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257話:ライアル・モンテスタス・ピエント

他視点

 帝国は王国との戦を決定した。

 アレーナ・ヴェスペルトという新帝の妾が、王国の暗殺者に殺されたためだ。

 未来視と言われるギフトを持つ妾は、その凶刃が無防備な姫に迫るのを身を賭して庇っての死。

 その死は大々的に美談として帝国に流布され、戦争の機運を高める火種にされている。


 全てはお膳立てがあって、俺たちが実行した。

 奸智によって仕組まれた、罠だ。

 それでも上手く行ったのは、仕組んだ側も相応の難易度であったことを認めて挑んだから。

 だからこそ、俺という手駒にさえ直接褒め言葉をくださると言われた時には、少なからず手応えがあった。


「おぉ、神よ! あなたさまの御前に至れる栄誉に震えるこの身が見えましょうや!?」

「こら、お行儀良くしなって言ったでしょ」


 恐ろしい暗殺者ヴィリーを、ドワーフよりも人間に近い大きさの少女が叱りつける。

 あの話を聞かない、言ってる意味がよくわからないヴィリーが、それだけで大人しくなった。


 信じられない光景だ。

 だからこそ、この場の何もかもが恐ろしさしか呼ばない。


「は、は、は、は…………」


 犬のように激しい息遣いが誰かと思ったら自分だった。

 隣のウィスタリアはずっと、装身具をカタつかせながら震えており、今にも気絶しそうになっている。


 手応えなんて、皇帝の椅子をひっくりかえせる強者に馬鹿な考えだ。

 それと顔を繋ぐことの意義なんて欲をかいたのは、浅はかだったからに他ならない。


「良い、ティダ。お前もずいぶん立ち回ってくれたようだ。その分の苦労が実ったというのならば、少々の喜びの発露など諌める理由などありはしない」

「はは、神よ。ご寛恕感謝いたします」


 ティダと呼ばれたダークドワーフの少女は、ヴィリーから聞いた限りダークドワーフの一の猛者であり、将軍だという。

 つまり、ヴィリーを越える強者だ。


 そしてそんな存在に許しを与える者…………神。


「アルブムルナも良い手回しだ。急な変更にもよく対処した。良い配置だと私も思うぞ」

「へへ、神が全ての駒を用意してくださったゆえです。そこのダークドワーフを仕込むよう指示されたのも神なら、レジスタンスも、角獣の乙女と言われるあの二人も。全て神が配置されたじゃないですか」

「謙遜をするな。良い食材があろうとも、調理をしてさらに見栄えよく盛りつけるには料理人の腕がいる。誇っていい」

「はは!」


 髪も肌も白いアルブムルナという青年が喜色も露わに応じる。

 ヴィリーが言うには人間ではなく、ダークドワーフの将軍に並ぶ強者で狡猾な海賊だとか。


 顔繋ぎどころではない。

 さっきから帝国内部の各種の問題の重要事項が、全てこの神の采配であると暴露されている。

 俺たちだけではなかった。

 権力者を掻い潜るレジスタンスも、人々を助けて回る角獣の乙女という二人組も、王国の混乱さえ、全ては神と呼ばれる何者かの掌の上。


「さて、顔を上げていいと言ったが。それは帝国の作法か何かか?」


 こちらに声がかけられてしまった。

 俺とウィスタリアは許可され、一度は顔を上げている。

 だが目に映ったのは吸い込まれそうな夜空。


 人に似た形を取り、天の象形を纏い佇む超常の存在に、俺は一瞬気が遠くなった。

 気づいた時には床に鼻がつきそうなほど四つん這いになっていたほどだ。

 横を窺えばウィスタリアも倒れ込みそうになるのを、アラクネという半人半蜘蛛が八本ある足の一本で支える状態だった。


「発言を、お許しいただけるだろうか?」


 アラクネが以前見た時の強者然とした威風もなく伺いを立てる。

 きっとフォローか気遣いをしているのだろう。


 ヴィリーはそんなことしない。

 うっとり神を見て、こっちを見もしない。


「もちろん許そう。お前も良く働いた。レジスタンスが形になる前からよく動いていたのは知っている。良い手駒に目をつけたものだ。その先見を私は大いに称賛しよう」


 神はいっそ異常な姿からは想像もできない気安さで直言を許した。

 けれどアラクネは表情を隠すように下を向く。

 俺はアラクネの横顔に恐怖を見た。

 ヴィリーより強いというアラクネが恐怖しているのを。


 だがわからなくはない。

 あんな存在に目をつけられていたと知ったなら恐怖しかないだろう。

 俺も、ヴィリーの裏にこんなのがいるとは思わなかった。

 神、神と言っていたが本当に得体のしれない化け物だなんて。


「ありがたい、お言葉です。申し上げます。人間は、弱い生き物です。神の存在そのものが、人にとっては強すぎる。私のような木っ端を相手に怯える程度の生き物なのです。顔など上げられようもありません」

「胆力はあると思ったが、そうか」


 意外そうな神の言葉に、どれだけ過大評価されていたのかと戦きさえしてしまう。


「レジスタンスの奴らは普通に神のご尊顔仰いだら喜ぶのにね?」

「けどユニコーンとバイコーンに乗ってる二人は震えてたし、レベルの問題か?」


 将軍と海賊が気軽に話あう。

 言ってる意味はわからないが、このままで頼む。

 あんな者正視できるわけがない。


 一目で気が遠くなった。

 正気づけただけ幸運なくらいだ。

 今も声をかけられたことに、ウィスタリアは意識を保つのも無理そうになっている。

 俺もこの体勢から少しも動けはしない。


「やはり、人間によっては私の姿は恐ろしいか」


 まるでこちらの心読むように神が呟いた。

 そんな一言で本当に神なのだとこちらに叩きつけて来る。


 思えばこの城もおかしいのだ。

 帝国は周辺では最強で、最も金も人も技術もある国だった。

 なのにそんな帝国でも見たことのない壮麗で巨大な城が存在しており、俺たちは瞬きの間に連れて来られている。

 天井の高さが尋常ではなく、だからと言って内装に手を抜いているわけでもない。

 広い空間を最大限に使って装飾が施されており、どれだけの金と技術をつぎ込んだのか。


 いっそ幻術を疑うが、手を突く床は本物だ。

 ここは神の城、神の治める領土。

 そう語ったヴィリーの言葉に疑いの余地がない。


「まぁ、いい。今回は新帝を上手く動かして王国への侵攻を決意させた。それが大きい。この者たちも協力者だ。アルブムルナ、今後の展開を話して聞かせてやるといい」

「はい、神よ。ただ、一つ」

「うん?」

「新帝を直接王国の戦場に送り込むとして、生死はどうしますか?」


 なんでもないように、大国の行く末を問いかける。

 いや、当たり前か。

 先代の皇帝を暗殺し、指示を出したのはこの神だ。

 今の新帝もまたいつでもすげ替えの利くものだと思っているのだろう。


 そしてやはり神はさして重要そうな様子もなく答えた。


「いるなら生かせ。いらないならば殺せ」

「ではいりませんね。代わりに座らせるのはここにいる者でもいいので」


 どちらも興味なさげに言い捨てる。

 皇帝という権威をなんだと思ってるんだ!

 いや、それよりも! 新帝がいなくなると俺が皇帝の座に座らされるのか!?


 なんとか言葉を出さなければ。

 そう思って力を籠めるが、荒い息のせいでまともに声が出ない。


「…………お、お許しを。どうか、お聞きください」


 細い声を絞り出したのはウィスタリアだった。

 先ほどまでは意識があるかも疑わしかったのに、今はなんとか身を起こし、目を逸らしているものの、異常な存在である神に言葉を発している。


「新帝を廃すことは、拙速。人間は首のすげ替えを繰り返せば、すぐにまた同じことをします。一度変えた今はしばらく、なじむの待っていただきたいのです。排除が必要であっても混乱を拭う労を負わせてからで良いのではないでしょうか。戦場で死なせることは後々の問題を引きずることにもなりかねません」


 命乞いだ。

 ウィスタリアは新帝の命乞いをしている。


 妾を殺すことも最初は反対していた。

 女同士で接触の見込みが高く、すでに上が決定しているとアラクネに説得されて渋々受けたほどだ。

 打ち合わせどおり俺が新帝を連れて駆け込んだ時も、本気で泣いて後悔の言葉を繰り返すほど。

 本当ならウィスタリアの口からでっち上げた状況を言う打ち合わせだったが、俺が代わって伝えなければならなかった。


「殺した場合のリスクは聞いた。では、生かした場合のメリットはなんだ?」


 神は淡々と、慈悲などないように問うが、理にかなった質問でもあった。

 そしてこれは俺にとってもチャンスだ。


 こんな奴らに牛耳られる玉座なんて座りたくもない。

 かつては手を伸ばすことを夢見ていたが、逃げるチャンスはここしかない。


「おれ、私も、申し上げます」


 なんとか声を絞り出せた。


「我々は神と違い数を頼みにする種族。皇帝とはそれを取りまとめる者。私では正統性に疑義がもたれ、今の新帝以上に人々を動かすには難渋いたします。どうか、私に今少し猶予をいただけないでしょうか」


 戦争中に皇帝が亡くなって、俺が即位なんてありえない。

 けれどそれを可能にしてしまう才覚があることは見せつけられている。

 だったら、俺の価値を落とすことにもなるが、今の皇帝のままのほうが操りやすいと訴える以外にない。


 神は静かに聞いているだけだ。

 将軍や海賊も神が何も言わないことを確認して黙っている。

 ウィスタリアも俺が詰まると代わりに意見を上げ、俺がまた考えを纏めて訴えるということを繰り返した。


「…………なるほど、わかった。では、新帝には戦争の負債を全て負わせて軟禁するといい。そこに寄って来る者あらば、お前は己の正統性をかざして処分しろ。できなくなった時には、今の新帝を処断してしまえば少しは使えるだろう」


 あまりにも慈悲のない通達だった。

 けれど同時にやはり理に適ってもいる。

 その上で俺が次の皇帝にさせられることは揺らぎもしない。


 これが神。

 こんな者が神なのか。

 敵わない、敵うわけがない。

 俺は神の決定にそれ以上抗弁することはできなかった。


隔日更新

次回:角獣の乙女

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