240話:転がり始める世界
上手く行った満足感を抱えて、俺は転移した先の湖上の城の入り口に立つ。
まず聖蛇の所へ転移できるかを確かめたんだが、これがちょっとした賭けだった。
転移先が、プレイヤーの俺が知っている相手を対象にできるということに気づいて試したんだ。
つまり、かつてゲームで攻略した聖蛇が対象に入っていた。
ダンジョン内までは転移不可能だったはずが、どうもアクティブになっているので不思議に思ったこともある。
ダンジョンと全く同じ場所をダンジョン外に作っていたことには驚いたが、プレイヤー対策だろうか?
けどそんなことをしてどんな効果があるのかは想像がつかない。
「お帰りなさいませ、神よ」
「我が君がおられるからには成功は約束されたようなものでしたでしょう」
「うむ、首尾はいい。そちらはどうだ?」
出迎えのために待っていたスタファとチェルヴァに機嫌よく返す。
こっちはネフを連れて行って、途中でリザードマンを呼び出した。
そのリザードマンが手ぶらだから石碑設置の成功は見てわかるだろう。
俺は二人に先導されて会議室へ向かった。
「神のご指示どおり、互いの計画の足並みをそろえる調整をいたしております。特に問題はございません」
「我が君、蛇の神はどうでございましたか?」
早めろって言ったからそうなったんだろうが、足並みをそろえて協力することはいいことだ。
仕事あると二人も喧嘩しないしな。
チェルヴァは神に興味があるようだが、そう言えば神にだけは対応するって設定したな。
「うむ、話が早かったぞ」
「やはり神性はわかっているのでしょうね。自己主張はしつつも従順でした」
俺の後ろをついてくるネフがそんな評価を下す。
「神への恭順は真っ先に拒否。ですが、石碑を置いて神に挑戦する者を導く役割は受諾しました。宙の蛇という大神もダンジョンを作りそこに属神を置いたのならば、遊びのためだったのでしょうか?」
「さて、どうだったか。宙の蛇は自身の眷属に強く執着していて、眷属を攻撃されることは嫌う。ダンジョンは防衛の意味が強いかもしれないな」
まぁ、眷属に執着くらいしか設定していないから適当なんだけどな。
宙の蛇という神は設定だけの存在で、ゲームでいたのも眷属だけだ。
蛇型の敵を倒しても宙の蛇は出てこないので、聖蛇も敵対したら倒してもいいかと気軽に行った。
「四大神である神に反意とは、不敬では?」
「ほほ、偏狭な。神という絶対をいただいておいて他に従うなんてそちらのほうが不敬でしてよ」
「あら、私の目の前にいる誰にも戴かれていない小神などがいるのだから、比べるまでもなく信徒のためおいでくださった大神がこの世において至高と言う考えが偏狭?」
「我が君が素晴らしいことは同意するけれど、だからと言って神の摂理を軽んじるだなんて、司祭を名乗るには勉強不足も甚だしいのではなくて?」
なんで今まで普通だったのに睨み合うことになってるんだ?
会議室までまだあるし、ここは別の話をネフに振るか。
「リザードマンを見て驚いた様子はなかったようだ。聖蛇は存在を知っていたと思っていいだろうな」
「警戒はしておりましたので、すでに違う神を奉戴していることも承知かと」
警戒は気づかなかった、というか蛇の顔に表情とかないしよくわかるな?
舌がずっと出入りしてたことしかわからなかったぞ?
「竜人と名乗るに至った経緯は涙ぐましく、笑いをこらえるのが大変でした」
ネフがわざわざ顔の前に垂れた布を上げて、笑顔を見せる。
そう言えば気になって聞いたんだよな、スネークマンだよなって。
それでドラゴニュートなんて名乗るに至った答えは、弱いから。
格を上げるために強そうに振る舞うべく、名乗ったのがドラゴニュート。
元はドラゴンを追い払ったために竜人多頭国を名乗り、スネークマンたちを部族単位から国に昇華したのだとか。
だからドラゴニュートを名乗るのは、全く根拠がないわけではないそうだ。
ドラゴンの島に住む人種という意味では。
「この世界のドラゴンもあまり誇れるような存在ではないと思いますけれど」
スタファが話を聞いて言うのは、西の山脈にいたあれだろう。
「素材としても使いにくいですわね」
チェルヴァもこの世界のドラゴンに関する評価は低めだ。
ただエリアボスレベルをエリアボス数人で囲んだあの状況では、本領発揮する暇もなかっただろう。
「ドラゴンクラウドでもあればな」
「それはなんでしょう?」
ネフに聞かれて他の反応を見ると、どうやらNPCは知らないらしい。
「ダンジョンだ。空に浮いていて、積乱雲の形をしている。時と共に移動し、入り口も雲の動きで場所が変わる。出てくるのはドラゴン系のエネミーばかりでともかく火力が高いダンジョンだった」
ボスも大型の対を成すドラゴンが二体。
片方を先に倒すと、もう片方と合体して強さを増しまた襲ってくるという仕様だった。
あそこならエリアボス複数でもドラゴンに手こずらされることだろう。
思い出しながら話している内に会議室へと辿り着いた。
入れば俺にくっついていた以外のエリアボスが揃ってる。
リザードマンが一体、一礼して出て行くのは、どうやら聖蛇の所であったことを先に来て報告していたようだ。
「ねぇ、本当に予知ってあったの? その聖蛇とかいうやつ」
ティダが好奇心からネフに問う。
「そうですね、たぶん予知はできるのでしょう。不自然に人がおらず、何者かが来ることもなく。しかし、大地神であることまではわからなかったようです」
俺が大地神と知って慌てていたことを聞き、ヴェノスが考えを口にする。
「つまりライカンスロープ帝国で集めた情報と一致する、か。危機に際して予知が発動する。それ以外は自らの意志で予知をすることはないと」
ライカンスロープ帝国で竜人多頭国の情報を集めていた。
ヴェノスが帝国で合わせて二回喧嘩を売ったから、もう敵対する可能性が高かったんだ。
ライカンスロープ帝国は竜人多頭国と国交があり、最近の動きなら詳しく知れた。
予知に関しても、予知された警告を商材に持って来る竜人多頭国の者がいるとか。
表面上は今までどおりライカンスロープには振る舞わせている。
けれどできる限り情報を集めるようには言ってあったので、今回の転移もある程度場所や特徴を特定した上で向かったのだ。
ゲームの聖蛇と同じだと思えたから、危険は少なかろうと。
「聖蛇があれだけ物分かりがいいなら大丈夫だろう。あとはエルフの国か。ライカンスロープ帝国でもプライドが高いと聞いたが、うん?」
俺が喋っているところにスライムハウンドが現われた。
「申し訳ございませんん。ですが緊急事態につきご容赦を」
「いい、どうした?」
見れは蝶ネクタイのスライムハウンドだ。
こいつが転移で現れたということは相当なことだろう。
「は、共和国にて反乱です。共和国政府打倒の兵が立ち、一両日中に首都まで攻め上っております」
予想外の報告に、俺は驚きで言葉が出ない。
荒んだ共和国を俺はこの目で見たからこそ、逆に反乱を起こす元気がまだあったのかと。
「そこ、魔女が行ってたはずよね?」
イブが言うとおり、確かに魔女のイテルを王女と顔見知りの伯爵との繋ぎ役に置いていた。
「ここに、おります…………」
扉を開き、弱い声が応答する。
見れば服は破れ血の滲んだイテルが扉に寄りかかってなんとか立っていた。
「え、なんで?」
グランディオンは耳も尻尾も立てて、イテルの弱り具合に驚く。
当たり前だ。
魔女は相応の強さがあり、そして逃げるすべもある。
そんなイテルに重傷を負わせたならば、それは一撃でその威力を出せる攻撃力の持ち主ということ。
「何があったというの?」
スタファが回復をかけながら説明を求めた。
「申し訳ございません。神より預けられた人間たちを、失いました」
一瞬わからなかったが、どうやら共和国の伯爵は殺されたようだ。
「謝罪はいい、イテル。何があったかを聞いているのだ」
「は、それが…………昨日の内に議長国から兵が発したと聞こえ、それが共和国の元王室を復興せんと立ち上がった勢力だということは調べがつきました」
イテル曰く、話が聞こえ、半日は情報確認を行ったそうだ。
その内に宣戦布告と王室に対する罪を訴える文章が共和国議会に届いた。
そこはまだ生きていた伯爵が確認している。
旗頭として記された名は、議長国に亡命した王室の血を引く貴族。
王女や王子のはとこに当たるくらいの成人男子だそうだ。
ただし、継承権が認められるかどうかは怪しいくらい薄く格の劣る血筋だとか。
「それ、罷り通ったの? 格落ちとか共和国の奴らも馬鹿じゃないなら相手にしないでしょ」
ティダがイテルに問いを重ねる。
「はい、あくまで旗頭のために引っ張り出しただけだろうと」
問題は宣戦布告が、すでに共和国内部へ兵を進めた上でされていたこと。
共和国内部は疲弊して守りもままならず、王国復活を謳う軍は無駄な攻略をせず真っ直ぐ首都へ猛進したという。
そして休まず首都制圧のために軍事行動を起こした。
その素早さに共和国議会は対応できず、議会の者たちは真っ先に殺され、その中に伯爵も含まれていたという。
「伯爵は使えると神が選ばれた人間。であれば助けようとしたのですが。…………あれはただものではない。明らかに尋常でない強者が紛れておりました」
それがイテルに逃げるしかない痛手を負わせた相手らしい。
「真っ赤な髪に臈長けた姿の美女。伯爵の派閥の者も、使用人もいる中で、まるで私だけを狙うように攻撃を繰り出したのです」
イテルが言うには人のようだったが、レベル帯がこの世界の人間ではないという。
(ここにきて新手かよ。今まで全然そんな気配なかったのに)
イテルが痛手を負い、逃げるしかなかったとなればクリムゾンヴァンパイアレベルでもおかしくはない。
俺が頭を悩ませていると、イブが溜め息を吐き出す。
「そう、あいつが動いたのね」
イブが何か知っている様子でそう呟いていた。
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