205話:玉座の狼
ライカンスロープ帝国で、ヴェノスには会えたがグランディオンは不在。
会いに行った先には何故か宮殿…………。
遠目からではでかさと砂色の石造りなだけがわかるけど、うん、宮殿。
近づくとその砂色の壁や柱、天井に至るまでびっしり彫刻が入ってた。
大ぶりではなく細かなものを幾何学的に積み重ねるようにミチミチミチミチミチ…………作った奴はこの執拗なまでの装飾に何を込めたんだ?
もう少し華やかだったらアラベスク模様にも似てるけど、砂色でひたすら顔や模様が組み合わさってるって、ちょっと神経疑うレベルだぞ。
だというのに空間としてはアーチ形の天井は高く、柱は可能な限り細くされていて開放感がある。
重さを感じるほどの装飾と比べて風通しが良いように作られているらしい。
「私にはこの感性はわからないな」
「色味が少ないのを織物で補っているようですね」
ヴェノスがいうとおり砂色の建物に比べて内装を飾る織物は極彩色だ。
敷物から壁掛けから、無意味に天井にディスプレイされている薄布までが鮮やかだった。
ただやはり織り模様が良く言えば緻密、砕けて言うと詰め込み過ぎててちょっと怖い感じになっている。
カトルは部下を置いて俺たちと一緒に内部を進みながら苦笑した。
「はははぁ、ちょっと意地悪で良く説明もせんと連れて来たのに。本当トーマスさんはなんでもお見通しやなぁ。だいたいの予想も立ってるんでしょう?」
何やら深読みされている。
いきなり宮殿で驚いてはいるが、比較対象が宝石城とかだから驚かないだけなんだよ。
自分で設定しといてなんだけど、あのインパクトはそう簡単に越えられない。
何より俺が最初にこの体で見た宝石城、種々さまざまなNPCたちに溢れた広間だったし、インパクトなら命の危機レベルで刻み込まれている。
(あの圧に比べれば、この天井ぎゅうぎゅうな彫刻も気にならなくなるな)
俺が周囲への興味もなくして平静を取り戻すと、カトルは溜め息を吐く。
「まぁ、思えばうちに今さらこんな違いを見せつける菓子なんてくれるいわれないですし。わざわざ用意しはってたんはこういうことも想定済みだったと。いやぁ、想定してもこんなん用意できるなんてなぁ」
カトルもう独り言でケーキの入ったお盆を持ってる。
あれだ、お高いコース料理とかで勿体ぶる感じのドーム型の蓋つきで金属のやつだ。
できれば俺も、ケーキを検分したあとそんな盆に移し替えて、あれよあれよという間に宮殿奥に案内されてる現状を知りたいんだが。
ライカンスロープ帝国の宮殿にいるのはもちろんライカンスロープばかり。
俺はペストマスクだが人間扱いで、カトルも人間。
そしてヴェノスはリザードマンでこっちで言うと竜人に相当する。
いいのか? こんな部外者な面々をなんの検査もなしで入れて。
それともこれが強さを重んじるとかいうやつか? ヴェノス効果?
「あ!」
両開き扉がある広間に行きつき、勿体ぶって目隠しにたらされた布が横へと避けられる。
入ると大きな窓を背にした玉座から嬉しげな声が聞こえた。
「グランディオン…………」
待て、なんで玉座にいる?
そして周囲に貴族っぽいライカンスロープ?
まるでグランディオンが王のような扱いじゃないか。
「これ、許しがあるとは言え不敬な」
ヤギの顔でヤギ髭を生やしたライカンスロープが、グランディオンを呼んだ俺にそんなことを言った。
瞬間グランディオンが動く。
「ヴェノス!」
俺の求めにヴェノスはすぐさま応じて、グランディオンの腕を掴み止めた。
細く少女に見間違う手だが、その先には鋭利に尖った鉤爪が現われている。
「グランディオン、お会いできた嬉しさに興奮するのはわかるが、御前を汚してはいけない。それに頑張った君のためにトーマスさまは手土産を持っていらっしゃった」
「え!? 僕のためにですか!」
ヴェノスの言葉に、すぐさま頬を染めて笑うグランディオンは可憐だ。
ヤギは硬直したのち、崩れ落ちるように座り込むことなどもう気にも留めない。
また玉座の元まで無断で行ったヴェノスを咎める余裕などないらしい。
「し、心臓に悪いですわ」
カトルも蓋つきのお盆をガタガタ言わせながら声を絞り出す。
「すまない。グランディオンは未熟で制御が効かないことがあるのだ。危惧していたのだが、こちらでそのような振る舞いは?」
「あったと言えばありましたけど、敵対してない相手に手を上げたのは初めてです。…………あ、いや。主人であるトーマスさんに上からもの言ったから敵認定なんです?」
「うむ、ないとは言わない」
俺の肯定にライカンスロープたちがざわつく。
震える者たちもいるんだが、本当に何があった。
当のグランディオンはカトルが渡した盆のケーキを与えられてご満悦だ。
ただライカンスロープたちはグランディオンの顔色を窺い続けている。
どう見てもこの宮殿は掌握されていた。
(なんか帝室関係者とか言ってたから、皇帝いるはずなんだろ? そいつらじゃなくなんでグランディオンが玉座にいるんだ?)
もしかして皇帝になれる奴ら皆殺し…………いや、決めつけは良くないな。
うん、想像するだけでなんか後の処理どうしようって気が重くなる。
「さて、許されるなら発言を。異議がないならまずは問わせていただこう。私はこの国に着いたばかり。何故グランディオンがそこに座ることになったかの説明をしてくださる方は?」
不敬とか言われたからなるべく言葉を選んで説明を求めた。
するとヤギとは玉座を挟んで反対にいたヒツジが一歩前に出る。
「で、では、我らが伝統、古式決闘について知らぬものとして話を、し、させていただく」
向こうも言葉を選んでいるようだ。
そうして話し出したのはグランディオンに絡んだボンボン帝室関係者改め、ライオンライカンスロープについての一連の出来事。
どうも南の大陸の本国とやらが発祥の血筋だそうで偉いらしい。
さらにはこのライカンスロープ帝国の皇帝になる権利も持ってたとかで古式決闘とやらをする資格があったんだとか。
「古式決闘は両者が魔法の皿に血を注ぎ、誓約を交わします。勝利したならば敗者の全てを手に入れることができる。これは呪いも混じった儀式的魔術。決闘を行う二人以外が干渉できるものではない」
ゲームにないアイテムもしくは魔法のようだ。
俺は聞き流そうとしていた話に耳を傾ける。
決闘は腰巻一つで行われ武器の持ち込みは禁止。
死して命全てを差し出すか、生きて財産全てと己の身を差し出すかしなければ両者はその儀式的魔術とやらから解放されない。
そんなハイリスクな決闘を申し込んだのはライオンのほうだ。
そして受けたのはハイエナのライカンスロープで、絡まれたグランディオンたちを匿ってくれた帝室関係者らしい。
結果、ハイエナは決闘を受け一攫千金を狙い負けた。
そこでグランディオンが自ら志願してライオンに古式決闘を持ちかけた。
元よりグランディオンをナンパして恥をかき、さらには返り討ちにされた屈辱があるライオンは、せっかく勝ったのに負け戦に応じてしまったそうだ。
「なかなか戦い慣れたライカンスロープで、グランディオンが擬態状態では押されたのです」
ヴェノスが俺の隣に戻ってそう補足する。
「ほう、その者に会ってみたかったな」
「あ、もうこの世にいないこと前提ですか? まぁ、そうなんですけど」
カトルは空虚な表情をして張り付けたような笑みを浮かべていた。
だって言い方が明らかにグランディオンが狼男形態になったと言ってるしな。
「私のほうでも本性に戻ったグランディオンを押さえられる者は数える程度だ。惨状は想像に難くない」
「はぁ、数えられるくらいにはいるんですね」
カトルが逆に言い直すんだが。
結局ライオンを引き裂いて吠えるグランディオンに周囲のライカンスロープは恐慌状態へ陥った。
ここで帝国の倉庫での狂乱が再現されて…………とはならず、全員がグランディオンの傘下に降って今らしい。
どうやらライオン殺された時点でライカンスロープたちは戦う意思を刈り取られていたそうだ。
恐慌の内容を聞く限り、阿鼻叫喚の命乞いだった。
「それでグランディオンに帝位を?」
「満場一致で先代皇帝の譲位を支持しました。この方こそ伝説の黄金の狼王の再来であると。帝国内への発布はまだですが、宮殿内ではすでに周知。主人たるトーマス・クペスなる人間が来るまで皇帝になるかどうかは決められないとおっしゃっておられましたが、こうして玉座におられる事実があります」
「ふぅ、グランディオン。それとヴェノスもだ」
「はい!」
グランディオンは元気に返事をして俺のほうに駆けて来る。
ヴェノスは空気を察して跪いた。
「私は気をつけろと言ったつもりだったのだが、通じなかったのか? それともこれだけのことをやってまだ派手にできるのか? いや、今はいい。もう終わったことだ。だが、ここまでつき合ってくれたカトルどのの心労の原因はお前たちだ。誠心誠意まずは謝れ」
「申し訳ございません」
「ご、ごめんなさい!」
「いやぁ、もう、なんて言うか…………本当にトーマスさん、最初からいてくださったら、もう少し穏便に行けたと思いますけど。それでも二人がうちらを守ってくれたのも事実で。こっちのことはいいんで、トーマスさん、あんま怒ってやらんといてください」
カトルは人ができてるな。
いきなり目の前で血なまぐさい帝国乗っ取りやらかされたというのに。
俺だったら尻尾巻いて逃げてるぞ。
「グランディオンは先ほどのこともある。言葉で済むところを暴力で解決しようとしていた。それはいけない。吠えればどうなるかもすでにわかっていたはずだ」
「はい…………」
「ヴェノスも、帝国で竜人相手に軽率な行動をしたことを忘れたか? お前は上手くやっているほうだが、どうやらこれくらいと思ってやりすぎるようだ。今回はグランディオンを抑止するべきだった」
「返す言葉もございません。こちらでもまたスネークマンがいたのでついそう呼びかけてしまい」
さらにやらかしてた。
真面目に説教するつもりだけど、これでこのこと手打ちにしてくれないかな?
ライカンスロープ帝国乗っ取りとかなかったことにならない?
俺が周囲のライカンスロープたちを見ると全員が震え上がってる。
なんでだ? これはやりすぎか?
「あー、そうだな。反省はわかった。だが、過ちを犯したことには変わりない。このままというわけにもいかない。ヴェノスはもちろん、グランディオンも一度戻って今回のことはなかったことに」
「お、お待ちを!」
「後生です!」
さっさと回収して逃げようと思ったら、何故かヤギとヒツジに止められることになった。
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