23話:世界を知るため
「世界を知るぞ」
俺は大地神の大陸にある湖の城に戻って、そう宣言する。
(なんか変なことになってたけど、いや、なってたからこそ威厳ある感じ演出しないとな)
ヴァン・クールと別れて戻ると、蘇生実験に使った人間のファナは気絶していた。
そしてドラゴンホースを乱入させた羊獣人は体中から液体を垂れ流して謝り倒していて俺が戻ったことにも気づかない始末。
さらには巨人の本性などなかったかのように微笑むスタファの横では、おろおろとするばかりの男の娘グランディオンとカオスな状況だった。
内心うろたえた俺は、羊獣人にファナを預けて罰とし、これ以上問題起こさない内にエリアボスを連れて城に戻ったのだ。
「ではあの英雄どのを足掛かりにするので?」
「そちらはすでにスタファが手を回したのだからこれ以上はやりすぎとなる」
ネフに答えるとスタファが事情を知らない仲間に改めて説明をする。
「スライムハウンドを三体、スカイウォームドラゴンを一体つけたわ。もちろん感知圏外からの尾行よ。もし発見された場合は一体を囮に切り捨て、大神にご迷惑にならぬよう命じてあるわ。他は敵戦力の観察と離脱経路の確保を重点的に行うよう指示をしました」
「スライムハウンドは転移を使うのに?」
詰まらなさそうに頭の後ろで腕を組んだティダが疑問を投げかける。
どうやら落ち込みからもう回復したようだ。
(いつまでも子供みたいな小さい見た目の女の子がしょげ返ってるのもな)
ダークドワーフなので今の身長でもすでに成人済み。
設定上、ドワーフの中でも長身という形にして、プレイヤーにもエリアボスが誰かを明示している。
(そんな気回しも結局無駄に…………今は感傷に浸ってる場合じゃないな。問題は転移が使えるかどうかだ)
スライムハウンドは転移能力を持っているエネミーで、戦闘中にいきなり背後を取って来る。
ゲームシステムでは可能だけど、たぶんこの大地神の大陸外はゲームどおりじゃない。
だから慎重を期すようにと命令をして、転移に頼らないようにも言っておいた。
「恐れながら神よ、世界を知るとはいったい何をなさるおつもりなのですか?」
「名の上がった他の国にもスライムハウンドやスカイウォームドラゴンのような隠密行動のできる者を送るのではないの?」
方針を問う騎士のヴェノスに、女神のチェルヴァが現状の延長線上の行動を上げる。
それもありだが、正直そうして手を伸ばしたとして俺に管理できるかわからない。
だいたいすでにエリアボスだけで手綱握れてないのに。
だから報告だけもらっても、足りないんじゃないかと思ってる。
「何、もっとも簡単な手段だ。…………私が行く」
「そんな!? 父たる神が動かれることではないでしょう!」
イブが思いのほか強く反対する。
(え、なんで?)
さらにアルブムルナが大きく頷いた。
「その英雄とかの相手も大神自らがなさることもなかったですし。大神の信奉者として御自ら動かれるばかりというのは違うと思います」
何その拘り?
うん、もしかしてあれか?
上司ばっかり外回りしてて部下が働いてないように見えるとかって、勤め人から聞いたことがあるような?
「案ずるな。お前たちにも仕事はある。私は私にしかできないことをするのだ」
「大神直々のご下命ですか。して、どのような?」
スタファが代表して神妙な面持ちで聞いてくる。
しかもなんか全員跪いた。
(待って。そんな大げさなことじゃないんだよ)
ちょっと神さまっぽく言い訳しただけで。
これ下手なこと言ったら幻滅されるんじゃ…………。
「…………神がいるのならば、神が赴くべきであろう?」
顔ないけど渾身の決め顔でそれっぽいことを言ってみた。
「神って、何処にいるの?」
「あの、えっと、巨人信仰?」
「なんでそんなの気にするの?」
イブにグランディオンが答えてティダがこそこそ言い合う。
そこにアルブムルナが顔を寄せた。
「巨人が神なんてふざけた話だろ」
「そうよ、だからこそではないの」
なんでかチェルヴァが自慢げだ。
俺は思わぬ流れに内心で大汗を掻く。
(俺が聞きたい、なんで? なんの話? だからこそって何? 今の流れで一体なんの話に発展した?)
世界を知るとか恰好つけて言ったけど、実際は観光気分だった。
なんか四方全部問題だらけって王国ヤバそうだし、この世界のスタンダード知るならちょっと離れた国を見たいなとか。
風光明媚な公国見たいなとか…………。
実は世界遺産系統の古い建築好きなんだよなとか…………。
「スタファの乱入は、神に任されたのは我々だと言った手前大変助かったのですが」
「えぇ、あの時はそれが最善と思ったのよ。けれどそこから神としてなんて、私では思いつきもいたしません。さすがは大神であらせられるお方」
ネフとスタファも何言ってんの?
本当なんの話?
するとヴェノスが困ったように俺を見た。
「恐れながら、神よ。幼い者たちにもわかるように説明なされたほうがより良いかと」
「幼いって誰のことよ!?」
「あたしはこれで成人してんだ!」
「グランディオンはともかく俺まで入れるな!」
「僕、あの、あの…………」
イブ、ティダ、アルブムルナが反発する。
設定には確かに幼いとあるグランディオンだけが周囲を見回して話に入るべきかを迷う。
(確かに幼いと設定した覚えがあるのはグランディオンだけだが、こいつら幾つのつもりだ?)
みんな生まれて十年くらいだが、見た目は違うし言動は外見相当に見える。
イブとティダは十代、アルブムルナはそれより上の青年。
少なくともおじさんおばさんという見た目はいない。
(いやそれよりも…………説明とかできないんだけど)
ここは、丸投げしかない。
「…………ネフ、お前は宣教師だ。もう生贄は必要ない。ならば同じ信徒を導くことをせよ。物は試し、イブたちに説明し納得させてみせろ」
こんなの無茶ぶりだ。
けどこいつ放っておくとまた勝手に勧誘しそうだし。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、ネフは無駄なイケメン面でにっこり笑った。
「いいですか、幼子たち」
「気持ち悪い!」
「異議あり!」
「だから俺を含めるな!」
「はい、え、あ、えっと…………」
「静かに聞きなさい」
一言目から大ブーイングが起きてしまった。
仕方なく声をかけると、俺の一言でイブたちは黙る。
こういうところは素直でいいな。
「大神は本物の神とは決して巨人などではないと知らしめに行かれるのです。巨人などが神であるはずがないと。この偉業の意味が分からぬ愚者ではありますまい」
ネフのなんかふわっとした説明で、イブたちはそれぞれ頷いてしまう。
けど待ってほしい。
それじゃ俺がわからない。
俺何しに行くことになったんだ!?
「よろしい。さて、大神。行先は公国でよろしいですね?」
「うむ…………。本当に巨人がいればな。少なくともここにはいなかった。であれば、巨人がいるとだけ伝わる、山の概念化かもしれない。古い巨大生物の骨をそう解釈したのかもしれない」
俺の知る歴史では確かそうだった。
山岳信仰だとか、恐竜の化石だとか。
あと、行先が公国なのは俺の観光目的にも合っているからいい。
いたら巨人見て来てもいいし。
(なんかよくわからないこと言ってたけど、ネフだしな)
俺は適当に合わせて頷いておいた。
「では、俺が船出して偵察してきますよ?」
アルブムルナの気遣いはわかるけど、それじゃ俺が行けないんだよ。
何かないか何か、あ、そうだ!
「いや、この世界にどれほど私の権能が生きるかを検証する。そのためにも私の力に満ちたこの地から一度離れる必要があるのだ」
言っておいて自分で納得する。
(そうだよ、それしなきゃこの先不安しかないじゃないか)
ゲームでは日の目を見なかった大地神の加護なんて最たる例だ。
現状は、その加護を与える側の俺がまずわかってないという大問題を孕んでる。
スライムハウンドは転移を使う種族だから、こいつらの転移が成功したって大地神の加護には関係ない。
(だからまずは俺自身が、どれくらいの距離を移動できるかとか、この体の限界とか色々検証すべきだろう。あとは知らないスキルもあったな)
神のスキルとしてゲームにはないものが登録されていた。
神域作成とか、天網恢恢とか、祓給清給とか、怨敵狂化なんて危なさそうなものもある。
「もちろん神の御幸でございますわね。そして神の力の検証であるなら、小神ながらわたくしがお供仕ります」
チェルヴァがずいっと前にでる。
すると競うようにヴェノスもずずいと前に出た。
「いえ、でしたら御身をお守りすべくこのヴェノスにお任せを。騎士団はいつでもあなたさまの下に」
そんな二人の申し出に、他の者たちも前に出るための言い訳を考えだそうと一斉に黙る。
(待て! お前らいると人前に出られないんだよ! そうすると街並みを鑑賞するとか無理、観光とか無理になるから!)
この際、宇宙みたいな姿をしてる自分のことは後回しだ。
いっそ不定形だから俺は誤魔化しが効くだろうし。
「人間が作った国家へ赴くなら人と変わらぬ姿の者を伴としなければならない」
言って気づく。これ、消去法しかない。
短絡なティダは不安だし、勝手をするネフも予想がつかない。
今のところいい働きをしたのはスタファで、その下には信頼できるスライムハウンドがいる。
「スタファ、伴を…………いや、淑女として振る舞え。私はお前を守る騎士にでも身をやつそう」
ヴァン・クールと会った時、ローブひらひらで中身見えないか実はすごく気を張ってた。
けど鎧でがっつり覆えば気にしなくていいはずだ。
「ひゃぁい!」
スタファ!?
凄い声裏返ったぞ!?
なんか早くも人選間違えた気がしてきた。
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