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245話:ルージス・シュクセサール・ソバーリス

他視点

 私は王国の第一王子として生まれた。

 王国を継ぐ者として自覚を育て、教育を受けている。

 継ぐ者として誇りもあった。

 継ぐ者として我慢もあった。


 今にして思えば、そうした自負が傲慢を生んでいたかもしれない。

 だが恥じることは何もしていないし、集まる期待に応える努力もしてきた。


「…………なのに、これか? 私の今日までの結果が、これなのか? なんたる仕打ち、なんたる屈辱」


 いっそ現実味がないほど馬鹿げた結果だ。

 そのせいで感情は高ぶるのに、声は力なく空虚さを湛えていた。


「失礼、ルージス殿下」


 やって来たのは王国西の地を治める大公であり、今私が使うこの屋敷の提供者でもある。

 他に誰もいないため、私が自ら声を上げ応じた。

 入室して来た大公の顔には、気遣いがありありと浮かんでいる。

 さらに目が合えば言葉を待つ素ぶりさえあった。


 いったいどんな顔を、私はしているのか。


 連れていた従者を室外に置いて、大公のみが私が座す執務机に近づいた。


「やはり、同じ報せが届いて?」

「そう、だろうな」


 室内には二人だけだ。

 私も王都から父である国王の名で来た書状を見て人払いをしている。


 以前から、そうしてくる書状の内容にははらわたが煮えくり返る思いをさせられていた。

 一度など声を大にして周囲を驚かせたこともある。

 だから最初に見るときは、一人で気持ちを処してから周囲に報せるようにしている。


「私はアジュールの尻拭いでこちらに来た。もちろん民を助けるために力を惜しんだつもりもない。現状にはまだ予断を許さないところもあるが、国のため、私は王族として恥ずかしい行いをしたとは、決して思わない」

「はい、それは私が良くわかっていることですとも」


 大公は真っ直ぐな目をして肯定してくれた。

 だが、だからこそ、私は失笑してしまう。


 この地で私と共に復興に邁進した大公に対しての嘲りではない。

 そんな私を安寧のため、西の民を慰撫するためと、こちらに無理矢理留め置いた国王に対してだ。


「遠回しに帰ってくるなと言われて何ごとかと思えば、これだ」


 持っていた手紙を目の前の机に放り捨てるように投げた。

 大公は一瞥するだけで精査はしない。

 きっと内容は同じなのだろう。


 私個人に向けた言葉などない。

 ただ国の決定を報せるだけの書状だった。


「大公、いや、お義父上とでも呼ぶべきか」

「…………申し訳ない。私が、もっと中央に物を言える基盤を作っていれば、我が家への養子入りなど、断れたやもしれないが」


 大公は苦い表情で謝罪する。

 そこには駆け引きや腹黒い算段は見受けられない。

 この大公が養子入りの件を聞いて、最初に拒否したことは知っていた。

 さらに打診とは名目でしかない命令する書状を受け取り、必死に抵抗していたのも知っている。


 皮肉をぶつけてしまったこちらの八つ当たりのほうが申し訳ない。


「…………殿下」

「私はもう、陛下の子ではない」


 そう、私は王子ではなくなった。

 この大公家に養子入りさせられることが、我々当事者を抜きに王都で決定されてしまったのだから。


「いつからこの計画は動いていたのだろうな」


 ダンジョン探索がきっかけと思われる魔物の強襲がこの西の地では起きた。

 それを国王は王家から出した探索の失敗として公表し、謝罪している。

 アジュールの名を出さなかった温情には甘いと思っていたが、いつまでも理由を秘していてもこの地の人心は乱れたままだ。

 強すぎる批判を逸らすため、ひいては国を安定させるためには致し方ないとあの時は思った。


 ことの収拾に私を派遣し王家の名の下に復興を約束したことは、私が王に即位してからもやらなければいけない事業と定めるためもあるのだろうと。

 困難は伴うが、王室を率いる者となるならそれも致し方ないことだと納得していた。


「あれは、父が引責のもと退位するための発布だと思ったが。私もずいぶんと考えが浅いな」

「いえ、私もそう思っていました。これだけのことをしでかした第三王子を庇うならばと。それが退位もせずこのような、道理の通らない処置を下すとは…………」


 大公も、国王がアジュールを庇って真実を伏す代わりに、私に王位を譲ると考えていたようだ。

 将来良い関係の下復興に手助けしてもらうためにも、私を下に置かない扱いをしたのに、思惑が外れた。

 などと大公の高ぶりを見るのは、私の邪推が過ぎるのだろう。


 大公は、放り出した手紙をもう一度見ると拳を握った。


「だが、これはあまりにも、あまりにもあなたを侮辱した行いだ!」


 声を高くして訴える。

 そこには確かな怒りが込められていた。

 私がもはや絞り出せもしなかった感情だ。


「王室の失態はそのとおり。優秀な第一王子を派遣することで早期に対応する姿勢を見せ、失墜する王室の権威を保持する。そのために殿下も奔走された。それはもちろん正しい行いだったのでしょう」


 大公は握った拳を胸の前に持ち上げた。


「だが、それでどうして殿下を王室から放逐するような形で養子!? これではまるで殿下が失態を犯し罰せられたと喧伝するようなものではないか!」


 そう、私はこの一連の行動と対抗への養子入りという結果によって、アジュールの罪をかぶせられるような形にされてしまっている。

 事実はアジュールの独断であり、本人もそれを認めていた。

 だというのにこの仕打ちは、あまりにも悪辣だ。


 宣言自体は西の復興に尽力する大公との絆を深めること、私という存在がこの西で有益であるためなどとうそぶいているが、世間はどう見るかなど明白だった。

 勇んで事態の収拾に当たった私こそが、この事態の元凶であり、王室から放逐されるほどのことをしでかしたのだと喧伝するに等しい処遇だ。


「これはあなたを陥れる策謀です!」

「わかっている」


 そう、わかっている。


「そしてそれに国王陛下が全面的な賛同をしていることもな」


 私の言葉に大公は悲しげに眉をさげた。


「親が、何故、罪もない子を捨てるような。王家とは、ここまで非情なのですか?」


 おかしなことを言うものだ。

 本来の王家の本流はこの大公家であり、歴史の妙、人の命のはかなさゆえに、我が家が王位を得ているに過ぎない。


 そしてその王位は今、アジュールの手に収まった。


「非情を通り越してもはや愚かだ」


 私に罪をかぶせて放逐ならまだ騙せるが、併せて発布がされている。

 アジュールの王太子指名だ。


 私を西へ排除し、東には第二王子である弟がいる。

 それらが健在であるにもかかわらず、罪こそあれ功績のないアジュールを据えた。

 これでは貴族たちがついてこない。

 何より私を推していた派閥は、現役で政策を担当する貴族たちだ。

 安定こそを求め、無用な変革を悪と恐れる者たちだ。


「いったい何が目的だ? こんな暴挙は許されない。陛下がわからないはずもないのに」


 反乱の二文字が浮かび、私は首を横に振る。


「そうか、動けない今だからこの強行か」

「まさか。北が新帝をいただきどうなるかわからない情勢、また南では共和国の王政復古。南北に問題を抱える今、国内を乱してどうしようというのですか?」


 同時に東は帝国傘下の小王国を警戒しなければならず、この西も被害があり動けない。

 だからこそ中央の王都では好きにできる。

 そんな考えとともに実行できてしまったというなら、そこには別の問題が潜んでいる。


 どう考えても国を思うならばしない選択を、国王は選んだ。

 もしかしたら選ばされたのかもしれない。


「これは、アジュールの企みか?」

「他にことで得をする者がいないでしょう」


 大公がいうとおりだが、あの時アジュールは自らの非を認めていた。

 あれが私をつり出す芝居なら奏功したと言える。

 まんまと王都を離れて西にやって来てこの状況に陥れられたのだから。

 再起はないと侮った弟にしてやられたことになる。


 だがよぎるのは、あいつにここまで悪辣な思考があったかという疑念。

 楽なほうに流される弟で、都合が悪ければ笑って逃げるのが常だった。

 調子が良く、明るく、人好きはするがそれ故に大望や貫き通す思想というものがない。


「私のアジュールに対する評価から、今回のことは大きく外れすぎている」

「洒脱な方とは聞いておりますがな。確かにここまでの企みを遂行するような知謀も聞こえない。だが、そこは陛下が加担したならばどうでしょう?」

「いや、陛下も違う。これだけのことを果断できるならば、もっと早くに王太子は決まっていた」

「では誰が?」


 大公は困惑して答えを求める。

 今の王家の兄の家系という複雑な立場だ。

 それゆえに政争を嫌い領地に腰を据えている。

 王都や王城内部の政争に疎いのは仕方ないだろう。


 私にも挙げられる名前がないのだ。


「探るためにも、今は反対の声を上げ続けるしかない」

「あぁ、そうだ。そのために話しにきたのでした」


 大公は当初の目的を思い出して言う。

 私と対応を協議しようとわざわざ足を運んでくれたらしい。


「実は、我が子らは尽力してくださった殿下が、これ以上の辱めを受けるのは見るに堪えないと申しております」


 何故そこでご子息方が出るのかはわからない。


「養子入りの件がこのまま進むようなら、大公家の継嗣として立ち、王都へ私の名代として立ち帰るようにと言ってくれました」

「それは…………」


 ようやく私の声に感情が乗る。

 感動、動揺、そこまでさせる父への怒りなどが入り混じる。

 自らこそが正統だというのに、大公の子息たちはその地位を私に譲るというのだ。

 そして私にまた戦うための舞台に戻れるように道を開いてくれるという。


 その気遣いと利他的な決意の清廉さに目頭が熱くなる。

 その上で利己的に王位を求めていた自身が恥ずかしくもなった。


「…………私は、何も返せないかもしれないぞ」

「いいえ、私も息子たちもあなたが今日までなさった献身に応えたいだけですから」


 大公に嘘はないからこそ胸がいっぱいですぐには言葉を返せない。


 ここでなら諦めずにいられるかもしれない。

 力をつけて抵抗もできる未来がまだあると、信じることができるかも知れないと思えた。


隔日更新

次回:英雄集め

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