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218話:バルバロイ

他視点

 俺はクリムゾンヴァンパイアだ、比類なき存在だ。

 生まれた時から強者として世界に君臨していた。

 それはこの世界でも、以前の世界でも。


 ただ法則の違う世界では、争い殺しつくしたところで腹は膨れない。

 だから上のお貴族さまたちが傭兵を命じたことに不満はないし、ドワーフの国に雇われたことも大して思うこともなかった。


「まずいまずいまずいまずいまずい!」

「大地神の印なんて知らないわよ!?」


 俺と組んで女教皇に雇われたロッサリーナが、大地神の信徒がいなくなった緊張の途切れから、つい漏らしてはまずい情報を叫ぶ。


 女教皇がぼろをまとって俺たちに迫って来た。


「知らない!? 明らかに知っている態で言っていたでしょう! 忘れてるならすぐに思い出しなさい!」

「違う! 本当に知らない! きっと本拠にはあるんだ、印とやらが! けど! 見えないようにされてるんだよ!」


 俺は訴えた。

 だいたいあそこは以前の世界から担当区域以外に許可なく移動することは禁止されている。

 俺とロッサリーナが担当していた場所には元から大地神の印なんてなかったし、移動して見た時にはもう見えなかった。


 俺たちクリムゾンヴァンパイアの本拠のノーライフキャッスル、そこには太陽神と大地神の争いが記録されている。

 壁画、石像、石碑、タイル画さまざまに残っているのは知っていたが、見たことがない物を知りようがないだろう。


「太陽神以外は見えないように布で覆ったり、上から岩をかぶせたりしたのよ! 上の奴らが! もう何百年も前に!」


 ロッサリーナも声を大にして事情を説明する。

 ずっと昔、もうどれくらい昔か覚えていない頃には確かに見えるようにされていた。

 プレイヤーが来ていた頃、こことは違う世界の頃だ。


 こっちにきていつの間にかお貴族さまたちが隠すようになったが、なんの不都合があったかは知らない。

 あいつらは俺たちよりも上、クリムゾンヴァンパイアという強者の中でも上位に位置するから、こっちにわざわざ説明なんてしないんだよ。


「大変です! 街に突如化け物が!? これは!?」


 室外から報せに来たドワーフは、こちらの惨状に絶句する。


 女教皇は致命傷こそ治っているが焼け焦げ、俺とロッサリーナは拘束から抜けて傷は塞いだが血塗れだ。


 この国にいる有数の戦力がたった一匹のダークドワーフにこのざまだ。

 そのダークドワーフがこうべを垂れて満身で従う魔法使いもいる。

 少なくとも強力な第四魔法を操る女教皇を越える使い手だ。

 どう反撃したか種が割れない限り、あの魔法使いを倒すことなどできない。


「いいわ、今は印は置いておきます。けれど、あなたたちには働いてもらいますよ」

「あれに敵うと思っているのか?」


 俺は正気を疑って女教皇に聞き返す。


「私たちを滅ぼすつもりはない。でなければ手加減など不要です。けれどあなたたちは違う。逃げられない、狙われている。そうでしょう?」


 女教皇は皮肉げに笑って、俺たちには戦うしかない状況を突きつけた。


 確かに突如現れた不定形の怪物が、俺たちの相手をするような話になっている。

 あれもまた強者だ。

 しかも俺たちクリムゾンヴァンパイアを相手にすることを前提にしてもなお、相手にならないと一蹴するほどの。


「グレイオブシーなんてダンジョン知ってるか? 混沌の系譜ってなんだ?」

「知らない、わからないわよ。あっちに与えられた情報以上にわかることなんてない」


 今まで強者として君臨していた。

 なのに突然現れた大地神の信徒に加え、海神に関わる化け物までも現れ、力関係をひっくり返しやがった。

 あれらに本当に対抗できるのはお貴族さまレベルのはずだ。


 太陽神を信仰していても、恩恵なんて日の光が平気なくらいだ。

 しかも何処か東の果ての天にいて戦ってたとか、太陽神の座をかけて他の火の神々と争っていたとか、こっちに恩恵があるような話は聞かない。

 比べてあのダークドワーフは大地神に力を与えられたようなことを言っていた。

 神の恩恵の違いがはなはだしすぎる。


 俺たちが覚えている限りのことを話し合ってると、その間に女教皇は防衛を敷くため連絡を回していた。


「…………逃げる?」


 慌ただしく聞き取りや伝令が行きかう合間に、俺たちは着替えとなり、一旦引いてからロッサリーナが小さく聞いて来た。


 女教皇からの見張りはついてる。

 着替えの場所も血を落とすために使用人たちが出入りして監視されていた。

 その中でロッサリーナは俺にしか聞こえないようごく小さく一言だけを告げる。


 俺は首を縦に振るが、時期を見なければいけないことも目を見交わして確認した。


 狙われている上で、向こうには戦う気があるのだから逃がしはしないだろう。

 ただ期限を区切ったのなら隙はあるはずだ。


「まだこちらは兵を出せない。その間に戦線の維持をあなたたちにしてもらうわ」

「おいおい、俺たちはお前の護衛だ。それが契約だ。前線に出るなんてするわけないだろ」


 女教皇が一番の危険地帯に送り込もうとするのを、俺は話にならないと拒否する。

 すでにグレイオブシーとやらが街に出て一時間。

 被害は広がり、同時に能力内容もわかって来た。


 大地神の信徒が言ったように、防衛網として街を囲む水路に居座って、近づく者にエネミーを嗾けている。

 灰色のエネミーは見たことのない者が多く、倒しても次がすぐさま供給された。

 最初に出て来た三つ首は灰色の水に沈んで消えたと聞くが、また出て来ることは想像できる。

 女教皇は俺たちが狙われてドワーフ側の被害が減ることを狙ってるんだろう。


「奴は言ったわ。少し鍛えてやろうと」

「だから死なないって? 馬鹿言わないで。その後こうも言ったはずよ。『その程度では遊びにもならない。お前たちもどうせなら残ってその力を見せてみろ』とね」


 ロッサリーナも顎を逸らして前線行きを拒否し、女教皇の指摘を一蹴した。

 俺たちの仕事は護衛で、前線で化け物の相手なんて、追加料金でもやるわけがない。


 そんな俺たちの様子に、予想どおりであるかのように女教皇が笑った。


「では、私を護衛をする気はあるのね?」

「そこは仕事よ」


 ロッサリーナの返答は全うだ。

 強者だからこそ仕事が完遂できずに終われば笑いものにされる。

 場合によっては暇を持て余した貴族のクリムゾンヴァンパイアから、依頼未達成の咎として指導という名の痛めつけが加えられるのだ。

 強いからこそ無様を晒すなとか言われる。

 だが状況判断を現場でしても、問題はないだろうと言いたい。

 帝国でもそういうことがあり、第四王子が攫われたとかの事件で巨大エネミーに遭遇したそうだ。


 帝国の司教からの依頼で、失敗は許されないし、今後の仕事にも障る相手だった。

 ただ第四王子をさらった人間を皆殺しなら簡単だったのに、第四王子に取り入ろうとする貴族どもも同行するから守れと来る。

 戦うのはクリムゾンヴァンパイアだが、名誉と勝利は自分たちというふざけた理由で。


 それでも一定数の集団から血が取れるとして受けた依頼だった。

 ところが大型エネミーが現われ、貴族を守らなければいけないため優先して撤退。

 それを散々に罵られた仲間の話を聞いている。


「仕事だが、場合によっては他を見捨てて撤退する。あんたが優先だ。それが契約だからな」

「えぇ、道理ね。では、私を守るために命を振るってちょうだい」


 どうやら言質を取ることが目的だったようで、途中で逃げないよう言明させられた。

 守るためとは七日の間か、それとも七日もたず脱出が必要になった時の手伝いまで含むか、どちらにしても面倒だ。


「それではまずは王城に乗り込んで指揮権を奪いましょう」


 悠長だと思うが言わないし、従うほかない。

 もとより囲む水路を押さえられ、今や籠の鳥。


 外からの救援は無理だし、こっちから出ることもできないのだったら、内部を固めるのは悪いことじゃない。

 女教皇はこれを機に軍権に手を伸ばす欲を持っているが、俺たちが知ったことでもない。


「鍛えるとはまさか、こうなるとわかってて…………? まさかな」


 軍権を掌握すれば一塊となって対応し、確実にドワーフは強くなる。

 耳をすませば悲鳴、鼻を利かせれば血が匂う。

 これだけの化け物を操る奴が、神のように心まで読み切るなんてあってたまるか。


 さらに二時間経ち、俺たちはまだ王城にいた。


「まだなの? 頭が硬いとは聞いていたけれど、あまりにも危機感がなさすぎるわ」


 ロッサリーナが一時休憩で退いた女教皇に苦言を呈す。

 女教皇もうんざりした様子で長椅子に寄りかかった。


「相手を軽んじているわ。何より私とあなたたちがいて敵わないわけがないと、私の言葉を信じないの。まずは私たちだけで出て、軍はその後だそうよ。私がこれ以上勢いづくことを止めたいの、馬鹿ばかしい」

「だが確実に被害は出ているだろう。首都の警備兵は誰も戻らず、避難誘導も上手くいっていない。エネミーは倒しても一定数まですぐに排出される。七日の期限を切られていなければ詰みだ」


 自分で言っていて、悪辣な敵の意図を邪推して嫌な気分になる。

 逃げないように、遊びに加わるように、期限を設けてこちらをその気にさせているのではないかと。


 向こうから条件を提示し、それを拒否できなかった時点で主導権を握られている。

 従うしかなく、相手を追い払う余裕もないまま後手に回り続けていた。


「あとは城の壁の厚さを過信しているわね」

「どうやったら動くの? せめて被害を食い止めないと明日以降もたないわよ」


 ロッサリーナの言葉に俺は懸念を挙げる。


「明日以降も、あのグレイオブシーが相手か?」

「まさか、いえ、でも…………。確かにまず今日は、と言っていたわ。それに、あの灰色の水に一日手を貸してくれと…………」


 女教皇も気づいて目を見開く。

 あのグレイオブシーの直視したくもない不気味な姿に気を取られていたが、一日と確かに言っていた。

 では次は何が? 明日になればどんな悪夢が待っているというんだ?


「七日間、災厄が増えていく?」


 ロッサリーナは俺よりも悪い想像を呟いた。

 けれど否定できない。

 それはなんと恐ろしく絶望しかないのか。


「すぐに! すぐに会議に戻ります! 一時間後には絶対に軍を動かすわ! あなたたちも用意を!」


 女教皇は長椅子から跳び起きて部屋を出て行った。

 ここで消耗なんてしてられない上に、今以上に悪くなるなら今から防衛線を築いても遅いくらいだ。


 これは、一刻も早くこの首都から逃げ出さなければいけないな。


隔日更新

次回:逃げ場のない防衛線

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