239話:聖蛇
他視点
我は夢から覚めて頭を上げる。
「お目覚めですか、聖蛇さま」
いつもの神官長ではない。
あやつは今、島外に出している。
そして我が見た予知夢もそのことであった。
「どうやら神官長は上手く他の種族と合流を果たしたぞ」
「やはり、訪ねた英雄はいなかったと?」
神官長を送り出す前に予知で見たのは、協力を求める英雄の留守。
だが、そこで同じく英雄を求めたドワーフとクリムゾンヴァンパイアと出会う。
今この時にその二者と会い、語らう予知を我は重要視した。
神官長を送り出したことで確定した未来を我は見たのだろう。
「いったいどのような用件だったのでしょう?」
まだ若いと言われる神官は好奇心を隠せずに聞いて来た。
それでも平均的な寿命の半分は行っている神官だ。
神官たち周囲の者は我が予知で異変を見つけるため長生き故に、人生半ばのこの者でも若造扱いだった。
「どうやらドワーフ賢王国が何者かに攻撃されたようだ」
「は? そ、それは大変な! すぐに詳しい情報の収集を!」
「落ち着け。今この時点ですでに終えた話。そして攻撃されたにもかかわらず大きく聞こえない。少数精鋭での短期攻略。それを成せるだけの勢力が存在していることが問題だ」
そして傭兵をしているクリムゾンヴァンパイアが、他者を頼ること自体もまた問題だ。
我にも並ぶ強者が治める種族であり、ノーライフキャッスルの王は、英雄を頼るべきだと決めるだけの情報を得たということに他ならないのだから。
「神殺しか」
「聖蛇さまに危害を加えようという者がいたのですか!?」
「早まるな。そうではない」
あまりの反応に笑ってしまいそうになるではないか。
「ドワーフ賢王国は神の信徒を名乗る者たちに襲われた。故に神殺しを異界にて行っていた英雄を頼ることにしたようだ」
「救世教と英雄は協力関係では? 亜人であるドワーフやクリムゾンヴァンパイアに協力などするでしょうか?」
この者はこの世界で生まれ育ったから、話の通じなさは仕方がない。
神は救世教の一柱、そして我が身、他の竜人が奉る祖神くらいしか知らないのだ。
「異界の神だ。クリムゾンヴァンパイアは異界の神を奉る…………!?」
目の前がいきなり変わる。
これは予知だ、しかも急速な、すぐそこに迫った危機を報せる未来の警告!
「すぐにこの場の者は退け! 決して我が呼ぶまでこの場に近寄るな!」
「は、え?」
「早く!」
我の命令に、年かさの巫女が神官を引き摺る勢いで退出させた。
我が眼前に見えたのは満天の夜空。
そしてそれが一つ所に固まって形を成した。
それ我が身と同じ長大さなどない、人の形をしていたのだ。
「…………ほう、来られたか」
突然の呟きに、見れば誰もいなくなった広間に黒い人間が立っている。
そしてその後ろには、人間の倍ほどの大きさがある、四肢を備えた何者かが、いた。
「聖蛇。ダンジョン内部にいたはずだが、さて、ここはダンジョンのボス部屋に似ているな」
我は言葉が出ない。
言って辺りを見回すその顔は、夜空を凝集した姿だった。
雷や雲、光の帯を纏ったローブ姿は人間らしい形だがしかし、その内部に見えるのは広大無辺の煌めき。
我らの大神もまた長大な体に星々を抱く。
似た要素を持っているが、どう見ても親たる我らの大神ではない。
だが、これは我らの大神に迫るかもしれず、尋常な存在ではない。
「神よ、聖蛇が戸惑っております。まずは用向きを伝えようと思いますが、いかがでしょう」
黒いほうが恭しく声をかける。
顔の前には黄色い布が垂れており表情は見えない。
毒々しい赤で模様が描いてあるが何を表しているかもわからない不気味さがあった。
ただわかるのは、やはりローブの存在が神性持ちであること。
そして黒いほうは神と呼ぶ存在を守るために我に近い位置に立っていること。
我を聖蛇と知ってそこに立つならば、相応の実力者であろうこと。
「本物のダンジョンは地下にあるようだな。ここはとてもうまく模倣した空間だ。私でなければ騙されそうだ。うむ、ネフ。許す」
神は何処か楽しそうに、そしてまるで全て知っているように呟く。
地下に埋めたダンジョンのことは秘匿しており、逃げ場として確保してある本物の我が神殿だ。
それと同時にここはプレイヤーさえ騙すつもりで作った。
だというのに一目でばれているとは。
「では僭越ながら、この私、大地神の宣教師たるネフが神の決定を伝えます」
我は思わず口を開けて威嚇音を発していた。
「大地神? 大地神だと? 何故かつての世界でも封印されていた者の名が出る?」
聞いてはみたが答えがそこにあることを、我は理解してしまった。
だが納得などできない。
かつて我々が生まれた世界を玩弄していた神々、四大神と呼ばれ覇権を争った者たち。
そんな強大な存在が、何故こんな雑に現れる!?
酔狂者の大地神だとしても、あまりに理不尽だ!
「ふむ、やはりわかっているか。ネフ、前置きはいらないようだ。用件だけを伝えよ」
「かしこまりました。では、聖蛇に申し付けます。神が人々を導くための石碑を設置し、神に挑む者へ見せるように求めておられます。望むのならば神の庇護下に来ることも認めましょう。その際には、神に挑む者の力を計り、増強に努めるよう役割を与えます」
一瞬何を言っているかわからなかった。
あまりにも突飛。
だが、我はこの申し付けをかつて別の者が述べている未来を見た。
予知とは違う状況に愕然としていると、また突如として現れる者たちがあった。
予知で見て、話に聞いたリザードマンだ。
予知では血の道を描いて我が前に現れた。
それが今は、我が鎌首をもたげたのと同じくらいの高さがある、オベリスクを持って現れている。
その従順、その憫然。
誇るべき強者がまるで人足のように扱われる姿に、神へと捧げ尽くしたかつての世界の忌まわしい記憶がよみがえる。
「従えるか…………従える、ものか…………」
不快感のまま我は本音を告げた。
途端にリザードマンたちは殺気立ち、黒いネフと呼ばれた者も重心を下に移動する。
だが、これもまた予知のとおりだ。
死か服従かを問われたところで、我が選ぶのは己の尊厳に殉ずることのみ。
拒否を明確にしたというのに、神だけは、そもそも予知に現れなかったこの存在だけは、予知と違った。
「そう、そうだろう。それでいい」
一人納得して、満足げに言葉を漏らした。
「系譜の違う神性だ。従うわけがない。こちらで長いと聞いたが、忘れていないようで喜ばしい限りだ」
まるで許しを与えるように両腕を広げて、我が選択を喜ばしいとまでのたまう。
だがそれで困ったのは、かつての同胞リザードマンだった。
「神よ、では我らは間違っているのでしょうか?」
「うん? あぁ、違う。お前たちはいいのだ。私が受け入れた。祖神ももう亡い。だが、聖蛇は違う。宙の蛇の属神だ。そんな親を裏切るような真似をしてほしくないという私の拘りに過ぎない」
同じ世界から現れたエネミーでも、知らない者が多い我が大神を親しげに語る。
これが、神…………我らの大神と同じ天の神か。
駄目だ、これは駄目だ。
以前の世界でも好き勝手をしていた神は、何も変わらずここにいる。
こちらに来る者たちは少なからず変質するはずだが、その本質が変わっているようには思えない。
予知のとおり、気軽に世界を戦乱に落とし込む遊びを提案する姿が、容易に想像できてしまう。
「我は、従うことは、できない。だが、石碑を置き、望む者に見せることはしよう。その上で、何故それをするのかを示されなければ、導きなどできはしない」
へりくだるのは悪手だ。
我が宙の蛇を優先することを喜んだのだから、神として属神である我が裏切るようなことは好まない。
だが、対等に口を聞ける相手でもないのだ。
だからまずは譲歩を示し、それから探りを入れる。
「何、かつていた世界と同じことだ。と言っても、前は凝りすぎてヒントを拾えずこの者たちは封じられたままだった。だから今回はわかりやすいよう、この世界にあるダンジョンにヒントを直接置こうと思ってな。ヒントを拾いダンジョンを巡れば、その内強くもなるだろう」
前の世界と同じ? つまりはまた世界を神の遊び場にするのか?
やはり、神は神のままなのだ。
だが一つ朗報があった。
「であれば、以前同様領地にて座して待たれるのか」
私はリザードマンや黒いネフが動かないかを気にしつつ、神自身が神として座して待つ猶予を期待する。
「いや、それはしない」
あまりな言葉に二の句が継げなかった。
「しようと思ったが、訪れる者がいないのだ。招いてもやり方というものをわかっていない無礼者だった」
「いったい、何を、なされた?」
「神はこの世界の人間に教えを施されるのですよ。その上で自らに至る道を示される。なんと慈悲深い。すでにそのために人間の再編も進んでおります」
黒いネフが恐ろしいこと言い始めた。
人間の再編、それは神聖連邦がきたる次の異界の門が開くときのために行っていることのはずだ。
そこに乗じて神が動いている?
そしてそれはこうして聞かなければ知れない、予知にも表れない行動らしい。
神聖連邦の預言者は掴んでいるか? …………いや、ない。
我もこうして眼前で初めて、大地神を特定できたのだ。
それまで存在がちらつく程度だったことを考えれば、神だからこそ予知をすり抜けるすべも知っている可能性がある。
そうでなければなんの前準備もせず突発的に行動し、後先を顧みない愚者だ。
我が予知をもってしても、そのような者は映らない、映せない。
「聖蛇、難しいことではない。また遊ぼうではないか」
我を越える大神が気軽に、かつて見た悪夢の如くそう提案していた。
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