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198話:ライアル・モンテスタス・ピエント

他視点

 深夜ふと目が覚めた。

 すでに火は落としてあり灯りはないが、締め方の甘かったカーテンから月光が差していた。

 俺は肌に触れるベッドのやわらかさに目を細める。


 元孤児とはいえ、今となっては臭く湿った硬い地面にどうやって寝ていたか思い出せない。

 垢じみた衣服の不快感にどうやって耐えていたのだったか。


 いや、今さらだ。

 昔には戻らないのだから思い出すだけ無駄なのだ。


「埒もない」


 目が覚めたのは何故か、ただの疲れからとも思えず身を起こす。


 今日は予想外に忙しい一日だった。

 というのも王国との国境で騒ぎがあったというので情報収集に時間を使ったのだ。


 こういう時、俺の側近の少なさに困る。

 それでも最近ドワーフの美術品を手に入れたことで、近づく者が多くなり情報も入るようにはなった。

 また上の王子たちがごたごたしているお蔭で、勢力図に変動があったことも一因だろう。

 第九王子の盗賊退治に触発されて第四王子が反抗勢力討伐に出向いたが、その結果が人質となっての恥さらし。

 しかも反抗勢力には悠々逃げられたというのだから、勢力図も変わろうというもの。


「…………いや、なんだ? 胸騒ぎがする」


 孤児の頃は嫌な予感がすれば息をひそめて隠れられる場所を探した。


「そう言えば、あの時もこんな落ち着かなさだったような」


 本物のライアルが死んだ時だ。

 胸騒ぎがして調べたら死んでいた。

 そしてライアルの救助が現われ俺は咄嗟に成り代わったんだ。


 昔の性で息をひそめると同時に、ベッドの端に寄って何かあれば対応できるようにする。


「ライアル、さま」


 瞬間、か細い声が外からかけられた。

 それは一番の側近のキリクのもののようだ。


「どうした? 何かあったのか?」


 つい素に近い言葉で返し、俺は寝ぼけた頭を振って柔和で無害な第十三王子の仮面を被る。


 ただ俺が答えるとすぐさま寝室のドアが開いた。

 第十三王子の親類でもあるキリクには寝室の鍵を持たせていたから不思議はない。


「キリク? どうしたというんだい?」


 こんな無礼は初めてだ。

 寝台からドアを見ると、そこには真っ白な顔が闇に浮かぶようにあった。

 見慣れた顔が今まで見たこともない表情で立っている。


「で、殿下…………」


 キリクがよろめきながら寝台へやって来た。

 まるで助けを求めるように手が宙を掻く。


「本当に何が…………血? 血の臭いがする。キリク、怪我をしたのか?」


 王子に成り代わって嗅ぐことのなかった臭いだ。

 それでも孤児の時には自分の血も他人の血も嗅ぎ慣れていたことが思い出される。


「キリクどのは無傷ですよ、殿下」


 第三者の声がして、俺はようやく存在に気づく。

 キリクに目を奪われていたため、陰に隠れるようにしてドアに佇むもう一人を見逃した。


「ヴィリー…………? なぜ、ここに? ここは、城だ…………」


 それはギフト持ちのドワーフとして会った男の声だ。

 目つきが鋭い割りに腰は低く、肌は浅黒いが日の光が苦手だという。


 その存在を見落とした一因は黒さもあるだろう。

 灯りと言えばキリクがやって来た控えの間に点された蝋燭くらい。

 そんなもので闇は見通せない。

 その見通せない闇に溶け込むように、ヴィリーは佇んでいた。


 けれど俺にはヴィリーが何処にいるか見えるようにわかった。

 何故ならキリクが近くに来たことで、血の臭いを放つのがヴィリーであるとわかったからだ。


「あぁ、もちろん私も怪我などはございませんよ」

「で、では、いったい誰の? 何故、そんなに臭うほど血塗れなんだ?」


 ようやく寝台に辿り着いたキリクは腰を抜かすように座り込む。

 そっちは無害だとわかる脱力具合のため、俺はヴィリーに警戒を向けた。


「どうやって城へ入った? 私の権限でも夜中に城への通行を許すことはできない」


 俺に仕えて部屋を与えてあるキリクがいるのはいい、だがヴィリーはおかしい。

 気に入っていると言って日の光の入らない家に今も住み続けているのだ。

 つまりこの時間に城の外からやってきたはずだが、門は開いておらず鍵もかかっておりで不寝番も存在する。

 さらに言えばここは皇帝の親族が住まう奥まった区画。

 出入りが許された貴族出もやすやすとは足を踏み入れられない場所なのだ。


「今まで、一度もヴィリーは城に来なかったじゃないか。他のドワーフと会うのが嫌だと言っていた、だろう?」


 俺は探りつつ言葉を続ける。

 ヴィリーは話の端々から自信のなさと族内で地位が低かった背景が透けて見えていた。

 だから今まで他のドワーフを避けることを不自然には思わなかった。


 ヴィリーは病弱で一族の仕事ができないというのだ。

 ヴィリーを介して手に入れられたドワーフの素晴らしい技術の結晶は自ら作ったものではないとも言っている。

 ドワーフとして矜持か何かだと思っていたし、ともかくヴィリーは俺がほめたたえることに慣れない様子でいたのだ。

 あれに嘘はないが、今の落ち着いたヴィリーの様子は尋常ではない。


「闇に紛れるのは我が一族のお家芸なので」


 普段と変わらない声。

 けれど隠しようもない血の臭いを纏った声だ。


 そして怪我はないといっている。

 だったらそれは、誰の血だ?


 利用していたつもりが得体のしれない化け物を側に置いていたとでも言うのだろうか。


「一族? ドワーフは、闇に紛れるのか?」


 興味はないけれど何故か時間を稼がなければという思いから口が動いた。


「いいえ。ドワーフなど、火を司る太陽神を仰ぐ愚か者にはできますまい」


 ヴィリーの言葉には確かな敵意があり、今までは隠していたことが窺えた。

 けれど今それをはっきりと示すのは何故だ。


 同時に初めて言葉を交わした時と同じ思いが胸に湧く。

 ヴィリーはヤバい。

 誰かの血にまみれても全く動揺もなければ興奮もない、命に無頓着だなどというのは異常だ。

 そんな奴が確かに敵意という感情は持っているなんて、いつその矛先がこちらに向くか恐怖でしかない。


 今俺は友好的に相対しているが、敵意がこちらに向けばヴィリーを染める血の一部になるだろうことは想像できた。


「何か、ドワーフと諍いがあったのか? 理由を、話してくれれば、君をどうにか、ここから安全に、逃がすことも考えよう」

「おぉ、お優しい殿下。慈悲深き我らの神が選ばれたお方はやはり他とは違いますな」


 ヴィリーは病弱で家からあまり出なかったという。

 その分こちらの裏を読むようなことはなく額面通りでやりやすい。

 今も逃がすとは言ったがこちらが、安全を確保するための方便でしかないことに気づかないようだ。


 ただ扱いやすいと思っていたのが間違いだったことを、薄まることのない血の臭いが教える。


「お喜びなさい、殿下。神は数いる帝国の王子の中であなたを選ばれた。皇帝亡き今、愚かな王子は我先にとからの玉座に群がるでしょう。そこがすでにガラクタと化すよう神に定められたとも知らず。選ばれたあなたは自らの玉座を神によって与えられるのです」


 何を言っているかわからない。

 いや、わかりたくない。


 だが聞いてしまった、想像してしまった。

 皇帝亡き今とは、つまり…………。

 血塗れのヴィリーの理由は、つまり…………。


「こ、皇帝を…………暗殺したのか? どうして、そんな…………」

「神がそう望まれたから」


 いっそ静かで揺るがない声のヴィリーには疑問も迷いもない。


「神…………?」

「あなた方の神とは違います。確かにおられ、我々の上に君臨する大地神でございます。その方が帝国に居を置く者により不快を強いられたため、帝国の主たる皇帝に責任を取らせることに決めたのです」


 何を言っているのか…………いや、国境で騒ぎがあった。

 あれは魔物の襲撃で異常な数だったらしいが、それが帝国の者のせい?


 そして帝国の玉座がガラクタとはどういうことだ。

 いや、ガラクタと化すようにと誰かが画策する?

 それはつまり帝国の瓦解を狙う何者かがヴィリーの裏にいるのか。

 馬鹿げた話だが、それは指摘できない。

 したところで意味はないし、臭う血の量から、すでに皇帝は亡いのだ。


 今考えるべきは、そう、俺には新たな玉座が与えられるという点だ。

 ふざけるな、そんな危ないものに座れるか。

 王子から選んだ? つまりは他にも候補がいたということだろう?

 だったらそっちに回せばいい。


「わた、いや…………俺は…………」


 今までは皇帝を目指すのも吝かではなかった。

 上が相争って自滅すれば喜んで玉座に座りに行くほどに。


 けれどヴィリーはその玉座に座っていた皇帝を、数々の守りを抜いて暗殺したのだ。

 安穏とした贅沢な暮らしこそが俺が望む理由であって、そんな危険な的に座りたくはない。

 そんなところに座らされるくらいなら、いっそ出自を明かして逃げの手を打つ。


 俺は短い間に熱が出そうなほど考え、危機を回避する選択をしようとした。

 すると膝を痛いくらい掴まれる。

 見ればキリクが白い顔で必死の形相のまま一言呟くように告げた。


「価値がない」


 それは警告、そして告白だった。

 王子であるからヴィリーは俺に友好的なのであり、保身で王子の身分を手放しても意味はない。

 今俺が違うと言えば、王子でない者となり殺されるだけ。

 だからこの言い訳に価値はないという警告。


 同時に俺の出自を知っている、いや、王子ではないと知っているからこそでたキリクの言葉。


「…………キリク、お前…………」

「そう、人間が争い合うことには価値がない! 神は人間を選別し己に価値ある者だけを残すことを決められた。喜ぶべきです、選ばれた誉を!」


 ヴィリーの嬉しげな声は動きと共に血の臭いを纏って俺にまで届いた。

 あまりにも昨日までと違う不穏な状況に夢を錯覚する。


 だというのに、逃がさないと言わんばかりに膝を握るキリクの痛みだけが現実だと告げていた。


隔日更新

次回:潰すもの残すもの

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ、121話ではキリクは入れ替わりについて知らない旨の独白があったけど、今回は知ってる様な描写に成ってませんか? それとも「出自を知る」のと「入れ替わりの事実」は別の事なのでしょうか。
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