253話:ストック・プライス
他視点
久しぶりに、日本からの生き残りで顔を合わせた。
俺は帝国から大急ぎで南下し、神聖連邦へと至ったからだ。
旅の埃を落とす間もなく、かつての仲間がすぐに会議だと呼びに来た。
こっちは負傷者も連れてたんだが、そっちはそっちで報告のため連れていかれてる。
「やっぱり山の中に、モンサンミシェル風のダンジョンあるのか、いえ、あるのね」
「聞いた限りそうだと思うが、俺もボスの名前なんて覚えてなかったからな」
「けど今よく考えると、イブって名前が似てるだけな気もするんだよねぇ」
フルートリスを名乗るかつての仲間が、ダンジョンがバグってエネミーが活動を始めた説を俺に説明した後。
横でアンナは、自分から海上砦のボスとイブリーン・ティ・シィツーとの関わりを提示したのに、今になって不安そうだ。
会議は七徳が主催するもので、俺たち自身の情報交換はすでにチャット機能を使って終わっている。
俺から言える情報はあと一つ。
「少なくとも、スライムハウンドが群れでいるのが問題だ。そんなダンジョンもフィールドも、俺たちは知らないだろ」
一番プレイ歴の長いフルートリスが、頷くだけに留めた。
俺たちだけなら素のやり取りで男言葉で返すんだが、ここは神聖連邦の中枢である教皇庁の内部。
ただの廊下でも見張りが立っているので、言葉遣いに気をつけなければいけない。
体は女でも中身は男。
たまにどう扱っていいのかわからない時がある。
散々ニュースになっていたのに、性的マイノリティとかいう話題を聞き流してたのが悔やまれた。
ただ、まさかゲームのアバターにTSしてトランスジェンダー問題を抱えるとは思わなかったと自分にいい訳はしておく。
「おい、聞けよ。畑」
「お、すまん」
小声のフルートリスに小突かれて、俺は埒もない後悔を脇に置く。
「今回の話は、王国西にあるダンジョンについてよ。そこが大地神の大陸に関わるかもしれないなんていうのは、私たちの推測の域を出ないわ」
女言葉に改めて、フルートリスがアンナの懸念を肯定した。
推測はイブリーン・ティ・シィツーのイベント文らしきところから。
関連付けた理由はイブというボスの名前と、無駄に多い意味を成さないギミック。
そして今回、そのイブというボスがいるダンジョン、海上砦らしきものが王国の西の山中にあることがほぼ確定している。
「考えたんだけど、大地神とは全く関係ない可能性もあるんだよね」
アンナは他の者の前では、年相応に落ち着いた話し方だが、今は不安そうに茶色い髪を指先に撒きつけながら喋っている。
「ほら、イブがイブリーン・ティ・シィツーと関係があるなら、あのダンジョンのギミックが封印された大地神の大陸に関係してたんじゃないかって話だったでしょ?」
「それが関係ないとしたら…………あ、裏ボス?」
俺の思いつきは、どうやらアンナが懸念してたことらしい。
「そう! ギミック解いたら出て来る仕様のレアボスだった可能性もあるんじゃないかと思って。で、フルートリスが言うのよ」
「まず大地神の大陸は消滅説が出るくらい手つかずだった。俺たちがこっちに来た時が十周年イベント前だ。だったら、その時に十周年に向けた布石がアップデートされてたんじゃないかと思ってな」
五十年前にこの世界に来た者たちは、揃って九周年イベント後から十周年イベント前にプレイしていた。
神聖連邦に残っている記録では、転移者はゲームの周年を境に塊でやってくるという。
一番古い記録で四周年以前。
その後に二百年近く置いて四周年後のゲームをプレイしていた者たちが転移している。
それで言うと、俺たちの後に来るのは十周年以後のプレイヤーだ。
残念ながら、俺たちは十周年イベントの内容を知らない。
イベント告知も、まだ開催決定だけで詳しい内容はなかったんだ。
「そうか、『封印された大地を拓くならば守り人を排除し神の領域を奪い取れ』っていうのは、大地神の大陸そのものに入り込むんじゃなく、封印された大地神の大陸の封印の解き方って見方もあるのか」
「そうそう。ギミック解いて現われる裏ボス倒すことが、守り人を出現させる条件とかで、イベントにして大地神の大陸を大々的に開放する予定だったのかもって」
確かにそれなら十周年イベントとしてありだ。
そして神という設定は、レイドボスや強敵に付与される神性という属性を表すのだから、イベント後に大々的に新フィールドとして大地神の大陸を解放する前座としては十分だろう。
「つまり、大地神の大陸は来てなくても、海上砦だけで来てバグってとまってた。ところが探索者が起動させたことで、バグ状態でレイスが溢れる。その時にアップデートの影響か、俺たちにダンジョンに施されたアップデートの通知が来た」
フルートリスが呟くように並べる仮説は、なしじゃない。
海上砦に入ることが通知の要件として設定されていたなら、運営がいなくても通達されるだろう。
そして基盤となる海上砦がバグ状態であるなら、妙なイベント通知の文字化けも納得がいく。
「フルートリスと話し合って、さすがにさ、大地神の大陸なんて大きなフィールド一つこっちに来てたら、五十年の間に誰か見つけてるよねって話になって」
誰かとアンナが指をさすとおり、俺はフルートリスと探索者となってこの世界を回ったことがある。
ライカンスロープ帝国に行ったり、俺たちとは合流しなかったプレイヤーの存在を知ったり。
未確認のダンジョンも発見したこともあったが、大地神の大陸と思えるフィールドが現われているところはなかった。
「あと聞いたけど、イブリーン・ティ・シィツーなんて、白い巨人も知らないんだって。神を名乗るエネミーは聖蛇がいるからないとは言えないらしいんだけど」
アンナはわざわざ会いに行くのに同行させられたと愚痴が続く。
俺は聞き流してフルートリスへと確認をした。
「直接見て来るってことはしなかったのか?」
「しようとしたけど止められたわ。どうも王国の西ですでに七徳二人が死んでるらしいの。今は戦力の分散よりも新戦力の拡充優先だそうよ」
俺たちが一目見れば海上砦かどうかはわかる。
ただそれは重要ではないというのが神聖連邦の見解だ。
悪魔の存在、レイスのレベル帯、ボスの特徴と攻撃方法はすでに伝えてある。
だったら俺たちプレイヤーの推測の確認だけに数カ月無駄にする必要はないと。
合理的だが、俺たちにはもやもやが残る状況だ。
「消えた怪異なる巨躯とか言われる存在がなんなのかよね。足が長くて人間っぽい顔があったって、王国での目撃情報で。そっちに助け求めた二十一士は見てないんでしょ?」
「レイスとスカイウォームドラゴン、あとスライムハウンド以外は見てないらしい。神聖連邦にも該当するエネミーの情報は?」
アンナに答えた俺に、フルートリスが肩を竦めて声を潜めた。
「ないわ。あと、巨人はたぶんブルってる。神使かもしれないってことで慎重すぎるくらいだ。ノーライフファクトリーのボス部屋覚えてるか? あそこの神使が動くかもしれないってな」
聞けば、最近ノーライフファクトリーのボス部屋前の地下が再発見された。
以前いたプレイヤーの助言を受けて封印していたはずが、王国側は忘れて探索者に開放していたという。
そのせいで、レベル帯が高くなる地下で金級探索者たちが死んだそうだ。
「隠居してると、金級が死んだなんて大ニュースも入ってこないもんだな。だが、あそこの神使、飾りじゃないのか?」
「そこで、十周年イベントのアップデートだって。私たちがいた時には告知だけだったし、重大発表とかも言われてたでしょ。それで神使動くように設定し直されてたら?」
アンナが言うとおり、ノーライフファクトリーは初期のダンジョンでだいぶ需要減ってたから、テコ入れで神使が裏ボスとして再設定されてる可能性はあるだろう。
「うーん、だがな…………」
「そう、アンナの言うことは推測ばかりよ」
俺と同じように考えていたらしいフルートリスが溜め息を吐く。
海上砦の裏ボス説もそうだが、全て推測の域を出ない。
「実際どうするかって話でしょう」
「だな」
「えー? 予想できるだけしておいたほうがいいでしょ?」
アンナの言い分も悪くはないが、現状では不安を煽るだけだ。
同時に決め打ちして安心してしまう危険もあった。
「やっぱり直接行ってみたほうが早くないか?」
「やっぱり畑もそう思うよな?」
フルートリスが喜色を表して拳を握る。
どうやら一度却下されたのを俺も含めて再度提案したいようだ。
「それもいいが、アンナの可能性の話も出せるだけ意見は出しておいたほうがいいだろ」
「ん? そう、やっぱりそうよね。新戦力の拡充にしても、方向性決めないとね」
俺の肯定にアンナもやる気になる。
「生き残りは俺たち三人。もし他にプレイヤーがいてもこれだけ会わないとなると完全に戦力としては当てにできない。だったら」
「今いる奴らをどれだけ効率的にレベルアップさせるか。確かにそれが安全策ではあるんだがな」
フルートリスはがっかりしながらも、道理は押さえている。
こいつも俺も自分でやりたがるし、知らないことを知りたがる。
けどお互いにもう老人だ。
レベルマの補正があっても、遠出はきつい。
何より俺はバグった通知が気になった。
「相手がレイドボスだった時どうするんだ? 俺ら三人じゃ削り切れないだろ」
「だからって七徳でもレベル六十程度なのに、そこからレベル上げの育成、スキルのレベル上げ、魔法の熟練度あげ、アーツの効率的取得? 逆に今から数揃えるのは無理だよ」
アンナはまず数で押すという俺の前提に疑問を呈す。
フルートリスも指折り考え始めた。
「レベル六十の七徳も五人だけ。その下の奴らもレベル三十台。それでも百人以上をレベルマにするだけでも足りないな」
「そんなに低いのか? 七徳以外に他に手は打ってないのか?」
「英雄の子孫を集めるって話だよ」
俺の疑問にアンナが指を立てて答える。
子孫はそのままこっちに転移したプレイヤーの子孫のことだ。
「お前の子供とか?」
「いやいや、私の子供ももう五十代だよ? 孫も一般人で戦闘はからっきし」
アンナは結婚もしてひ孫もいるが、プレイヤーとして身につけた技能は何一つ子や孫に伝授はしていない。
俺は恋人止まりで、フルートリスに至っては恋愛自体ができず子孫はいないが、すでに死んだかつてのプレイヤーは自ら鍛えた子孫を残していたりした。
中には、数世代後に突然プレイヤーレベルに強くなる子孫もいる。
子孫なんて話は俺に縁遠いんだが、五十年前の戦いで志願し、俺を師匠と呼んで慕った現地人の少年の姿が頭をよぎったのだった。
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