217話:お試しパワーレベリング
予想外のことに俺は思わず感嘆した。
「ほう、燃え尽きなかったというのは素晴らしい。結界師は神官系の中でも防御が硬いがそれだけではないな? あぁ、太陽神の加護か。加護だけはいまだに機能しているわけだ」
これは今までにない発見だ。
加護はゲーム中に決まった施設で受けられるバフであり、それぞれの神の属性への耐性を上げる効果も含む。
女教皇は火に対する耐性が高く防御力もあって俺のカウンターに耐えたんだろう。
同時にカウンターが発動したということはレベルが六十以上八十未満。
今まで会った中では高レベルの類だ。
クリムゾンヴァンパイアもレベルは七十代のはずなので、ここに三人固まっているのは都合がいいように思えた。
「が…………はぁ!?」
「教皇猊下!」
自分で回復の魔法を使った女教皇は、息ができるくらいまでになったようだ。
その呼吸に気づいた神官たちは、怯えて教皇の周りに寄り集まる。
「さて、邪神、邪教の徒とずいぶんな言いようだ。これでは平和的に歩み寄ることはできないと思っていいだろう」
「反意があるわけではないですが、最初から無理ですって。こっちが刺激しないように人数抑えた上で来たのに、それを少人数ならどうとでもできるとでも思ったんですよ」
何やらティダが不服そうなうえに邪推する。
けれど確かにあの短絡な襲撃はこちらを舐めていたせいとも考えられた。
ダークドワーフは大地神の大陸にしかいない亜種でレベル帯も高く設定されている。
だからこその戦闘回避が可能なNPCなんだが、ドワーフはそんなこと知らなかったということか?
「まぁ、こちらも確信がなかったために確認の意味もあった。どうやら、我々の知る太陽神を信仰するドワーフらしい。そして、クリムゾンヴァンパイアもかつて信仰した神の記憶があるようだ」
それらしいことを口走った女吸血鬼は壁でもがいていた。
なんとか抜け出そうとして赤い蝙蝠のような羽を生やしてるが、俺が顔を向けると怯えたように止まる。
「む、かし、昔の、ことだ。もはや、いない、神など…………」
床の男吸血鬼が言い訳するように声を絞り出すのを、ティダは冷めた目で見降ろした。
「ふぅん? じゃあ、あたしたちが行ったらノーライフキャッスルに招き入れるんだ? もう太陽神なんて信仰してませんって?」
ティダがしゃがみ込んで答えを迫っても、男吸血鬼は血を吐く口を引き結ぶ。
つまりはたぶん襲ってくるんだろうな。
俺は女教皇のほうを見る。
おつきから揃って回復魔法を受け、火傷は治り少しずつ顔色も良くなっていた。
だがぼろぼろの白かった服は焼け焦げて見るも無残な姿だ。
「さて、女教皇。こちらも邪教徒などと呼ばれて黙って帰るわけにもいかなくなった。引き金を引いたのは、そちらだ。落とし前はつけてもらおう」
「なんと悪辣な! 土足で踏み込んでおいてこちらに転嫁しようとは!?」
「正しく正面から許されて入った。ここに招いたのもお前だ。事を荒立てないようにしたこちらの配慮を土足で踏みにじったのはそちらだった」
「黙れ! 邪教徒が悪心をもって入り込んだのは明白! 私を人質に取ったところで!」
「そんな無駄なことはしない」
俺の言葉に女教皇は驚くが、なんで人質なんてこと思ったんだ?
そんなことするより殺したほうが早いだろう。
ただ殺すにはレベルが高いのが惜しいなと思うくらいで。
「こちらで四大神の加護がどうなっているか興味がある。太陽神の信徒を謳うならばその力を見せてみろ。力を試してやろう」
「えー? お優しすぎますって。こんな不敬者どもさっさと殺しましょう。あたしがここにいるんですから、すぐに軍を呼び出せますよ。日暮れまでに更地にすることをお約束します」
将軍称号の特殊スキルで、プレイヤーならパーティを組んでる者を側に呼び寄せられた。
エネミーのティダはもっと範囲が大きく、それこそダークドワーフの軍を呼び出せる。
やる気のティダに女教皇は鼓舞するように声を上げた。
「できるわけない、ただのこけおどしよ! ありえないことをさもできると偽る邪教徒の罠よ! ここは賢王と軍師がその知謀の粋を極めて作り上げた堅固な我らの故郷!」
「馬鹿だなぁ。中に入ったら意味ないでしょ、そんなの」
必死に俺たちの嘘を主張する女教皇に、ティダは冷徹に事実を告げる。
「たった二人で何ができる気でいるの! お前たちなど…………!」
「やめろ! 強さが違いすぎるのがわからないのか!?」
床の男吸血鬼が棒を抜いて起き上がると、女教皇を怒鳴りつけた。
傷を庇ってるがクリムゾンヴァンパイアには時間で少量回復するスキルがあるため死にはしないだろう。
「武器も持ってない二人に手も足も出なかったんだぞ! こいつらは大地神の直属だ! お前たちドワーフのような弱い種族でさえない!」
「よ、弱い!? 歴代最強の私を…………!」
「弱いな」
「弱いよ」
俺に続いてティダも男吸血鬼の言葉を肯定する。
敵からの肯定に女教皇は顔を赤くしたまま口を開閉して怒りのあまり言葉が出ない様子だ。
「だからこそ、少し鍛えてやろうというのだ。その程度では遊びにもならない。お前たちもどうせなら残ってその力を見せてみろ。印をつけたから、逃げられると思うな」
俺は吸血鬼二人にマップ化のマーカーをつける。
ついでにすぐ動けるよう魔法で回復もしてやる。
「十日、いや、七日でいいか。その間にどれだけ育つか、それとも死に絶えるか」
俺は言いつつ頭の中で段取りを考える。
確か聖書にあったよな、こういう期限を区切って耐久させるようなの。
「七日の間に一日一つ、七つの災いをこの首都にもたらそう。生き延びたならばそれを許しとする。降伏をするなら、大地神の印を掲げろ。まず今日は…………」
聖書は確かナイル川を血にするんだったな。
ここそう言えば川というか運河があるし、使うか。
けど血にしても不快なだけで腕試しにならないから、よし…………。
どうせならパワーレベリングできるようにしてやろう。
「この首都を流れる川をダンジョンにしてしまおう。グラウ、一日だけ手を貸してくれ」
「なんの、混沌の系譜の大兄たるお方。我を使うに伺いなど不要。疾く命じよ。されば叶えよう」
呼びかけるようにメッセージを送ると、すぐに転移で灰色の不定形の水が現れる。
(あれ? 転移して来たな。スライムハウンドもいない。ってことは、こいついつのまにか大地神の加護ついてる?)
大地神の加護を得る条件はネフの所で祝福を受けること。
それで言えば一緒にこっちに来ているので可能と言えば可能だが、いつの間に?
(というかエネミーにできたのか? そう考えるとファナたちも加護を受けてる?)
ちょっと考えるが響く悲鳴に俺は現状に目を戻す。
見ると、女教皇やその周囲が幾つもの首が連なる流動体であるグラウの姿に、身も世もなく泣き叫んでいた。
「これらを飲めばよろしいか、大地の御方」
「いや、この地図のこの水路の水となり替わり、一日周辺の者たちの力を試してほしい。あのクリムゾンヴァンパイアとはいい勝負になるだろう」
「大地神から太陽神に鞍替えした馬鹿に、海神の眷属が負けるはずないですって」
「ほほ、たった二人で我が身に勝ることもなし。承知した。我ら混沌の系譜の力しかと示そうぞ」
貶すティダにグラウはやる気になる。
ずるりと窓から這い出る灰色の水は、じゅるりじゅるりと音を立てて姿が見えなくても動いている様子が窺えた。
ほどなく外からは女教皇たちのような悲鳴と叫びが聞こえて来る。
「…………な、なん、あれは、なんなのよ!?」
「不敬」
「げぶ!?」
ティダが疑問を叫んだ女教皇の前まで一瞬で移動し、頬を張り倒した。
また一瞬で俺の側に戻ると知らん顔をする。
まぁ、初見でクリアも難しいだろうから一応説明はしてやるか。
「あれはグレイオブシーというダンジョンにして、グラウマンという海神の属神だ。その身からエネミーを生み出す…………」
聞こえた咆哮に俺は言葉を切り外を見る。
すると建物の屋根の上に三つの首が見えた。
「あれはアジ・ダハーカだな。最初から出すには少々強力すぎる」
「なんか、あれだけで街更地にできません?」
「そうだな、行動阻害のブレスを吐くから対策をしていなければ抵抗も難しい。…………スライムハウンド、グラウにもう少し手加減してやれと伝えよ」
「はは」
控えていたスライムハウンドがすぐに表れて転移で消える。
確か聖書で次はイナゴか何かを出すんだったか?
大地神の大陸でやる気あった人間に似た顔を持つ昆虫型エネミー、ユッグでもいいか。
「なんで、どうして海神? ダークドワーフは大地神じゃ?」
女教皇は頭を抱えて窓の外を見てるんだが、疑問はそこなのか?
「太陽神と大地神の仲が悪い。風神と海神の仲が悪い。それだけで他は確執なかった。それを風神が三柱を封じて確執を作ったんだ」
「手を組むとしたら確執のない大地神と海神で何もおかしなことはないわよ。ないけど、なんで! 太陽神はいないのに!」
「ほう、やはりいないのか」
説明する男吸血鬼の後に叫んだ女吸血鬼に、俺は初めて確信を得る。
すると口を押さえるが遅い。
「い、います! 私たちをいつでも見守って!」
「では、ここに呼べ。女教皇を名乗るのならば、太陽神を奉る最上位者だろう? 嫌がらせ好きの性悪のことだ。大地神を信奉する者がいると言えば喜んで焼き尽くしに来るはずだ」
そう言う設定があったことを思い出しながら女教皇に強気で言い返す。
ほんとに来られたら困るが、できないことは設定でわかっていた。
俺の推測どおり、他の神と太陽神の座を争う相手を呼び出すすべなどない女教皇は黙る。
吸血鬼たちは一縷の望みか女教皇を見ていたが、無理だとわかって顔を歪めた。
「やるべきことはわかったか? では、よく抗え」
俺はそう言って転移で移動を…………と思ったが忘れものがある。
「忘れていたな。ティダ、連れて来い」
「はい! ほら、いつまでボケっとしてるの」
茫然自失して座り込んだままのツェーリオをティダが片手で回収。
レベル差のせいだろうが、少女と見紛うティダが成人男性を片手で引き摺る姿は非現実的だ。
ついでに目くらましに風を起こして全員に目をつぶらせると、俺は今度こそ転移でその場を去ったのだった。
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