225話:大地神の軍事力
ドワーフ賢王国から転移して向かった先は、ライカンスロープ帝国だった。
「もう、何から突っ込めばええんですかね?」
カトルが、何処かの貴族から徴収したという屋敷で半笑いしている。
ここは『砥ぎ爪』に荒らされたが、部屋は一つじゃないので、無事な部屋に俺は通されていた。
大地神の大陸に戻らなかった理由は一つ。
なんか成り行きでドワーフ賢王国にいたツェーリオたち人間を連れてたからだ。
「ツェーリオは駄目なんわかったから、説明してほしいんやけど。ウォーゲン」
どうやら途中途中、口を挟んでいた護衛の一人の名前ウォーゲンというそうだ。
聞けばカトルがツェーリオにつけた信頼できる護衛だとか。
「目端効くんでトーマスさんのお眼鏡にかなうかと思たんですがね」
「なるほど。紹介した案内人は、ツェーリオではなくこっちか。最初からそう言ってくれればよかった」
「それが専属契約断れてましてん。やからツェーリオ介して案内してくれるやろと」
「専属ならばそれなりの待遇だろう? 条件が折り合わないのか?」
「本人が自由を求めるもんでしてね」
「なるほど。専属となれば安定もあるが縛りもある。そうとわかっていてあえて断るならば、その気骨やよしと言ったところか」
俺もフリーランス的な立場だったから、利点も難点も身に染みる。
「いやいやいやいや」
ウォーゲンがようやく声を出す。
転移で全員放心状態だったんだが、中にはツェーリオのようにいきなり祈り出す奴もいた。
「何が! どうなってるんや!? ドワーフ賢王国は!?」
「それは私も気になりますな」
今ウォーゲンも訛ったな。
転移は利点だが、この世界にはプレイヤーがいる。
となれば転移の可能性くらい思いつくからこそ、ここぞという時に使いたい。
この場をはぐらかしつつ、他言無用を言いつけるにはどうすべきか?
「話してもいいが相応の制約はもうけさせてもらう。覚悟はあるか?」
「ええですよ」
「聞かない!」
カトルとウォーゲンが真っ二つだが、これはこれで誤魔化すにはいい。
「どうやら話し合う必要がありそうだ。カトルどの、今は胸にしまっておいてほしい」
「そうですね、猶予くれはっただけでもありがたいですわ」
良かった、退いてくれた。
「できるだけ早く説得しますんで」
しなくていいんだよ。
「まぁ、まずはドワーフ賢王国で何があったか聞かせてもらうところからさせてください」
「ふむ、こちらは主観が入る。まずはウォーゲンから聞くべきだな」
俺はそれらしく言って丸投げする。
と言ってもこのウォーゲン、女教皇の屋敷に入ってない。
実際はいたが、護衛だから入り口近くで待たされていたはずだ。
そこからウォーゲンは、女教皇を誘拐から救ったこと、招かれた日にグラウが現われた異変から、屋敷を飛び出したことを話し出す。
女教皇の元なら安全とみて、ツェーリオは置いたまま、カトルの部下たちを纏めるため一直線に水路を渡ったそうだ。
その後は流れで首都を脱出し、情報を集めてツェーリオの安否を確認した。
「あぁ、そこでスライムハウンドが見つけたのか」
実はウォーゲンたちは、スライムハウンドが連れて来て合流している。
エネミーのスライムハウンドに怯えて引き離しをしようとしていたが結果的に失敗し、今も一緒にいるわけだ。
カトルはウォーゲンが話すドワーフの首都の七つの試練を聞いていた。
口、開いてるぞ。
俺は暇で庭を見る。
ここは壁に囲まれた庭をみられる部屋。
庭にはもっと早くから暇を持て余した二人がいる。
「あ! また武器持ち替えて! もぉ…………!」
「これも戦術だよ、グランディオン!」
楽しげな声に混じるのは、重く鋭く得物がぶつかる重低音。
大槌を振り回すティダと、時に四つん這いなりながら回避する素手のグランディオン。
小柄な二人が跳び回るさまは軽やかだ。
ただ恐ろしく不穏な風切り音や、石の削れる破砕音が混じるだけ。
「元気だな。そろそろ休憩をさせるか」
「いや、あれ見てその感想は…………」
ウォーゲンが俺に何かを言いかけてやめる。
カトルはまだまだ元気な二人をじっと見ているが、まだ口が開いたままだ。
ちなみに安全策として俺が結界を張っているので、室内に被害はない。
大地神が大技を使う時に出す光の檻だ。
「トーマスさんの動かせる軍事力、もう一国越えますね。グランちゃんに並ぶ手練れのドワーフ、あ、ダークドワーフでしたか?」
グランディオンを相手にしているはずのティダに睨まれ、カトルがすぐさま訂正する。
その隙にグランディオンが爪を伸ばした手を振るが、ティダは予想していた様子で避けた。
どちらもステータスは物理攻撃寄りだ。
耐久はグランディオン、技巧はティダに軍配が上がる。
暇を持て余した遊びなのだから、やはり頃合いだろう。
「二人とも休憩をしなさい」
「「はい」」
素直に返事してやめるので、俺も光の檻を解除する。
すると先ほどまでの荒々しさなど微塵も感じさせず、二人してトコトコやってきた。
さっきから静かなツェーリオは、同じく静かなネフとお話し中。
神とか侵攻とか聞こえるけど気にしない方向…………いや、待て。
侵攻? なんの話だ?
宣教師のジョブに洗脳なんてないはずだが、本当になんの話してるんだ?
「さっき言ってた軍事力ってさ、それ物量? それとも物量もものともしない個の力?」
「トーマスさんたちで言えば、個でしょう?」
「ちゃんと軍いるから物量でも行けますぅ」
ティダが詳しく聞いた上で、カトルの返答に唇を尖らせる。
途端にカトルのみならずウォーゲンやツェーリオも反応した。
「おやおや、将軍として誇るのはわかりますが、それはいただけない」
「いや、ネフ。お前も言っているだろう」
俺が突っ込みに回るが、ネフは悪びれない。
つまりわざと情報を漏らしたな?
「…………将軍?」
カトルたちの目がティダに向かうと、ティダは失言に気づいて口を覆う。
カトルたちはドワーフと交流があるため、ティダを見たままの子供扱いはしない。
それでも将軍は予想外の正体だったのだろう。
「もちろん、もっとも素晴らしく強固な個は、あなたをおいて他におりません」
「阿るな。それより、ティダのフォローをしてやれ」
いきなり俺を持ち上げるネフ。
「フォローですか? すでに騎士団長をごぞんじならと思ったのですが?」
「…………ヴェノスが騎士であることも明言はしていない」
「何故?」
「言う必要があったか?」
そんな心底不思議そうに聞くなよ。
俺も困るのでカトルに聞いてみる。
「世間一般で、騎士が一人でうろついてることはあるだろうか?」
「え、あ、ないですね」
「ヴェノスさん、うろうろしてますよ?」
「よく湖上の城で会うしね」
カトルが同意してくれたが、グランディオンとティダが首を傾げてしまう。
「それは騎士団の見回りの一環だ。そのついでに声をかけているのだから、うろうろなどと言ってやるな。ヴェノスは真面目だからやっているのであって、意味もなくうろついているわけではないぞ」
なんか言い方が、暇人みたいなんだな。
いや、ゲームの役割として確かにうろついてる奴ではあるんだけど。
「え、えーと、ここは無礼を詫びるべきです? ヴェノスさんお偉いさんでしたか」
「というか、あのトマスとかってなんですか? やばいやん」
「神に等しいお方、そして軍と騎士団を擁するならば王では?」
ツェーリオが変なことをい出すが、正解は逆なんだよな、神に等しいというか神だ。
うん、これ声に出して言ったら相当変な奴だな、俺。
「今までどおりで構わない。ましてや王ではない。それぞれの種族が国のような集まりを作っているに過ぎないのだ」
「あ、そう言えば色んな種族を率いてらっしゃるとか。その中での役割ってことですか。それにしてもやはり個の強さが際立つ集団ですねぇ」
カトルは納得するが、ウォーゲンが首をふりふり繰り返す。
「やばいやん」
「よう考えぇな。なんで言わはったか。知られて困ることないからやで」
こそっとカトルがウォーゲンに耳うちする間に、ネフがするすると俺の側に寄って顔を近づけた。
「次は共和国を落としますか?」
「いや、帝国のほうも気になる。拙速にことを成そうとするな」
何するか不安だから止めて、言い訳に帝国を出してみる。
するとカトルが何やらこちらに親指を向けた。
「ほれみぃ。共和国押さえる手はずはすでに整ってるんや。そうなったら考えればわかるやろ。議長国に未来ないで?」
「ライカンスロープ帝国、ドワーフ賢王国、共和国までってなったら…………議長国、詰んどるやん…………」
「きっと、国のお偉いさん方もそうなってまう前に気づくで? なんせギフトで二択の正解わかるんや。敵対するか、迎合するか。この二択で間違うわけあらへん」
そう言えば、議長国には守りがどうとか、選択を間違わないとかいうギフト持ちがいるんだったか。
それ、間違った二択投げかけたら正答なしにならないか?
気になるんだが、カトルは知り合いだったりしないかな?
さすがに一介の商人じゃ無理か。
うん、これは深掘りしたら俺がはまるやつだ。
何やら誤解が加速しているような気がしたが、墓穴を掘らないためにも俺は触らないことにする。
なんだか頭を使いすぎて疲れてしまったので、ちょっと俺も一人でうろうろしたい気分だった。
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