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22話:ヴァン・クール

他視点

「不思議な出会いだった」


 俺は王国南の砦を出て馬を駆りながら呟く。


「不審な出会いの間違いじゃないんで? 得体が知れないにもほどがある」


 後方にいた部下の偵察伍長が馬を並べて来て言った。

 偵察を主任務にするだけあって耳がいい。


「だいたい、あのネフって黒い男はなんなんだろうな? 聖職者の割にそうとうなやり手じゃないですか」

「確かにただものではなかった。…………どう考えても、攻撃が通る気がしない」

「そんな、王国の英雄がまさか」

「英雄と言われてるがな、俺も天才ってわけじゃない。ここまでなれたからには才能はあったんだろう。だが俺が恵まれたのは命を取りこぼさず力を振るえた戦場と、師匠に恵まれたからだ」

「つまりあの黒い男はあんた以上の天才だと?」


 努力を否定したくはない。

 けれど世の中どうにもならないことはある。


 俺一人が強くても、腕力に劣る魔法使いが師団単位で目の前にいれば死ぬしかない。

 何故かそんな感想を、あのダイチとネフを前に思った。

 たった二人の、無手の相手に。


「そんな者を従えていたダイチとは何者なんでしょうかね?」

「ある程度教養はあるようだが王侯という雰囲気でもなかった。ただ、何故ダイチどのに従っているかは明白だ。ダイチどののほうが、強いからだろう」

「まさか。確かに偉丈夫だったが、動きにも言葉にもそんな威容は」


 俺もそう思った。

 だがトレト・シルヴァの墓に案内される中で気づいたのだ。


「ダイチどのの足音をお前は聞いたか?」

「え? いえ、皆で移動してましたし…………」

「なら、ダイチどのがどのように動くかを予想ができたか?」

「さぁ? 考えてもいませんな。本当にただ歩いてただけだったのは確かだ」

「得体の知れない相手が道案内をするというのにか?」


 俺は普段鋭い偵察伍長のあまりの他愛なさに笑ってしまう。

 そこには己への自嘲もあった。


「え、まさか? そう言われて見れば、全く…………」

「ネフどののほうは少なくとも常にダイチどのをお守りしようという姿勢が見えたし、そのような機微に基づく動作の予想もついた。同時に、俺たちを警戒する様子もな」


 だが、ダイチどののはそれがなかった。

 言葉の上では俺たちを窺う様子はあったのだ。

 けれどそれが体や発する機微にも何も反映されずにいた。


「全く俺たちを脅威とは見ていなかったのだ。だから素人同然の無防備に見えた。そしてそのダイチどののたたずまいに俺たちも騙された」

「騙、された?」

「俺はダイチどのの動きに、起こりを全く感じ取れなかった」


 それは肉体を持つ者なら必ずある動作の予兆。

 筋肉を動かすための緊張や重心の移動。

 起こりを察して対処するのは戦う者の基本だ。


 なのに全く起こりを察知させずに動き、その足音さえ森の中で殺しきる。


「あれこそ天才なのではないかと俺は思う」

「それ、もう宗教者なんかじゃないでしょう?」

「どうだろうな? ダイチどのは見たこともないほど凶悪なレイスを一言の下に浄化してみせた。そしてダイチどのの前にドラゴンホースが現れた時、巨人はその腕を伸ばして助けてみせた」


 かつて神と呼ばれてあがめられていた巨人がダイチという個人を助けるのならば、その存在をなんと呼べばいいのか。

 司祭や祓魔師などの職では名乗らず宗教者と曖昧に濁したのはそういう意図だったのかもしれない。


(ダイチどのの様子は怪しい。だが考え直せばまるで怪しんでくれと言わんばかりの含みが多すぎる)


 その含みをほぐせば、なんとも不思議なダイチの立ち位置が示唆されていた。


「それほどの人物であると思っていたなら、どうして何も?」


 俺は部下全員を連れて今、王都へと急行している。


 砦では死体を運び込み、婦女暴行が失敗して死んだとだけ告げた。

 被害者も死んでおりそちらはすでに発見した地元民が埋葬したとも。


 魔物については一体未確認のスライムを討伐、王都に報告のために出立するので今までどおり職務に当たるよう命じてある。

 危険であるから霧深くには立ち入るなとは言ってあるが、ほぼなんの説明もしていない。


「言って、恐怖を煽る以外に効果があるか?」

「いや、ですが魔物はともかく、不法滞在者がいるくらいは…………」

「それでダイチどのたちに徴税官でも送るか? ドラゴンホースまで潜んでる霧の奥地へ向けて?」

「…………むり、でしょうな。しかも下手したら巨人が出るとありゃ」

「下手をしなくとも、ダイチどののような理性的な相手と出会わなければ巨人に喧嘩を売ったと思われるだろうな。そうなれば、王国は北から帝国、南からは巨人の攻撃を恐れなければならなくなる」


 報告をしてしまえば事実確認が必要になるのが砦の者たちだ。

 俺がダイチどのと繋げればいいんだろうが、常識的に周辺領主から使者が出されることになる。

 英雄と言っても平民でしかない俺に口を挟む余地はない。


 だがそれでダイチどのに出会う前に魔物に遭ってしまえば悪い方向にことは動いてしまうだろう。

 さらなる兵を送り込んでの騒ぎとなり、そうなれば、ダイチどのの警告どおり巨人が立ち上がることにしかならない。


「我が国に、そんな余裕はない」

「おっしゃるとおりで。そうなるとやはり不思議な出会いではなく、神の思し召しかもしれませんな」

「救世教の神より、圧倒的な神威を見ただろう」

「ありゃ凄かった。ドラゴンホース一掴みとか。剣振る気も起きませんって」

「巨人からすれば人間の武器なんて植物の棘みたいなものだからな」


 痛みはあるだろう、怯むこともあるかもしれない。

 けれど決定的に致命傷を負わせることなんてできない物量差だ。


「あれが神か…………」

「ヴァンさん、あのダイチって御仁がごちゃごちゃ怪しい言動をして荒事避けてくれたってのはわかった。けどあの宗教者たちは、邪教徒ってことはないんで? 正式な職に就いてる人間が道を誤って加担してた例もある」


 『血塗れ団』か。

 派手に凄惨な事件を起こすこともあれば誰にも知られずひっそりと暗躍もする厄介な連中だ。


「巨人崇拝を隠れ蓑にまたぞろ碌でもないことを企んでるかもしれない。共和国から逃げ出した奴らなんて恰好の生贄だ」

「だったら何故、あの場で俺たちを殺さなかった?」

「それは無理だったんじゃないか? 人数が違いすぎる」

「五十人ぽっちで巨人を相手にできるか?」

「偶然、なんてことは、ないんでしょうね」


 偵察伍長は俺の言葉を否定しようとして諦めた。


 巨人の行動は明らかだった。

 そして獣人はダイチどのたちを見て謝罪をした。

 あれは上位者であるダイチどのに助けを求めたのだろう。


「だいたい、もしダイチどのが邪教徒であるなら、もっととんでもないことになっているだろう」

「『血塗れ団』の殺し方はとんでもないが、確かに人間のやることの範囲ではありますね」


 俺が聞いたことあるのは、四肢をパズルのように組み替えた遺体で、男女の四肢を削って全く新しい一人の人間に見える遺体を作り上げた事件。

 陰惨で猟奇的な現場を作ることに固執する気の狂った奴らだというのが一目でわかった。


 なんにしても『血塗れ団』と言われる由縁どおり、奴らがいた場所には血だらけの殺人現場が常に出来上がるのだ。


「ただ、それで言うと兵たちの死体は怪しいでしょう。あそこまでのこと相当な執念だ」


 偵察伍長は疑いが晴れない様子だが、トレト・シルヴァの秘密を吹聴するのも躊躇われる。


「『血塗れ団』は確定情報じゃなかったんだろう?」

「それは、まぁ。その、山越えで関所を通らず移動する算段かと思ってたんで」


 いたなら必ず追い駆けて倒すべき敵であり、生かしておいても百害あって一利なしだ。


 その意気込みの上で合致する状況があったため『血塗れ団』に繋がる情報に過敏になっているのか。

 わからなくはないが。


「ともかく今は王都に戻る。巨人の報告といういい理由ができたんだ。この機を逃すわけにはいかない」

「やはり、今回の視察はヴァンさんを遠ざけるために?」

「あぁ、そうだろう。陛下は聡明なお方だ。そして俺に軍を預けるほど懐が広い。だが、人としての欲目はあるんだろう」

「第三王子の擁立は、あり得るんで?」


 この王国は今、後継者問題を抱えている。


「第六王子までいる中で第三王子が台頭って、珍しい気はしますが」

「慣例どおりなら陛下の長子である第一王子が継ぐ。しかしその陛下がまず長子として生まれず国王になった方だからややこしいんだ」

「自分の例があるなら、寵愛する王子を後継者にと考えて、か」


 偵察伍長の言葉は否定したい。

 あの方がそんな道理を曲げる方だとは思いたくはない。


 しかし迷っておられるのは、南に行く際の挨拶で察せられた。

 何より、誰の目にも第三王子への寵は厚い。

 そしてそれは王妃殿下も同じだから、非などない第一王子を廃せると思える臣下が出て来る。


「俺は中立だ。元より口出す権利はない。だが、一軍を預かる以上俺の言葉に重きを置く者もいる」

「敵に篭絡される前に王都から追い出そうってくらいにはね」

「ちょうど北との戦いが収まってる今だからな」


 これでもし第二王子も名が上がるほど優れた部分があるなら、俺は中立を謳えただろうか?

 第二王子は気の良い方だが武辺に偏っており、本人も己の社交下手をわかっているから、そんな軽挙をなさるとは思えないが。


 急いで戻っても俺の杞憂かもしれない。

 陛下も、第一王子の優れた才覚はご存じだからこそ政務の一端を任せもしている。


(慣例を曲げる利のなさは、身に染みている方だ。北に敵を睨んだ状態での危うさも、きっとわかっている)


 そうは思うが何か胸騒ぎがする。

 虫の報せというにはまだ弱い気はするが。


 ともかく今は戻らねば。


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次回:世界を知るため

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