246話:英雄集め
ちょっと大地神の大陸を歩き回ったら怒られた。
軽く落ち込む。来てもらうよりもと、よかれと思ったのに。
俺はNPCたちから話を聞くため、仰々しい供は連れずに転移でパッと行ってパッと帰って来ただけだった。
ダークドワーフの所には、巨人が潜んでいただろうダンジョン探しに行っている。
魔女の所にはイテルに改めて様子を聞きに向かった。
リザードマンの所も、戻って来た者たちから王国の様子を窺って、猫もクリムゾンヴァンパイアのことで被害を受けていたからどんな様子か見ている。
ついでに港町やグラウの所も行ったが、文句を言わなかったのはグラウくらいだった。
(せめて歓迎の用意のために三日ほしいって、結局手間かけさせることになるじゃないか)
最終的には何処も自分たちが出向くからと、婉曲にもう来るなと言われてしまった。
猫はにゃーにゃー、ぎゃーぎゃー文句を言われたので、歓迎自体されなかったんだが。
迷惑だったらしく、スタファからも釘を刺された。
以前回った時は視察としてお供をぞろぞろ従えていたし、事前に俺が向かう日時を先方に伝えてあった。
そういう準備するから、行くなら相談してほしいと言われている。
(呼び出されるほうがましだから大人しくしとけってことだよな)
呼吸してたら溜め息が出ていただろう。
俺は内心の落ち込みを隠して書斎で大人しくしていると、スタファがやって来た。
執務机があって、ここでほとんどを過ごすスタファだが、俺がいる時に無闇に出入りも不敬として、別に秘書室見たいなの作ってそっちと往復している。
これも申し訳ないと思うんだが、本人が熱望するし、時にはチェルヴァと取り合うほど職場環境としては満足しているそうだ。
「神よ、神聖連邦の動きをまとめましたのでご報告に参りました」
「それは私だけで聞いていいものか? 他のエリアボスと共有するならば二度手間だ」
俺だけに言っても建設的な意見なんてないし、時間無駄にする気がするぞ。
「それぞれに動いていますし、今回は必要人員にのみ共有いたします。先に申し上げておきますと、すぐさまの動きはありません」
スタファは微笑みから、唇を横に引くような嘲りの笑みを浮かべた。
「神が動けないよう手を施し、中央分断の形でことが進んでおりますもの。今も神聖連邦は情報収集に汲々としているばかりで、その情報網も神が配置するよう命じた者たちによって暴かれております」
スタファは美しい笑みに戻って、いっそ酔ったようなまなざしで俺を見上げる。
「全て、神のお望みどおりに」
…………なんにもやった覚えがないんだよなぁ。
望みがないとは言わないけどさ。
そこもこの期に、神っぽさを崩さないよう聞くしかないか。
「僭越ながらこちらをご覧ください」
スタファは俺用に用意した報告書を、手ずから俺の机に置いた。
うん、また硬い言葉で書いてある。
これ、集中力総動員しないと意味が頭に入ってこないんだよな。
「スタファ、お前の所見も交えて説明をしてくれ。私はお前の知者としての才に一目を置いている」
「そ、そのような!? 私など神の後塵を拝すこともできぬ非才でございます」
え、ここは否定しないでほしいんだけど。
設定上はそうなんだから、頷いておいてほしい。
「私の所見など、神のお知恵を穢す雑音にしかなりません」
「そこまでいうのは卑下し過ぎじゃないか? そう硬く考えるな。神聖連邦は一度私を掻い潜った。そのようなことは二度とあってはならん。故に、私とは違う視点が欲しいのだ」
本当、エリアボス攫うってなんだよ?
未だになんでそんなことできたかよくわからないし。
ダンジョンって後から変なことするとバグるんだってのもあれでわかったんだから、検討を重ねることは大事だと思う。
俺のゲーム知識が完全にはまるわけじゃないんだから。
「…………神の知恵に人は敵わない。ならば、警戒すべきは知者ではなく、何をするかわからない愚者。確かに神に比べれば、私のほうが愚者に近しいものでしょう」
だから卑下しすぎだって。
けどこれで説明する気になったらしく、俺は面倒な文字を追う必要はなくなった。
「神聖連邦は現在、大陸中央部の情勢に関する情報と共に、人を集めております」
「ふむ、私の望みどおりとなれば、強者か?」
「はい、五十年前の英雄の生き残り三人はすでに神聖連邦へ入ったようです」
それは喜ぶべきか警戒すべきか。
プレイヤーが、イブをさらったような不当な行為をしないよう願うばかりだな。
スタファの説明は続く。
「現状最も神聖連邦が重要視しているのはどうやら公国であるようです。頻繁に代表者が会談を行っております」
「ほう、帝国ではなく?」
「神が狙いをつけた第四王子。あれが帝国司教の後援を得ておりましたから。そこを自滅の形で潰したことで、新帝側と距離を詰められず。また、教会と最も強く繋がっていた皇帝の暗殺が効いているものと思われます」
まずいな。
これは俺が知ってて当たり前のこととして話してる。
アルブムルナも第四王子とかレジスタンスとか俺の準備と策だと言っていた。
ここで知らないとなると神として不審に思われそうだが、何か答えなければいけない。
俺は時間稼ぎも込めて、一度ゆっくり頷く。
肝心なのは想定どおりと言わんばかりに大きく動いて見せることだ。
「帝国を大きくする中で何重にも備えをしているかと思えば、案外脆かったようだな」
「まぁ、大神であれば敵の接触をもって、果断に要となる皇帝を切り捨てることもできましょうが。人間ではまずそこは考えないでしょう。後の収拾をこのように軽やかにこなしてしまうのは神故の英知でございますれば」
何故か満足げだし、あと、軽やかってどういうことだ?
皇太子が即位しただけで、そいつも結局暗殺犯挙げられず、一切事態は収拾してないように思うんだが。
わからん…………が、さっきのスタファの卑下は使えるな。
「そこも説明してくれないか? 皇帝を暗殺した後、あまりにも帝国の動きが鈍かった。私では考えつかない人間ならではの事情というものがあるのだろうか?」
「ふふ、やはり愚かな人間のくだらない見栄と恐怖など神の埒外ですか。チェルヴァも神ですが、あの者は他者に脅かされた経験がありますから想像もできるのでしょう」
喧嘩の気配か? いや、上機嫌だし大丈夫か。
「帝位を争う人間たちは恐れたのです。帝位に君臨していた皇帝が殺されたことで、そこに踏み込むことを躊躇したのです。それが、皇太子が犯人を挙げた後に動いてもいいだろうという愚かな保身になりました」
つまり、玉座を前に争っていたはずの後継者たちは、皇帝暗殺により動きが鈍った。
そこに座っても殺される可能性が高いからだ。
皇帝が遺した、恨みつらみの禍根を背負い込むリスクに戦いた。
それは皇帝と繋がっていた神聖連邦も同じ。
スタファが言うには、あの暗殺からの状況は、他の王子が玉座を掠め盗る絶好の機会だったんだとか。
神聖連邦も、教会を使って自身が操る次の皇帝を生み出す好機でもあった。
けれど、動かなかった。
「まさに神の英知、策謀の妙。あれだけ唐突な暗殺故に事前準備もなく、察するための予兆もなく。こちらに愚か者を派遣し教会を自衛するくらいは考えたかもしれませんが。そんな甘えた考えを越えて、神は先の先を読みこの状況を作る大きな一手を最小限の行動でなし、帝国の者どもの動きを制してみせた」
スタファは頬を紅潮させて、豊かな胸の前で指を握り合わせる。
うん、そうか。
つまりこれもまた俺が何かすごいことをやったと思われてるんだな?
(よし、この話終わり! 突っ込まれたら俺は馬脚表しちまう!)
話を戻そう。
「人はずいぶんと臆病だが、それを軽んじてもイブのようなことが起こる。神聖連邦の動きは見落とすことないように気を配ってくれ。それで、人を集めているというのは? 誰かわかるか?」
スタファは表情を引き締める。
「顕著なのは帝国から、探索者の中でも著名な者を神聖連邦に招いているとのことです。ただ、秘密裏に連れ出してもいる様子」
小王国経由で公国から神聖連邦へ移動しているのを掴んだそうだ。
その辺りにエルフを仕込んでいたのでバッチリ捕捉されたらしい。
他にも議長国から船を使って移動もあるんだとか。
「また、ライカンスロープ帝国からも報告が。『砥ぎ爪』に、強者を神聖連邦へ連れて行くための手配をするよう要請があったそうです」
「そう言えば神聖連邦が作った組織だと言っていたな。だが、すでに『砥ぎ爪』の生き残りはクリムゾンヴァンパイアに食われた後だ」
「はい、ライカンスロープ帝国のほうからも、犯罪組織とは言え突然巨大な市場が消えるのは、治安の問題上困ると。ですので、羊獣人などの比較的ライカンスロープに似た者を送り込んで押さえに回らせていました」
そこに『砥ぎ爪』がまだあると思った神聖連邦が接触したらしい。
ライカンスロープ帝国のほうでは、王孫閣下とやらがクーデター起こしたという形で、政変があったと公表している。
実際争う奴らが一斉に逃げたので、全く問題なくゴールデンレトリーバーが掌握しただけの話だが。
『砥ぎ爪』に扮した羊獣人は、政変があってそれどころではないと突っぱねたそうだ。
「ふふ、ようやく神の知啓の一端に触れ、慌てて人員確保とは。滑稽だわ」
スタファは笑うが、俺は神聖連邦側の慌てた動きに理解を覚える。
(俺のところにもあった通知を受け取ってるとすれば、混乱もするし、レイド戦想定して慌てもするだろうな)
表示のバグったイベント告知は、イブがイブリーンになってもなかった。
きっかけがあったとすれば、俺が声に出してイブリーンを呼んだことくらいだ。
そしてその時にはもうイブに戻っていてボス不在。
エリアボス不在でダンジョンの機能がバグを起こすのなら、イベントもボスがいなくなって半端になったせいでバグった可能性はあると思っている。
そんなことを考えていると、入室の許可を求める声があった。
相手は一人で行動するのが珍しいダークエルフ。
「我らが麗しく荘厳なる大角の女神がお戻りになられました。大神にございましては自ら功のあった者を巡りお声かけをなさっているそうで。であれば、どうか宝石城にて我らが女神にお声かけを願いたく」
「神を呼びつけるですって!?」
スタファは激高するが、それもいいかと俺は思う。
どうやらこの世界にあるというエルフの国に行っていたチェルヴァが、吉報を持ち帰ったようだった。
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