204話:デジャヴ
湖上の城の書斎に行ったら次々難題なNPCが現われた。
チェルヴァはしなだれかかるし、スタファはにじり寄る。
そして喧嘩中、さらにティダはドワーフ殲滅一択を叫んでやって来た。
ネフもどうやら共和国に行きたいと言いに来たらしいが、さすがにそんな一気に決められない。
「ふむ、今しばし待て。イブが攫われる前とは状況が違う。それをまず伝えなければならない者たちがいるであろう。私自ら行ってこようではないか」
最低限の接触でチェルヴァを放し、スタファが跳びかかりそうな気配を感じてすぐさま転移。
俺は華麗にエスケープを決めた。
もとい。
出張している部下の進捗を確認しにライカンスロープ帝国へ赴いたのだ。
(大地神の大陸内部でもそうなのに、外部でまで手に負えないのは困る。それに凡人なりに自体は把握しとかないと、お飾りとは言え一番上なんだしな)
そう言い訳しつつ、俺は転移した先を見回す。
転移先はヴェノスであり、ネフが共和国云々と言い出した辺りで連絡して置いた。
周囲に誰もいない状況を作らせてある。
「お待ちしておりました。トーマスさま」
「堅苦しい歓迎はいらない。少々様子を見に来ただけだ。が、ここがライカンスロープ帝国か」
転移した場所は砂岩のような目の粗い石のタイルが敷かれた庭。
空気は乾燥し、屋根の向こうから降る日差しは白く強い。
張り出した屋根の他に風通しの良い回廊なども設けられているようだ。
たぶん何処かの屋敷の内部にある庭園の一角だろう。
宿ではないなら商人のカトルが使ってる拠点か何かか?
「ここは何処だ? 確か船を下りても滞在は短く済ますという話だっただろう?」
「ライカンスロープ帝国の都、とある貴族が明け渡した屋敷になります」
待て…………すでに突っ込みどころがあるんだが?
いや、一方的に責めるのは良くないな。
まずは事情を聞こう。
「み、都に行くとは聞いていなかったな。上手くやっているのか?」
「はい、お喜びいただける成果を得たと自負しております」
紫色の尻尾を持ち上げるヴェノスは自信満々なようだ。
だったら平気か?
貴族が明け渡したって言うのも、穏便に友好関係を築いた結果かもしれないし。
エネミーだから人間に対してちょっと言葉が悪くなっただけかもしれないし。
「あ、あぁ、トーマスさん?」
よぼよぼした声が聞こえて、俺はペストマスクの狭い視界のために大きく振り返った。
マップ化をまだしておらず気を抜いていたことは否めない。
ただあまりにも弱い声は警戒心よりも人間的な心配の情を微かに揺らした。
声の方向を見ると、思いの外近くからよろりと現れる人影がある。
「…………カトルどの?」
それは王国で出会い、帝国で別れた人間の商人だ。
何故か今にも倒れ込みそうなほど消耗している。
気のせいか、頬がげっそりしたようにも見えた。
いや、やつれたというか疲れが顔に出ているというか。
「いったいどうしたのですか?」
いや、愚問だ。
カトルの目がヴェノスのほうに向く。
さらにはカトルの背後から顔を見知った商人の部下も同じような惨状でよろよろ近づいて来ていた。
疲れている上に原因を示さんばかりに視線を一つにしてくる人間たち。
「ヴェノス」
「はい!」
「いったい何をした?」
ヴェノスまったく悪びれず首を傾げる。
そして考える風に指を顎にかけた。
「滞在期間の内に目的は達しました」
爽やかな笑顔で何やらやり切ったと報告してくる。
途端にお前もかと言わんばかりにカトルたちに見られた。
え、冤罪だ!
俺も何したかしらないから!
「目的の達成か。周囲を見る限り、どうやら私が事前に聞いていたこととは違うようだ」
そこで初めてヴェノスが動揺を見せる。
その様子にカトルは光明を見たような表情を浮かべた。
なので俺は仲間だと頷いておく。
「カトルどのは酷くお疲れのようだ。まずは座ってゆっくり話せる場所まで案内をせよ」
「これは気が回らず…………」
俺の命令にヴェノスは先ほどとは打って変わって恐縮しきり。
カトルたちは胸を撫で下ろし、率先して案内に立った。
案内されたのは絨毯やタイルで飾られた部屋。
家具は人間が使うにしては大きなものが多い。
(そう言えば帝国で見たライカンスロープは人間サイズから、もっと大柄なのもいたな。こういう種族の違いが窺えるのって面白い)
俺はちょっと楽しくなって、疲れた様子のカトルに声をかけた。
「良い屋敷だな」
「まぁ、皇帝が命じて追い出した貴族がそれなりに高位のお人やったもんで」
固まる俺に、カトルは疲れた笑みを浮かべ、お互い言葉もなく見つめ合う。
「…………まずは座ってくれ、カトルどの。お疲れのところ悪いが、お話を聞かせてもらえまいか?」
「えぇ、聞いてください。トーマスさん」
座った途端頭を抱えるカトル。
本当に何した?
いや、ここはちょっと気分を上げさせないと喋ることもままならないんじゃないか?
ぜったい原因に噛んでるのヴェノスだし。
「そうだ、手土産を渡すのを忘れていた。傷まない内に食べてくれ。私の部下が作ったものだが」
出すのはチェルヴァのクリームケーキ。
実は逃げ出す時に咄嗟に掴んできてしまった。
「甘い匂いしてましたけど、え、こんな芸術品みたいなん食べ物なんです?」
ちょっと元気になってカトルが前のめりになる。
まじまじと見るさまは初めてケーキのショーケースを覗き込む子供そのもの。
なので食べ方をレクチャーして、俺はすでに食べたと言って辞退する。
そして一口食べたカトルはかっと目を見開いた。
「うまい! しかも上質な素材だけで作り上げられた繊細な味の上に舌触りまで溶けるように!? 味、見た目、匂い、舌触り、そして腹に落ちた時の満足感! 全てにおいて完璧やないか!」
なんか叫んだ言葉が背後で飛びそうなことを捲し立てる。
グルメ漫画とかの古典的な表現であるよな。
ゲームではハートや星を飛ばすような機能はあったが文字はなかったなぁ。
なんか元気になったので、俺は話を聞こうともう一度促した。
この半月で起きたカトルを疲れさせたできごとについてだ。
「海で海賊に襲われたのはびっくりしましたよ。もういないって話やったのに。捕まえて聞いたら、たまたま航行してただけで沖で待ち構えてたわけじゃなかったらしいんですけど。で、ヴェノスさんが海を走るわ、グランちゃんが敵船のマスト折るわ大変でした。まぁ、それはいいんです」
いいのか? だいぶやらかしてるようだが。
「問題はライカンスロープ帝国に降り立ってからなんですわ」
「またライカンスロープともめ事か」
言った途端、カトルが膝を叩く。
「まさに! またですよ!? またライカンスロープのあほがグランちゃんに下心で声かけて、男だって知って逆切れですわ!」
なんだそのデジャヴ。
ライカンスロープって実は勘が鈍くて自分から恥をかきに行くアホしかいないのか。
「しかもそいつはガトーほど物分かりも良くないボンボンで! 引き連れてた護衛嗾けてグランちゃんをその場で攫おうとするんです!」
「まて、グランディオンは今何処に?」
俺が来てから一度も姿を見せていない。
以前、俺の臭いを嗅ぎつけたと言って走ってくるようなこともあったのに。
ヴェノスを見ると微笑みを返された。
「ご心配には及びません。あ、すみません。トーマスさまがいらっしゃることを伝えていませんでした。すぐに呼んでご挨拶を」
「ちょ、ちょっと待ってくださいヴェノスさん! 呼びつけるのはまずいですって!」
何やら焦った様子でカトルが止める。
俺がグランディオンの保護者と知ってるはずだが、それでこの反応はおかしい。
またヴェノスがグランディオンから目を放してる状況も奇異だ。
「それも含めて説明を願えるか?」
「あぁ、トーマスさんは察しがよろしゅう。えぇ、現状はそのボンボンきっかけですわ」
知らんけど。
俺は内心の突っ込みは飲み込み、黙って聞く。
「グランちゃん自衛できますし、ヴェノスさんも護衛捻ってその場はこっちの被害なしですわ。けど相手がライカンスロープ帝国の帝室に連なるお人で…………」
「まさか牢屋に?」
「いえ、毅然とした態度と強さから、不埒者の帝室関係者と対抗する形の帝室関係者に声をかけられ、身の安全は確保いたしました」
ヴェノスが何ごともないように言うが、その対抗馬いなかったらどうするつもりだったんだ?
「いや、もううちもその時点じゃ合縁奇縁、新たな大口客やと喜んだんですがね。ボンボンが予想を超えたばかでしつこうて」
「それも何やら聞き覚えがあるな」
帝国でもガトーというライカンスロープが、恥をかいた腹いせに後になってグランディオンを攫うという暴挙に及んだ。
結果としては狼男のスキルで発狂し、逃げた先でグランディオンに追いつかれて始末されている。
「グランちゃん匿ってくれた帝室の方はいい人なんです。なんですが、基本的に力で解決することを正統とするライカンスロープでして」
「それが正統なのか? 帝室関係者なのに話し合いではなく?」
「どうやら古式ゆかしいやり方を重んじるそうです」
ヴェノスが捕捉すると、カトルも苦笑して頷いた。
ちなみに残ったケーキは日持ちしないので、カトルが小分けに綺麗にカットして包むように部下に命じている。
その作業が終わって部下が報せに来た。
「あ、じゃあ、行きましょうか。鮮度が大事や言うんでしたら早いほうがええでしょ」
「そうですね。実際状態を見たほうが説明も早いでしょう」
わからんが移動して、グランディオンに会いに行くらしい。
話は不穏だがグランディオンが力で負けるとは思っていない。
俺はさして焦りもなく大きすぎるソファから立ち上がった。
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