215話:女教皇の招き
ドワーフ賢王国には女教皇がいる。
奉るのは太陽神で、共産主義的なのに宗教があるという矛盾を感じるのは俺だけらしい。
あれか正教や道教寺が残ったような感じなのか?
で、その女教皇ナーナ・ハイエンスとやらが誘拐されたが、相手は宗教勢力の長老のシンパだったそうだ。
長老を追い出して若い女教皇がてっぺんとったが、その分反発も強く相手方も強行策を取っての事件だった。
どうも追い出した長老たちの中に身内がいたそうで、粛清という名の処刑はしていなかったのだ。
だから女教皇さえ排除すれば追い出された長老が戻れるということで、やられたらやり返す。
女教皇を公務で勝手知ったる宗教施設に入ったところを秘密の抜け道から誘拐して、監禁と権力の剥奪を行う算段だった。
「お礼が遅くなってしまったこと、我が不徳と恥じる次第。どうか、ご容赦を。トマス・クピスどの」
「大変な目に遭われたのですから謝罪されることもありますまい。こちらこそお招きいただき光栄です」
俺は今、その女教皇の前にいる。
発音が難しいのかなんか違う名前に聞こえるが、所詮は思いつきの偽名だしいいか。
問題は、攫われてる所に遭遇して撃退したので、結果的に助けたからってお礼に呼び出された現状だ。
数日対処に使い、落ち着いてからの呼び出しだった。
ツェーリオが調べたところによると、処刑確定で長老を牢屋に入れているらしい。
ただ牢番たちの気が抜けていることから、すでに暗殺された後で処刑も行ったという発表だけになるのではないかということだ。
うん、教皇ってもっとこう清廉なイメージだったんだが。
完璧に俗物というか、政治家だ。
そんな相手の呼び出しを無視することもできずティダとツェーリオと一緒に来たが、どうも俺が代表的な感じで挨拶することになってしまっている。
呼び出された女教皇の私邸は真っ白だ。
床は真っ白な石のタイル、壁も真っ白な化粧石。カーテンも白、絨毯も白、家具ももちろん白で見かけるドワーフも白い服。
(賃貸の白い壁思い出して落ち着かん)
敷金礼金なんて忘れてた言葉を思い出す。
そしてやっぱり共産主義って権力者にだけ金が集まるようになってるんだなと言う感想が浮かんだ。
なんの策謀も薄暗さもないと言わんばかりに微笑む女教皇を見る。
褐色の肌に金髪の巻毛。
それらを覆う真っ白な衣はレースや刺繍やなんかでひらひら豪華。
真っ白なドレスと言えばスタファだが、全然イメージが違う。
女教皇というだけあって禁欲的な雰囲気だが、豪華な装飾の数々に威圧感を覚える。
(ただドワーフはやっぱり小柄か。設定どおりティダが他のドワーフやダークドワーフより身長高いんだよな)
女教皇周辺にはずらっと神官らしい女たちと少年たちが並び、身長はドワーフ基準でたぶん普通。
人間基準だと成長期前の十代くらい。
ドワーフの男は比較的体つきがいいが、ここにはおらず基本外で立っているようだ。
そんな中で室内の壁際に突出した身長の男女がいる。
白い肌に真っ赤な髪、尖った耳というドワーフではない外見をしていた。
(クリムゾンヴァンパイアがここにもいるのか)
俺の視線に気づいたらしく睨んでくる。
ティダが敏感に察して動こうとするのを片手で止めた。
「あぁ、彼らのことはお気になさらず。帝国ではここと同じく傭兵として雇っていると聞いていますが。議長国からいらしたのでしたら珍しいでしょうか?」
「えぇ、見たことはありますが。ただ以前お会いした方は随分血気盛んだったもので…………」
俺の言葉に傭兵だという男女がこっち見る。
前に会ったのは帝国で、確か第四王子かなんかの身代金引き渡しからの追走の途中だった。
大型エネミーに追われて逃げた後、どうしたかは知らない。
クリムゾンヴァンパイアに興味はあるけど『砥ぎ爪』みたいに使うのはな。
傭兵だったら金払わなきゃいけないだろうし、それで使い潰すのも。
いや、レベル幾つだ? それによってはもつか?
低くても七十以上は確定のエネミーだし、『砥ぎ爪』の体たらくを思うとこっちのほうがいいかもしれない。
(あいつら予想以下だったんだよな。グランディオン相手にしてた帝国の奴らは高いと五十はありそうだったのに。プレやらせた奴らどう考えても以下だし)
考えながら女教皇が仰々しくお礼だとか神の祝福とか言うのを聞き流す。
お礼したいと呼ばれたからもらえるものはもらっておくかと来たが億劫だ。
どちらかと言えば俺たちよりツェーリオが乗り気だった。
貧富の差を当たり前に享受し、街中の様子を知らないわけじゃなく、あの状況を許容している女教皇。
そんな相手が清廉潔白とも思えない。
だいたい権力争いに前のめりで女教皇までのし上がった人物だ。
身銭を切るような真似はしないのではないかと思えた。
「どうです、我が国は?」
「規律正しい民と緻密に作られた都市は類を見ず、圧倒されるばかりですね」
俺も社会人としておべっかを言えないことはないが、ティダがさっきから不穏な気配がするので、何度か手で制している。
(設定ではアルブムルナは荒くれ者、グランディオンは制御が利かないとはしたが。ティダがこれほど戦闘狂だなんて設定した覚えはないぞ?)
甲斐のないやり取りを続けて疲れ始めた頃、ツェーリオがつんつんと俺の注意を引く。
無礼じゃないかと思ったが、女教皇にあからさまに気づかないふりをされ、声をかけるのもやめられたためツェーリオを見る。
「たぶん、教皇猊下をほめたたえて招きに感謝する必要があります」
「向こうが呼んだのに?」
俺は思ったけど言わなかったことをティダが言ってしまう。
もちろんドワーフたちにも聞こえてて、非難の目が刺さって来た。
うわぁ、面倒くせぇ。
しかも女教皇だけが変わらず笑顔。
ただし手元はわかったらさっさとしろと言わんばかりに指で手招きしていた。
(口から出まかせくらい言える。が、ここで俺が言うとたぶんティダがなぁ)
俺は視線を感じてツェーリオをもう一度見る。
どうやらこっちも俺に対応をしてほしいらしい。
いや、これは自分が商機欲しいだけか。
だったらこいつで良くないか?
「どうやら我らは不調法。あいにく先日入国したばかりでドワーフの常識というものを知りません。そんな私が何を言っても無礼となるでしょう。ここにいることさえ場違いかもしれない。となればこの者、ツェーリオは信頼できる才気闊達な商人ですのでどうか、発言をお許し願いたい」
俺が丸投げすると、ツェーリオはびっくりして肩を跳ね上げる。
ただ一度頷く女教皇の無言の許しにやる気で一歩前に出た。
「無礼などと、そんな。お気になさらず」
「いえいえ、教皇猊下を前にそのような」
社交辞令的に女教皇が退くと、ツェーリオも笑顔でおべっかを並べ始めた。
それで正解だったらしく話が進み始める。
「あなた方のお蔭で長老派を完膚なきまでに排除することが適います。これでこの国はもっとよくなることでしょう。あなた方の働きは表彰ものです」
「いえいえ、尊き方を守ることの喜びこそあれ、過分な表彰などとても」
「陛下もこれで旧態依然とした思考の硬直が害悪であることをご理解されるでしょう」
「国を憂うお志に感服いたしますなぁ」
いつまで続くんだこれ?
というかこんな阿るばかりで大丈夫かこのツェーリオ。
「あまり欲をかくものではないぞ」
俺は思わずツェーリオに囁いた。
その後はようやく挨拶が終わって食事に誘われ移動することになる。
ただ顔を出すわけにもいかず一度は断ったが、ツェーリオが乗り気で謙遜扱いされてしまった。
任せてしまったために口を挟めなかったのだが、移動中に慌ててツェーリオに告げる。
「そんな、こんなチャンス二度とありませんよ?」
「チャンスをものにするためにはがっつくよりも次の約束を取り付けることだ」
そこら辺はどの仕事も同じはず。
俺の忠告に浮かれていたツェーリオも正気に戻ったように落ち着く。
ようやく冷静になった様子で俺を見返した。
一度控室に通され、食事の準備の間待つことになる。
「あ、食事、そう言えばお二人、お顔は?」
「出すつもりはない。私たちは異教の戒律とでもいい訳をしてくれ。もしくは急用で君だけ残して辞退も考えている」
女性の顔だし駄目な宗教もあるしそれに倣って適当に言い訳を考えた。
すると部屋の外にはNPCとエネミーの反応が、動く。
エネミーのほうはクリムゾンヴァンパイアの男女だろうが、NPCはドワーフだろう。
「ふむ、こちらから言う必要はなくなったか?」
「え?」
「隣の部屋にいたのが一人離れましたね。きっと主人の下に走る犬なんでしょう」
ティダもどうやら見張られていることに気づいていたらしい。
「こら、ティダ。態度が悪い。何もしてないのだから無益な敵対は避けよ」
「あれでですかぁ。お優しすぎて困るぅ。慈悲は私たちだけでいいのにぃ」
ティダは顔を覆ってもごもごと呟く。
そうしてる間にもまた一人隣の部屋の者が動いたようだ。
声まで聞こえる覗き窓でもあるんだろうか。
俺は声を潜めてツェーリオに告げた。
「これは私の経験からの憶測だが、ここに根を降ろして商売をするのはやめたほうがいい。利益を出すだけ奪われるだろう。目立つことをすれば粛清対象にされる可能性もある。気を付けることだ」
俺の言葉にツェーリオが唾を飲むと同時に、室外からノックがされた。
マップ化で女教皇が来たのがわかる。
「お食事前に我が国の葡萄酒をお持ちいたしました。教皇庁の畑で専用に育てている葡萄から作られた物なのですよ」
「こ、これはわざわざ…………」
ツェーリオが反射的に立って迎えるので、俺とティダも倣う。
話を聞いて来たんだろうが何故葡萄酒?
そう思っている内に給仕が葡萄酒をグラスに注ぐ。
「あ、なんて美しいガラスだ」
ツェーリオの声でそう言えばグラスを他で見たことないことに気づく。
その間に女教皇が何やら一人に耳うちして給仕が一人出て行った。
俺たちに一人一つグラスを持った給仕が近寄るのが同時だ。
飲むわけにもいかないのでティダをともかく未成年で飲酒禁止と言おう。
瞬間、ティダが何かを察して動きかけるが、俺の視線を受けて止まった。
同時に、給仕がグラスを落としてティダのマントに葡萄酒を引っ掛ける。
「まぁ! なんてことを! すぐに汚れを落とさなければ」
女教皇の声で給仕が一斉にティダに手を伸ばした。
さすがに怪我をさせずに避けるのは無理だ。
俺を窺うようにしていたティダのフードが、指示を出す前に引き下ろされた。
瞬間、ドワーフたちは息を飲む。
「…………ダークドワーフ!?」
女教皇の引き攣った声がやけに響いた。
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