206話:種族の強さ
「ふむ、つまりグランディオンを南の本国からの独立に際しての旗頭にしたいと。だがよく考えてほしい。グランディオンは見てのとおり未熟だ。また私たちにこの国の独立に加担するいわれはない。そんなところに子供一人を残して行けるものかね?」
「し、しかし! すでにこの国はグランディオンさまのもので! 我々にとって古式決闘はそれほどに重大な意味を持つこともご理解いただきたい!」
「そ、そうです! 伝説の狼王の再来であらせられる故に他の継承権者はすべて放棄をいたしております! 決闘を受けた時点で、相応の覚悟はおありでしょう!」
ヤギとヒツジが食い下がってくるんだが、両方ヤギかヒツジってあるのか?
うん、今はどうでもいいな。
「それが本当だとすれば、この国のトップに立つ資格を持っていたはずの者たちには責任感が欠如していたとしか言いようがないな。力はあっても子供だと言葉を交わせばわかるはず。何より縁も所縁もなければこの国に情などないグランディオンに一国の運営を委ねるなど狂気の沙汰だ」
そしてライカンスロープ帝国の独立もどうでもいい。
だって俺たちに旨味はないし、今のところ珍しい皿以上に興味もない。
すでに国の如きものなら大地神の大陸があるし、あそこに勝るインフラもないだろう。
単純な労働力も、回って声をかけたNPCたちがすごくやる気だったし。
大地神の大陸って名付けてあるだけあって、どうもNPCたちは俺が支配する地に保護されているような認識らしいのだ。
それにゲームの再現をしようって時にエリアボスが二人も抜けるなどあり得ない。
「それにグランディオンの見た目と力を頼りに独立など、そんな行き当たりのずさんな見積もりで勝てる戦いなのか? どんな窮状にあるかは知らないが、全てそちらの都合であり、他者に放棄が許されるならばグランディオンもまた放棄する権利があるはずだな?」
「本当、トーマスさんが最初からいてくれはったら、ここまで大ごとになる前に止められたんですけど」
カトルが何やら目元を拭いながら繰り返す。
「カトルどのはこの状態で見捨てずにいてくれたことを感謝しよう。ちなみにヴェノスは何を?」
「は、強きに従うは自然の摂理と思いとくには…………」
止められる唯一の相手が傍観って、カトルは本当につき合いがいいな。
どう考えてもグランディオンが国を手に入れるとかいうのは無理だし、だいたい責任とる立場で何が美味しいのか。
しかもなんのかかわりもなかったグランディオンがいきなりって、そんなのあの無頼漢のライカンスロープ、ガトーみたいに暴力で解決しようという奴が現われ…………まぁ、いたから決闘だなんだとなるから問題にはならないか。
かといってこの帝国の独立だ、繁栄だなんて考えてやる必要もない。
(いや、待てよ。もしかしたら国、欲しかったのか?)
他のエリアボスは大地神の大陸から出るの嫌がったけど、ヴェノスは一番に外へ出た。
グランディオンも引っ込み思案だが、外行き喜んでいたんだ。
そして大地神の大陸は俺のもので、エリアも借りものだと認識するNPC。
(そう言えば犬って縄張り意識強いんだっけ。大地神の大陸の森より広い縄張り欲しかった? ヴェノスも設定で一族の存続と繁栄が望みとかあったような…………)
もしやこれは、俺の我儘で連れ帰るほうが間違いなのではないだろうか?
「…………二人は一族を連れて私の元を離れ、ここに根を降ろすか?」
考えた末に直接聞くことにした。
途端にヴェノスは目を見開いて硬直し、グランディオンはしくしく泣きだす。
「僕、ぼく! 帰りますー。やです、やですー!」
ほどなくおいおい声を上げて泣くグランディオンに、なんだか俺が虐めたみたいになってしまう。
「別に咎めはしないぞ。それぞれが一族を代表しているのだ。身を立てるのも」
「どうか、咎ならば我々二人で、一族の者までもお見捨てにならないよう伏してお願い申し上げます。今回のことは軽率でございました。あなたに反意あるわけでも、ましてやその庇護下を脱したいと思ったこともございません」
ヴェノスまでショック状態でなんか言ってる。
「まぁ、クリームケーキとやらを出されて驚きもせず食べれる程度には馴染んだ生活水準放棄はしたくないでしょう」
なんでカトルのほうがわかった風なんだ?
ただヴェノスとしてはそんな理由だけだとは思ってほしくないそうで声を上げた。
「そんなことよりも! 危難を救い養い、尊厳までも取り戻させていただいた方にお仕えさせていただく喜び以上の幸福などありません!」
「落ち着け、ヴェノス。お前たちの気持ちはわかった。だが、玉座に座ったグランディオンはどうする? お前が恨みを買ったスネ、竜人はどうする? 目の前の事態は問題なく対処できただろう。だが、お前たちの行動が今回先々の問題を残す結果となってしまっている」
本当、これどうすればいいんだ?
俺はもうけつまくって逃げる以外考えつかないぞ。
って思いながら言ったら、なんかライカンスロープたちがドン引きで俺を見てる。
確かに崇拝されてるけど、けど! 設定で、これは俺が何かしたってわけじゃなくて、こっちもいたたまれないっていうか!
(ともかく現状をどうにかしないと逃げようもないし、うん?)
マップ化に反応があった。
いや、反応していたライカンスロープの印が消えたんだ。
意識を向けると着々と印が消えて行っている。
つまり、死んでいるようだ。
「何者かの攻撃を受けている。あちらで見張りらしき者たちが殺されているぞ」
「まさか。確かにそちらには警備が立っているはずですが。血の臭いなどもせず」
ヒツジが鼻を上げて耳も立てて否定するが、ヤギが顎髭を撫でて口を挟む。
「グランディオンさまが従うほどの方ならば何か理由があるのだろう。血を流さずとも殺す手段もあるのだ。これ、そこの者。確認してまいれ」
広場にいた警備兵が命じられて五人一組で出て行く。
するとほどなく警笛が響き渡った。
「い、いったい何が起きましたん?」
「カトルどの、こちらに。ヴェノス、グランディオン、守れ。無闇な手出しは禁じる」
カトルを守らせている間に、出て行った警備兵が一人四足で走って戻ってくる。
「は、反乱です! ただいま襲撃を受けており! 帝孫閣下が反くぉ…………!?」
広間に駆け込む寸前で、警備兵は殺された。
その後ろから現れたのは金色で犬っぽい、たぶんゴールデンレトリーバーのライカンスロープだ。
「なんと言うことを!? 帝孫閣下と言えど許されぬ蛮行ですぞ!」
ヒツジが戦きながら指弾すると、ゴールデンレトリーバーは牙を剥きだした。
「蛮行だとも。私も、お前たちも」
ゴールデンレトリーバーは険しい顔だが落ち着いた声で返答する。
さらに後ろからは率いて来たらしい揃いの制服の兵士たちが現われた。
「力ばかりの子供が伝説と合致したからと玉座に祭り上げ、乱暴に我ら継承権者を脅し付け、冤罪を着せて権利を剥奪。宮殿内部を与党で占めてその後どうする? 南の本国と開戦し、その力だけの子供を放り込むのか? 確かに本国もその力と姿を見れば兵を退くだろう。では、その後は?」
警備を斬った剣を携え、ゴールデンレトリーバーが広間に入って来る。
「縁も所縁もない子供が戦場で傷ついたところで歯牙にもかけぬだろう。たとえ戦場で潰えても痛痒もなかろう。残るのは威を借り制圧したこの国だ。いかようにでも差配できるよう、忙しく政敵を牢に放り込むことばかり熱心なようだな」
ゴールデンレトリーバーが唸りを上げると、ヤギは肩を跳ね上げた。
「な、何をおっしゃる。帝孫閣下は自ら劣ると身を引かれたではありませんか。とんだ邪推でございますし、そんなことで宮殿を血で汚し兵乱を招く言い訳にもなりますまい」
ヤギが言い返している間に、ヒツジが対抗する兵を集めようと指示を出す。
ヴェノスとグランディオンは俺の言いつけを守ってカトルを庇ったまま動かない。
「あそこで退かねば私もまた冤罪で牢へ放り込む算段だったのだろう? 暴威に怯えた振りをして同志を募っていただけだ」
どうやら嵌められると察したゴールデンレトリーバーが雌伏して反撃に出たらしい。
「もちろん、これで大義が立つわけもない。故に、古式決闘を申し込む。これを拒むならばすぐにこの地を去れ。一時の恩を返し、奪われた名誉を取り戻すために戦ったのであろう? ならば義理を果たした今、この国のために負うことなど何もあるまい」
ゴールデンレトリーバーは皿のようなものを差し出してグランディオンを見据える。
「あ、あれですよ、トーマスさん。決闘する相手の全てを奪う呪いのような効果のある決闘の道具」
カトルが俺に耳うちするその後ろで、グランディオンは尻尾と耳を立てて言い返した。
「嫌です! 僕、乱暴駄目って言われました! だから嫌です! おうち帰ります!」
「は…………?」
「うむ、それはいいがちょっと待て、グランディオン」
「はい!」
肯定したせいか元気に返事をする。
だが完全シリアスで来たゴールデンレトリーバーが唖然としてしまった。
口開けた状態だと愛玩犬の面影がすごいな。
さっきまで獰猛そうだったのが、今は人懐っこそうな犬の顔だ。
ただ立ち直りは早く俺にも牙を剥く。
「見ない者だ。議長国の商人の中にもそのようないでたちの者は報告されていない」
「私はグランディオンの保護者のようなものでね。後から合流したところこのような事態に困惑しているのだ」
「トーマスさん、困惑してる言う割にさっきまでまんまこちらの帝孫閣下と同じようなことを言うてはりましたやん。こうなること予想してはったんでしょう」
カトルが疲れたように口を挟むと、ゴールデンレトリーバーが俺に皿を持った手を向けた。
「保護者というなら代わりに決闘受けるか? と言っても人間が我らライカンスロープに勝ることはない」
「ほう?」
それはちょっと興味深いな。
思えばその手の皿は明らかにゲームとは違う物品だ。
この世界でのイレギュラーを少しは緩和する糸口になるかもしれない。
俺の好奇心に気づいたのかヴェノスが一歩出る。
「あなたさまに挑むなど不遜。お望みがあれば私が」
「いや、この場を収める必要もある。ましてや腹に抱えた思惑もあるようだ」
俺はヤギとヒツジを見てヴェノスを下げた。
「ふむ、では私が望むのはその皿だが、それを差し出しても挑むかね?」
「何? …………いいだろう。人間に後れを取るようでは私に以後もなし」
「そうか。では、全員でかかってくるといい。せっかく美しい宮殿なのだ。毀損するのは惜しく、また時間をかけるいわれもない」
本心は、壊した時の弁償とか無理ってところだが。
俺の提案にゴールデンレトリーバー周囲は一斉に吠えたてた。
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