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248話:猫の頭

 湖上の城の会議室で、俺は定例会議を開いていた。

 イブの件があり、持ち場を離れられない者以外は集まって生存確認の上報告をしてもらっている。

 今いないのは、共和国に徒歩で侵入しているネフとイブだ。

 他のエリアボスは揃っていて、自分の持ち場の報告を行っていた。


「すごいなぁ。僕、ヴェノスさんに手伝ってもらっても上手くできなかったのに…………」


 チェルヴァの最速攻略に、グランディオンはずきんの上からでも、気落ちして耳が下がってしまっているのがわかる。

 そんなグランディオンは、もちろんライカンスロープ帝国担当。

 基本的に現地の者が動いているため、ライカンスロープのゴールデンレトリーバーが作った報告書を持って来て、読み上げただけだ。


 帝国を管轄するティダが、円卓に頬杖を突いて指を差す。


「上位種が行っただけでそれなら、ヴェノスもスネークマンの国に直接行ったらいいんじゃない? リザードマンも上位種でしょ?」

「いや、上位種で言えば聖蛇のほうが相応しい。それにあちらは神が直接赴かれている。もう私の出る幕ではないよ」


 謙遜するヴェノスは、竜人多頭国というスネークマンの国に興味はないようだ。

 カトル任せだけどヴェノス担当で議長国を見てもらっているが、そちらに関する報告のほうが意欲的な感じだった。


「大神の御業に比べれば、小神ならこれくらいってところじゃないか?」


 帝国担当のもう一人、何故か魔法職なのに将軍呼びされてるアルブムルナが他人ごとで肩を竦める。


「早い遅いの問題ではないわ。これで西側の敵味方の色分けはできたことが重要よ」


 王国担当のスタファは、素っ気ない。

 最初はチェルヴァと一緒に王国担当だった。

 ところがイブの誘拐辺りでどうやらスタファが抜け駆けをしたらしい。

 俺はその辺りよくわからないが、けどそれでチェルヴァは独力でエルフの国を押さえることを考えていたそうだ。

 喧嘩は駄目だが競い合って成果を出すのはいいことだ…………たぶん。


「でもこれで最速のご褒美はチェルヴァかー」

「うぅ、いいなぁ」


 アルブムルナにグランディオンも羨ましがるが、だが、ちょっと待て。


「ねぇ、何頼むの?」


 ティダもなんで当たり前に聞いてるんだ?

 俺そんな約束したか?

 待ってくれ、何も考えてないぞ。

 っていうか、要望に応える感じなのか?


「うふふ、望むものなど最初から決まっていましてよ」


 チェルヴァはゆっくり円を描くように下腹部を撫でる。


「女神として、大神の子だ、んぇ…………!?」

「お黙り! たとえ神の一柱と言えどそれを望むとはなんたる不敬! うらやま、じゃなくてけしからぬ言動許すまぁじ!」


 何かを言いかけたチェルヴァに、スタファが長杖を振り回して邪魔をした。

 チェルヴァは慌てて口を引き結んで回避に専念するが、生産系ジョブのチェルヴァが劣勢だ。


「こら、やめないか」

「おほほ! 嫉妬とはこうも醜いものですのね」

「その口から腹まで一つにつなげてやろうかぁ!?」


 止めるが、チェルヴァが煽るせいでスタファもより唸りをあげて杖を振る。


「ひぇ!?」


 スタファの鬼の形相にグランディオンが震え上がるほどだ。


「こら、子供の教育に悪いことはやめるんだ」


 俺が少し強く言うと、ヴェノスが動いた。


 長剣を握った片手でスタファの杖を受け、開いたもう片手で逃げ回っていたチェルヴァを掴む。

 見事な体捌きだ。


「大神のお言葉を聞かないことこそ、小神として、司祭として、恥ずべき行いではないかな?」


 冷静に諭され、ようやく二人の美女にして知者が暴れるのをやめてくれた。


(けど、俺の問題解決してないぞ? え、ご褒美ってどうすればいいんだ?)


 いや、ここはいつもの手だな…………話を変えよう。


「グランディオン、ライカンスロープ帝国にも石碑を設置するように言ったのはどうした?」

「え、あ、はい! ちゃんと言いつけました。えっと、国で管理してるダンジョンが三つあるから、そこに置くって聞いてます」

「うむ、それで少し考えたのだが、ライカンスロープは人間よりも強い。場合によっては民として暮らすドワーフよりも。であれば、そこから強者が育つ可能性もある。ライカンスロープたちにはこの大地神の大陸に挑戦することを許可するよう伝えよ」


 スタファから、神聖連邦が英雄集めをしていることは報告を受けている。

 それで集められているのは概算百人ほどらしく、レイド戦をこなすには少ない上に、全員がレベルマスキルマなどの強者であることを求められだろう。

 そうなると少しでも分母を増やさなければ、途中脱落者が出た後に補充もできない。


「そのためにも、どのような報酬なら挑戦を目指して自らを高めるか、要望も聞いておくように。わかりやすいところならば富、長命、地位くらいか」


 どれも大地神の大陸という資源を使えば可能だ。

 富は宝石拾って、長命はゲームアイテム、地位はライカンスロープ帝国を押さえているからこそ可能な願いだった。


「ドワーフやクリムゾンヴァンパイアも、太陽神などという者を信仰していなければ神の慈悲もあっただろうに」


 ヴェノスが同情するようにいうと、ティダが鼻で笑う。


「太陽神奉るような頭腐った奴らだから敵に回ってるんだよ。復興の傍ら、ドワーフはクリムゾンヴァンパイアと一緒に帝国に人を送って、英雄の所に向かってるし。最初から慈悲求めるなんて考えてもないって」

「そこでスネークマンとも落ち合ったらしいぜ。英雄いなかったからそのまま屋外で情報交換しててさ。上から不可視化したスカイウォームドラゴンに聞かれてるとも知らずに」


 帝国に配置したエネミーからの情報を語りつつ、アルブムルナも嘲笑う。

 英雄が正面からスライムハウンドを撃退したため、見つからない形で監視を続けていたのだ。


 念のため監視を置き続けたところ引っかかる者たちがいた。

 どうもお互いに敵は大地神の信徒と話がまとまったそうだ。


「ふふ、我が君が猫の頭を押さえ、胴をかき乱す今、首に国を構えたドワーフとクリムゾンヴァンパイアはどう出るかしら?」


 大陸を猫にたとえてチェルヴァは微笑む。

 落ち着いたスタファも笑い返した姿は、さっきまでのことがなければ理知的だった。


「背中の帝国が残っていればまだ、抵抗の芽もあったでしょうけれど。そこもすでに神の手が及んでいるわ。前足の議長国もそう。目を離した隙に周囲が全て我らの神に屈していたと知った時、どんな顔をするのかしら?」


 言われて見れば、ドワーフ賢王国とクリムゾンヴァンパイアの住処は、議長国まで落ちると三方を俺に従うといった国に囲まれることになる。

 東には山脈があり俺たちがいるため逃げ場はない。

 今は帝国へひとをやることもできているが、近い将来帝国も落ちる、のか?


(駄目だ、どういう前提でいればいいのかわからん。俺が聞いたの世界征服くらいで…………いや、だったらいいのか)


 つまりは敵対するなら潰すってことでいいはずだ。

 帝国を王国と戦争させるならドワーフとクリムゾンヴァンパイアは孤立する。

 だったら征服する分には問題ないはずだし、相手がエネミーなら未確認のプレイヤーがいても俺に文句言ってくることもないだろう。


 王国も帝国が潰して、帝国の新帝は扱いやすいような人物を据えたらしいし、共和国もネフとイブが対応に向かってる。

 正統の王子と王女はこっち側だから、邪魔者さえ排除すればどうとでもできるってことか。


「残るは後肢だけか」


 猫で例えるならそうなるはずだ。

 なのに呟いた途端、エリアボスたち笑い出す。


「尻だけでいったいどんな抵抗するつもりだろうな?」

「う、後ろ脚にも爪はあるよ」


 大笑いするアルブムルナにグランディオンが何故か訴える。

 するとヴェノスが落ち着いて頷いて見せた。


「確かに油断はできない。ただ、向こうももう逃げられはしないんだ」

「足掻くしかない状況で、神の試練に臨むとなれば、必死で神の求めるレベルになるかもね」


 ティダは好戦的な笑みを浮かべ、チェルヴァも上機嫌に頷く。


「人間などの目に穢されるのは業腹ですけれど、猫を食らって死に絶えたあの者たちはいささか憐れ、いえ、とんだ滑稽というべきかしら?」

「そうね、相応の強さと弁えを持った者をちゃんと送り込んでくれるようにしてもらわなければ、神がご用意された仕掛けを無駄にするばかりだわ」


 ここにきてスタファは悩むようだが、そこには油断があった。

 だからこそ、俺はあえて注意する。


「気を緩めるな。私が人に扮してやって来たことを忘れたか?」


 瞬間、NPCたちが息を飲む。


「ここを作ったからこその最速攻略だった。だが、能力自体はレベルマプレイヤーを逸脱するようなことはなかった。それでもお前たちを掻い潜り、宝石城に至ったのだ。油断はするな」


 今や俺が後から手を入れたとはいえ、この大地神の大陸には攻略方法はあるんだ。

 気を抜いていては、ゲームとは違う仕様のこの世界でイブのような不測の事態にも陥りかねない。


 俺の注意を受けたエリアボスたちは、揃って立ち上がると跪いた。

 これは応諾でいいんだよな?

 誰かなんか言ってくれ!


「…………攻略最速、神じゃん」

「「「「「あ!?」」」」」


 アルブムルナの呟きにエリアボスが揃って声を漏らす。

 …………これは使えそうだな?


「うむ、そう、だな。気づかれたか。そこまでを求めるつもりはなかったのだが、うむ」


 反応をチラ見すれば、スタファが満面の笑みを浮かべていた。


「ほほほ、大神を越えずして何が最速、何が攻略ということでございますね!」


 悔しそうにスタファを睨んだチェルヴァだったが、言い返す言葉もないのか細い肩を落とす。


「じゃあ、ご褒美どうする?」

「あたしたちが神にご用意する?」


 グランディオンの疑問とティダの答えで、今度は美女二人が激しく燃える目で俺を見据えて来たのだった。


隔日更新

次回:イブ

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