199話:潰すもの残すもの
白い稜線を染める静かな夜明け。
俺は湖上の城のベランダから移り行く景色を眺めていた。
東から昇る太陽は、湖の向こうの木々に広がり森にも日差しを伸ばし始める。
そこは大地神の大陸のだが、森の向こうにある山稜はこの世界の景色だ。
そして北側には白い峰の山脈がありスタファの一族という設定の白い一つ目巨人が住むのだが、今はひっそりとしている。
風が渡る音だけの静かな朝だ。
「美しいな」
「はい」
俺の隣にはスタファが佇み、朝日に煌めく銀の髪や白い肌、白いドレスを染める。
湖上の城のエリアボスに相応しい気品と、エリアボスの中でも怜悧な頭脳を持つ設定に恥じないたたずまいだ。
「…………休憩後の会議では、まず変更も踏まえて今後の計画の洗い直しを。その際にスタファのほうから全体の進捗と今後の予想されうる進展を告げ、全体の意識を纏めるように」
「はい! お任せください」
「私は少々今後について考える。お前たちの話は聞いておくが、確認を取る必要はない」
上品さよりも喜色を前面に出した少女のようなスタファに、俺は内心を悟られないよう素っ気なく告げた。
本当どうなってることやらわからないんだ。
いきなり皇帝暗殺とか言い出したところに、ティダが勇んで何処かへと消えてしまった。
ティダが動いたのは帝国だからか? レジスタンスと何か関係が?
けど暗殺者のジョブなら羊獣人が持ってるはずで、そしたらアルブムルナだよな?
(ゲームの再現しようってのはいいとして、やっぱり一番は安全だ。遊ぶには安全を確保してからこそだよな)
今のところスライムハウンドやレイス、悪魔のリポップは確認している。
海上砦のエネミーも、イブが戻ったことで正常化した。
念のため、離れてるエリアボスがいるリザードマンや魔女たち森のエネミーの様子も調べさせたが、異常はなし。
なのでダンジョンでの戦闘中にゲームにない動きをすると危ないと仮定する。
(回復アイテムは無尽蔵なんだ。その強みに物を言わせてこちらの安全を担保できるか?)
俺は考えながら会議室に向かう。
しずしずと後をついてくるスタファ。
会議室に入ると俺を見つけた立ち上がったチェルヴァが、スタファを見てすごい顔をした。
ただ振り返っても淑女然としたスタファがいるだけで何があったかはわからない。
が、なんか今、スタファの手が下に降りなかったか? 何してたんだ?
「それでは、神より進行を仰せつかったこの私が、司会進行を行います」
チェルヴァに悪戯を仕かけたらしいスタファは、ノリノリで会議を主導してくれるようだ。
俺は高い位置で肘を突いて指を組む。
そのまま真剣に考えてるふりで耳をそばだてた。
「ティダ、まずは帝国でのことについて報告をしてちょうだい」
「って言われても何も。言われたとおり皇帝暗殺しただけだし。特に難しくもなかったみたいだよ」
俺は漏れそうになる声を押さえつける。
本当に一国の首脳を暗殺したらしい。
ここからどうするのかまったく予想がつかないんだが、纏める人間殺してどうしようってんだ?
「だーかーらー、お前は仕事早いけどもっと考えろよ。軍師さま!」
アルブムルナが声を上げると、チェルヴァも頷く。
「皇帝の暗殺なんて手段でしてよ。問題はその後の人間の動き。我が君が望まれたとおりのものであったかという報告ではないの」
「えぇ、そこはアルブムルナが事前に懸念をしていたから、こちらで見張りの要員を別に用意してあるわ」
スタファがすでに手回しをしていたそうで、魔女が一人書類を渡す。
「当初は王国に隙を作って侵攻推進派が前に出るよう撒き餌をしていたわ。その間にレジスタンスを送り込んで帝国内を騒がせる。この時に肝要なのは逃げ続けること。そして他の反抗勢力と繋ぎを取ること」
少しくらい国内に問題があっても、目の前に侵攻してくれと言わんばかりに継承争いで内ゲバをする王国がある。
レジスタンスを甘く見ている内に実績を作り、勢力を拡大して帝国内部で成長するという段取りだったそうだ。
何やらすでに俺が思ってたより大ごとに、いや、レジスタンスは目で見たからまぁ、理解はできる。
「そして神が自ら赴かれて、第四王子といういい騒乱の種をご用意してくださったわ。これも今回の変更に良く効いているようよ」
あれはなんかいたから捕まえたっていうか、反応見るとかそう言う話じゃないようだ。
今回って、皇帝暗殺になんの関係があるんだ?
「継承争い上位の第四王子が失態を犯し傾いた中、第九王子も排除の的。ここから出し抜こうとより争いは激化。皇太子から第三王子までは軽挙に出ませんでしたが、浮足立った陣営から潰していく予定でしたね。レジスタンスで引き出すもよし、王国を狙って勇み足をした者から刈り取るも良し」
ネフが不穏に首を叩く姿にスタファは頷いた。
「皇帝の突然の死に各派閥は己の擁する王子を守ることに動いているわ。これで皇太子が皇帝に立っても求心力のなさからよりレジスタンスの跳梁は野放し。いつでも廃せる段階まで持って行くのが今後の目標よ」
へー、そうだったのかー。
俺も初耳なんだからティダは俺をキラキラした目で見ないでくれ。
そんなこと考えてないから。
「帝国はすでに皇帝を殺して足を折ったも同じでしょう。警戒すべきは英雄じゃない。そちらの対処はレジスタンス? それとも新たに誰かに任せるの?」
「そちらは泳がせるわ、イブ。生き残りは三人で隠居状態。ところが教会勢力は英雄を頼った。他にもプレイヤーがいるならこれから連絡が回るはずよ」
なるほど、あぶり出しか。
俺が懸念したように神聖連邦が抱え込んでいたらわかるだろう。
「在野は調べても三人。まとまっているとしたら神聖連邦だけれど、そんな話も聞かないし、いても百人揃うかどうかではなくて?」
「ひいてはプレイヤーが頼るに値する戦力の所在を明らかにするためよ」
疑問を上げるチェルヴァにスタファが答える。
途端にティダが手を打った。
「そうか、レジスタンス活動させても見つからなかったし、帝国は望み薄。一番広い国にいないんじゃ、そう大きな勢力にはならないよね」
「神聖連邦と言えば、ルピアが言ってた諜報機関だかなんだかは? 暗殺もするとかいう。単体で乗り込んで気づかれずに神の下まで、なんてことされても困るぞ」
アルブムルナが危ぶむと、チェルヴァは一度俺に笑みを向ける。
「トーマス・クペスとして派手に動いても接近する者はなし。金級探索者という知名度のある者の側で以前の世界に由来するアイテムを消費してもそれらしい者は現れず。極めつけは帝国まで出向かれて囮になってもなお現れなかったではないの。諜報機関と言っても結局は人間。動ける範囲と情報を伝達するには時間を要する証左でしてよ」
脅威ではないというチェルヴァにアルブムルナも納得した。
あのペストマスクも別にそんな意図じゃなかったんだけどな…………。
「それに神は他の国々にも手を入れていますね。我々が競うことを止めなかったのも、こうして選別を行うことを視野に入れておられたからでしょう」
ネフがとんでもない所に話を持ってきた。
前にNPCが競争して国を落とすみたいなことをいってたあれか。
「安全に配慮するならばだ。それにまだほかにも動いている国があるだろう。軽挙は慎め」
「王国よね。結局あの王国の探索者は教会勢力の囮ということでいいの?」
イブは思い出した様子で不満げに唇をすぼめた。
「そうでしょうね。彭娘も動きを把握できなかったわ。そして節制というグループであることから、あれが諜報機関であった可能性も考慮しなければいけないのだけれど、ネクロマンサーで引きだせた情報が断片的過ぎて、断定ができないのよね。霊となってエネミー化する者が多すぎるわ。もっと心静かに死ねないのかしら?」
スタファがいうには、新ダンジョンの情報入手が目的で紛れ込み、あの不良金級探索者を勝たせるつもりが上手くいかずイブの誘拐に変更。
断片的に得られた情報からイブはプレイヤーの下へ連れていかれるところだった。
目的は不明だが、もしかしたら強敵と遭遇したらプレイヤーが倒すような約束事でもあったのかもしれない。
倒したらドロップやレアアイテムが出るのだから、プレイヤーとしては機会があるなら応じるだろう。
(だからってボス誘拐はない。そこはゲームのセオリー知らないこの世界の人間だから起きた蛮行か?)
八十代の割に元気らしい異界の英雄は、それでも白髪の老人に違いない。
長距離移動できないとか体にがたが来てたのかもしれない。
「そう、彭娘。スタファ、あなた大神がお出向きの間に指示を出したそうね。そちらはどうなの?」
チェルヴァはちょっと睨むようにして話を振った。
どうやら俺がイブを捜しに行ってる間に動いていたようだ。
スタファは笑顔で応じる。
「早くに動いたおかげで狙いどおりよ。継承争いをする第一王子と第三王子が揃って王国西への救援に出兵を志願。ダンジョンを溢れさせたかもしれない失態を犯した第三王子よりも、長子として安定する第一王子がこちらへ兵を連れて来るわ」
それ、大丈夫か?
「これにより第一王子は王都を離れ、西で功を上げても平定はできず戻れないまま、かつての兄の血筋、大公家へ詫びのために養子入り。そして王都に残った第三王子が皇太子に」
「それは、結局第三王子が丸儲けという話? 利用されたとはいえ無礼を働いた者が?」
ますます不満を募らせるイブに、スタファの唇が弧を描いた。
「ふふ、王国はこれから神に試され選別されるのよ。何より乱れた帝国が、王国を放っておくはずもないでしょう」
「つまり第三王子ごと王国潰して、大公家を残し人間たちのなかから実力者を捜すよすがにするわけか」
アルブムルナの言葉でわかったことは、生き残らせるのは第一王子だということ。
どうしてそうなるのかよくわからんが、順調ならいいか。
ただそれで済まない者がいる。
「王国の探索者として海上砦に現れたのよ。だったらその始末、私にも関わる権利があるわよね」
スタファが否定しないと見て、イブは俺を見上げた。
「父たる神よ、神性イブリーン・ティ・シィツーの力を知らしめる機会を!」
イブがそう言った途端、通知を告げる電子音が聞こえた。
驚きと同時に、意識するだけでコンソールが開き、そこには未読情報を告げるNewの文字が浮かぶ。
「…………は?」
それは運営からのお知らせを告げる音と文字だった。
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