26話:テオロ・メソフィア
他視点
この世界には神から贈られた特殊な能力、ギフトがある。
それは音を色で見分けられる者や、一度見れば決して忘れない者、魔法属性を複数操れる者、他人の夢を覗き見る者などさまざまだ。
「テオロ、またお前山に入ってお祈りか?」
「あぁ、山の民なんだ。日々の暮らしを守ってくださる神に感謝を捧げるのはいいことさ」
僕は無害を装って嘲笑う幼馴染をいなす。
神への祈り、山の恵みの分け前を貰いに。
そんな言い訳で日々の食べ物や薪拾いをすれば好きにさせてくれる。
それはきっといい故郷であり、いい仲間であり、いい親だ。
たとえ山の民を名乗りながら巨人という山の神を敬うことをしなくても。
山の中に隠れ住み、山の神の神域を守ると言って他の人間を暴力で追い返しても。
「たまには街に降りてみたらどうだ? 今日はどうも何処かのお姫さまが全然忍べてないお忍びでやって来てるんだ」
比較的僕を憐れんで優しく接する従兄がそう言った。
「本当、あれはお笑いだな。とんでもなく高価なドレス着て歩いて、白銀の鎧を着て歩く騎士を連れて。何処の誰か聞いても『しがない旅人ですぅ』なんて」
幼馴染と従兄が出かけていたのは、どうやら怪しい余所者を偵察に行ったようだ。
もう戻って来たことと気楽な様子から脅威なしと判断したらしい。
「観光目的とも言っていたし、嘘はないだろうけど、あれはな」
従兄も苦笑いを浮かべる。
それほどの金持ちがこんな田舎の国に来たってことかな?
「観光で歩いていちゃおかしいのかい?」
「馬鹿、お前。馬車にも乗らず金目のもの隠しもせずに歩いてるんだぞ? ありゃとんでもない馬鹿か、相当な世間知らずだ」
幼馴染が大声で笑う。
「けれど護衛も一緒だったし、一応の保身はしているんだよ」
「その騎士もほとんど喋らずについて回るだけだったじゃないか。それに一々店に入る時にお姫さまのほうが騎士に伺い立てて。あれはどう見ても無理矢理抜け出してきたんだって」
「連れ回されてるのはそうだろうね。お姫さまは見るだけ見て『もっとましな品はないのかしら?』なんて言って店の者を困らせていたし」
どうやら相当に高慢な女性であり、騎士も不承不承で同行しているのだろう。
もしかしたら全身鎧なんていう派手な恰好は、世間知らずなお姫さまにも護衛はついていると周りを威嚇する目的かもしれない。
「そんなにお金持ちなら、相当な地位の方だね。大公のお客じゃないのかい?」
ここは大公国であり、国内では大公がもっとも尊貴な人物だ。
僕の当たり障りのない問いに幼馴染は手を振る。
「違うってよ。朝いきなり来て街練り歩いてるらしい。行動経路は古い街並み見て、店冷やかして回ってるだけで、誰か貴族に会いに行くこともない」
「え、まさか朝から歩き? 全身鎧の騎士倒れない?」
心配する僕に従兄が肩を竦めた。
「それが相当な熟練者らしくてね。動きに変化はないんだよ。っと、そう、街の人が感心してた」
従兄が何かを誤魔化すように笑う。
僕は気づかないふりをした。
けど幼馴染はお構いなしだ。
「何処の国の奴か、何処から入り込んだかわからないのが問題だけど」
「おい、やめろ。テオロの前で」
「難しい話かい? だったら僕はもう行くよ。面白い話をありがとう。そのお貴族の姫が山の神への寄進でもしてくれればいいんだけど」
僕は気づかないふりしてその場を去る。
背後ではやはり幼馴染の潜めない声が聞こえてた。
「あいつに言ってもわからないって。どうせ才能なしの穀潰しだ」
「あれくらい熱心な信徒がいることも、俺たちの役には立ってる。そんな言い方するな」
庇ってくれる従兄には悪いけれど、幼馴染の悪態は僕が羨ましいからだ。
嫌な仕事をしなくていいからだ。
わかってる。
わかっているからこそ、僕は知らないふりをする。
「嫌なら、やめればいいじゃないか…………」
山に入って思わず吐き捨てた。
辺りを見回して誰もいないことを確認する。
うん、絶対誰もいない。
だって見えないから。
僕の、このギフトはどんな人物もいないと示してる。
「いいんだ、穀潰しで。そうじゃないといけないんだ。そうなるためにギフトも親兄弟に隠してるんだ。人殺しになるくらいなら、これで、いいんだ」
こうやって言い聞かせても。たまに全てをぶちまけたくなる。
僕は気づけば他人のジョブを見ることができた。
それを口に出さなかったのは、意味の分からない言葉があることを聞いて笑われるのが嫌だったからだ。
そんな負けず嫌いのお蔭で、僕は親のジョブ密偵を意味が分かるまで聞かなかった。
いや、意味が分かったからこそ、聞かなかった幸運に感謝した。
そして村を見回して震え上がったのを今でも覚えてる。
山の民と言われる僕たちは、ただの密偵の隠れ家だったのだから。
「親から子へと継がせてるんだから、あいつも、被害者だ」
幼馴染は昔から人を下に見る傲慢さがあった。
だからこそ僕がギフトを黙っていられたのもある。
ある日、幼馴染だけが大人に連れていかれた。
親は筋がいいから狩りの練習に同行が許されたんだと言って。
けれど戻った幼馴染は死にそうな顔をしてた。
一緒に行った大人は血に酔ったと言うだけ。
けれど僕の目はジョブ以外にもついてすぐの称号が見えてた。
幼馴染にはマーダー、殺人鬼の称号がついていたんだ。
それだけで、もう、何を聞かなくてもわかる。
「はぁ…………。神よ、山の神よ。どうか皆の罪をお許しください」
僕は幼馴染が何をさせられたかを察して以来、できないふりを続けてる。
村には密偵以外のジョブもいたから。
その人たちは村の中でも不器用だったり底抜けに口が軽かったり、悪い人じゃないけどといった部類だ。
だからそう思われれば、僕は人殺しの運命から逃れられると思って。
そうして生きるため、僕は村の誰もが本気で祈らない神に心から祈ることを始めた。
古老に祈り方や山の神にまつわる話を聞いて回って熱心な信徒を装ってる。
ちょうどその頃、山で足を滑らせて危うく骨を折りかけたから、その経験で信仰に目覚めたと言い訳にした。
「でも、実在しているんだ。神は、巨人はいるんだ。だったら、きっと祈りが届くこともあるはずなんだ」
僕には神から贈られたと言われるギフトがある。
本当に神がいるのなら、どうか救いの手を、この不毛な日々に終止符を。
そう願わずにはいられない。
いつしか僕は本物の信徒になっていた。
「といっても、僕も山の神は見たことないんだけど」
かつて地上に君臨していた巨人。
今では廃れた神話に残る存在。
人間そっちのけで大騒ぎしては泣いたり笑ったりする話は、神というより亜人に近い気がするけど。
山の民も本来そうした巨人と運良く縁を結んで守ってもらうことになった人間の末裔だ。
いつから密偵の隠れ家になったのかは僕も知らない。
知らないことが、僕の身を守る方法でもあるから。
「きっと巨人は神だったんだ。異界の悪魔が来るまでは」
遠い遠い昔に、大きな戦争があったそうだ。
その中で、巨人や竜といった巨大な存在は力を弱めて姿を消した。
その後に現れた異界の悪魔と呼ばれる邪悪な存在。
そんな敵の来襲を人間たちに教えて戦うことを奨励する救世教が、今では唯一の神となっている。
倒されたと伝説に名を残す者もいれば、生き残ったと言われる巨人もいる。
山の神として信仰されるのはこの生き残った巨人の一人だ。
「炎の如き燃える髪、太陽の如く輝く瞳」
山の神を形容する言葉だけれど、そんな派手な存在この山で見たことはない。
というか緑の木々以外にない山の中なんだから、見つからないのもおかしな話だ。
「いや、いる。いるんだ。巨人の痕跡はいくらでもあるじゃないか。僕が疑ってどうする。きっと人間には及びもつかない特別な魔法で隠れてるんだ」
自分に言い聞かせて、つたわる昔話を頭の中で反芻する。
山の神は生き残り、同じく長く厳しい戦いを生き残った人間を保護し、この山に国を開いた。それがここ公国の発祥だ。
けれど元首である大公は救世教に鞍替えしてる。
総本山である神聖連邦が南に接しているから仕方ないのかもしれないけど。
「まぁ、一度助けてくれたならもう一度なんてよこしまな思いで祈ってる僕も」
そう自嘲しようとした時、視界の端で動く存在に気づいた。
「うん…………? あれは…………」
あまりの光景に絶句する。
神域として地元の人間も近づかない山道に、織の細かい若葉のような色をしたドレスのお姫さまが歩いていた。
見間違い、なんかじゃない。
しかも一歩後ろを輝くばかりの白銀の鎧騎士が歩いている。
あまりにも不釣り合いな二人組に、僕は開いた口が塞がらず、その場で立ち尽くして見送った。
「…………あれ? え!? 嘘!」
僕はもう一度去っていく二人を視界に収める。
けれどやはり見えない。
「ジョブが、見えない?」
僕は震え上がった。同時に予感がする。
他にどうする方法も思い浮かばず、僕は二人の後を追って走り出したのだった。
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