237話:フルートリス
他視点
「はぁい、フルートリス。ダンジョン潜ってたんだって? お疲れさま」
俺に声をかけたのは濃い褐色の髪の六十くらいの女だった。
今でこそ年相応にまとめているが、かつては頭の片側に高く結んでロールにしていた。
さらに胸元の開いた上半身だけの甲冑にヒールの具足をつけていたのだが、この歳になると恥ずかしくて着られないのが、かつてのゲームの装備だ。
(派手すぎて着らんないのは男女関係ないが、こいつは成功だよなぁ)
それで言えば俺は、絵の具のような赤い髪に黒いメッシュ入りという、こんなことになるとわかっていたらしなかったキャラメイクをしてしまった。
ここ、異世界なのにこんな色の頭の人間なんて他にいないんだよ。
その上で魔法少女系キャラメイクをしてたサブキャラってのがまた痛い。
ゲームの制限で十八歳以下に見える容姿にはできなかったが、恥ずかしいほど派手なミニスカで異世界に来てしまった時の衝撃は忘れられない。
その上ここで五十年だ。
もう婆になったのに、まだ派手な髪色は残っている。
そしてこの歳で男言葉を使うなんて奇異の目も甚だしい。
俺は望まぬ性転換の上で女としての生活を余儀なくされていた。
「…………ぽんたぬ」
「ちょっと!? その名前で呼ぶのやめてよ、おっさん!」
「うっせ」
「何やさぐれてるのよ、八つ当たりしないで」
プレイヤー名ぽんたぬ、それがこいつの唯一の失敗だ。
今は本名であるアンナを名乗っているが、契約書などには本名が必要になる。
そして何故か俺たちはプレイヤー名が本名扱いだった。
魔法の縛りで制約するようなアイテムを使うことがあるため、こいつはふざけたプレイヤー名を捨てられないでいる。
「私もいきなり呼び出されて困ってるのよ。あの妙な告知もそうだし。何かわかった?」
アンナは俺とテーブルを挟んで座る。
ここは俺専用に用意された豪華な客間だ。
勝手に入って来たが、俺たちの関係を知ってる奴が入れたのはわかる。
何せ俺たちは五十年前の英雄で、その生き残り三人のうち二人だ。
そして、この異世界という帰れない異国で、互いに故郷を語れる存在。
傍から見れば同年代、同郷、同性の友人同士。
これが畑の奴だったら素通りは無理だが、実情は逆なんだよなぁ。
「どうも、五十年前の生き残りかもしれないってんで、神聖連邦側で捕捉してる奴はいるらしい」
俺も今回初めて聞いた話だ。
この国はプレイヤーを集めて世界を守ることを目的としていて、それに数百年、いや千年以上も前から協力してる白い巨人がいた。
そいつへの説明と俺への説明を一緒にしたいと、巨人が住むダンジョンへ潜らされたのは、まぁいい。
レベルは加齢とともに減らないから、八十になった今もダンジョン踏破くらいはできる。
とはいえ、面白くもない話を聞かされたとなれば、馴染みに八つ当たりもしたくなった。
「共和国出身の薬聖、王国西の山脈周辺に住んでるらしい宗教者、王国に現れたスネークマンの亜種っぽいリザードマン、公国にお忍びのお姫さまと騎士、帝国レジスタンス。あとは七徳二人が死んでるらしいから、それを倒した者がたぶん同一犯?」
「つまり、七人? 多くない? 五十年前の生き残りなら、相当な年齢でしょ?」
「そ、だからリザードマンっていうのはこっちで増えたエネミーかもしれない。もし俺たちがこっち来た後、ゲームのほうで実装された新エネミーだとしたら厄介だが、五十年動かなかった理由がわからん。あと、七徳倒した何者かも、年齢関係ないエネミーかもしれないらしい」
俺たちプレイヤーも老いるが、普通よりもずっと若い。
俺の推測だが、ゲームやっていた年数、プラスこっちでの経年だからじゃないだろうか。
俺はゲームを九年続けた。
そこからこっちで暮らして今、外見十八から初めて、六十くらいの見た目で、実年齢なら八十越えてる。
アバターの年齢に五十年を加算しても、六十代に見える外見は若い。
だからゲームをやった年数とこっちの暮らしかなと思っている。
とはいえ、プレイヤーなら五十過ぎてる年齢になってるのは確かで、だから今動き出した奴はそれなりに歳のはずだった。
「あれ、共和国って出身わかってる人いるのは何?」
「そっちはあからさまにゲームアイテム売ったり使ったり。後は規格外の強さがあるらしい。だからプレイヤーの子孫って可能性もあるそうなんだがいまいちはっきりしない。共和国、今神聖連邦の目が届いてないからな」
「じゃあ、確実に怪しいのはレジスタンス? そんな言葉こっちにないよね?」
「あぁ、今までなんの尻尾も出さず忽然と現われてる。だが、そっちはわかる限り主導するのは若い奴らばかりらしい」
つまりはこっちもプレイヤーの子孫の可能性が高いと見ている。
帝国は派手に戦争を仕掛けてる侵略国家で、日本にいた頃なら眉を顰めただろう。
けどこっちでの生活も慣れると、人間の無法も見慣れる。
戦争起こしてでも人間という種族を纏めなければいけないという、神聖連邦の行動を頭から否定はできない。
「だったら、七徳倒した人? あ、人とは言ってないか。エネミーなの?」
「可能性は高いらしい。どうも王国に未確認のダンジョンがあるとか。俺は知らないんだが、なんか岩の上の街だそうだ。一番上にでかい建物があって、坂道うねうね登る形で街がある」
「それだけじゃわからないよ。出てくるエネミーの種類は? ボスとか」
「そこら辺の詳しい情報は畑と一緒にいる奴が持って来るんだと。けど出て来るエネミーは死霊系か悪魔系って」
俺の言葉に、アンナが記憶を探るように目を閉じると首を傾げる。
「ねぇ、それ何処にあったの? 海?」
「は? 山だよ。王国西の。いや、待て。もしかして心当たりがあるのか?」
「それさ、モンサンミシェルみたいな建物なんじゃない? ほら、ゲームのマップの南にさ、面倒な場所にある砂浜で、さらに干潮にならないと入れない仕様のダンジョン」
俺はわからないが、魔法剣士なら行くし、それ以外にも景観目的で行く者もいたとか。
「七徳ってレベル六十くらいでしょ? で、部下はもっと下。だったらちょっときついんじゃないかな? レイスと悪魔ばっかりで対策してればボスまで簡単だけど、そのボスが吸血鬼っぽいのに光属性も神官系ジョブの攻撃も効かなくてさ」
ボスは少女で魔法剣士ジョブだという。
初期からあるダンジョンだが改修が入らず、魔法剣士もジョブとして器用貧乏なため見た目重視のプレイヤーしか利用しなくなったダンジョンだった。
「あ、あぁ! あのわけわかんないとこか!」
俺も九年やったから行ったことはあったが、こっちで五十年すごしたせいでだいぶゲームの記憶は薄れてる。
「色々ギミックありそうなのに、全然変化なしで。ただの雰囲気づくりだって、非難されてたとこだ」
「そうなんだ? 私の時には魔法剣士やるならあそこで武器獲得推奨ってくらいだったよ」
アンナはこっちに来るまで四年くらいゲームをやっていたが、ゲームコンセプト自体が年月と共に変わっていって、アンナとは最初話が合わなかった。
同じゲームしてたはずが捉え方が全然違い、そのせいでこいつは俺を罵る時におっさんと呼ぶ。
それも今となっては些末なことだ。
突然放り込まれた異世界、そしてエネミーとの命がけの戦い。
時には悪質プレイヤーが命を狙ってきたこともあり、そんな中を生き延びた戦友だ。
「だがそうなるとおかしいな。山の中にあったんだぞ?」
「なんで海じゃないんだろ? ダンジョンはゲームと似たような場所に。あ、でも、今のところ海にあったダンジョンって出てないよね?」
「ないな。って言っても、グレイオブシーみたいに見てすぐわかる奴ばっかりじゃないしな。見つかってないんだろって聞いたぞ、俺は」
ゲームでもそうだったが、実際の海はもっと広い。
ゲームならパッと飛んで見てわかる範囲を回れるが、それでも広大なマップで方向見失うこともあった。
こっちでは実際船を使って探さなければならないという途方もない作業が必要だ。
その上エネミーはしっかり海にもいる。
だから見つかってないだけで何処かにダンジョンはあるだろうと言われていた。
「ま、俺はゲームでも数年行ってないし、お前から枢機卿に話してくれ」
「そんなに話すようなところないダンジョンだったよね?」
「エネミーの種類と、ボスの戦闘傾向、ギミックの解き方とあとは拠点化できないとかか?」
「そうなの?」
本当にだいぶ遊び方が違う。
俺も惰性で九年目やったが、こっちに来た時ゲームにインしてたのは、このサブキャラに合う新規アイテム獲得のためで、ちょっとご無沙汰してた時だ。
「ボス倒しても拠点化するコマンドが出ないし、クリア扱いにならないんだよ、あそこ。何人かバグ報告したらしいけどそのまま。だからギミック解く必要があるはずなのに、解けるギミックなくてな」
無闇に動かせる石とか、読めない石板とか、明かりのつかない街灯とか、怪しいオブジェクトは幾つもある。
なのに正解がわからないし、示されていない。
何処かに関連のイベントがあってそれをクリアして初めてフラグが立つということもあるが、改修もなく運営も放置ぎみのダンジョンだった。
正直最初に解いてやるとか思って色々やった時期もあったけど、その分ボスとか覚えてない。
うっすら魔法少女系の格好してたような?
「ま、ほんとうにあの海上砦なら、場所的にバグってる可能性高いし」
「あぁ、そうか。なんか王国の西でレイスがあほみたいな数溢れてるって。あれ、海上砦のエネミーがバグで無限湧きもあるのか」
たまにあるという、ダンジョンのバグだ。
エネミーがこっちの世界で自我をもって出てくることも溢れるというが、ダンジョン自体がバグってエネミーが無限湧きするのもまた、溢れると表現される。
「待ってよ、今までそんなことなかったんでしょ。ってことは、未発見だって触ったからバグって動かないだけだったのが無限湧きの可能性もあるんじゃない?」
アンナの指摘に俺も顔を顰める。
海上砦のレイスは強くないが、この世界の人間は弱い。
つまりは良く調べもせずに無理矢理ダンジョン探索した奴のせいで、被害が起きてる可能性があるわけだ。
(これだからこっちの人間の欲の強さはいやなんだ)
自分が良ければ迷わない、危険を顧みない、危なくなったら逃げる、それだけ。
責任とるなんてことしないし、だから神聖連邦のように力尽くでという考えもわかる。
「無限湧きだとしたら被害は広がるだけだ。すぐに言いに行くぞ」
アンナも緊急性を認めて腰を上げる。
ただ、体の年齢は比較的若いとは言えもう老境。
動きに機敏さはない。
きっと俺もそうだろう。
「あ、結局怪しいの誰?」
アンナが思い出したように、話を蒸し返した。
「あ? あぁ、宗教者はほんとに隠遁だけしかしてないから変わり者の現地人の可能性が高い。公国に現れた騎士って言うのが顔も見せずに怪しいって話だが、すでに公国にはいないから探せもしないそうだ、こほん。では参りましょうか」
俺は答えて一度咳払いをする。
そして円滑に暮らしていくためにも、女のふりで言葉を改めた。
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