223話:反撃と迎撃
六日目はダークドワーフによる陽動と、暗殺が行われた。
結果、まんまとドワーフは陽動の巨人に釘づけになり、暗躍するティダたちダークドワーフを見逃している。
そして王城内部に侵入され、国王の子供たちが殺された。
さらにその後は、あえて女教皇の前に姿を見せることで実はダークドワーフが動いていましたとネタ晴らし。
知らない間にダークドワーフの軍に囲まれた女教皇は、腰を抜かしたという。
「どうでしょう? 最も守りの厚い場所を狙うことで、どちらが上であるかを明確にしました。その上で混乱ではなく危機感を煽るため、首脳陣には手を付けていません。そして長老や教皇といった権威者にも恐怖と存続への意志を持たせるべく、我が軍の姿を垣間見せました」
ティダが普段よりも硬い口調で報告を行う。
座る俺の隣に立つネフは、頷いてみせた。
「こちらの手勢を倒させて育てる目的とはいえ、どうやらドワーフは調子に乗る。育てた上でわからせなければならないことを理解した、バランスのとれた策だったかと」
え、暗殺って好評価なの?
いや、確かにドワーフは巨人を倒して強くなってる。
あまり強くなかった一般ドワーフなら、レベルアップをさせる目的は達成か。
その上でこっちが上だとマウントを取るのは悪いことでもない。
俺の人間の部分が、テロという言葉を想起させるが今さらと言えば今さらだ。
あと確か、元にした聖書の話だと王の子供が死ぬって最後にあったんじゃなかったか?
あ、ティダがめちゃくちゃ不安そうになっている。
ともかく何か言わないと。
「う、うむ。結果はすぐには出ないからな。せっかくなのだ。結果をきちんと見てから評価しようか」
ティダが緊張の面持ちで頷く。
「大丈夫です、ちゃんと部下を潜ませて、どう動くかも見れるようにしました。奴らが気づいたのは朝日が昇る直前です。年長の王子は防衛に参加していたので、所在を捜すのに時間がかかったようです」
帝国の失敗を生かして報告するティダに、俺は閃くものがあった。
「…………素晴らしいぞ。よくやった。ティダ、失敗を活かせることは何よりの成果だ。そこまでお前が学んでいるのであればもはや結果を見るまでもないだろう」
俺はティダの達成感を大きくしようと大袈裟に褒める。
途端にティダは笑顔を浮かべた。
うん、これだ。
そうだよ、これで目的達成なんだよ。
(忘れてたな。元はティダに達成感を与えるために来たはずだったのに)
途中で女教皇に襲われるなんておかしなことになったが、結果的には良かった。
ドワーフも人間よりも耐えられるということもわかったのだ。
また敵を育てることと、数を揃えることがゲームの再現には必要だということもわかった。
「それで、次はどのような? 七日目ですし、クリムゾンヴァンパイア一体くらいは始末しますか?」
俺が息つく暇を与えず、ネフがまた頭を悩ませる問題を投げて来た。
確かにここにいる以外にも、クリムゾンヴァンパイアはいるから一体くらい倒して問題はないだろう。
太陽神信仰してるはずだし、たぶんティダみたいに他のNPCも敵認定するだろうし。
だったらここで殺して見せしめにすることで、NPCへの配慮もありか?
「…………いや、これ以上の見せしめはいらない」
元のレベルのせいで上昇幅は少ないとは言え強くしたし、どうせなら失敗したプレに使いたい。
となるともうここには用もないし、今日最後だから盛大に、けど雑に終わらせよう。
「グラウ、置き換わるために飲んだ湖の水を吐き出せ。ついでに水棲エネミーも数体紛れ込ませる。七日目は洪水にしよう」
「おぉ、闇の神の威光を見せた最後に我が海神に花を持たせてくれるとは」
そういうつもりじゃなかったが、グラウが喜ぶので頷いておいた。
ネタは聖書的なところだけど、喜んでるなら否定する必要もないだろう。
「でしたら某もお手伝いを」
「ネフが? あぁ、召喚か」
ネフは基本的な攻撃力がないに等しい。
代わりに攻撃可能なエネミーを呼び出すというエリアボスだ。
呼び出しはランダムだが、大地神の大陸に限定しない。
そしてフィールドに依存するエネミーを召喚するという括りはある。
(確かこの設定、挙動の問題があったからだったな)
水中で現れるエネミーを地上に出すと、位置がおかしくバグになりやすかった。
空のフィールドで出る羽根が大きなエネミーなど、どういう判定か土に埋まって羽ばたくのだ。
そのためネフの召喚はフィールド依存。
あとは種類もレベルも関係ない。
「弱くとも問題はないでしょうが、神を楽しませられる者がいいでしょう」
ネフは湖畔に膝を突くと、グラウが水と別れ始めた。
その湖の水に手を入れる。
発動した直後は変化なし。
ただ次の瞬間、水面に真っ黒な球体の目を持つ魚の顔が浮かんで来た。
あれだ、出目金。あれに似てる。
「おぉ! 懐かしき信徒!」
グラウが反応するのも当たり前だ。
出てきたのは海神の大陸でのみ出て来る、半魚人型のエネミー。
海神を崇め奉る信徒という種族で、ダークドワーフやムーントードに近い。
つまり、このエネミーは集団で存在するはずなんだが、ネフに召喚されたせいで今は一体しかいない。
「カミ、ハイイロ、カミ…………」
喋った? おい、喋ったぞ?
「我を知るか。やはり!」
グラウは大喜びで体うねらせ、ドワーフの首都の外壁を灰色の水がびったんびったんと叩き始める。
「ココ、テキ、ドコ?」
「敵は今からだが、他はおらぬのか?」
「属神どの、申し訳ない。私の術で呼び出した者で、これ以上増えることはないのです」
ネフが説明し、現れたことが偶然だと知ったグラウは、連なる灰色の顔を揃って悲しげに歪めた。
「他も呼べるか? 呼んで消えるか? このまま置いてはくれぬだろうか? きっと我が身の内で良い働きをしよう」
どうやら情が湧いてしまったようだ。
グラウに情なんてあったんだな。
けど俺も大地神の大陸でNPC見てほだされたし、知った相手がいるとなればほだされるのもわかる。
「うむ、良いだろう。ネフ、それを消さずに次は呼べるな?」
ネフの召喚は一定時間を置くだけ。
クールタイムの長さは呼んだエネミーのレベルに対応する。
それで言えば半魚人はかかるほうだが、ゲームの仕様で三十分もかからずクールタイムは終わった。
そうでなければ戦闘なんてできないからな。
そして次に呼び出されたのは猪で、水上を走って突進して来るやつだった。
他にも呼び出したが結局海神の大陸のエネミーはそれ以上出てこず。
がっかりしながらも、グラウは半魚人を連れて湖に水を戻す。
ネフも呼び出したエネミーを放ち、俺も魔法で水流を作って手伝った。
(上手くレベル五十から六十が出たし。グラウよりも倒しやすいだろうから経験値にしてほしいな)
そんなことを思いながら、波濤を立ててドワーフの首都に向かう水を見送る。
先にグランピングを片づけたNPCたちを、大地神の大陸に帰還させた。
「防戦ならばほどほど使えるか。プレイヤーにも回復役は必須だ。ドワーフは残して挑戦者に組み込もう」
「しょうがないですけど、また後でやれるなら、はい」
「今より歯ごたえがある相手となることを想定し、将軍としてあなたも腕を磨いては? それこそ神の御心に適うとうと思いますが?」
「なるほど!」
ネフがいらん発破をかける中、俺たちは転移で撤収しようとする。
「うん?」
城壁に女教皇の反応が現われ、振り返ると城壁の上からこちらを見ていた。
俺と目が合ったことで驚いたように動くのが見える。
クリムゾンヴァンパイアは逃げ、女教皇は焦りのまま魔法を放ってきた。
「今なら消耗しているでしょう! 抵抗もできないはずです! 我らが屈辱を思い知って死ね!」
とんでもないことを言いつつ、女教皇は光魔法を放って来る。
「第六魔法不逃不履!」
光は小さいが、俺は知っている。
これは光魔法でも最も長い射程を誇る魔法だ。
「逃げられると思うな!」
膝を突いて消耗した女教皇が、勝ち誇ったように叫ぶ。
それはこの魔法が追尾機能があるからだ。
今も光の弾が尾を引いて湖を渡っていた。
避けても射程圏内だと追ってくるし、防ぐにも弾速がある。
高い位置からのエネルギーも加わってるのか、ゲームより速い気がした。
(いっそ俺が戦闘経験なくて鈍いだけか?)
速くて避けられそうにもないが、避けるつもりは毛頭ない。
着弾と思われた直後、大地神のスキルである迎撃が発動する。
予想どおり、女教皇は六日でレベル八十には到達していなかった。
格下相手じゃしょうがないだろう。
そして今回の迎撃は、雷で貫通効果がある。
風属性の上位属性であり、これに耐性があるとすれば風神の加護を持つ者だ。
「太陽神の加護はなかったようだな」
俺が揶揄する間に、女教皇の防御など無視で迎撃が貫通する。
結界師しか張れない一回攻撃無効の防御を張っていただろうが、相性が悪かったとしか言いようがない。
全身から煙を上げて、女教皇は頭から外壁を落ちて行く。
「うん? これで死なれるのももったいないか?」
俺は転移で女教皇が立っていた城壁に移動した。
見下ろすと、逃げたと思っていたクリムゾンヴァンパイアが女教皇を空中で掴んだようだ。
それでもぐったりした様子から下手したら死ぬかもしれない。
仕方なく俺は女教皇に回復魔法をかけた。
それでクリムゾンヴァンパイア二体がこちらに気づいて、女教皇を放り投げたのは、俺のせいではないと言っておく。
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