200話:ストック・プライス
他視点
VRMMO『封印大陸』。
俺はそのゲームのプレイヤーだった。
学生時代に友人の勧めで始めて、社会人になってからも趣味の一つにしていた。
ストック・プライスは最初に作ったアバターで、ビルドも何も考えない派手で爽快なアクションを求めたゴリゴリの戦士系。
キャラクターネームはその時のニュースに流れてた株価からで意味なんてない。
本名は畑 紘翔で、こっちも今となってはもう意味がない。
昨日、いや、今朝方、プレイヤー名と本名が妙な具合に記録されて一部で畑の株と呼ばれてることを知った。
「おいおい嘘だろ…………冗談、なんてことはないよな」
畑の株なんて妙な呼び名以上の衝撃に、俺の声は震える。
もう現実感ないことなんて嫌ってほど経験したはずが、いっそかつて聞き慣れた音に情けなく動揺していた。
俺は夜明けに異音で起きていたのだ。
こんなの五十年ぶり、いや、五十年前でもこの音で起きるなんてことはなかった。
「更新情報…………」
他人には見えない電子画面に、新規の情報が更新されている。
「やっぱりここは異世界じゃなくて、何処かの電脳世界なのか?」
わからない。五十年考え、情報を集めても確たる答えはない。
ただわかるのは、俺はある日ゲームで使っていたアバターに憑依して、科学文明の発達した日本からこの世界にやって来たことだけ。
帰り道はないというし、先達もいて色々俺たち後進に残された記録もあったが、最初は話半分だった。
けれど実際この世界で死ぬ同郷の仲間たちの姿に危機感を覚えたのも、もう五十年前、過去の話。
なんの甲斐もなく五十年が過ぎ、諦めていたし、今も期待しすぎるなと理性が言う。
「だが、ここにある。情報を発信する何者かの存在が、いるんだ」
もしそれが神などと呼ばれる超常の存在であっても、俺はその正体を知りたい。
何故この世界なのか、何故俺なのか、何故こんなことをしやがったのか。
もちろんふざけた理由だったらそれ相応の報いを受けさせてやる。
チートを持っての異世界転移と言われれば確かにそうだ。
だが実情はもっと過酷で、一緒に呼ばれたエネミーとの戦いに次ぐ戦い。
生存競争が世界の存亡の危機と連動するなんて状況、望んだことはない。
「開けるぞ、開けるぞ」
俺は一人家の外に出て、自分に言い聞かせた。
室内には寝る女がいるのもあるが、じっとしていられないせいもある。
何度も深呼吸を繰り返し、俺は水分の少ない老いた指で新規情報を開いた。
現われた文字に俺の全身から汗が噴き出す。
「…………トライアル、だと?」
それはゲームにあった襲撃イベント。
大型エネミーが突然襲う危機的状況だ。
この世界には死もあれば生きる者もいる。
ゲームでの気軽さはもうとうに失われ、明確な命の危機として冷や汗が浮かぶ。
「いや、待て。なんだこれ?」
見ている文字が歪んで形を変える。
記号になって数字になってまた文字になったが、そうして現れた文字は変わっていた。
「フェスティバル? 神使が起動したのか?」
どちらにしても存亡の危機なんだがまた文字化けが起こる。
「今度はエマージェンシー。どうなってる?」
それぞれ敵が違うし行動も違う大型クエストだ。
トライアルは大型エネミーが現われ、期日内に倒せなければ街を襲うというもの。
ダンジョンボスなどがフィールドに現れるので、こちらの世界ではダンジョンが溢れるというのが近いだろう。
ボスも小型から大型色々いるが、確実なのはゲームでもこんな通知はなかったということ。
「それにフェスティバルは完全に出る場所が限定だ」
神使というエネミーは空から降ってくるか、フィールドの何処かで停止状態でおかれてた。
この世界の今までの記録では空から降って来たことはない。
ただダンジョン内部の神使も起動したことはない。
現われた時には俺たちのような転移者と一緒にだ。
つまり起動状態の神使は存在しないはずだった。
「エマージェンシーは封印された神を復活させようとする邪教徒が事件を起こすから解決しろって言う、謎解き系だし」
戦闘もあるがこっちはちょっと入り組んでいて達成期間に制限のあるクエスト程度。
今も文字は変わる。
一体どれが正解なのか。
冷静さを欠いて眺めていて俺は見落としに気づいた。
「まだ下に…………なんだこれ?」
情報はスクロールできる続きがあったようだ。
そこには更新情報の詳細が、フォントを変えて連なっていた。
「『目覚めたる新たな神に祝福を。その名はイブリーン・ティ・シィツー。大地神の気まぐれで産み落とされた、未だ信徒もおらず信仰もなき孤高の女神』」
まるでイベントの煽り文句だ。
定期的に行われるイベントは方向性こそ違えど、こうした設定を語る文章と共に告知された。
もう五十年も前に絶え、それでいながらストック・プライスとして今もなおゲームのアバターであることで残る繋がり。
今さらという思いとともに、もしかしたらという淡い期待を持ちつつ、俺は文章を読んだ。
『故に全てを眺め、全てを見定め、全てを見透かす無垢なる者。炎と氷、光と闇を抱く二律背反の神性。幼く小さな化けの皮を剥いだ者はその長大な足の下で染みとなるだろう。だが放置することは叶わない。すでに目覚めた神は轟音とともに号砲を鳴らす。封印された大地を拓くならば守り人を排除し神の領域を奪い取れ』
「…………待て、は? いや、おかしいだろ」
何度も読み直してさらに混乱する。
瞬間通知音に俺は肩を跳ね上げた。
見ればそれは電子画面に付随したチャット機能からの通知音。
すでに文字は書きこまれ、今も盛んに呼びかけられていた。
『おい! 見たか? 見たよな!?』
『見た見た! 嘘でしょ! ありえないって!』
姦しい言葉の羅列は五十年前に出会い、ともにこの世界で戦うことになった生き残りたち。
かつてはリーダーの下に四天王と呼ばれたが、今はもう俺含めて三人だけになっている。
歳をとってもこうしてチャットをする時だけは素でやり取りをする。
と言っても俺はあまり普段から取り繕ってはいないんだが。
「大地神の大陸がここにあるのか? っと」
更新情報を見る限りそう読み取れる。
というか、そうでなければ詳細不明の大地神の名は出さないだろうし、封印された大地を拓くなどとは書かれない。
同時にそれは、ゲームであった時さえ未発見の大陸が開いたことに他ならない。
『どっちかイブリーン・ティ・シィツーとかいう神の情報は?』
「知らん知らん。初めて聞いたわ。どう考えても初出だろ」
俺は仲間に答えつつ記憶を探る。
それなりに遊んでやり込んだが、それでもそんな神の名前は知らない。
新規ダンジョンや、初期から放置されて気づかれなかった情報なども見つかれば目を通していた。
ただそれも五十年の間にさび付いているところはある。
だいたいが大地神の大陸は所在不明で、滅んだ説もあったくらいだ。
風神は最初からいた。
海神はグレイオブシーのダンジョンからクエストを伝って現れている。
太陽神はプレイヤーが解放条件を見つけて到達した。
大地神の大陸はあると言われていたが誰も手掛かりなしだ。
『大地神の大陸ってあったんだね。しかも、こっちに来てるってことだよね、これ』
『ゲームのほうで見つからなかったのってまさかこっちに来てたせいとかじゃないだろ?』
わからない。
どうしてこの世界に来たのか俺たちにもわからないんだから。
「そっちも文字化けしてるか? っと」
返答は、している。
やはりフェスティバルやトライアルといった文字が現われては消えるそうだ。
俺たちは意見を交わすが、答えなんてない。
イベント云々はもちろん、まず運営がどうなってるかもわからないんだ。
少なくとも五十年経った今、ゲームが運営されているとも思えないというのが他二人の意見だった。
『ねぇ、イブって敵がいたよね』
俺は記憶にないし、もう一人も知らないと答える。
『知ってるはずだよ。南のほうの海に干潮の夜だけ現れる吸血鬼みたいな女の子の。魔法剣落とす』
エネミーの情報を出されて思い出すのは、モンサンミシェルみたいなダンジョンだ。
あそこは物理職の俺は不利であまり縁がなかったが、サブキャラで何度か攻略した。
けれどボスキャラの名前なんて覚えてなかったな。
『そういえばあそこ、解けてないギミックあるって聞いたな。なんか動かせるところあるけど適当にやっても何も起きないとか』
さらにもう一人が別の情報を出す。
もう五十年も前のことなのによく思い出すもんだ。
それだけ、以前の世界への未練なのかもしれないが。
「まさか、そこが大地神の大陸のヒントだったのか?」
答えはわからないし、今となっては検証もしようがない。
だが、俺は一つ思い当たることがあった。
この世界に来てから隠居し、もう長く暮らす家を振り返る。
そこには神聖連邦の裏の顔を請け負う女が憔悴して寝ていた。
聞いた限り未確認のダンジョンらしき場所を探索して失敗したという。
高い岩山の上に立つ立派な街だがレイスや悪魔が蔓延り人間の住人はいない。
「それが、海上砦か? モンサンミシェルみたいで、出てくるのはレイス、だったか?」
外観だけは記憶に残っているが、現れる敵までは思い出せない。
ともかく俺に助けを求めて来た女は、そこを攻略する際に成しきれずに追っ手をかけられた者の部下だと言っていた。
起こして話を聞いてもいいが、実際にボスの姿は見ていない。
話せる情報を絞り出して寝てしまったので、無理強いをすることもないだろう。
「こいつらとは共有しとくか。フルートリスのほうは神聖連邦から直接声かけられるだろうが」
俺は七徳節制が攻略に失敗したことと、そこから部下の女が運んで来た情報を書き込む。
すると海上砦のレイスならこの世界の少し強い程度では手に負えないレベルだという情報が返される。
さらに未確認の巨大な化け物という黒いドラゴンは、スカイウォームドラゴンではないかと。
レベル七十を下らないため、やはり現地の人間ではレベルが足りない。
目撃したエネミーの名前がわかるということは、あの女は俺たちも知らない神イブリーン・ティ・シィツーとか言うのを見てはいないんだろう。
「目覚めたる、新たな神…………」
煽り文句を読み返し、俺はとんでもない者を起こしてしまったのではないかという予感がしていた。
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