表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
239/326

234話:ピジオ

他視点

 辿り着いた地下は、不気味な青い光が点っていた。


「くそ、三人もやられたか…………」


 ブラートが悔しげに吐き捨てる。

 ここに追い立てられる前に聖堂らしい場所で少女二人と戦った。

 その結果、ここまでこれなかったクリムゾンヴァンパイアが三人。


 正直、勝てない相手ではなかったと思う。

 こっちは元より数の優位がある。

 ただ準備不足だった。

 勝てなくはないが、油断もできない相手だったのは確かだ。


 俺たちクリムゾンヴァンパイアに、そう思わせる存在なんて巨人やドラゴンくらいのものだったのに。

 それなのに、少女にしか見えない二人は巨人と同じくらい強かった。


「手を抜かれていた。もっとあっちは他に戦い方があったようだ。ブラート、どう思う?」

「あぁ、ピジオの言うとおりだ。その上で俺たちをここに向かわせた目論見ってもんがあるみたいだぜ。見てみろ」


 俺たちは暗い地下洞窟らしきところを進んでいた。

 青い光が不気味に照らすそこには、岩のように動かないライカンスロープの姿がある。

 怯えてまともに話せず、情報源としては役には立たなかったが、相当数が同じような状態になっている姿は警戒を強めるに十分だ。


 俺たちに闇は問題なく、どこか出入り口があるらしく微かに物陰は見える。

 静かなこの地下らしき場所に、ライカンスロープを恐怖させた何かがあるんだろう。


 俺たちはできる限り静かに探索を始め、闇の中を闊歩する者を見つけた。


「ドワーフ? それにしては黒いな」

「この地下もレイスや悪魔がうろついてる。その中で暮らしてるんだ。ただのドワーフじゃないだろ」


 俺たちもヴァンパイアの中でもクリムゾンヴァンパイアと呼ばれる者。

 こいつらもドワーフとは同種だが、また違った特性を持っているかもしれない。


 ドワーフ程度と侮って襲うのは拙速だ。

 見た感じ、聖堂の金髪のほうの少女に似ている。

 あれはドワーフの亜種だったのかも知れない。


 そう考えると、ドワーフの中でも強者の一族である可能性もある。

 俺たちと他のヴァンパイア系は得意とする属性や地形が違う。

 その上で、レベルに大きく差がある。

 ここにいるドワーフらしい相手も、俺たちの側である可能性は十分にあった。


「脱出のため捕まえて聞くか?」

「答えるかわからん。それに数もいる」

「そもそもここはダンジョンから通じているのか?」

「つまりダンジョンの一部かどうかだな?」


 俺たちは闇に身を潜めて意見を交換する。


「ダンジョンなら、見つかれば襲われることを考慮すべきだな」

「もしかしたら今いるのは雑魚で、上位種が他にもいるかも知れない」

「敵戦力の推測もままならない中で、不用意な戦闘は避けるべきか」


 結果、ライカンスロープの怯えよう、強者の可能性から、戦闘を避けての脱出第一に行動することを決めた。

 レイス程度でも無視だ。


「ここを脱出したとして、報告はどうする?」


 成り行きで最初から隣を歩くブラートが、憂鬱さを隠さず聞いて来た。


「上は見せかけというか、ここへの入り口だな。進ませるとかどうこう、上の奴も言っていただろう。本来のダンジョンはこの闇の洞窟なんだ」


 俺たちがすべき報告は、王国がこのダンジョンを荒らして溢れたところに巨人が現われたくらいか。

 巨人の姿は確認できていないし、何故国境に近づいたかはわからないと言うほかない。

 付け加えるならば、レイスが溢れた程度で済んだだけましだろう。

 本当の強者はダンジョンにとどまっていたのだから。


 もしかしたら巨人もこのダンジョンを危険視して、すぐに住処に帰ったため姿が見えないのかもしれない。

 奴らは隠れると見つけ出すのは難しいし、何より手間だ。


「上級のダンジョンだと言えば、うちのお貴族さまも面白がってくれるだろ」

「人間が入る前にとっとと知らせないとな。帝国にでも横やり入れられたとすれば、俺たちは八つ当たりの的か」


 ブラートの予想があながち外れてはいないとわかっているせいで、俺も憂鬱になる。

 ただ歩いていると明かりが見えた。

 地下から出る地上の明かりだ。


「地下だけじゃないのか、このダンジョン」


 辿り着いたのは見上げても太陽の見えない深い谷の底。

 決して狭くはない谷の下は、岩や石が転がっている以外は比較的平らだ。


 警戒しながら進むと、太陽とも火とも違う光が現われた。


「なんだ、これ…………宝石? 宝石が石ころのように転がってる?」


 谷の先にはまだ谷が続いているが、そこには目を疑うような無造作感で宝石が転がっている。

 色とりどり種々さまざまの、あり得ない光景だ。


「なんだと思う?」

「罠だろ?」


 俺たちだってダンジョンに生まれ育った者だ。

 こんなわざとらしい情景の意図くらい読める。


「ち、先は見えない。さっさと脱出しようぜ」


 仲間の一人が羽でとびあがり谷の断崖を上昇する。

 瞬間、影が差した。

 見れば、蛇に似た身をくねらせるドラゴンがいた。

 短いが鉤爪のついた手を、飛ぶ仲間に向けて急降下している。


「なんだこいつ!? あ、ぐあぁ!」


 応戦しようとしたが何かに気を取られた仲間が、鉤爪からは逃れたものの尻尾で叩き落とされる。


「おい、どうした? あの程度避けられただろ」

「上だ。上にグールの群れがいる。登ったところで逃げ場はねぇ」


 性格が悪い仕掛けに俺たちは開いた口が塞がらない。

 宝石は罠で、脱出優先で崖を登ってもグールがいるし、飛んでもドラゴンがいる。


「順路はこっちでいいのか? ダンジョンなら脱出できる道はあるはずだ。だが間違えているなら場合によっては行き止まりもありえるぞ」


 そう言った仲間が、足先で宝石を蹴るという失態を犯す。

 こういうのは触った時点で発動するため、全員が罠を警戒して身構えた。

 ほどなく、地響きが聞こえる。


「あれは、別のドラゴン! 今度は大型だ!」


 空のドラゴンよりも二回り以上も大きい新手が現われた。

 長い鼻づら、牙の揃った口、硬い突起が並ぶ背に羽はない。

 太く長い前足を激しく動かして猛然と前進しているが、後肢はなく、長い尻尾が荒ぶるのが見えた。


「戦闘を避けるとか言ってられないぞ! 上方警戒を怠るな! やれ!」


 言われずとも身を守るため、俺たちは自らの羽を広げて機動力を得る。

 猛然と近づくドラゴンの正面に立つ愚は犯さない。

 俺たちは飛行能力を生かして全員で避けた。


 ただ飛ぶ小型のドラゴンへの警戒もおろそかにはできなかった。

 そして念のためグールも気を配らなければいけない。


 そう思って、俺は上を見た。

 すると一体のグールがこちらを見下ろしている。


「なんだその顔?」


 まるで人間のような表情を浮かべたグールがいた。

 そこには諦めと憐憫が浮かんでいる。

 なんて腹立たしい!


「削れ! でかくて的外す奴もいないだろ!」


 俺は苛立ち紛れに仲間に叫んだ。

 避けて通り過ぎる巨体に、応じた者たちで炎を浴びせる。

 他の仲間たちも爪や蹴り、光の魔法など遅れて放った。


 手応えはある。

 見れば後肢のないドラゴンの体の側面は傷だらけだ。

 それでもこちらを振り向くとしつこくまた襲いかかってくる。


「こいつ! 少しずつだが回復するぞ!」

「おい、そっちは! くそ! 一人腹に轢かれた!」

「喉が光った! まさかこいつ!?」

「ブレスだ! なんとしても避けろ!」


 避けろと言われてできるか!?

 ここは谷底の一本道だ。

 そして相手は巨体。

 ブレスの範囲が広いことは予想できた。


 俺は小型のドラゴンのほうがましと上へ逃げる。

 近くにいたブラートも上へついて来た。

 だが他に遅れて続こうとした者はブレスの範囲から逃れられず巻き込まれる。


「が、は!?」


 ブレスに吹き飛ばされた仲間は、即死はせず済んだようだ。

 ただ動けもしないようで、なすすべもなくまた突進するドラゴンの口の中へと消えた。


「攻撃を止めるな! 回復が始まる!」


 ブラートが言って、迫る飛行系ドラゴンを避けて急降下した。

 この飛んでるほうは谷底までは追って来ないので、俺も慌てて降りて攻撃を再開する。


 そうして二十七人に減っていた仲間が、さらに六人減った。

 二十一人だ。


「くそ、無駄に頑丈だからドラゴンって奴は!」


 吐き捨てるブラートは、すでにこと切れたドラゴンの死体を蹴りつける。

 俺はその隣で目にした事実を教えた。


「どうやら、倒せば進めるって話じゃないらしいぞ」


 倒したドラゴンは俺たちの側にいる。

 だというのに、谷の向こうからは傷一つない個体が前足を使って這いずるようにやって来ていた。


「こっちはきっと罠に嵌めて殺すだけの道だ。戻るぞ。走れ!」


 俺は言いながら走る。

 異論は上がらず仲間も続く。


 そして視線を感じて見上げると、グールが変わらず見下ろしていた。

 未だに見ているらしいのはいったいなんだというのか。


 そこには欲望でなく憐れみが浮かんでいるのが本当に腹が立つ。

 こうして殺された者を何人見て来たのか。

 そして上にいる奴らはきっと、逃れたがグールにやられた奴らの慣れの果てだろう。

 そんな落伍者に哀れまれる謂れはない。


「まだ暗いだけのあっちがましだ! 正解の道を探すしかないな」


 ブラートは言いながらも、ドラゴンを相手に戦った疲れを滲ませる。

 確かにましではあるが、現状諾々と探索するだけではいずれ限界が来るだろう。


「雪山歩いてこれだ。何処かで休むか、食事をしないことには」

「なんだ。それならちょうどいいのがいたじゃないか」


 俺はブラートの提案に納得して頷く。


 ただふと不安がよぎった。

 正解など用意されていなければどうなる?

 進む先に本当に脱出は可能なのか?


 俺は声に出してしまえばくじけそうな問いを飲み込んだ。


隔日更新

次回:猫と和解せよ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ