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259話:トリーダック

他視点

 ここのところ振るわない。

 俺はそんな気持ちを持て余して一人、呼び出された探索者ギルドの部屋で担当職員を待っていた。


「いやいや、お待たせしました。トリーダックさん」


 入って来たのは若手の職員で俺も見覚えがない。

 そんなの一人ってことは、簡単な確認作業とみていいだろう。


「今回は残念でしたね。パーティの皆さん負傷で動けないとは」

「下手打ったと言いたいのか?」

「い、いえいえ、滅相もない。そんな邪推しないでくださいよ。ちょっと心配しただけじゃないですか」


 言い訳する職員を睨めば、途端に肩を跳ね上げて萎縮した。

 せかせかと手元に持ってきた書類を開いて、用件を急ぐ。


 こっちとしては最初から待たせた分、急いで終わらせやがれってもんだ。


「えーと、ですね。今日は共和国のほうでの出来事の事実確認を」

「あぁ!? もう飽きるほど話しただろうが? その上でてめぇらは信憑性がないだとか散々言いやがったくせに今さら何だってんだ!?」

「ひぃ! 僕に言わないでくださいよ!」


 書類を抱え込んでみっともない声を上げる。

 その間抜けさに俺も上った血が下がった。


「…………で? なんだって今さら」

「あれ? 共和国で共和国倒されたって知りません?」

「はぁ?」


 馬鹿な言葉遊びだが、記憶を手繰れば確かに共和国で何かあったらしいという声を聞いた気がする。


 俺らは依頼で街を離れてた。

 しかも仲間たちが怪我して動くのもやっとの状態で戻ることになっている。

 だから噂話なんてそっちのけでまずは看病やら依頼の始末やらして、忙しくしてたところでこの呼び出しだった。


「確か、共和国に攻め入った奴がいるってのは聞いた気がするな」

「それです。実はこっちまで逃げてきた人がいて、どうも共和国の首都落ちたらしいんですよ」

「なんだと!?」


 よぎるのはセナ・マギステルの姿。

 それなりにやり手で、その上で小狡い手も優位を取れるとなれば迷わない判断力もある相手。

 そいつが指をくわえて首都を明け渡すとも思えない。


「おう、セナ・マギステルはどうした?」

「首都の陥落と同時に、セナ・マギステルは処刑されたようですよ。なんか、共和国の村や町にそう言う発布が出されたそうで」


 職員はいちいち書類を確かめながら答える。

 つまり自分で調べてない伝聞ばかりで、こいつに詳しいこと聞いても無駄だ。


「セナ・マギステルのことなら知らんぞ」

「いえ、そっちではなく。生きてるっていう王子と王女についてです」

「はぁ!? なんで今さらそっちなんだよ! 共和国どうした!?」

「ひぃ! だ、だって、共和国の首都に軍進めたのが王家の生き残りなんですぅ!」


 回りくどいわ!

 俺はようやく用件が見えた。


 つまり一度は現実的じゃないと聞き流した俺の報告、それが本当なら大問題だと今頃になって慌てやがったな。


「それで? 前にも言ったとおり、俺が知ってるのは奴らが消えるまでだ。それ以上は知らん」

「えっと、まずは確認からで…………」


 もたもたと書類を捲る若手職員。


「まず王国でなんか怪しい人を見つけたんですよね?」

「なんで俺のあの報告がそんな適当なことになってんだよ!?」


 あまりのことに怒鳴るついでに、我慢ならず書類をひったくった。

 見れば俺の報告の要点だけが書きだしてあり、真偽不明の文字が乱立する。


「俺が王国に行ったのがまず依頼だってことさえ書いてねぇじゃねぇか」


 ぼやきながら文字を追えば、王国国境で『血塗れ団』の首領と交戦し、共和国へ追走。

 その時点で俺への評価が悪くなってることが書いてある。


 依頼中だと書いてないくせに、ギルドの意向にそぐわないだとかなんとか。

 ふざけやがって。


「ともかく、俺は『血塗れ団』の首領のブラッドリィを見つけて追った。首都で追いついた時にはすでに王女と手を組んでやがった。そこから奴らは王子の軟禁されてた塔を二度襲撃。二度目で見張り全てを殺し、王子を救出。殺された中には『闇の彷徨』ヴィル・ランドルフもいる。で、塔を内側から崩壊させて、本人たちはかき消えちまった」

「いや、嘘でしょ」


 俺は机を殴りつけるついでに奪った書類も叩き返す。


「嘘つくならもっとばれねぇ嘘つくくらいの知恵くらいあるわ!」


 ギルド側は俺の言い分を信じず、ましてや国外の面倒ごとは調査もできないと真偽さえ確かめずに放置していたくせに。


「え、えぇと、つまり、トリーダックさんは王子と王女は生きてるっていうんですよね? っていうか、生きてるのを一年くらい前に見てるんですよね?」

「それがどうした?」

「えっと、なんだったかな…………? あ、これだ」


 また書類を捲って若手職員はもたもたと話し出す。


「逃げてきた人は、王政復古の号令? とかいう告知があったって言うんです。それで、王子と王女は幽閉中の拷問で死んでて、証拠ごと塔を崩壊してうやむやに。王家の生き残りなのに葬儀もせず、埋葬も王家ゆかりの墓地にしてないって共和国議会の非道を訴えているそうです」

「生きてるんだから葬式もしてなけりゃ、墓地にいるわけねぇだろ」

「え、あぁ、そう言われて見れば」


 若手職員は納得して気軽にうなずく。


「ま、『血塗れ団』とか『闇の彷徨』は大袈裟ですけど」

「あんでだよ!? 死にかけの王子一瞬で治したとか、消えたとかのほうがありえねぇって言われたわ!」


 一瞬職員の目が鋭い光を帯びる。

 反射的に睨むと、とたんに怯えた様子になり、気のせいだったかと首を捻った。


「本当怒鳴らないでくださいよぉ。そんな塔が崩壊しえるとかって時に、地下にでも降りたら見間違うかもって思っただけなんですから」


 言われて見れば、そのとおりだ。

 そうか、あいつら逃げ道が最初からあっちにあるとわかってて…………。


 俺は今さらそんな可能性に気づかず、目の前から消えた、生きて姿を消したと騒いでいたのが恥ずかしくなった。


「…………あれ?」


 黙った俺に職員が窺うように俺を見る。


「あの?」

「なんだよ。俺が知ってることはそこに書いてある通りだ。今さら何も情報はねえ」

「い、いえ。えぇと、あぁと」


 書類捲る職員は、俺が怒鳴らなくなったせいか慌てて先を続けようとし始めた。


「で、では、それとは別件で一つご提案が」


 改まってなんだ? 厄介ごとか?


「その、帝国の金級冒険者パーティの『回る月』から一人欠員が出まして。前衛から中衛を担える探索者はいないかとギルドを通じて問い合わせがありました」

「『回る月』っていや、あの大楯振り回す奴が時々合流するってところだろ? 欠員出るなんざ聞いてねぇぞ」


 金級としても特異で、話題に上る女探索者。

 丸い大楯を少女が手足のように使って、オークぐらいなら簡単に殴り倒すという。

 そして最も話題になるのは、その少女は一切の怪我を負ったことがないという噂。


 その少女は一人で探索を好む。

 それでも人手が必要になると、金級探索者パーティの『回る月』に入って探索をする。

 そのため『回る月』は普段から前衛の枠は開けているというのも有名な話だ。


「当ギルドとしましては、『栄光の架橋』の活動評価において、下方修正をすべきという話も出ており」

「…………ここんとこ、仲間が怪我で動けなくなることが多いのは認める。だが、それと『回る月』の欠員とどういう関係があるんだよ」

「トリーダックさんは、『栄光の架け橋』の他の方々と地力の差が出ており、それによってついて行けなくなった他の方が怪我を負っているという見解だそうです。なので当ギルドからトリーダックさんを推薦しようという話があります。」


 俺は若手の言葉に怯んでしまった。

 そうかもしれないと、俺自身思っていたからだ。


 そしてこういう時ってのは、見透かすように運が悪い。

 部屋の扉の向こうから音がした。

 嫌な予感に開けると、そこには『栄光の架橋』の仲間、メーソンがいる。

 足の指をやって歩くことに支障はあったが、俺を抜いて一番の軽傷だ。


「…………悪い」


 開口一番謝られて俺はすぐに室内を振り返る。


「俺は銀級探索者『栄光の架橋』のトリーダックだ! 『回る月』なんざお呼びじゃねぇよ!」

「おい、トリーダック」

「お前も怪我の治りが遅くなるようなことしてるな」

「いや、待て。お前はそうして頭に血が上ると話を最後まで聞かないだろ。その話だけで用件が終わりかどうかちゃんと確認しろ」


 冷静な相棒の助言に、俺はばつが悪くなって頬を掻く。


「あ、あぁ。…………もう、他に言うことはないよな?」

「ちょっと待ってください」


 書類を捲り最後のほうを確認する若手職員の段どりの悪さに、メーソンもあきれ顔だ。


「あ、もう一つ。えっとですね、なんか帝国内部の反政府勢力のレジスタンスっていう集団の中に、共和国の王子と王女を名乗る人がいるらしいんで、できれば首実検してほしいそうです」

「「はぁ!?」」

「うわ!? 二人で怒鳴らないでください!」


 文句なんか聞き流して、俺はメーソンと一緒に若手職員に迫った。


「なんで帝国なんかにいる!? しかも反政府組織だと!?」

「首実検とは顔を確かめるのか! それとも死体を確かめるのかどっちだ!?」

「え、えーと、どうだったかな?」

「「早くしろ!」」


 また改めて書類を捲る職員を急かす。


「し、死んでるとかは書いてないですぅ」

「レジスタンスとかはいつから活動してるんだ!?」

「王子と王女を名乗る奴らの外見の特徴くらいわかっているんだろう!?」


 俺たちは、とろい若手職員を二人で詰問することになった。


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