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232話:ブラート

他視点

「やってられないぜ」


 仲間の誰かが吐き捨てた声が、寒風に乗って届いた。

 俺たちはよく似た赤い髪を野暮ったいフードで隠して、雪山を歩く。


 こんな状況だ、言いたいことはわかる。


 俺たちは誇り高きクリムゾンヴァンパイア。

 だというのに弱者にして餌の人間を守れとおかしな命令を受けた。

 相手が貴族だから食うなと言われたのは、帝国での仕事だ。

 仕方なく守ってやったのに、依頼であるレジスタンスを名乗る組織の誰も殺してないと文句を言われ、突然現れた魔物をどうして倒さないんだと依頼外のことを責められた。


「絶対次は人間守るなんてしねぇ」


 俺も思わず呟く。

 するとすぐ近くにいたピジオが頷いた。


 俺たちはへま扱いで、折檻の上に面倒なお遣いまで押しつけられてここにいる。

 しかもまた帝国のほうからの依頼で、戦争とは無関係ときた。

 痛めつけられた体は回復させられているとは言え、気力が削れてる中での移動。

 その上腹も膨れないとなれば、余計にやる気は目減りする。


「あ?」

「どうした?」


 ピジオがフードの縁を上げて足を緩めた。


「山の形が変わってる気がするんだが?」

「そうか? 俺はこの道二回目だからわからんな」

「まぁ、俺も数える程度だから気のせいかもしれないな」


 言ったピジオも自信を失くす。


「目的はダンジョンらしき建造物でもっと先だろ。山の形なんてドラゴンか何かが変えたんじゃないか?」


 俺の適当な応答にピジオも疑問を放り投げた。

 意欲が少ないのは、送り出された三十人のクリムゾンヴァンパイア全員に共通することだ。


 今回の仕事は、王国で動きがあったことに起因する。

 巨大な化け物という不確定な情報が横行しているため、それを確かめろというもの。

 確定しているのは王国西にレイスの群れがおり、帝国との国境近くでも目撃されていること。


 巨大な化け物の正体と共に、この異変の原因を調べろというのが、今回のお使いだ。


「巨大な化け物なんて、ここらを住処にしてる巨人だろう。人間ってのはどうしてこうも忘れっぽいんだ」

「全くだ。この山脈にはドラゴンと巨人がいるのを、領有してるなんてほざく王国でさえ覚えちゃいない。巨人だって立ち上がって手足伸ばすこともあるだろ」


 俺のぼやきにピジオが冗談めかす。

 ドラゴンも巨人も、何百年も動いたと聞かない。

 だからと言って生き物なのだから動いても不思議はないだろう。


 俺たちがノーライフキャッスルと共に、この世界に来た時にはもう、ここいらの山脈にはドラゴンがいた。

 そのドラゴンを人間の住まう地域と隔てるように巨人は陣取っている。

 正直面倒な相手だからこそ、ただのお使いに三十人も割かれた。

 ドラゴンか巨人に遭遇しても問題なく撤退できる、もしくは撃退できる数だ。


 倒しても特に旨味のない相手で、苦労するだけ無駄だ。

 ただ今回国境付近で暴れたのは誰か、それを探る必要はある。


「建造物はあれじゃないか?」


 人間より移動速度があるとは言え、時間をかけてようやく目的の場所に辿り着いた。

 そこは森の中に忽然とある岩礁のような岩の塊。

 そしてその上に外壁と街がそびえていた。


「帝国からの情報だと、ここを王国側の探索者が調べて、全滅。その後にレイスが溢れるようになったそうだ」


 まぁ、巨大な怪物とか言うのは巨人として、レイスの発生源が未発見ダンジョンなら問題だ。

 同時にこっちとしても資源となる場所でもあるので、確保したいのが上の考えだろう。


 王国は見つけたが探索失敗で被害を得た。

 帝国は近く落とす国のダンジョンを荒らされる前に押さえたい。

 そこにちょうど良くレイスが闊歩し、人間は近づけなくなった。

 俺たちクリムゾンヴァンパイアはレイスに襲われないので、楽な仕事ではある。


 ただし腹は膨れない。


「ま、探索失敗でレイスが出て、巨人も騒がしさに気づいて出て来て、近くにいた人間が踏まれたかなんかだろ」


 怪異だ、巨躯だとさわがれたところで、こっちとしては予想がつく。

 だが依頼は調査で、それなりに体裁は必要だった。

 だからこうして足を運ぶ必要ができてしまっている。


「そう言えば、俺たちが出る前にドワーフのほうから急使があったな。あれはなんだったんだ?」

「ドワーフも面倒な客には違いないだろ。何か問題が起こったとして、対応する奴らと俺たちと、どっちがましかわかったもんじゃない」


 俺はピジオと言い合いながら、しばしの休憩を取っていた。


 まずは先遣で五人一組が入る。

 セーブポイントを見つけるまでが仕事で、見つけたら合流して次の一組が先にあるセーブポイントを探す手はずだ。


 俺たちの獲物を探す感覚からすると、ここに血の通った者はいない。


「おかしいな。攻略は失敗したはずだろ?」


 ピジオが言うとおり、進むにつれて違和感が襲った。

 ダンジョンには数々の罠や仕かけがあり、俺たちの住むノーライフキャッスルもそうだ。


 だというのにここは全て解放状態で、行って戻ってくるだけの探索になってる。

 エリアの区切りだろう門もあるが開いており、これと言って妨害もなければエネミーもいない。


「全部外に出たのか? 相当数がいて王国も手を焼いてるとは聞いてるが、ここまで?」

「となると、それだけ長い間閉じ込められ、人が入ったことであふれて戻らないってことか?」


 ピジオが状況を言葉にするが、それもピンと来ない。

 何故ならレイスだからだ。

 俺たちのような知性の高い種族ならまだしも、レイスがダンジョン内部を浮遊することを不満に思うものだろうか。


 いや、知性があればこれだけ施設が揃った拠点を捨てる愚が余計にわかるという考え方もできる。


 俺たちはそれぞれ意見を出し合いながら、坂を上って街の最も高い位置に向かった。

 そこには見上げる建造物がある。


「こりゃ、厄ネタが過ぎる」


 建造物の前には居並ぶ悪魔、悪魔、悪魔。


 道を作るように左右に並び、こちらを認識していながら微動だにしない。

 俺たちも相手を刺激しないようにじっと様子を窺う。


 どれくらいそうしていたか、開いていた建造物内部から現れる者がいた。

 腰から生えた蝙蝠のような羽、水色の髪を頭の左右に括って揺らしている。

 浮遊して動くたびに緑のドレスが揺れ、華奢な足が垣間見えた。


「我が父たる神への信仰を捨てたというから、クリムゾンヴァンパイアはもっと勇猛な者たちだと思っていたのに。アークデーモン程度で及び腰になるだなんて、がっかりだわ」


 あからさまに侮る発言をするのは、一見吸血鬼にも見える少女。

 だが、違う。


 俺たちもこっちに来て別種の吸血鬼を見た。

 だが、勘か本能かはわからないが違うと確信する。

 これは吸血鬼とは全く別の生き物だ。


「悪魔たちは以前の不埒者たちのような暴挙を防止するための見張りよ。噛みついては来ないわ。いらっしゃい」


 少女にしか見えないが、俺たち三十人を前に上から物を言う。

 そしてさっさと奥へ戻るため、背を向けた。


「半数行くか?」

「対話が可能ならそれもありか」

「来ないならこの先には行く資格もなしと、この場で殲滅するだけよ」


 俺たちが相談しようとすると遠くなりながら少女が言った。


 どうやら全員で行く以外ないらしい。

 どう聞いても残った者はここにいるアークデーモンに一斉攻撃される。


 だからと言ってこのまま逃げ帰れば、今度は同じクリムゾンヴァンパイアの貴族に、俺たちは今度こそ役立たずとして始末されるだろう。

 退けるわけがない。


「さて、本当は知恵も示してこそ進めるのだけれど、今回は特別。力を示せば先へ行かせてあげるわ」

「先だと? ここがダンジョンの主がいる場所じゃないのか?」


 勝手に話を進める少女に、仲間が疑問をぶつけた。


 場所は大聖堂と呼ぶべき広い空間。

 最奥には自らこそが奉られる神であるかのように少女が浮かんでいる。


「えぇ、私がここのエリアボス。本性でないことを感謝なさい」

「本性だったらここの天井突き破るじゃん」


 居丈高に宣言した少女に、突然別の声が茶々を入れた。


 足音も気配もなく、俺たちの感覚から逃れられる存在。

 つまりそれだけ強さや、レベルが近いということだ。


 目だけを動かして確認すれば、それもまた少女だった。

 闇に溶ける黒い肌に金色の髪、動きやすそうな服装で、明らかに浮いてる少女とは系統も種族も違う。


「なんだあれは?」


 異様なのは、頭の後ろに回した手に、身の丈を越える檄と呼ばれる厚手の刃がついた長物を握っていること。


「お気の毒ね。あなたたちは数が多いから、乱暴者の手を借りることになってしまったの。父たる神の采配だから文句はないけれど、あなたたちには同情するわ」


 勝手なことを言う吸血鬼風の少女は、いつの間にかその手に刺突剣を握っている。


「ふふん、今度こそ楽しめそうな相手で良かった」

「ティダ、その分次は余計な手を出さないように言われていることを忘れないでよ」

「わかってるよ。もう、イブは口うるさいな。アルブムルナの真似しないで」

「そんなんじゃないわよ」

「あぁ、はいはい。イブは最終的に神に呼ばれる可能性あるからね。余裕なんだねぇ」

「そ、そんなんじゃないったら! 別に私は父たる神に呼ばれるとか気にしてないし、ここが持ち場だから真面目にしてるだけで、べ、別に誰のためとかそう言うわけでも」

「はいはい」


 言い合う少女たちは、どちらも顔が整っていることもあり、微笑ましさすら漂う。

 だがそれよりも並ぶ者なき強者である俺たちを前に、危機感がないというのは侮りでしかない。


 たった二人で勝つ気でいる。

 その雄弁な見下しに、俺たちは他愛なく挑発されてしまっていたのだ。


隔日更新

次回:レベル八十以上の実力

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