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249話:イブ

他視点

 さびれた街なんて見慣れている私から見ても、共和国は荒れていたわ。


「戦いに明け暮れていたプレイヤーたちも、国くらいは運営できていたのに。この体たらくだなんて。イテルが野宿を推奨した理由がよくわかったわ」


 私は荒れ放題の里山で、魔法で起こした火にせっせと薪を入れるイテルへ、肩を竦めてみせた。


「はい、イブさま。野宿は申し訳ありませんが、町や村はエリアボスであるお二人が足を踏み入れるような場所ではありませんので」


 案内役として同行した魔女のイテルが申し訳なさそうに応じる。


 けれどイテルの発案で野宿に足る装備を運搬する者も用意してあるので、ここは助かったと思うべきね。

 ドワーフの国で父たる神も利用したという天幕は、大ぶりだけど十分な休息スペースなのだし。


「もう首都は近いとのことでしたが、全く兵装を見ませんね。見るからにみすぼらしい街並みを見る限り、独自に兵を隠している余裕もなさそうです」


 日中はあえて人間が生活する場を通って様子を見たけれど、ネフが言うとおりだ。

 首都に近づくほどに物々しくなるかと思いきや、逆に小さな村や町はほぼ放棄されて住民は逃げていた。


 首都近くの街は兵を自衛に回しているだけで、首都を奪還しようだとか、かたき討ちをしようだとかいう風潮は聞こえない。


「様子見なのだと思います」


 イテルが焚き火の世話をしながら意見を挙げた。


「私が首都でスタファさまの指示のもと必要な情報を集めた結果、共和国が建つ際に起こった変化は大きく分けて二つ。一つは社会の不満の高まりを全て王家に負わせたこと。そしてもう一つは既存の権威を破壊することによる分断です」


 説明するイテルは思い出しながら語るようだ。

 本人の見識というよりも、スタファなどの知者に説明されて押さえておけとでも言われた内容に聞こえる。


「つまり、ヘイトを集めて潰えた王家の復活に乗り気でない者が多いため、迎合しようという風潮が生まれない。そして既存の権威というまとめ役がいないために、国内の足並みが揃わないと」


 ネフのまとめを聞いて、なるほどと私も頷く。

 そう言われてみれば首都に近づいても争う気配がない理由に納得がいった。


「それで、お二方は首都でどのように動かれますか? 侵入自体は私の転移で可能ですが。かつて拠点としていた伯爵家などは今どうなっているかわからず、首都内部での転移はあまりお勧めできません」


 そういうイテルは、逃げ帰ることに成功したが、他の潜んでいた者たちもすでに生きている者は全員退去することになっている。

 戻らなかった者もリポップにより死亡が確認済みだ。


 今の首都内部を知る者はいない。


「私は今回補助役で同行してるわ。ネフ、方針は?」

「おや、いいのですか? 見つけたのはあなたであるのに?」

「父たる神から直接許しを得たのはそっちじゃない。大神が任せたなら従うわ」

「おやおや、いつもの反発は何処へ? その従順さを神の御前でも」

「う、うるさいわね!」


 すぐ余計なことを言う!

 しかも人を食ったような笑みが、顔の前に垂らした布の横から見えてるわよ!?


「あの、よろしいですか? 見つけたとはいったい?」

「そういえば、イテルには何も言ってなかったわね」

「神は全てを察してくださいましたが。他はそうもいきませんか」

「は、はい。神のお側でも学べぬ非才でお恥ずかしい。よろしければお聞かせください」


 イテルは背筋を正して教えを乞うた。


 す、素直さってこういうことかしら?

 けれど父たる神を前にすると、どうしても、その…………。


「しかし説明となると、イブが見つけたところからか、以前の世界のことからか」

「え、そこまでのことが今回の王政復古に関わっているのですか?」

「あぁ、ではまずイブが見つけた時のことを話しましょう」


 私が悩んでいる間にネフが進め、私を見るので説明を代わる。


「私の神性は監視。地上の全て、父たる神の恩恵受けるものすべてを見通す力よ」


 つまり本性に戻っている状態で、大地の上で私に見通せないものはない。

 とは言え、今回はあまりにも短い時間で、見えたのは王国と小王国、そして共和国のほうだけ。


 今にして思えば帝国か神聖連邦でも見ておけば、もっと父たる神のお役に…………いえ、今は目の前のことに集中しましょう。


「共和国を見た時に、以前の世界で覚えのある者がいたの。たぶん向こうも私と目が合ったことに気づいた。だから今回こんな動きに出たんでしょうね」

「それはつまり、以前の世界の強者がいた?」


 どうやら説明不足でイテルが勘違いしてしまったようだ。


「強者なのですか?」

「なんであなたが聞くのよ、ネフ」

「私は教会に所蔵される神に関わる文献で読んだことしかありませんので。曰く、一顧で城を傾け、再び顧みれば国を傾ける。それほどの絶世の佳人だとか。つまり強さに関してはなにも述べられてはいないのです」


 あの真っ暗な教会にはそんなものがあるの?

 私の聖堂には書物の類は何もないのに、狡くない?


「おや、そんなに睨んでどうしました? 読みたいのならば教会までご足労いただければお目にかけますよ?」

「う、うるさいわね! 余計なお世話よ!」


 図星でつい言い返すけれど、ちょっと後悔する。


 思わず唇を噛む私に気づかず、イテルがネフに話を移した。


「何故大地神の教会に、その城や国を傾ける者の記述が?」

「それはもちろん、大地神に関わる者だからですよ」

「封じられていない者が、イブさま以外にもいたのですか?」

「ふん、関係があるだけならいくらかいるわ。だいたい、封印間際に逃げた猫もいるくらいだもの」


 猫の神は大地神の大陸にいたのに、四大神の争いの際、封印される大地神を見捨てて我勝ちに逃げている。


「プレイヤーの噂では、前の世界の北のほうへ逃げて、また猫だけが置き去りにされた遺跡作ったみたいなこと聞いたけれど」


 猫神本人が何処まで逃げたかは、私も知らない。


「…………もしや、私を襲った者がその傾ける者?」

「そうだと思うわよ。名前は色々変えてたから、私が聞くのはだいたい、傾城が出た、傾国を出すためにあえて悪政を始めた国があるとか。あとは見た目の情報ね」

「おやおや、わざわざ呼び寄せる? それはまた豪胆な」

「プレイヤーなんてそんなものよ。だからこそ神が手をかけずに遊べる相手だったんでしょう」


 国を宰領するプレイヤーが悪政を敷くと、呼び寄せられるように現れるエネミー。

 所在を暴いて倒せば、プレイヤーが望む褒美があったらしい。


 それも私を倒しに来たプレイヤーの雑談で聞いただけで、実際姿は見たことがない。


「聞いた話だと、赤い髪に豊満な体、そして美貌ね」

「共和国以前の王家には、国王を篭絡した美女があり、それがまた真っ赤な髪だったと王女からも証言があります。確認したところ、議長国に逃げたそうですよ」


 見てから気づいたけど、つまり共和国以前の南の王国は、かつての世界で悪政を行う国に現れるエネミーに滅ぼされていたということなのよね。

 聞きかじりだけれど、現れた時点で悪政によるヘイトは加速して、国体は機能不全に陥るんだとか。

 そして国を守る者と覆す者の二者に別れて、プレイヤー同士で戦わなければいけない遊びが発生するとか。


 国を二分する戦いになる前に見つけて倒すことがセオリーだったようだけれど、こちらの世界の人間はそんなことわからなかったのでしょう。

 だからそのまま国を二分して王家のほうが負けた。


「その傾ける者は、神性なのですか?」


 イテルが警戒ぎみに聞いてくる。

 私は記述があったというネフを見た。


「そのような記述はありませんでしたね」

「そうね、父たる神の分身で神性を持つのは私とダークエルフくらいしか聞いたことがないわ」


 焚き火の向こうでイテルが目を見開いた。


「まさか、傾ける者とは…………神の分身?」


 私は意図せずネフと同時に頷く。


 大地神の側面であるなら、必ず神性がある。

 けれど分身はネフのように神性を持たない場合が多い。

 その上で、神は分身を放って世界を面白くするように仕向けていた。


「そ、それは、大変なことでは? 争われるのですか? 分身同士で?」


 ようやく状況に追いついたイテルがここにきて慌てる。


「そんなに気にすることじゃないわよ。場合によっては神の側面同士が争うような仕掛けもしてあるから」

「はい!?」


 そんなに驚かなくても。

 父たる神も安全を考慮して、大地神の大陸にいる側面には封印を強化したと聞いてる。


 きっと仕掛けを施したのは、享楽の側面とでも言うべき父たる神。

 そして今私たちのために降臨されたのは、慈愛の側面というべき父たる神だ。

 きっと悪いようにはしない。


「分身として私と目が合った。その上でこうして共和国を騒がし新たな王位を興したわ。この行動の真意をまず聞かないと。神の意志に従って荒らしたのか、それとも抗うためか」


 分身は父たる神とは別の自我を持ち、性情を持つ。

 そこに父たる神への反抗も可能な自由があるけれど、同時にどうやっても越えられない神性持ちという力の差がある。


「分身同士、決して交わりはしませんが、何やら通じるものがあるのです。どうやらこの感覚は、私とイブだけのものではなかったようだ」


 ネフがそう言って、焚き火で生じた影が揺れる暗がりを見る。

 そちらには首都があるけれど、今は夜で何も見えない。

 いえ、私の目は闇を見通すからはっきりと木を盾にこちらを窺う存在が見えているわね。


 ちょっとこの距離で気づかなかったというのは、相手の度量というより私の隙。

 すぐに剣を抜ける用意はしておこう。


「えぇ、本当に。気のせいであってほしかったわ。大地神の分身が他にもいて、しかもあの大神がいるかのように話すですって?」


 隠れる意味もないと思ったらしい。

 傾ける者はフードから赤く豊かな髪を解放して、憎々しげに私たちを睨んで言った。


隔日更新

次回:傾ける者

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