201話:ルージス・シュクセサール・ソヴァーリス
他視点
王国はそれなりに安定している国だ。
二百年ほど前に多くの国が滅んだ中、その後の復興で国を建てたのが始まりとなる。
今もなお続いている国は片手で足りる故に、王国は歴史ある国であるとも言えた。
その一因は残っていた国々を飲み込んだ帝国のせいでもある。
だがもう一つは人々を害する魔物の存在だった。
人々は己の身を守るべく寄り集まり、効率的に脅威へ対抗するため国を建てる。
国が魔物という脅威を打ち払えないと見れば、民は容赦なく国を捨て、新たな指導者を求めた。
共和国のような国の形も保てない野放図は珍しい。
お題目だけ聞けば団結や協力を国民一人一人が責任を負い全うするという理想はわかる。
ただ、それを実現するための段取りも手段も全て王家と共に滅ぼして、一から打ち立てようとする愚を犯した。
実現できなければただの悪辣な夢想に過ぎず、国というものに関わらなかった者たちの浅知恵が浮き彫りになる。
何より民は魔物の害と人間の害に震えるしかない。
今や共和国で人が残っているところなど、既存の防壁がある所だけだろう。
だが、もはや防壁など意味を成さないのではないかと思える光景が私の目の前には広がっていた。
「ここもか…………」
私は腐敗臭を発する砦を眺めて苦く呟く。
半月前、魔物の異常な跳梁という第一報をもたらしたのは、王国の英雄と呼ばれるヴァン・クールだった。
「遅かったとは言いますまい。ここからの狼煙は初期に上がって潰えたと言います」
私と馬を並べるのは大公。
四十を越える老境近い御仁だが、それでも自ら今回の変事に立ちあがり、こうして襲撃されたという砦に出向いた。
王家と確執はあるが、公人として律することのできるできた方だ。
私は軍を仕立て救援物資を持てるだけもってこの王国西方にやって来た。
そうして急行した時には甘く見ていたのだ。
異常な数のレイスを相手に驚き慌てて対処を怠っただけだと。
そう思って駆けつけたが、すでにレイスなど跡形もなく消えていた時には肩透かしを食らった気分だった。
「西に行くほど生存者が少ない。南の難民は身軽に逃げた故に助かったのだろうな」
私たちを出迎えたのは着の身着のまま逃げてきた国民や共和国の難民だった。
戦うべき敵はなく、私はひたすらそうした者たちの世話に忙殺された。
何より情報が少ない。
怪異なる巨躯をみて逃げた者、何処からか逃げて来た者に言われて逃げた者、教会が襲われている内に逃げた者。
誰も立ち向かわず逃げたからこそ助かったのだ。
同時に、敵の情報もあいまいで判然とせず、今もなお私たちは何に剣を向けるべきかわからずにいる。
「ここも、全滅なのだろうな」
半月かけて実態を把握し、恐慌状態の国民を宥めて話を聞きだした。
一時の避難生活ができるだけの基盤を整えるため、大公と共に周辺領主と交渉や会議を連日行いもしている。
そうしてようやく現場に足を運び、そこで待ち受けていたのはただの骸だけ。
すでに共和国国境に近い南の砦の惨状は目にした後だ。
そこから最も近い砦は王国内で最も西にあり、かつてヴァン・クールが近くで未確認の魔物を倒したと報告した場所だった。
「南と同じく、というにはノックの仕方が違うようです」
思考が暗くなり視野も狭くなっていたらしく、大公に言われて砦の損壊した入口を見る。
「焼け焦げている? 南はとんでもない威力の一撃を受けたはずだが」
「えぇ、先行させた軍務経験者もそう言っておりました。ただ、破砕槌のような我々の知る攻城兵器ではありえないとも」
狼煙が潰えたことで壊滅は予想していたため、教会施設やまだ生存者のいそうなところを優先した。
確認はここが最後なのだが、この違いはいったいなんなのか。
「いや、他は魔法で蹂躙されていた。つまりは報告にあったレイス。南だけが物理的に破壊されていたということか」
「えぇ、やり方が違います。この上さらに正体不明の襲撃者の可能性です」
気丈な大公も疲れをにじませる。
何せレイスがいて怪異なる巨躯もいる。
そこに来て重く厚みのある砦の扉を一撃で粉砕する何者か。
そう、一撃だ。
実物を見たが確かに無駄な傷がなく、一撃で破砕させたと思しき扉の残骸があった。
「怪異なる巨躯は動いていない。ダンジョン由来かもしれないが、違うかもしれない。レイスはダンジョンの可能性が高いだろう。だが、南の強力な一撃はいったいなんだ?」
「別の魔物か、はたまた共和国からの侵攻か」
大公も南は共和国を疑う様子だ。
なんの策もなく砦を攻撃することなど、私たちの常識で言えばありえない。
国を攻撃したも同じで、まっとうな国ならそんなことはしない。
だが、南には全うとは言いかねる国があり、内部争いがまた激化したと聞く。
全うではない方法で今回の暴挙に出たのではないかと、そう思えてしまう。
「ともかく今は遺体の回収を」
私は指揮をして砦へ踏み込んだ。
内部は戦闘の跡が放置されたまま、誰も埋葬もせずに打ち捨てられている。
「敵の死体はないか」
「獣にも荒らされていません、やはりここもレイスがやったのでしょう」
場所によっては獣が遺体を食い荒らしていた。
ただレイスに襲われた場所は獣も寄り付かず、気味悪がっているようだ。
室内も検分し、指令室はもちろん、地下まですべて逃げ込んだ人間を執拗に追って殺しているさまを見つける。
「狼煙を上げていたと思しき兵士が上に七名。状態が良く、いや、良すぎるというか」
室内の検分を終えると屋上にも遺体があると報告され見に行く。
七人の死体がすでに白骨化しており、中央には狼煙のためのたき火の残骸があった。
「なるほど、外傷がありませんな。衣服にも乱れがない。まるで眠るように死んだとしか」
大公が死体を改める兵士たちを見ながら下や室内の攻撃を受けた死体と比べる。
ここだけ無傷が七体もいったいどうやってやったのか。
私は考えながら屋上を一周し、砦内部から西に広がる山林を眺める。
そして動く者に気づいた。
「あれは、兵士!?」
下を覗き込むと膝を抱えて座り込んだ兵士の姿がある。
私たちが連れて来た者ではない。
着ているのは砦の兵と同じだ。
生き残りという言葉が浮かんだが、ありえない。
食糧は全て残って傷んでいたのも見ているのだ。
つまり籠城する隙もなく落とされた証左であり、生き残りがいたなら消費されているはずのもの。
「武器の数を確かめろ。大公、来ていただきたい」
私は大公を呼び寄せ、膝を抱えた下の兵の存在を報せる。
そして見張りなどが持つ槍が八本転がっていたことがわかった。
どれも十字架を示すようないじましい細工が施されている。
「ここから一人落ちて、ゾンビ化しているようだ」
もう一度覗き込むと、こちらに気づいた様子で膝を抱えていた兵が腐乱した顔を上げていた。
日中の今いるのは、そこだけが日陰だからだろう。
「だ、ず、げ、で…………だず、げ、え…………」
枯れた喉で言葉を絞り出す。
ゾンビはまれに言葉を話すが、それは生前の妄執で意味はない。
死してなお助けを求めるほどの恐怖にさらされたとすれば憐れなことだ。
「聖職者を呼べ。兵をつけて下の者を解放してやれ」
「お待ちを。霧が出て来ました。今は危ない」
大公に言われて見れば、山林から這うように白い霧が音もなく現れていた。
生存者を探して北のほうの被害地域を回った時にも起きた現象だ。
怪異なる巨躯の痕跡を求めて山林へ入った時、霧が辺りを覆いレイスが群れで現れたのだ。
しかもヴァン・クールがいうように尋常ではなく強いレイスが。
私たちは備えをしていった。
それでも逃げ帰るしかなかったほどの強さ。
「もはや西の山林はレイスの巣か」
霧の合間、木々を透かして赤い光が揺れるのを見た気がする。
いや、実際いるのだろう。
赤く光る眼を持つレイスが。
「ヴァン・クールの言うとおりなら、人を助ける巨人がいるはずだが」
「こちらに報告もなく行き返りするだけの無責任な男の言葉に踊らされる必要もありますまい。検分した事実のみを持ち帰りましょう」
大公の言葉には棘がある。
以前ここにヴァン・クールが派遣された。
その時、未確認の魔物や強力なレイスと交戦し、王都へと報告を上げている。
西側の顔役をしている大公に報せず、真っ直ぐ王都へと持ち帰ったのだ。
英雄ともてはやされるが、貴族的な気回しも礼儀も知らない庶民出。
人物は決して悪くないが、致命的に礼儀知らずとして嫌われているのが実情だった。
ヴァン・クール自身が派閥を嫌って寄り付かないこともあり、そうした貴族の常識を教える人材を派遣することもできずにいる。
北の貴族は、それはそれで自身の手元で囲い込めるという魂胆があるので指摘しないまま今に至っていた。
「…………北か」
「怪異なる巨躯は帝国とお考えで?」
「いや、まだ未確認だが」
私は手の者が知らせた情報を大公に教えることにした。
そのためには声を潜めて身を寄せる。
「…………帝国の皇帝は暗殺されたらしい」
大公は目を瞠るにとどめた。
声を出そうとして堪えたのが喉の動きでわかる。
「公式の発表は病死と」
「その発表も死んでから半月経った今発表されただろう」
死因不明のまま死んだとすれば、皇帝の権威を保つために秘匿するのもわかる。
だが暗殺であったなら話は別だ。
「半月経って改めて死因を発表したのならば、つまり犯人を挙げられず捜査を打ち切ったということですか」
「それを誤魔化すため病死とそれらしい言い訳を後付けしたのだろうな」
そうする必要に迫られたのだ。
犯人不明のまま皇太子の即位に動くために。
「帝国は荒れる」
「噂に聞くとおりの皇太子であるなら、今年の侵攻はないものと思われますが?」
「いや、楽観は駄目だ。国内に強さを見せるために去年より大掛かりになることもあり得る」
私の予測に大公は渋面を作った。
不服さを消しきれず、発される言葉は苦み走っている。
「ヴァン・クールは北に戻すべきでは?」
「あぁ、私も王都に戻った時にはそう進言しようと思っていたところだ」
大公の隠しきれない腹の内には気づかないふりで、私は王都を振り返ったのだった。
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