202話:代理の小神
「なんで半月も皇帝暗殺黙ってたんだ?」
俺は一人、湖上の城に用意された部屋で首を傾げた。
グランドレイスって人型だから顔はないが首はある。
湖上の城は静かなもので、部屋に届けられた報告内容の不穏さが際立つ。
皇帝暗殺からこっち安全確保のために色々大陸を回った中で、今日は休養を宣言したことで得た平穏だったんだが。
「いや、報告あるならもってこいって言ったしな」
大地神の大陸は広く、今まで足を向けなかった重要度の低い地域にも行ったのだ。
レイスの亜種の影法師というNPCが住む町。
人間に似た顔を持つ昆虫型エネミー、ユッグが作る湖外縁の集落。
イエティのようなエネミー、ゴートは草原に丘を作って巣にしている。
宝石の谷の上に住むグールのコミュニティにも行った。
「ただ帝国で動きがあったとかも特に何か報告は受けてないんだが」
精力的に動いたことで、エリアボスたちは俺を邪魔しないようにと報告を控えていた。
いや、後ろぞろぞろされていたたまれなかった俺が追い払ったんだけど。
報告書だけは置かれていて、せっかく作ってくれたし部屋でダラダラするついでに読んでたらこれだ。
「…………聞きに行くか」
皇帝の死体腐ってるだろとか、病死ってなんだとか思うところもあることだ。
暗殺から突然死扱いだっていうのは、まぁ、混乱避けるためかなとは思う。
ところが半月経って病死発表の意図は俺にはわからない。
「殺されたと言えないから? だったら突然死のままでいいはずだしな。書斎に行けばスタファがいるか」
そう思っていたのだが、扉を開けて見えたのは左右に大きく張り出したヘラジカの角。
「まぁ、我が君! いかような御用でしょう?」
チェルヴァだ。
普段はスタファが使ってる机に我が物顔で座り書類仕事をしていた。
「確認事項を確かめに来たのだが。チェルヴァも書類仕事などするのだな」
室内を確かめると、他のNPCたちはいいつもどおりの顔ぶれ。
「確かに小なりとは言え神の身ですが、大神のためでしたらわたくしも労働吝かではなく」
「もちろん、チェルヴァの明晰な頭脳で私の助けにならぬことはないだろう」
「はぁい、もちろんでございます!」
チェルヴァはしなを作るように腰を揺らして答える。
「ところで、そこはスタファの机だが、使う許可は?」
また喧嘩にならないか?
「あの司祭も自ら族を率いる者ですから。大神おん自ら見回る中、族を放置もしておけないと北の山脈へ。その間の報告業務をわたくしが交代しているのです。うふふ、こうして我が君自らお尋ねいただけるなんて。うるさく嫌がるスタファを追い出した、もとい、送り出した甲斐がありましたわ」
本音漏れてるぞ。
だがちょうどいい。
どう切り出そうか悩んでいたんだ。
「では、スタファに劣らぬその頭脳を披露してもらおう。今日私にもたらされた報告がこれだ。ここから今さら皇帝の死を病死と発表した帝国側の意図を説明できるか?」
「まぁ、確かに不慣れではございますが、それは優しさが過ぎますわ、我が君」
チェルヴァは上機嫌に質問が簡単すぎるという。
しかもそれを俺の優しさと勘違いしている。
「皇帝暗殺は現場を見たならばすぐわかるようにしたそうで。ですから帝国側は犯人捜し行います。主導するのは皇太子でしょう。けれど他の継承権者もここで犯人をいち早くあげられれば、対抗馬として躍り出ることも可能となります」
そう言えばティダ曰く、暗殺はわかりやすく刃物で首を裂いて殺したそうだ。
侵入のためどうしても邪魔な三人ほどを皇帝とは別に殺したとも。
つまり見れば暗殺は疑いようのない現場が出来上がっているわけか。
「けれど暗殺されたとは体裁の上で言えず。何より強さを示し続けたために領土を拡大した帝国。求心力の中心であった皇帝を牙城である住まいで殺されたなど言えますまい」
舐められたら駄目だから、舐められそうな性格の皇太子に不安があった。
そこに来て暗殺なんて弱み見せられないということか。
だから隠しようのない死亡だけを発表した。
「隠しきれもしなかったでしょうが情報の伝播には時間がかかります。その間に犯人を上げて見せしめ、強い帝国は健在だと示し汚名をそそがねばなりません。けれど結局は、半月経っても見つけられずに音を上げての病死発表でしょう」
チェルヴァは実行犯側であるためか、帝国の不手際を嘲笑う。
「こんな状況で皇帝になっても、皇太子の実力を疑う声が強まるばかり。…………スタファの暗殺提案は短絡ではないかと思ったのですけれど」
え、そうなの? だったら言おうよ。
俺固まってて反対もできずティダが動いたって言うのに。
「我が君に異論がないのであれば良いのだろうと。実際面白いほど惑ってくれていますもの。あちらに賢人がいないことを、大神は帝国に足をお運びになる間に見定めていらっしゃったのですわね?」
「…………ここにいる賢者に比肩する者がいないことくらいは、すぐにわかるさ」
「まぁ! お上手なのですから。うふふ、賢者としての英知を使いまして、実は神への供物としてクリームケーキなどをお持ちしております」
チェルヴァが出すのはゲームアイテムと同じ形の二段ケーキ。
錬金術系ジョブでは、料理してアイテムを作る技能があるので、確かに賢者の力で作ったのだろう。
ただチェルヴァがニコニコする横で、俺は内心だらだらでケーキを受け取る。
「わたくしのほうから確認をよろしいでしょうか」
「…………うむ」
よろしくないけど言えないし、答えられない時の言い訳どうしようと今から考える。
スタファが戻ってから改めてって、時間稼ぐか?
けど頭いい二人揃えて言い訳できる気がしない。
頼むから俺に答えられることを聞いてくれ。
「グラウマンの配置は本当に港町でよろしいので?」
「最も安定を計った配置ではあるが。賢者の意見に傾ける耳を私は持っている。チェルヴァは何処がいいと考える?」
灰色の海の形をしたダンジョンにしてボスである神性を持つエネミーだ。
帝国で見つけてなんか一人寂しいみたいなこと言ったから連れて来た。
ちょっと人を食べようとしたり、エネミーおいしそうとか言うけど今のところ実害なし。
港町からの報告では、脳みそを吸うエネミーのブレインイーターと会話が弾んでいるそうだ。
スケルトンには食指は動かないとかなんとか、そう言う報告もあった。
「確かに友好な関係を築いており、ムーントードとも連携が取れております。ですが、あの巨体はもっと前に出したほうが効率的かと。波が寄せては返すように移動式にしては?」
思わぬ提案だ。
ダンジョンだから位置固定だと考えていた俺では出ない発想。
チェルヴァは移動できるなら動き回るようにすべきだと言う。
たしかにそっちのほうが防衛としては効果的だろう。
「では、港町と何処を移動させる? 確かに海という性質から森の中の移動は可能。だが、孤立の可能性も考慮すれば、範囲は決めるべきだろう」
「でしたら同じく孤立状態にある海上砦との間を往復させてはどうでしょう?」
俺はチェルヴァの言葉につい笑う。
(良かった! 俺が答えられる範囲だ!)
海のダンジョンだから港町に配置した。
その発想から海上砦という考えもあったのだ。
「チェルヴァには言っていなかったか。実はグラウがいた場所の近くには別のダンジョンがあったのだ。そしてそれは機能不全に陥っていた。理由の一つとして、グラウが側にいた可能性がある」
「まぁ」
「ダンジョンは情報量、内包する存在値とも言うべきものが多い。それと同時にダンジョンの内と外で処理、理が違っている。そうしたもの同士が近づきすぎると、機能不全を起こす。外と違う理であるから、不全となれば中が機能しない」
「そのような仕組みが。ですが、それで言えばここはどうなるのでしょう?」
よしよし、それも想定内だ。
「ここは元から複数のダンジョンが隣接することを織り込み済みで作ってある。理の違いに齟齬が出ないよう調整してあるのだ。だからここならばグラウが増えても機能不全は起こらない」
「あぁ、無知を晒してお恥ずかしい…………」
チェルヴァは頬を赤くして俯く。
「いや、言っていなかったのはこちらだ。知らなくて当たり前のことを責めるような愚かなことはしない」
そう慰めた途端、チェルヴァは立ち上がった。
そして滑るような動きで俺にしなだれかかる。
「優しいお言葉。わたくし、感じ入ってしまいます」
言いながらチェルヴァが腰を揺らし、周囲が一斉に視線を逸らしたのが気配でわかる。
妙な具合になった。
手を出すこともためらわれていると、突然ドアが音を立てて開く。
見れば、鬼の形相をしたスタファが立っていた。
「妙な気配がすると思えば!? なぁにをしているの! この淫売女神!」
「まぁ、口の悪いこと。これだから神でもない下賤の生まれは嫌になりますわね」
乱入をものともせず、チェルヴァはこれ見よがしに俺に抱きついてくる。
瞬間スタファが喉を絞るような悲鳴を上げた。
「きぃ! 大神に対して不遜! 一人でなんて狡いわよ!」
「ふん! 王国の手柄も一人でやったくせに何をおっしゃるの」
「ひきこもりと違いますからぁ!? 神のために働くことの何が悪いと?」
「まぁ、いやだ。腰が重いのはそちらでしょう、無駄な物をぶらぶらと」
入室時から怒っているスタファを、チェルヴァがさらに煽るように言って顎を逸らす。
「こら、喧嘩をするな」
これはどうすればいいかわからんぞ。
チェルヴァは引きはがしていいのか? 触ってセクハラって言われない?
あとスタファが俺に向かってわしづかむように両手を構えてにじり寄ってるんだが?
これって俺が挟み撃ちされてないか?
「神よ! お時間できたのならドワーフを潰しに行っていいですか?」
まさかのティダ乱入でさらに問題発言を投げ込んでくる。
その後ろから黄色い布で顔を隠した全身黒づくめまでひょっこり顔を出し、何か言いたげだ。
頼むから、これ以上面倒を増やさないでくれ。
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