207話:範囲攻撃の範囲
「…………しまった。しくじった」
俺が呟く間に、周囲では白い空気が吐きだされては消えていく。
広間は天井の半分まで凍り付いて白く霜が貼りつき、床は言うまでもない凍結状態だ。
そして床にいた者は敵味方関係なく凍り付いてしまっている。
唯一無事だったのは、咄嗟に狼男化して抱え上げられたカトル、人間ただ一人。
ヴェノスまでもが凍り付いた上に、凍傷の状態異常に陥っている。
(そうだよ、フレンドリファイヤーできるんだから、室内で範囲攻撃したらこうなるわ!)
自分の迂闊さに心の中で叫ぶが意味はない。
しかもヴェノスは寒さに弱いせいでがっつりHPを削ってしまったらしい。
もう一つ言うと、俺の魔法は今神レベルで強化されてる。
やったのはLv.3の氷の魔法。
周囲に吹雪を発生させて低確率で凍傷による継続ダメージもしくは凍結による行動制限がかかる。
熟練度が最高値の十で自身の周囲という効果範囲は最大。
さらに吹雪という波及する効果だからゲームほど綺麗に収まるはずもなく…………。
(神の魔法としてなんか効果範囲が上にもあった気がする。あと凍って動けないライカンスロープのポーズ見るに、のけぞり効果入ってないか?)
吹雪を受けて上体を逸らしたまま凍っている者が複数いる。
低レベルの魔法と思ったが追加効果を食らってるほうが多いようだ。
帝孫閣下とかいうゴールデンレトリーバーはダメージ受けてるが、状態異常にはなっていない。
ただ目を伏せがちにプルプルしてるのは可哀想な感じがする。
そうして俺が被害状況を見てたらグランディオンが吠えた。
瞬間、震えるライカンスロープたちが肩を跳ね上げる。
「グランディオン? む、ヴェノス」
ヴェノスが後ろで膝を突いて重傷状態になってしまった。
忘れてたが凍傷は継続ダメージだ。
よく見るとグランディオンに抱えられてるカトルまで凍える様子で歯をカタカタいわせている。
(神の魔法は上方向にも範囲があった。神の魔法として状態異常の確率アップで攻撃の余波でも状態異常の可能性があるか?)
なかなかに凶悪な仕様の上、一撃で倒れる程度のエネミーでは気づけなかった効果だ。
ゲームのプレイヤーならすぐさま治す必要はない低ダメージだが、ここでは相当痛いように見える。
特にヴェノス。
レベル的に余裕があるはずなのに、妙に弱ってしまっている。
俺はヴェノスとカトルの両方をいっぺんに助けるため、範囲回復の魔法を使った。
「回復魔法起死回生」
白い光が俺の足元から広がり波のように範囲を広げていく。
どうもこれも神仕様で広い上に、氷魔法の効果を打ち消すためか床の凍結も解除されていった。
そして範囲内で状態異常にある者たちは光の柱が立ち上り回復。
ついでにこの魔法は微量の体力回復もついている。
突然の光と自由に驚く声がそこかしこで上がった。
どうやら全員生きてるようだ。
と言っても動けなかった状態から解放されて、次々に床へと倒れて行く。
直撃してないカトルと同じくらい弱ってはいるが、言うだけあってライカンスロープは頑丈らしい。
魔法練習でちょっと倒したエネミーよりは強い。
魔法に対する抵抗の低いノーライフファクトリーのゴーレムはちょっと比較がしにくいが、たぶんあのダンジョンでも苦戦しないレベルだろう。
これはちょっと期待したいな。
「ぐ、神のお力とは言え、第三魔法程度で…………。不覚です」
ヴェノスは膝を突いて悔しげに床に拳を降ろす。
グランディオンは毛皮のお蔭か元気なようだ。
コンソールで確認しても、ヴェノスが三分の一確実に削れてるのに比べて、グランディオンは五分の一も削れていない。
継続ダメージのせいもあるんだろうけど、どうもヴェノスはゲームの時より氷系統の攻撃に弱くなっているような気がする。
「お前が寒さに弱いことを失念していた。足止め程度のつもりだったんだが、予想以上に凍ったのだ。すまない」
言いながらヴェノスには個別に回復を施す。
あんまり魔法使う機会もないし気にせず全回復の魔法を使った。
うん、プレイヤーの時は魔力消費激しかったはずの回復魔法がまだ十回は軽く撃てそうだ。
しかも魔力回復スキルあるから慌てて魔力回復のアイテム使う必要もないし。
改めてゲームではありえないチートを実感する。
(それはそれで張り合いがないんだが)
いや、今は氷が溶けてびしゃびしゃの広間の惨状に向き合おう。
「カトルどのも。グランディオンは大丈夫か?」
「はい、ちょっと寒かったです。やっぱり魔法すごいですね」
グランディオンはカトルを降ろして元の赤ずきんに戻る。
残る尻尾は元気に揺れているのは、どうやら楽しかったようだ。
「な、なんなのだ…………今の強力無比な魔法は…………」
ゴールデンレトリーバーが凍結を解除したのにまだ震えて聞いてくる。
そう言えば、そんなに震えてるのに手に持ってる皿落とさなかったんだな。
「あぁ、決闘の途中だったか。血を入れなければいけないというが、さて」
グランドレイスの体は気体のようなもので血なんかない。
というかいつもスタファやチェルヴァがどうやって抱きついてるかもよくわからない。
まず物理攻撃に耐性というか、ちょっと物理無効が入ってるので、たとえ体があっても透過するはずなんだが、抱きついてくるんだよな。
だいたい俺はレベルがあれば攻撃は通るものの、一定レベル以上なければ迎撃が発動するので、決闘前から勝負がついてしまう。
うん、ワンサイドゲームが約束されてるな。
Lv.3で死にかける程度の相手だし。
(ゴールデンレトリーバーのジョブはなんだ? 完全物理で耐性が低いならあり得るだろうが。それにしてもレベル差があるんだろうな)
人間はNPCたちの意見も含めると、王国周辺の平均は二十も行かないのではないかという。
三十越え確実はヴァン・クールや『血塗れ団』のブラッドリィ。
六十あるかもしれないのがトライホーンを持っていた少年くらいだ。
(この世界の強さどうなってるんだ? 若いほうが強いのか? 老いでレベル減退するなんてあるか?)
そんな話聞かなかったが、探索者もそれなら若いほうが強いことになる。
だが二十もないレベルが多いとなるとそうも言えないだろう。
「あの、トーマスさん?」
「うん? あぁ、考え込んでしまった。すまない。カトルどのも大丈夫か?」
へたり込んでるが、こっちも寒いの苦手か?
グランドレイスは温度感覚鈍くてわからんな。
「あれ」
カトルに言われて見ると、なんかゴールデンレトリーバーが座ってる。
いや、土下座っぽい恰好だ。
そして床につけた頭の先には皿を差し出している。
「うん?」
「ほら、勝ったら皿欲しい言いましたやん」
「あぁ、なんだ。あれだけでもう負けを認めてしまうのか?」
血どうしようって思ってたんだけど、ラッキー。
前言撤回やだからさっさと回収しよう。
さて、これは魔法職のアルブムルナに調べてもらうのと、賢者のチェルヴァに調べてもらうのどっちが正解だ?
皿を俺が手に取ると、ゴールデンレトリーバーは震えながら喋り出す。
「恐ろしき力の子供ならやりようはある。けれど精神的にも成熟した強大な魔法使いなど小手先の詐術は通じるまい。ましてやこれだけの数を前に手を抜く余裕。この命一つで賄うどころではない」
ゴールデンレトリーバーは顔を上げて俺を見あげた。
「だが、だからこそ交渉の余地はあると見た」
「もちろん、君たちライカンスロープのやり方は力が伝統というので従ったのみ。元より理性と知性に根差した話し合いを私は望む。」
なんか貰っていいらしいから皿は貰うけどな。
触った感じ片手に乗る小皿だ。
単色で灰色がかった白だと思ってたら、黒い皿に白い色でびっしり模様が…………ちょっと狂気を感じる隙間のなさは天井の装飾に通じるものがある。
「お、お待ちを! 話し合いなど、もってのほか! グランディオンさまの即位を阻まんと力尽くで暴挙に及んだ罪人ですぞ!?」
「そうですとも! まずは捕縛いたします故、我々にお任せを! その後、グランディオンさまの保護者であるあなたさまの歓迎を国を挙げて行いますので、どうか奥へ!」
さっきまで凍ってたヤギとヒツジが元気に騒ぎ出した。
「先ほど何を聞いていたんだ? 私はグランディオンを連れ戻すために来たのだ。即位はさせない。歓迎も不要だ。そんなことに時間を割くつもりはない」
このヤギとヒツジからは面倒ごとの気配がするしな。
グランディオンが決闘に勝ったせいだけど、やりたい奴いるなら勝手にやってくれ。
力尽くで放棄させといてグランディオンに押しつけるなよ。
「…………思いどおりに動かぬなら強すぎる個などいらん!」
「あれだけの大魔法を放ってはもはや動けまい! 帝孫閣下もろとも!」
ヤギとヒツジの声に応じてマップ化に反応が現われた。
今まで動かなかったライカンスロープが揃って広間に現れる。
「ふむ、猿か」
ペストマスクの標準装備である杖で、俺は襲って来た相手を杖術のアーツを使い迎え撃つ。
叩き払ったのは小型の猿のライカンスロープ。
姿が見えないと思ったら柱の上に隠れていたらしい。
それが十二匹、次々に襲いかかる。
だから俺も次々にアーツでチェインを稼いで叩き払った。
思ったより時間をかけず猿のライカンスロープたちは床に倒れて動かなくなる。
「ば、馬鹿な、『砥ぎ爪』が…………」
「ま、ひぃ!?」
唖然としたヤギとヒツジは、音もなく近づいていたヴェノスが昏倒させた。
あがる声に一度は目を放してたカトルが俺を見る。
「トーマスさん、薬師でしたやろ? あ、そう言えばヴェノスさんは杖でゴーレム砕けるほど強いって言うて。あれ、本当のことだったんですか?」
あ、薬師設定忘れてた。
回復もアイテム出しておけば恰好ついたのに。
「そ、そうか。ヴェノスとは仲良くしてもらっているようだ。その、嘘ではないな。ただ、私が極めたのが魔法だっただけで、うむ。お遊び程度だが、薬師の知識がないわけではない」
杖をペシペシしながら言い訳を絞り出した。
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