2話:NPCに召喚されました
真っ暗だ。
これはゴーグルに受信する情報がなくなったからか?
ホーム画面にも戻らないのは、時間と共に強制的にVRの回線切られたせいか?
ヘッドホンしてることもあって音もしないみたいだ。
大陸復活のBGMも称号もなかったからきっと間に合わなかったんだろう。
最後まで締まらねぇな。
仕事仕事で生活蔑ろで彼女もなく、家族とも疎遠で、最後に賭けた我儘も不発とは。
「…………失敗か」
呟いた瞬間、静寂しかなかったはずの周囲に歓声が上がった。
慌ててゴーグルを外そうとしたら手が空ぶる。
「おぉ、神よ!」
意味の分からない歓声が大きくうねるように一つの言葉を結んだ。
(いや、待てどういうことだ? 目、目? 開いて…………あ、ぼんやり見えて来た)
俺の目の前に広がるのは、巨大な柱が立ち並ぶ広い空間。
高い天井からはシャンデリアが輝き、光を反射するのは建材に使われてる宝石?
「ここは…………?」
宝石で、できた城なんてあり得るだろうか。
(いや待てよ。宝石の城って、あれ、ここって…………)
俺が混乱していると騒いでた者たちが鎮まる。
見れば白いドレスを纏った淑女が両腕を掲げて鎮めてた。
「我らが大神、御身をお呼び立ていたしました不敬、如何様にも処罰を賜る所存にございます」
白い髪に白い肌、白いドレスには拘束具のような鎖の装飾を纏った美女が、俺に向かって謝罪する。
「…………スタファ?」
呼びかけると美女が頬を染めて満面の笑みで顔を上げた。
「はい! 大神にお仕えする司祭、スタファ・アルゲンキヌ・アルスカリここに!」
スタファは白く長い杖を抱えるようにして持つと、そのまままた跪く。
その動きにラグはなく、本物そっくりな質感もある。
黙って見下ろしても呼吸で微かに動く体は画像の作り込みではない。
(いや、おかしいだろ。だってスタファはさっきまでやってたゲームのキャラクターだ。しかも俺、こいつがいるはずの城、見向きもせず来たんだぞ?)
森を抜けた先にある、曰くありげな湖上の城。
その中でこのスタファはプレイヤーを待ち受けるエリアボスだった。
「何が…………? ここは宝石城ゲンマのはずだ。スタファがいたのは湖城で」
「あぁ、神よ。お許し下さい。御身に与えられし役目を果たしもせず、復活にこれほどの時をかけ」
「待て待て待て。ちょっと待て」
俺が命じた途端、スタファはすぐに口を閉じる。
(けど本当待って。よく見るとスタファの近くにいるのもさっきまでクリアしようとしてた封印大陸のエリアボスじゃん)
…………うん、さっきから聞き流してたけどさ『神』とか『大神』とか俺に向かって言ってるよな。
そしてゲームの設定として、神に仕えるエネミーは常に大陸と一緒に封印された自分たちの神を復活させようとしてるってのがある。
「呼び出すとは、どういう意味、だ?」
これ、普通に喋ったらまずいよな?
声かけるだけでスタファキラキラした目を向けて来てるし、これ完全に、うん。
そんな肉感的な美女の好意隠さない視線とか初めてなんですけど?
その好意裏切った時に叩きつけられる侮蔑が怖いんですけど?
「覚えておいででしょうか? 大神はかの欲深き風神により大陸と共に封印されてしまいました。わたくしどもも神の領地を守るべく戦っていたのですが、かの神を撃退するに至らず」
「あぁ、端的でいい」
なんかそういう設定あったなってのはわかる。
けど今はそれ聞いてる場合じゃない。
俺はなんで、どうしてここにいる?
それが知りたいんだ。
「私どもではその力を恐れられ引き裂かれ、封印された大神を一つ所に集めること適わず。そうであるなら古式にのっとり、御身の招来を求める儀式をば、と」
「あぁ、そういうのあったな、あ、うむ。なるほど」
く、口調ってこれでいいのか?
いや、それよりも今は現状の確認だ。
つまりこれはゲーム設定どおり大地神の崇拝者が神復活の儀式を行ったという話か。
そして復活のために召喚したらしいけど、そこにいるのは大地神じゃなくて設定作った俺で…………
(え、何この状況? 駄目だ、真面目に考えてみたけど拒否感が拭えない)
リアル? ガチ?
ありえないだろって言いたいけど、目の前で動いて喋ってるスタファは生きてるようにしか見えない。
俺はゲームがリアルだと誤認する夢でも見てるのか?
「…………おれ、いや、私は今、どのように見える?」
もしこれがゲーム設定ならこの質問はおかしくないはずだ。
そしてちょっと気づいてた。
視点が高い。
設定イラストではヒール履いてたはずのスタファが膝より下にいるんだよな。
「恐れながら、広く天を満たす夜空の如き遠大なるお姿でありますれば。わたくしの言葉では御身を表すことは。あぁ、至らぬこの身をお許しください」
「そこまでは。姿、すがた…………どんなだった?」
十年前、俺はこのゲームの設定を作った。
ただ覚えてるのは幾つもの原案で、その作成は十年より前からだから、記憶が曖昧だ。
(どれ採用だったっけ? 切られてから嫌になって設定見直すなんかもしてないし。あー、千の姿を持つとかいらない設定浮かぶ。その内のどれがボス戦用に採用されたか思い出したいんだよ!)
確か精神系が一律効く、つまり物理的な肉体じゃない。
で、これは神共通の特徴だから姿形の問題じゃなくて、それでもプログラム上は設定があって、種族なんかも仮称で…………。
「…………そうだ、レイス。グランド・レイスだ」
そう言った途端体に変化があるのが感じられた。
少し縮んで驚いて動くと手の感覚が蘇る。
(これはゲーム設定には絶対にない変化だ)
ゲームのエネミーでも良くいる雑魚アンデッド、レイス。
一定距離に近づかなければ見えず、遠距離から魔法攻撃を撃って来る難敵。
とは言え近づけば装甲は紙で、物理攻撃もなく倒すのに苦労はしない。
フィールドの平均Lv.に合わせて強さは変動するものの、中堅プレイヤーからすればわざわざ倒す労力さえ惜しまれるほどの雑魚だった。
(ただし『封印大陸』の中、ただ一体レイスと名付けられていながら決して雑魚とは言えないエネミーがいるんだよ)
それが大地神のボス戦採用された種族グランドレイス。
物理無効、魔法無効、物理攻撃はほどほど、魔法を放てばレベルマしてるプレイヤーも不可避にして即死という極悪仕様だ。
「なるほど夜空、いや宇宙か」
グランドレイスとしてのデザインは宇宙だった。
手を見れば手の形をした宇宙がある。
黒雲のようなフードを紫電が飾り、白く清らかな霧がベールのようにかかり、オーロラのような帯を巻くイラストだった。
初見殺し、死にゲーをコンセプトにした大地神の大陸のラスボスに相応しい無情。
そして一目でわかる人外。
(あー、俺人間やめてるわ。そしてこれもうゲームじゃない)
初見殺しのために三段階変形のエネミーとかいたけど、この神にそんな能力はない。
条件を満たさないと出てこないくせに、出てきたら変形とか何もなく普通に勝てるかっていう性能をしてた。
ゲームじゃないからって、これを本当のこととは受け入れられない。
あまりに突飛すぎて正直頭ついていってない。
「発言をお許しいただけますか、愛しきお方」
考え込む俺に声をかけたのは、紺色の髪から横に大きく張り出すヘラジカの角を生やした美女。
スタファに比べてスレンダーで、オレンジから色を変える朝焼け色のきわどい露出のドレスを着ている。
(覚、えて、るよ。うん、覚えてる。覚えてるけど…………名前なんだっけ?)
俺は率直に聞くのもはばかられて、答え方を迷う。
「…………ここはお前たちの城だ。私の許しを得る必要はない」
あー、ゲーム上でどんな風に喋るテキストついてたっけ?
いや、喋ってたか?
(キャラクターの設定は関わるの俺だけじゃないし、最終決定も俺じゃないからな)
ただ設定上、この宝石の城ゲンマはヘラジカの角の生えた神の住まう城だ。
大地神の庇護下にある神々で、基本エルフ耳が特徴。
このヘラジカの角の美女は代表扱いだから他より目立つシンボルとして角ついてるけど。
設定では確か人間嫌いで気位が高く、興味もないからプレイヤーを見つければ即座に最大戦力を叩きつけて殺すエリアボス。
うん、俺が大地神じゃなく人間だとばれたら一番ヤバい奴かもしれない。
「はぁん! このチェルヴァ、君のお声をいつぶりに聞きましたことか。君はいつでも我らに慈愛を垂れてくださる」
突然の嬌声にちょっとビビる。
(けど、なんか、この姿してたら大丈夫か?)
人間嫌い設定のチェルヴァは、頬を上気させて身をくねらせて喜んでた。
一日二回更新
次回:神を装う