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255話:アレーナ・ヴェスペルト

他視点

 私は陛下に与えられた部屋で爪を噛む。

 止めなければいけない癖だけれど、不安と焦りからつい噛んでしまっていた。


「消えない、悪意が消えない…………」


 私は噛んでいた親指を握り込んで、苦い心の内を吐き出す。


「私は、あの方を助けたいだけなのに、どうして?」


 新帝となった、悪意に負けそうな方。

 すでに皇太子の時点で疲弊していたのに、それでも苦難の道を選び取った責任感の塊のような方。

 できれば逃がしてあげたかった。

 それができなければ守ろうと思ったのに、少し勘がいい程度の私では、やはり運命に抗うことはできないとでも言うのだろうか。


「恩に報いたい。そんな願いさえ無力だというの?」


 国を失くし、住まいを失くし、矜持も失くしたただの流れ者なんて、帝国では珍しくもない。

 運よく取り立てられることさえほぼなく、汲々として日々を凌ぐだけの存在だ。

 私はそんな生まれでギフト持ちであることが、さらに生きることさえ難しくしていた。

 誰も悪意塗れで気持ち悪い、醜い、吐き気がする。

 親兄弟さえそう見えてしまう私は、誰も信用できず、何処でも心休まらず、ただただ生きるのが辛かった。


 そんな中で、私のギフトを望みながら陛下は決して悪意のない、不思議な人だ。

 先帝に望まれた時には、悪意はなくとも利用されるのだと思っていた。

 食うに困らず、寝るに難渋しない。

 そんな妾としての生活を与えてくれただけでも恩を受けたのだと思って、先帝の元へ送られることを覚悟した。

 元をただせば私の生まれの窮状は先帝の支配欲の暴走で、憎むべき相手。

 けれど陛下を思えば耐えられると思っていた。

 そうして心を決めたのに、陛下は私を守り、先帝に抗い、側に置いてくださっている。


「私を人として扱ってくれた優しい方。お役に立つならと思っていたのに…………愛おしいと、言ってくれたのに」


 愛おしくて手放しがたい。

 それが怯えてさえいた先帝を相手に抗った理由だと、陛下はおっしゃった。

 そんな簡単なこと。

 けれど、とても尊いこと、思いなのだと私は感じた。


「だからこそ、私は命を懸けるわ」


 自分に言い聞かせて頷き、一人の室内で正面を睨む。

 そこに思い描くのは今日顔を合わせた二人の男女、ライアルという王子と、ウィスタリアという姫だ。


 あの二人からは確かな悪意が見えた。

 悪意の強さで言えばライアルが上だけれど、私の力で見える質としてはウィスタリアのほうが害するという意志が強い。


「…………く。思い出して、悪寒がするほどだなんて」


 焦って陛下に不興を覚えられたかもしれない。

 妾として弁えを学んでいたつもりだけれど、それでも失態を犯したのは焦りのせいだ。

 言いようのような恐怖と絶望にも等しい無力感なんて、こんなことは初めて。

 けれど感覚からこれがギフトの警告だとわかる。


 そして、この感覚をもたらすのが、ライアルとウィスタリア本人たちではないことも。


「裏にもっと悪辣な、悪意がいることを示す感覚のはず。けれど調べても二人にそんな繋がりないし」


 私も妾で権限は少ない。

 それでも陛下が親しむ相手として噂は聞こえるし、調べても怪しまれはしなかった。

 その中で聞こえるのはやはり大人しく、今まで争いにも関わらなかったということ。


 それでも陛下をお助けした功は称賛され、義挙としてもてはやされている。

 その上で、二人は今もなお謙遜と慎みを捨てずにおり、それがより、陛下の信頼を強めていた。


「…………こんなの、私以外が見ればただの嫉妬ね」


 すでにそういう噂があり、陛下の寵を弟妹に奪われると躍起になって対立していると言われている。

 心からの献身も悪くとらえられるのに、悪意あるライアルとウィスタリアのほうが清廉だと噂されることに余計焦りが募った。


「どうにか、どうにかしないと。王国のほうがきっとまずい」


 レジスタンスにも悪意を感じるけれど、質は王国のほうが悪辣そうだ。

 けれどこれもギフトかというと、私の感覚が大きい。

 そこに感情による偏りがないかと言われると、否定もできない。


 実際今は、陛下から離れるのが怖いのだ。


「離れて、殺されかけていらしたんだもの。お側で、悪意から守らないと。そうでないと、陛下は…………」


 新帝となってから、あの方にまとわりつく悪意は格段に増えた。

 あの方を囲むように、逃れらないように、絡みついているのが見える。


「駄目、だめよ」


 助けなければ、救わなければ、生かさなければ。


 神から与えられたギフトという力に苦しめられて、意義をずっと疑ってた。

 けれどあの方に会って、結ばれて、このためだったんだと思えたのだ。


「神よ、どうか私に力を。たった一人、あの方だけでいいのです。助ける力をください。私の命を対価にしてでもいいから」


 祈っても応える声はない。

 そして、悪意を感じるギフトはずっと私を苛む。


「…………私がやるしかない」


 命蝕む悪意があるとわかってるのは私だけだ。

 だったらライアルとウィスタリアの悪意の元を暴けるのも私だけ。


 そう思って行動を起こした。

 けれど悪意の手のほうが早かったことは、結果が出てからわかってしまう。


「どうして!? 皇太子妃が?」


 習い性で呼ぶが、今や皇帝の正夫人である人物。

 ただしまだ立后しておらず、陛下は喪に服すとして皇后に立ててはいない。

 けれど不服を持っている彼女は、最近夜に伴寝をする私への敵視が激しくなっていた。


「ギフトで暗殺を警戒しているだけで、寵を受けたからと言って私の身分で皇帝の妻になれるわけないのに」


 人脈も何もないライアルに好戦派が接近しており、取り持ったのがかつての皇太子妃だという。

 私が王国との戦いに消極と知っての嫌がらせだ。

 同時に今後新帝に信任されて権力に近づくライアルに恩を売る算段でもある。


 これで元から味方なんていない私がよりまずい状況だ。

 陛下にもやはり進言は聞き入れてもらえていない。

 王国側を倒さない必要を今以上に説けないし、ギフトの確信とも言えない。

 私は悪意あるライアルとウィスタリアに反対しているだけなのだから、説得力に欠ける。


「調べても、二人に悪意の元凶となるほどの繋がりもわからないし」


 ライアルは好戦派と繋がったけれど、これは最近のことで初めて見たあの霊廟の時から悪意はあった。

 つまりそれ以前に、何者かと通じているはず。

 けれど目立ったことはしないのが第十三王子として生まれたライアルが、以前話題に上ったことと言えば、ギフト持ちのドワーフを手元に招いたことくらい。

 王子としては怪しい動きではないし、他の王子もしていることでしかない。


 そしてウィスタリア。

 最近の動きで言えば、母方の実家が新帝に近づいたことで調子に乗って、ウィスタリアを二十も歳上の公爵の後妻にしようと画策した。

 それをウィスタリアが新帝に泣きついて拒否している。

 今やウィスタリアは陛下の庇護下であることを自他に認めさせたと言えた。


「手が、出せない」


 ライアルは派閥を形成し始めており、いずれもっと強く王国への侵攻を推す。

 ウィスタリアは陛下に近づき庇護下に入ったために、王国侵攻をそれとなく囁ける。


「私一人では、抑えることさえできない」


 そうでなくとも他の王子たちも動きがあるのだ。

 第四以下の王子たちが、功を求めて王国への侵攻を推している。

 突然障害だった上がいなくなり、下だと見下していた第十三王子であるライアルが新帝のすぐ側へ上がった。

 その動きを座して見ているほど慎み深いわけがない。


「急激に新帝周辺が好戦派へ流れている。いったい、どうして? いえ、誰がことを動かしているの?」


 少し前までは、先帝が暗殺されて内で固まることに傾いていた。

 当たり前だ。

 どう考えても先帝がやりすぎた。

 その恨みを買った結果が暗殺なのだから。

 しかも最も守りが硬いところを抜いた犯人がまだ捕まっていない。


 外への攻撃よりも内への守りを優先し、内の敵を倒して安寧を得るほうが重視されてしかるべき状況の、はずだった。


「…………いったい、いつひっくり返されたというの?」


 わからない。

 私は学もなければここで躾けられた教養しかない。

 それは仕えるべき陛下のため、男性に仕えるためだけのものなので、国や戦争なんて全くわからないのだ。

 それでも私がやらなければいけない。

 そう思い決めて動いているけれど、どんどん状況は悪くなっている。


 今もなお、悪意が陛下に集まっているのがわかる。

 それが集まり切ってしまうと、あの方が危ないけれど、それは玉座に登った時から覚悟していたことだ。

 今さら言って逃げてはくれない。


「だったら悪意を払うしか、私が動くしか、ない」


 考える。

 無い知恵を絞って考える。

 悪意の向きは見えるけれど、その元を辿れなければ解決はしない。


 たとえば皇太子妃時代からあの方はわかりやすかった。

 同時に、あの方は決して陛下を害すこともない。

 悪意はいつでも私に向いていたのだから、皇太子妃であったあの方が裏にいることはないはず。


「そうよ、辿ればいいんだわ」


 直接見て、悪意の向きを辿ればいい。

 ライアルとウィスタリアは陛下に悪意を向けていた。

 そして後ろには悪意の元がいる。


「ウィスタリアは気弱で、確実に今も政治的には動いていない。だったら、操る悪意の元が近くにいるのではない?」


 私はともかく動くしかもう道はなかった。

 このギフトが陛下を守ると信じて。


「ウィスタリアと二人きりで話す機会をなんとか、いえ、ここは陛下にお願いして、正面から逃げられないようにしたほうがいいわね」


 私は気づけばまた、爪を噛みながら思案しているのだった。


隔日更新

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