208話:カトル
他視点
うちは議長国の名家、カトラス家の妾の子として生まれた。
だからカトラスを名乗ることは許されず、母親はうちにカトルいう名前をつけたんや。
カトラス家は金貸しで、議長国の議員の地位を金で買ってると言われるような家。
名家と言えば名家なんやけど、わざわざ子の名前にするほど誇らしい家でもないっちゅうんがうちの感想やった。
ただ金貸しの商売上手は、ようさんうちにも引き継がれたようで、そこはもうけもん。
カトラス家とつながりのある商家で奉公をさせてもろて、ある程度商品を任されるようになり行商にでるようなった。
そこからさらに船荷を任され西はライカンスロープ帝国、東は神聖連邦まで商いの幅を広げてん。
帝国から王国に陸路行って、手間かけつつ実績と珍品目当てに議長国で店を持つため地道に商売してたんや。
「実は今回の北周りの商売終えたら、自分の商会立てる予定やったんです」
「ほう、カトルどのほどの腕がありながら、まだ自店は持っていなかったのか。意外だ」
ペストマスクで顔は見えないんやけど、トーマスさんは人が好い。
やっぱり腕一本でやって来た手前、褒められていやな気分はせんし、現実味なくすような大変なことが怒涛の勢いで起こった後では耳に優しいなぁ。
ライカンスロープ帝国についてからの成り行きは偶然だといわはった。
どれもライカンスロープ側からの働きかけでグランちゃんが玉座に祭り上げられることになってるから、まぁ、そうやろ。
ただ、ヴェノスさんは目的を達したと言ってたん、忘れとらんで。
つまりグランちゃんというライカンスロープを圧倒する力の持ち主が押さえることは織り込み済み。
それでもトーマスさんが聞いていた話と違うと言ったのは、結果ではなくそこに至るまでに派手にやりすぎたからや。
トーマスさんの謙虚な姿勢からすれば、もっと穏便に力見せつけて食い込むつもりやったんやろう。
絶対そっちのほうが危険も少なかったやろうし。
それでも怜悧な頭脳を持つからこそ、ライカンスロープ帝国を押さえられると見込んで送り込んだんや。
「もう、最初ヴェノスさんに会った時には渡りに船と思うてました。力を見ては奇貨を得たと喜んだもんですわ。幸先ええなと」
「奇貨居くべし、か。こちらにもそんな言葉があるんだな」
「あぁ、共和国とは隣国ですからねぇ。議長国にもありますわ」
「では、トーマスさまもカトルどのを奇貨とみていらしたのですね」
ヴェノスさんの言うことはなるほど確かにそのとおりやろう。
竜人とも違うヴェノスさんを手元に招いて喜ぶなんて、そんな奇特なのうちしかおらんかった。
「はぁ、おいといてもらって良かったんだかどうだかわかりませんよ」
「苦労をかけた」
「いえいえ、持ちつ持たれつ。こっちもライカンスロープ帝国のお偉方にずいぶんと顔繋がせてもらいました。いっそこっちに店開いたほうがいいかもしれない勢いですわ」
強さが伝統的に重んじられる中、人間なんて相手にされんところがヴェノスさんもグランちゃんもうちを重んじてくれたお蔭でとんとん拍子や。
いつもなら甘くみられることも多いのに、今までにないほどスムーズに商談が上がって、もはや面白いほどにこちらの言うとおりになってまう。
これで調子に乗ってはいかんと自制できたんは、うち以上に重んじられるトーマスさんが謙虚に争いを避け、惜しみなく人助けするからや。
「トーマスさん、強かったんですね」
「私はトーマスさまを越える強者を見たことはありませんよ」
ヴェノスさんの絶賛に謙遜するトーマスさんは、強さは腕力だけではないと語らはった。
そう、奇貨だと思ったヴェノスさん以上に、珍奇で秀逸なのがトーマスさんや。
知勇兼備なんて英雄物語の誇大表現だと思とった。
ところが一日でトーマスさんはライカンスロープを従え、しかもただの一度の力の行使でやりとげはったのに、まだ謙遜しはるんや。
驕り高ぶらんのや。
そしてグランちゃんとの違いを見せつけるように今後の運営についても協議してた。
即座に本国との無益な戦いを止め、同時に本国からの不必要な干渉を止めさせるため皇帝周辺を硬い結束で結び付けるようにとか。
曰く、東が荒れるかららしい。
「よし…………。すみません、腹決めましたわ。東が荒れるというんを、お教え願えますか?」
トーマスさんはうちの要請に迷う様子を見せた。
「カトルどのは議長国へ戻られるのだろう? であれば、無用な情報だろう」
うちがしらんぷりできるよう臭わせるだけやなんて、本当に優しいお人や。
「つまり、東の北、帝国が荒れるん言うんですね? 議長国なら巻き込まれへんと。確かにわかっとったら自衛できるでしょう。けど、議長国はドワーフ賢王国と商いがあります。そしてドワーフ賢王国は帝国と商いしとります。耐えて済ますより、動くべきやと思うんですよ」
うちの言葉にトーマスさん考えるように腕を組む。
普通なら自分の損得考えてる思うんやけど、トーマスさんのことだからうちのほうのことを心配してるんやろうな。
「だいぶ、面倒な話になるが」
「えぇです」
トーマスさんは言いにくそうに確認して周囲を見回すようにする。
ここは貴族屋敷で周辺はうちの部下しかおらん。
宮殿は帝孫閣下に任せて、グランちゃんと同じ種族だという銀の体毛を持つ狼のライカンスロープを置いて来た。
どうも他に隠れて同行してたらしく、事務方ができる美女やローブを纏って顔を隠した男などもおって宮殿でのことを任されとる。
トーマスさんは自らうちらをここまで送ってくれて、ヴェノスさんとグランちゃんは側にいたいとついて来た。
「実は…………帝国の皇帝が暗殺された。半月前のことだ」
言い方を迷ったようだが、結局そのまま告げたようや。
だからこそ一瞬何を言われたかわからんかった。
半月前ならうちらがいた時からすぐに皇帝暗殺?
頭に染みて来たと思たら音がして、自分が唾を呑んだのだと遅れて気づいた。
「それは正式な?」
「いや、正式発表は病死だ」
トーマスさんはどうやら思ったよりも多くの部下を持ってて情報も握っとるらしい。
今になって病死発表したことを、こっちに来てるトーマスさんに帝国から告げた部下が他にもいるようや。
トーマスさんはさらに少し考えて情報をくれた。
「半月の間死因を公表せずにいた。突然の病死発表は皇太子即位の動きだろう。だが暗殺者を特定できずにいるなら強い帝国のイメージが揺らぐ。そこに皇帝より見劣りのする皇太子だ。下位の王子たちのみならず、帝国内部の者もこのままにはしておかないだろう」
状況からしてトーマスさんはうちらが発ってすぐ追い駆けるように来たはず。
それは突然の皇帝死亡を暗殺と見て国が荒れることを予見したからなんやな。
「帝国は大きい。少し荒れたくらいでどうにかなるはずもあらしませんやん?」
「いや、なる」
反射的に断定して、トーマスさん慌てて説明の言葉を探す。
「なる、はずだ。その…………帝国は割れる、と思う」
きっとトーマスさんは賢者なんやろう。
議長国にも一を見て十を理解するような人がおった。
あれもはたで見ているとただの直感なんやけど、一から紐解けば確かにそうなるとわかる状況把握を一瞬でしてしまうんや。
ただ本人には明瞭な事実の何をわかっていないのか周囲の凡才に合わせることが難しい。
答えはわかっているのにそのための説明のほうに苦しむ姿を見たことがある。
トーマスさんの今の状況はそれによく似てはるわ。
「第四王子がレジスタンスに捕まり身代金交渉があった。そのまま逃げられ、今もレジスタンスは活動を続けている。また、王国で継承争いが激化の動きだ。そこに皇太子の即位。内部で好機と見る者は敵味方いくらでもいるだろう」
「なるほど、そんなことがあったんですか。後のない第四王子は確実に内部の動乱なりますわな。けど皇太子降ろすために王国を下して、いや、そうか。皇太子に近い第四王子がやらかした今、皇太子のほうが王国を倒すことで強い帝国を示して、内部を圧迫するんです?」
「いや、それは」
トーマスさんが言いよどむと、ヴェノスさんがうちに笑いかけた。
「皇太子となってもなおその地位を狙われる程度には人望のない人物。王国へ兵を向けた途端、自らが危険にさらされるでしょう。穏健だという皇太子なら王国へは攻め入らない。代わりにその座を狙う王子が動くけれど、王子同士で誰が先陣を切り手柄を立てるかを争う。それは皇太子にとって利になるのでは?」
ヴェノスさんに、トーマスさんゆっくり頷く。
「つまり、皇太子のほうがあえて対抗勢力を削ぐために国内の乱れを放置すると? 確かにそっちのほうが最終的な丸儲けや。いやぁ、トーマスさんの視点は私ら市井とは違いますね」
「そうです! このか、うぷ」
「グランディオン、何を言う気だ。私はただの薬師、それでいい」
「ふぁい」
グランちゃんが口を滑らそうとしたのを、トーマスさんが口押さえて黙らす。
これだけ情報開示しておいて、ただものでないんはわかっとる。
だいたい最初からトーマスさん、市井風だけど上品なんや。
これは、生まれは低くともその才能を見出されて高貴な方に仕えたかなんかやろう。
だったら習得に学と一緒にコネが必要な水の上位である氷の魔法を扱えた理由も説明がつく。
そして共和国になってから身分を捨てた理由も、想像できる。
となると、最終的にトーマスさんが求めるのはなんや?
安寧か、復権か、それとももっと別の?
「…………トーマスさん、船は財産です。けど命あってのものだねです。船を泊めた港に町を押し流すほどの波が襲ったら、トーマスさんどうします?」
これは船で商売する者が必ず選ばなければいけない話や。
聞いた者はたいてい悩む。
ところがトーマスさんはまるで悩まず答えはった。
「港に波が到達する前に、船を出して沖を目指すな」
「なんでですか?」
グランちゃんが素直に問うと、トーマスさんは迷わず答える。
「まだ低い波なら越えられる。それで命は助かる。また町までなくなるなら最低限の財産を持って再起を図らなければならない。ならば船の保全は必須だ」
うちのみならず部下たちからも溜め息が出る。
まったくそのとおりや。
ただ波が襲うような恐ろしい状況に、あえて恐怖の対象へと向かって船を走らせる勇気が必要なんや。
トーマスさんは、恐怖に逃げるよりも立ち向かうことを選らばはった。
やはり奇貨を越えるお人やな。
「わかりました。うちも波、越えたりましょ」
「カトルどの?」
「トーマスさんに賭けさせていただきます。どうか傘下に、トーマスさんの船に乗せてください」
うちの決断にトーマスさんはごくゆっくり、ただ深く頷いてくれたのだった。
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