238話:エネミーのレベル
クリムゾンヴァンパイアからは色んな話が聞けた。
結局俺も気になったこと聞いたりしたし、結果的には良かったと言える。
こちらの疑問にほぼ全て答えたのだから、あのクリムゾンヴァンパイアたちは優秀だったんだろう。
「しかし、エネミーはレベルアップがない、か」
俺は猫がこちらを睨む遺跡を眺めて呟く。
周囲にはクリムゾンヴァンパイアの死体を片づけるブレインイーターたち闊歩しており、見た目は美女なんだが猫は嫌がっているようだ。
まぁ、嬉しげに原型のあるクリムゾンヴァンパイアの頭部を抱えている姿は、ちょっとその後を想像したくない。
あと、さりげなくグラウも灰色の海の一部を伸ばしてクリムゾンヴァンパイアを一体飲み込んでいるな。
「強敵と言える者を倒したのは、スタファの公国の巨人くらいか?」
「そうですね、少々時間を取りましたし、神のお力添えがなければもっと泥仕合もあったでしょう」
俺の隣のスタファが真面目な表情で応じる。
「巨人の姿になっていて? 存外、この世界の巨人は頑強ですわね」
反対の隣を占拠しているチェルヴァも、スタファの評価に表情を引き締めた。
ここはアルブムルナの海賊船の船室。
海賊の作戦室って感じでビリヤード台のような机を簡素な椅子が幾つも囲む。
壁の一面は船尾から外を一望できるガラス窓になっていて、遺跡で動くエネミーたちが見えた。
(この世界には巨人が自生してる。大半は神聖連邦から東の山に。少数人間と協調する巨人もいるが、スタファといい勝負ならエリアボスレベルの強さと考えるべきか)
問題はエネミーであるエリアボスと違って、巨人はレベルアップに相当する成長があること。
今生き残っている個体は相当な強さだとクリムゾンヴァンパイアは言っていた。
レベル百相当と考えていいかもしれない。
そうなるとレイドボスの俺はまだいいとして、巨人相手にエリアボス単体で当たるようなことは避けるべきだろう。
スタファが勝てたのは俺のバフと相手が油断していたことが理由か。
だとすると侵入に対する備えも考え直しが必要だ。
「他にも気になることを言っていましたね。ダンジョンの拠点化。そしてそこに巨人が潜んでいるのだと」
ヴェノスが言うのはクリムゾンヴァンパイアが語ったことだ。
巨人はダンジョンを拠点化してその中に隠れているという。
地下や洞窟など完全に外からうかがえない場所を好んでいるとか。
「出入りはどうしてるんでしょう? 公国っていう所ではいきなり現われたって聞きました」
グランディオンが言うとおり、公国でのあの時も不思議に思ったことだ。
だがダンジョンから現れたと言われたら納得するしかない。
「拠点化して権限を握ると、スキップ機能というものを使えるようになる。ダンジョンに限定した転移能力だ」
プレイヤーが拠点化した場合、エネミーに襲われないとはいえ、ダンジョンを入り口から最奥まで進むのは面倒だ。
また、居住地にもできるがそのままダンジョンとして維持することも可能な仕様で、ダンジョンのままだと拠点化したプレイヤーが奥に進むのにギミックという手間が継続した。
だから拠点化したプレイヤーには、スキップという出入り口から直通の能力が与えられる。
転移なので入り口の大きさは関係ない。
スキップ先に空間があればいいのだから、巨人は難なく出入りできるだろう。
そしてさらに問題となることをクリムゾンヴァンパイアは答えていた。
「この近くに、巨人のいるダンジョンがある、か」
大変だ。
今まで全く気付かずこっちは動いていたのだから、巨人は完全に潜伏している。
どれだけ情報取られているか、そして潜伏を選んだ知能は侮れない。
「…………すみません!」
突然ティダが頭を下げた。
激しく船室の机に打ち付ける音までする。
「こっちに来た最初の日に倒した巨人! たぶんその巨人です! ダンジョンも入り口が何処にあるかわかりません!」
俺は予想外の言葉に、慌てて記憶をたどる。
そう言えばそんなこともあったな。
フレンドリーファイアが可能なので、俺はレアエネミーだと思っていた。
だが、確かにこっちの巨人は人と同じような姿らしいし、あり得る。
「ティダ、問題はもう済んだことじゃないわよ。今までの間に放置されただろうダンジョンから湧いてくるエネミーがいた可能性はないの?」
イブが指を立てて言う。
そう言えば大地神の大陸は複数のダンジョンの集合体だ。
たとえ別のダンジョンを包括しても、バグって動かなくなることがないのはグラウで検証済みだった。
「え、え…………報告は、ないと思う」
なんとも頼りない答えだが、これは責められない。
何せ俺も気づかなかったし考えもしなかったんだ。
「私が外でのことを言いつけたせいもあるだろう。ティダは気に病むな」
「…………!? 寛大なお言葉を無駄にしないためにも、すぐに確認してまいります!」
「うむ、挽回してみせよ」
「はは!」
勢いに押されてそれらしく言うと、ティダは転移で消える。
しょんぼりしてたのがすごい代わり身だな。
「あんなに急がなくとも。神がおっしゃるとおり、今もって問題にならずにいる理由も考えればいいのに。ダンジョンがあったとしても、入り口が閉じられている可能性が高いでしょう」
言われてみればスタファの指摘のとおりだろう。
この大地神の大陸は、謂わばダンジョンの扉が開きっぱのフィールドだ。
ただ宝石城や湖上の城は条件を満たさないと入れないダンジョンになっている。
巨人が潜んでいたダンジョンも、条件を満たさなければ出入りできない可能性が高い。
「わたくしは、他に焦らなければいけない者がいるように思いますけれど?」
チェルヴァの目がアルブムルナに向けられた。
視線を感じたらしいアルブムルナは、目のない顔で首を巡らせる。
「ちょっと手間取っただけで、焦るようなことじゃないだろ」
「それも理由は想像がつく。アルブムルナが悪いわけではない」
何を言っているか気づいて応じれば、俺に視線が集まる。
だがそんな羨望の眼差しを受けるようなことじゃない。
だって設定だからだ。
クリムゾンヴァンパイアから情報引き出した後、用がないため殺そうと、アルブムルナに命じた。
(リポップについて聞けたのは有用だった。あのブラートとピジオというクリムゾンヴァンパイアは、またノーライフキャッスルにリポップするが、記憶はない)
数百年この世界で生活したクリムゾンヴァンパイアは、リポップの経験があった。
どうも倒されればノーライフキャッスルの所定の位置にリポップし、同じ名前と自意識で活動を再開するという。
ただし、保持している記憶は、この異世界にくる以前までのことのみ。
この世界で経験したことはほとんどを忘れる。
以前経験した状況と同じになれば、夢に見たような既視感を覚えることもあるようだ。
(つまりもう一度ここに来るまで思い出さない。思い出してもぼんやり、以前に同じ経験をしたなという不確かなものだ。…………ふぅ、敵に情報漏れすぎること考えてなかったから良かった)
そしてアルブムルナだ。
実はクリムゾンヴァンパイアに魔法を放って殺そうとしたが、外して回避され、距離を詰められて少々被弾してしまっている。
「アルブムルナは潜んでこそ真価を発揮する。手負いとは言え正面からやらせたのが間違いだった。正しく力を振るえる場を用意できなかった私の落ち度だろう」
「そ、そんなことはありません!」
「いや、聞け、アルブムルナ。お前は正面から距離を詰められると弱い。かつてそう、私が決めたのだ。代わりに潜み正体がばれない限りは強いと」
そういう設定を書いた。
どういうわけかゲームに反映されてない設定まで影響しているので、きっと見つかると弱いという設定が生きてるんだ。
そう思ってたら、グランディオンが音を立てて尻尾を振り出した。
「いいなぁ、神のご加護。一族で神に仕えてたらそういうこともあるんですね」
少女に見間違う顔で羨望の眼差しを向けられ、アルブムルナは口をすぼめてちょっと血色がよくなる。
いいのか? なんか情けない設定にしてしまったんだが。
あと、別に一族とかそんなんじゃないんだが。
まぁ、説明できないから頷いておこう。
「さて、他にも有用な情報はあった。私たちがこの世界に辿り着いた要因に関わるかもしれない」
話を変えるとアルブムルナも表情を引き締める。
クリムゾンヴァンパイアからの情報で最も有意義だと思えたのはこれだ。
こちらで異界と呼ばれる俺たちのゲームの世界。
そこからプレイヤーやエネミーがやってくるようになったきっかけは、こっちの人間の手によるものだと言う。
「巨人から聞いたプレイヤーの言葉を、あのクリムゾンヴァンパイアとは別の者が聞いたという話でしたね。何処まで信における情報でしょう?」
ネフが言うとおりたしかに伝聞の伝聞で信憑性は低い。
巨人が騙しているかも知れないし、プレイヤーが聞き間違っているかも知れない。
クリムゾンヴァンパイアが勘違いしている可能性もある。
「数千年前の話だというし、一次情報は無理でも、長命で当時を知るらしい巨人を捜して話を聞く価値はあるか。ふむ、やることが増えるな」
俺は少し考えるが、考えることが多すぎて逆に何も浮かばない。
(正直色んな所に手を広げすぎてる感じがあるんだよなぁ)
俺は一般人で対処能力もないし、管理能力もない。
だったら、ある者に任せるしかないだろう。
「人間たちとの間に起こしている問題を早急に回収するように。その上で巨人を探る。あまり手を伸ばしすぎてもいけない。だが、お前たちが手を取り合えば成せぬこともないだろう。期待しているぞ」
拙いながら持ち上げると、NPCは揃って居住まいを正したのだった。
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