20話:徳の高さ
突如現れたレイスが俺の一言で消えると、ヴァン・クールが握っていた剣の柄を放して俺を振り返った。
「助かった。どうやら我々はあなた方の聖職者としての当たり前の仕事を邪魔していたようだ」
「えぇ、お分かりいただけて良かった」
もうなんか勝手に喋るネフは放っておいたほうがいいのか?
「あんなはっきりした姿で現れるレイスなど初めてだぜ」
「お前たちはわからないだろうが、すごい魔力だった」
ヴァン・クールの部下たちが、大きく息を吐いて言い合う。
(どうやらこの世界にもレイスはいる。ただしそれこそ幽霊のように薄いものって認識か?)
ゲームで見えるかどうかのエネミーなんてただのバグだ。
どんなに弱くてもレイスははっきりくっきりが俺としては当たり前だった。
(ただ魔力と言ったあの魔法使いはどういうことだ? 数値を言わないし、ステータスが見えるわけではないようだ。ならば本当に感じたままなのか? 魔法使いは魔力とやらを感じる? それはMPだろうか?)
異世界だけあって俺の疑問は尽きない。
「ただ一言で浄化をしてしまうとは。よほど徳の高い司祭なのだな、ダイチどの」
「いえ、単に世俗から離れて長いだけですよ」
ヴァン・クールのいう徳ってなんだろうな。
残念ながら生まれてこの方欲塗れた思考しかしてないしてないと思う。
神だなんだと言われても、結局のところ俺はただの人間だ。
(しかし適当に話し合わせてみてるけど大丈夫か? っていうかこういう時こそお前だろ、宣教師!)
ネフはこういう時には何も言わない。
誰だよこんな設定にした奴。
俺だけど、俺だけじゃないから困る。
いや、今は目の前のことに集中しないと。
考えること多すぎるし、不確定要素が多すぎて何に注目すればいいのかもわからん。
どうやらグランドレイスの魔法職的知性の高さは、悲しいかな俺には適用されないようだ。
あのレイスについてもそうだ。
あの程度であれだけ騒ぎになるんだったら警戒の必要はないと思える。
ただそう結論付けるにはほんの一例で、単に相性悪くて及び腰だった可能性もある。
結局は結論の出ない考えしか浮かばない。
「念のため索敵を行いましょう」
魔法使いがそう言って腕を広げる。
(やっぱり杖を装備してるな。けどあまりいい物じゃなさそうだ。ただの木の棒にも見えるし、能力向上させる装備もしてそうにないし)
ちょうどいい機会なので眺めていると、魔法使いたちはぶつぶつと呪文を唱えながら円形に移動した。
そして魔法使いの握る杖から扇状に光が放たれ、光は減衰しながら霧の向こうへ広がる。
前方のみに広がるのは見たことのないエフェクト。
やはりゲームのスキルとは違うようだ。
「今のところは…………む!? 急速接近! 危険度DからB!」
突然魔法使いが叫んだ。
すると仲間内から怒鳴り声が返る。
「なんだその幅!?」
「たぶん二体いる!」
魔法使いが危機感も露わに叫び返すと、ヴァン・クールたちは警戒を強めた。
その間に、俺にも足音が聞こえる。
土を打つ重い蹄の音は、ゲームでも敵の接近を報せるギミックとして設定されていた物に似てる。
(足音や鳴き声で何系のエネミーが迫ってるかわかるんだよな。狩人なんかだと音が聞こえるの早かったり)
そう、エネミーの接近だ。
けどその中でこれは俺にも覚えがあるから余裕でいられた。
(蹄だから騎乗系のエネミーで、大地神の大陸だと該当エネミーは一体だけで…………うん? なんでその足音がここでするんだ?)
俺は根本的な問題に気づいて声を上げてしまう。
「どうしてドラゴンホースの足音が!?」
「なんだと!? ダイチどのそれは本当か!? ここに伝説の魔獣が!?」
ヴァン・クールの声に、俺は耳を疑った。
(伝説ってなんだ!? ゲームだとメジャーな騎獣だぞ? 大地神の大陸では家畜化されてるし、ヴェノスたち騎士のジョブはみんな乗ってるし)
俺が唖然としているのも気づいていないのか、ネフが意味ありげに呟く。
「来ましたね」
ネフが指差す方向から、霧を裂いて竜の顔を持つ馬のような体のエネミーが駆け出した。
人間を見下ろす体躯と走ることに特化した筋肉の盛り上がった肢体。
なのに背中にはドラゴンを思わせる皮膜の羽根が生え、尾は鱗に覆われて太く長い。
まだ距離はあるが、やっぱりドラゴンホースのようだ。
ゲームで高原走ってる時、遠景に飛んでたんだよな。
ドラゴンホースは上空からの影がプレイヤーの視覚範囲に来ると、接敵と判定して上から襲ってくる面倒な敵だった。
時間が惜しい中では、高価なアイテムでも使い捨ててドラゴンホースを避けたものだ。
「隊列を整えろ! 触れれば命はないと思え!」
ヴァン・クールが今までにない緊張の声を上げる。
レイス相手より攻撃姿勢なのはわかる。
普通にレベル上だし。
ただ、ヴァン・クールの声の後に埒がいな声が聞こえた。
「待って待って待って! 本当待って! そっちはまずい!」
ドラゴンホースの足音に紛れて、何か声がした。
よく見るとドラゴンホースのしっぽにしがみつく小柄な人影がある。
「おや、獣人ですね」
「何!? 何故ここに獣人が!」
「ひぃ!? お許しを!」
ネフの声にヴァン・クールが敵意も露わに言うと、獣人は竦み上がる。
羊の角を生やした下半身に蹄のある足を持つ獣人だが、その目はネフを見ていた。
(そう言えばこの羊獣人って高原の町にいるんだったな。で、ネフは高原の教会のエリアボスだ)
広い高原の中でも随一の弱さを誇る羊獣人は、強かな魔女より下位の存在として大地神の大陸に住むモブ種族に設定されている。
下手に人間に擬態しているエネミーより善良で攻略ヒントをくれる存在であり、ドラゴンホースを家畜として飼っていた。
「そう言えば家畜の脱走というのがあったな」
これも日の目を見ることのなかった設定だが、初めて羊獣人の町に行く者に起こるイベントだ。
そんな俺の一言にネフが前に出た。
(お、さすがにエリアボスとして責任取るか? …………いや、待てその胸に上げた手には指輪どうする気だ!?)
俺たちとドラゴンホースのちょうど中間に禍々しい黒い人物が現われた。
形は人間に似ているが、顔さえ黒くざらついた皮膚に覆われ口以外にない。
水掻きのついた鉤爪を思わせる鋭い手があり、開いた口には牙が並んでいる。
あれはレベル七十のアークデーモン。
イブの受け持つ海上砦に出て来るレアだ!
「当たりです」
「ちょっと黙れ」
俺は何処か誇らしげなネフに短く命じる。
(んなの出してどうするんだよ!? ただでさえカオスがさらに混乱してんじゃないか!)
突然のアークデーモンにヴァン・クールたちは指示を伝達することに忙しく、ドラゴンホースも強敵の出現にあらぶってる。
そんな中甲高い羊獣人の悲鳴もうるさい。
そしてアークデーモンはドラゴンホースを敵と認識したようだ。
「今の内に離脱だ!」
どうやらヴァン・クールたちは撤退を決めたようだ。
(つまり戦っても勝てないだと? レベル七十程度で? レアだが悪魔の爪という素材を必ず一つは落とすのにもったいない)
そんなことを考えた次の瞬間、上から霧を割って風が吹きつけた。
いや、頭上から振る巨大質量に空気が押し潰され圧となって吹きつけたのだ。
「あぁぁああぁぁあああ!?」
悲痛な羊獣人の悲鳴がこだまする。
それは灰みのある白い巨大な手の中から。
はみ出た黒い鉤爪や、鱗の生えた馬の足で獣人もろともアークデーモンとドラゴンホースも捕まったのがわかる。
白い巨人の腕が無造作に持ち上げられ霧が渦巻く。
そして逆巻く風の音を残して、霧の向こうへと消えて行った。
「あれ、は…………」
ヴァン・クールが茫然と声を絞り出すように呟く。
(あれ、スタファだな…………)
本性が白い巨人なのだが、本性に戻るのは嫌いなはずだ。
「霧で見えないからか?」
これはこの混乱した状況をどうにかするために手を貸したと思ってもいいのだろうか?
「どうやら神のご加護を授かったようですね」
お前はなんで一人だけ平然としてんだよ、ネフ。
半分、いや大部分お前のせいだろ。
「あ、あぁ…………本物の巨人なんて、初めて、見た」
この世界に巨人はいるがそう見るものではないらしい。
ヴァン・クールがこちらを見て、平然としている様子に苦笑いを浮かべた。
「また助けられたようだ」
「私は何もしていませんよ」
これ、部下ってばれたかな?
「あなた方に出会ったからこそ異教徒の我らも加護を授かったのだろう」
「…………そういうことでいいでしょう」
よくわからんが。
どうもヴァン・クールは完全にこちらを信頼したようだ。
助けられたと思ってるのが強いのか?
だとしたら人外のNPCも人助けすれば好印象で受け入れられるかもしれないな。
「霧の理由もわかった。そして巨人が動いているとなれば奥地の魔物も出て来るか」
ヴァン・クールが独り言のようにそう言った。
なんか勝手に納得してくれたならそのままにしとこう。
「ダイチどの、厚かましいとは思うが加護ついでに一つ頼みがある」
「微力ながらお手伝いできることであれば」
難題でなければいいさ。
ここで好感を買っておくのもいいだろう。
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