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256話:アレーナ・ヴェスペルト

他視点

 ウィスタリアとは、お茶会を名目に呼び出すことに成功した。

 陛下には心苦しいけれど嘘をついて、親しくしたい、対立したような状況が辛いと訴え協力していただけている。


 お優しい方だから、私の嘘を信じて、喜んでさえくださった。

 信頼する者たちが親しんでくれるなら嬉しいとまで言って。


「はぁ…………」

「あの」

「あ、ごめんなさい。ちょっとお姫さまを招待するなんて初めてで。受けていただけただけでも光栄ですから、緊張が抜けませんの」

「そ、そうですか」


 私は自らのサロンにウィスタリアを招いて、向かい合わせに座っていた。

 優美な茶器、この日のために取り寄せた茶、皇帝の口添えもあって用意できた甘い菓子。

 真っ白なテーブルクロスと、華やかなドレスを纏い、私とウィスタリアは愛想笑いもそこそこ。

 お互いに緊張しているのははた目にもわかることだろう。

 私は緊張と同時に憂いと苛立ちを覚えて溜め息を吐いてしまったのは、失態だったけれど。


 陛下がそれだけ信頼しているのに、やはりこの姫からは悪意が漂っているのだ。

 どうしてあんなにお優しい方を裏切れるのかしら。

 陛下に向かう悪意なんて、どうしてこの姫は持っているのか全く理解できない。


 だからこそ、この期にその悪意の元を知る必要があった。


「まずは、以前から対立するような形を是正したくて今日はお呼びたてしてしまったの。ごめんなさい。つい力が入ってしまって。私は陛下のためにと思って意見さしあげているけれど、あなた方も同じなのに…………。どうか帝国のため、陛下のためにより良い関係を築いていきたいと思っております」


 形だけ謝るけれど、私は悪意でわかっている。

 この幼い姫もまた、陛下の敵だ。


 戸惑うように瞳は揺れているけれど、その身に宿った悪意に全く変化はない。

 どれだけ心を決めているというのかしら?

 言葉でそれとなく指摘をすれば、かつての皇太子妃さえ悪意に増減という揺らぎが生じたのに。


「いえ、そんな。私なんて…………」


 ウィスタリアは俯いてしまい、その様子は心から怯えているようにも見えた。


 思わず困ってウィスタリアが連れている侍女を見ると、そちらも困った様子だ。

 つまりいつもこうじゃなく、それだけ私を警戒しているというの?

 探るにしても、明確に対立してしまったのは悪手だったと言わざるを得ない。

 けれどだからこそ、今ここで距離を詰めなければ、相手の手の内も知れないままだ。


「体調が悪いのかしら?」


 当たり障りなく聞くけれど、ウィスタリアは首を横に振るだけ。


 しょうがなくもう一度侍女に目を向けると、あちらからも助け船が出される。


「姫君は、少し人見知りで。少々お時間をいただければ」

「そう、では少しずつお話をしていきましょうか」


 少なくとも一緒にいた侍女は違う、悪意の元じゃない。

 来てすぐは、私に警戒で悪意とも取れる気配があったけれど、それも私が謝罪したことで和らいでいる。


 だというのに、目の前のウィスタリアは違う。

 ずっと悪意を抱えている。

 そしてやはり私に向かう悪意はない。

 陛下と話している間は、その悪意は弱いながら陛下に向かっていたというのに。

 いっそ陛下に阿り自衛の意志が強すぎて、悪意に似た状態になっているかとも思える。

 ただ、それにしては揺らがないのが不穏だ。


「親しい方なら、ライアル殿下もお呼びしたほうが良かったかしら。あちらにも謝らせていただこうと思っているの」


 水を向けると、ようやく細い声が返った。


「いえ、あの方とはあまり親しくはありません」

「まぁ、そうなの?」


 それは調べて知っている。

 ライアルとは霊廟での一件以前に繋がりはない。

 どちらも争いに関わらず身を引いてる状態で、どの兄弟とも親しまなかったからだ。


「仲が良さそうに見えたけれど」

「いいえ?」


 聞くと心底不思議そうに返された。

 これはもしかしたら私の思い込みだったかしら?

 そう言えば確かに、繋がりがないことは調べがついている。

 となると、ライアルとウィスタリアは別々で、同時期に現れたことで混合していたかもしれない。


「あの、わたしも、聞いてよろしいかしら?」


 ウィスタリアから話しかけられたことで、私はできる限り親しげな笑みを浮かべる。


「えぇ、なんでも」

「あなたは未来視のようなギフトをお持ちだと聞きます」


 窺うように言いながら、同時に身振りで侍女たちを下げる。

 ギフトを私は明言せずにいるけれど、それは自衛でもあり、陛下の力とあるためだ。


 ただこれで少しは口が軽くなるなら話してもいい。

 応諾のため、私も控えさせていた者に声が聞こえない位置に引くよう指示を出した。


「何をお聞きになりたいの? と言っても、この力も万能ではないのよ」

「わかっています。ただ、この国は大丈夫なのかしら?」


 不安そうに呟くその言葉は、本当に心配から出たと思えるほど弱かった。

 これはやはり見誤っていたかもしれない。

 このウィスタリアはひたすらに不安を抱え、それが不審やことによっては皇帝の交代も案じる故に、私には悪意と見えた可能性もある。


 比べれば、ライアルとは違っていた悪意のありかた。

 他害さえも含んだ悪意はライアルからしか感じなかったけれど、そこは継承権に近いからと勝手に納得していたのだ。


「正直言って、私の力は弱いのです。国という大きなことは、何も」

「で、でも、先帝の暗殺にはいち早くお気づきになられたのですよね?」


 確かにギフトで知ったし、そのことは周知されている。

 皇太子だったとはいえ、陛下もいきなり皇帝の寝室に夜近づけなかったから、私がギフトで予見したことを伝えていた。


 近づけばすでに死んでいる者たちがいたためにそのまま突入し、寝台の上でこと切れている先帝を見つけたという経緯だ。

 それは城に出入りできる者なら知れること。

 だから私のギフトを未来視と誤認されたままだった。


「そう、確かに暗殺には、それとわかりました」


 言って、私は何か気配を感じて下を見た。

 そこにはなんの変哲もない私のドレスと床。

 けれど確かにギフトによって見える悪意の形が広がっていた。


「な!?」


 思わず椅子を蹴立てて立ち上がるけれど、悪意ははがれず私に絡んでいる。

 その先は、ウィスタリア。

 そしてウィスタリアから私を経て、さらに後ろから別の悪意が絡みついていた。

 その形は、まるで蜘蛛の糸。


「何が、ひぃ!?」


 振り返ったそこには、悪意の塊がいた。

 何故誰も気づかないのかわからないほど明確に、人に似た形を持っているけれど、足元が異形の虫の形をしたものが。


 誰も何も言わず、気づかず、いつからいたのかわからない。

 その悪意の塊は、ウィスタリアの裏に感じた存在だった。


「どうしたのですか?」


 聞いたウィスタリア本人からも、ここで初めて悪意を感じた。

 私は咄嗟にウィスタリアと悪意の塊から距離を取ろうと動く。


 けれどウィスタリアがその手から何かの道具を起動させるほうが早かった。


「きゃぁあ!? 目が!」

「なんだ!? いきなり何も!?」


 騒ぐ侍女や従僕の声はあるけれど、私もものの形がわからなくなる。

 けれど私には見えていた。

 その悪意が姿を現すさまが。


 目は見えないけれどギフトで確かに見えていたのだ。

 細い手に持った刃が、私のみぞおちから上へと切り払われた瞬間が。


「…………!? こぷ…………!」


 声を出そうとしたけれど、顎まで切り裂かれた私の口からは空気と水音しかしなかった。

 そして切り裂かれた勢いのまま後ろに倒れると、そこはさっきまで座っていたテーブルだったらしい。

 激しい音と共に私は床へと身を投げ出す。


「きゃぁぁあああ!」


 悲鳴を上げるウィスタリア。

 椅子から降りて私の側に膝を突く。

 目が合えば、ウィスタリアは泣いていた。


 けれどそこにある悪意は小動もしていない。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」


 涙にくれながら謝る。

 だというのに悪意に変わりはなく、その足元にわだかまる悪意が私を包む。

 溺れる、引きずり込まれる。


「どうした!? 悲鳴が聞こえたぞ!」


 聞こえた声は、ライアルのもの。

 激しく乱暴に扉が開かれると、他にも足音があることに気づいた。


「いったい何があった? アレーナ…………? アレーナ!」


 聞き間違うはずもない陛下の声だ。

 そしてウィスタリアから奪うように、血塗れの私を抱え上げる。

 けれど激しく動かされて私の口からは血泡が溢れた。


「どうして!? 何故こんなことに!?」


 喋ろうにも、喉も舌も裂かれて言葉にならない。

 違うと言っても、逃げてと言っても通じない。


 まだ悪意の塊がいる。

 消えたように見せかけて、天井からこちらを見下ろしているのが、倒れた私にはよく見えた。


「陛下、何者かが乱入し、ウィスタリアを襲ったそうです」

「どうして、そんなことが…………!?」


 ライアルが嘘を告げる。

 違うと否定しても誰にも届かない。


「それで、アレーナどのは…………ギフトか、襲われる前に何かに感づかれたそうで、ウィスタリアを庇って、室内の誰もが気づいた時には、もう…………」


 酷い茶番だ。

 真実は、ウィスタリアが何かしらの道具を使って、全員の目を封じた末の凶行。

 ただ、悪意が見える私以外に室内にいた悪意の化け物を見た者がいない。

 そしてそれが今も、天井から見下すようにこの茶番を見ていることさえ、私は伝えられないまま。


「そんな!? アレーナ! なんてことだ! アレーナ! あぁ…………!」


 涙にくれて私を抱く陛下。

 けれど違う、そうじゃないという言葉は届かず、私は目も耳さえも閉じるように遠のいていく。


 なんてひどい、なんて馬鹿な結末だろう。

 やっぱり逃げていればよかった。

 一緒に、何処へでも、行けて、いれ、ば…………。


隔日更新

次回:ライアル・モンテスタス・ピエント

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