252話:傾国の美女
共和国から戻ったネフとイブからの報告は、正直寝耳に水だった。
(え? 赤髪ってあの、傾国の美女の? この世界にいたのか)
俺の驚きはまずそこからだ。
そのエネミーについては覚えがある。
俺が設定したエネミーであり、コンセプトはそのまま傾国の美女。
拠点を運営するプレイヤー向けに用意されたイベントに出て来るエネミーで、正体を当てられるまで潜んでいる、一種レアなボスだ。
見つけるまで、拠点の国や街はどんどん衰退していき、一定数値まで弱体化すると強制イベントで反乱が起きた。
(赤毛はNPCでも普通にいるし、適当に襲っても悪政として反乱が早まるだけなんだよな)
記憶を掘り起こそうにも、そんな暇はくれない。
NPCたちは俺が知ってる前提で話すから、すでに反応が遅れてしまっている。
今さら驚けないし、確認もできない。
何せ神が知らないわけないという間違った前提でいるからのだから。
神、神と呼ばれるからには従う理由がそれなんだろうし、そう望まれるなら俺もそれらしくしないと。
それで満足してくれるなら、うん、どうにか頑張ろう。
まずはここでなんと言うべきかを考えないと。
「…………そうか」
思ったより素っ気なくなってしまった。
赤髪と呼ばれるエネミーは、国を運営する系統のプレイヤーが対処する敵役で、設定作った後はほぼノータッチだ。
何せ俺はプレイヤーではソロプレイばかりだった。
商人や神官、時には称号欲しさに戦うプレイヤーはいたが、俺はゲーム中でも一度見た切り。
それでも作成に関わったからには、女性専用装備もいくつか落としたし、錬金術のレア素材もあったはずだという記憶くらいはある。
「そう言えば、あえて国に招いて倒すことをするプレイヤーもいたな」
悪政をすると国の機能に不調が出る仕様だったが、反面それで上層部は善政よりも金を集めることが容易にできた。
それを使って悪政を行い、傾国の美女を呼び出し早期に倒す。
そして集めた金を使って国を元の状態まで最速で戻すというものだ。
ただ悪政をすると、運営する側のプレイヤーの権限が一部弱まり、悪質プレイしたいプレイヤーがやってくることもあった。
一般プレイヤーからすると迷惑だし、アイテムの売買や施設の使用に制限がかかることもあったのを思い出す。
それでマナーのいいところは、悪政を行いますとアナウンスがあったんだよな。
それで悪役プレイしたい者もいれば、国を倒すことで手に入る称号欲しさに悪政をあえて急激に進めようとする者もいたり。
(誰が最終的に赤髪倒すかで勝敗決まるから、悪政するほうも必死で捜してたよな)
思い出して、俺はちょっと楽しくなる。
「あれも少し遊んでいればよかったのに」
独り言だが、聞いていたネフが大きく両腕を広げた。
「やはりすべて神の手の上ですか」
うん? なんでそうなる?
俺は全く話の成り行きがわからず黙ってしまう。
いや、これはまずい。
また何かわかってる前提になっているぞ?
「ふん、神の手を逃れたと粋がっていたけれど、やっぱりそうよね。私の父たる神なんだから当たり前というかそれくらいしてもらわないとっていうか、ほこ、誇らしいってわけじゃないと、えぇ、悪くないわ」
イブまでなんか言い出した。
これはどう対応すべきだ?
肯定していいのか?
考えている間に、一人喋っていたイブが気を取り直すように咳払いをする。
「こほん…………父たる神よ、あの者は従わなかったから処分しました。問題は?」
「そうだろうな、従わないだろう。そう作った覚えはない」
ここならイブに同意していいはずだ。
赤髪はエネミーを従えることはせず、やれることは国に所属するNPCを動かすこと、あとは死霊術師でゴーレムを作るくらいだ。
完全独立型のボスと言えばいいか。
(そう言えばゲームでもここ二、三年は赤髪のイベントなかったな。悪政する国は、NPC運営の国の中でも出てくるようにされてたはずなのに。それがないってことはてこ入れがあったか?)
俺が抜けてから、赤髪が解雇された可能性はある。
何せ赤髪がいなくても、運営が大々的にイベントを起こすようになっていたのだから。
つまり赤髪は俺が設定し採用された過去の遺物。
イベントとしても、神使なんかに比べれば地味だった。
「以前の世界でも赤髪の役割は終わっていた。邪魔をするなら排除もやむなしだ」
なんか色々設定した気もするけど覚えてない。
今聞いたばかりだし、すでに倒した後だし、いなくてもいいだろう、たぶん。
なんかネフがしたり顔で頷いている。
いっそこいつは、いつも顔の前に布垂らしてるほうが気にしなくていいのかもしれない。
「そうなると、共和国が空白になるわね。ネフ、任されたのはあなたよ。どうする気?」
「どうとは? まだあそこには王を自称する者がいるではありませんか」
方針を問うスタファに、ネフは全くノープランであることを隠そうともしないようだ。
するとチェルヴァが、大角と一緒に首を横に振る。
「そこに巣食っていたのが赤髪とやらでしょう? でしたら、王を僭称する者を動かしていたのも、赤髪。つまり、旗振り役がいなくなったではないの」
「あぁ、そうですね。しかも共和国内部で結束はない状態。首都を奪った者たちも状況把握に追われて動けない。となると、確かに空白というべき無防備になりますね」
自分でやっておいてネフは今さら状況を把握するらしい。
「いつでも神の掌中に収められるかと」
そしてこっちにぶん投げてきやがった!
待て待て、これどうしよう?
確か共和国は…………そうだ!
「王女がまだ仕上がっていないな、アルブムルナ?」
俺は盥回しで話を振る。
確か王女が共和国には執心し、そこをなんかアルブムルナが曲解してた気がする。
そう思っていたらティダが笑う。
「早く済ませすぎってこと? イブ、張り切りすぎたんじゃない?」
「そんなんじゃないわよ。向こうが勝手に寄って来たの」
どうやらイブのほうも赤髪との早期決着は予想外だったらようだ。
ならそれを理由にネフのほうに後の対応丸投げできないか。
「しょうがない。ちょっと向こう急かして、俺のほうでも手を貸します。そうすればルピアを共和国に」
「待ってちょうだい」
アルブムルナが気を回そうとするのを、スタファが止めた。
「つまり小王国を落とすということでしょう? だったら王国のほうでも準備をしないと。そちらには第二王子がいるの。確実に押さえておかないと後から面倒なのよ」
「あ、そうか。ってことは帝国の侵攻も前倒しじゃん。だったら俺がルピア世話してる暇ないか。ティダ、お前軍師ぶって上手く手抜きできない?」
アルブムルナの無茶ぶりに、ティダは顔を顰める。
「無理だよ。こっちの人間柔すぎ。あたしの攻撃の余波で半分は死ぬくらいなんだもん」
とんでもないこと言ってるが、問題はそこじゃない。
どうやら思った以上に赤髪を倒したことは影響があるようだ。
(え、どうしよう? これ、俺が気軽にネフにゴーサイン出したせいだよな?)
やらかしたと思っている間に、エリアボスたちは話し合いを続ける。
「まずは落ち着いて、まだ対応できる。赤髪という者がいなくなったことは周知じゃない。ティダとアルブムルナは帝国の動きを制御可能かな?」
ヴェノスが冷静に状況を挙げて対策を求めた。
「発破かけるのと、邪魔者始末するのと、好戦派を煽るのと、戦争準備のために各所で物資を調整して…………」
アルブムルナが指折り数えていると、ティダが聞く。
「邪魔ってあのギフト持ちとかいう妾でしょ? いっそ排除しちゃえば」
「あ、敵討ちってことにさせれば、新帝もきっと戦争したがるね」
グランディオンもまたとんでもないことを言い出すが、アルブムルナは指を鳴らして、グランディオンを見る。
「ありあり! ってことは、王国関係者のように見せかける必要があるから、スタファ。そういう奴見繕えるか?」
「今、王都と大公で二分させたから、動かせるのは、北ね。そう、ちょうどあそこは主要な者が王都のほうを向いているし、一人唆して帝国入りをさせた上で、実行はそちらで。その後に口を封じれば、いけるわ」
「あえて足跡を残してわかりやすく、けれど疑念で足踏みされても困ります。その塩梅を上手くやらなければなりませんね」
さらにスタファが冤罪ねつ造まで請け負うと、ネフもしたり顔で頷いた。
「煽るためにも内通者を上手く疑われない位置に置きましょう」
「いっそ物資は後回しでも、現地調達をすればいいではないの」
スタファとチェルヴァが、美貌で微笑みながら話を固めていく。
「疑いを内部に向けることでより強硬に、迷うことさえないようにしましょう」
「目的意識を持たせて邁進させることで迅速に目標を攻略させればいいのよ」
「待ってくれ、えぇと…………」
二人に指示されるアルブムルナが大変そうだけど、ここで口挟んだら俺も巻き込まれる。
「さて、それでは私はこのことをカトルどのに報せましょう。共和国がまた暴走することがないようにしてほしいな」
「それなら、魔女たちが情報網築くと言ってたわ。異変があれば知れるはずよ」
自らの仕事を見据えるヴェノスに、イブが告げる。
どうやらイテルは共和国に残って動いているようだ。
(それぞれ考えてくれてるんだな)
すごいと思うし頼もしくもある。
そして引き比べて俺、何もしてないのが申し訳ないな。
これは神としてどうするべきだ?
知らないままだとまた困ることになるだろう。
だからって上手く聞き出すことも難しい。
俺は一人頭を抱えそうになるのを必死でこらえていた。
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