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195話:ヴァン・クール

他視点

 早朝王都を出た俺だが、同日の昼には出戻ることになった。


「ヴァン・クールは途中で急報を携えた兵に会ったとのことですが」


 俺の齎した第一報を聞いた貴族はすぐに陛下へ報告。

 そして会議が開かれ、経緯が一から集まった貴族に周知される。


 俺が出会ったのは西から逃げて来たという兵で、その兵は逃げて来たという南の難民から話を聞いたという。

 難民のいた共和国との国境近い砦がレイスの集団に襲われ逃げた。

 逃げた先の町も救援を求める狼煙が上がっていたことを確認したが、難民が逃げ込んだ時にはすでに狼煙は途絶えていたそうだ。


「兵は南での異変に加え、西に怪異なる巨躯を見て王都へ報せに走る途中でした」


 ノーライフファクトリーというダンジョンを目指していた俺たちは、急がない行程で馬も元気だった。

 比べて報せの兵の馬は休みなく走らされ、動かなくなる寸前。

 そのため俺は状況を重く見て、報せの兵より先に王都に戻って報告を上げたのだ。


「また適当な理由をつけて戻っただけでは?」


 陛下を前に集められた貴族の内からそんな声が聞こえた。


 以前は西で巨人の活動を報せて戻っている。

 そこに来てまた西で巨大な存在を見たと戻った。

 確かに共通点はあるが、だからこそ異変が深刻だと思えないのか。


「いや、狼煙が上がっている報告がある。異変があったことは確かだ」


 さすがに防衛に関わる貴族は別口からの情報を持っていたようだ。


 南の避難民がいた砦から狼煙で救援を求められたあと、さらに別のところからも狼煙が上がったらしい。

 ただ助けに向かったと思しき最寄りの別の砦からも救援を求める狼煙がほどなく上がったという。

 そうして西に異変と察して、王都まで狼煙を送った者たちがいた。


 走るよりも早いが状況確認が差し挟まれたため、俺と同じくらいに報告が届いている。


「ヴァン・クールよ、そなたは怪異なる巨躯を見たと言ったそうだな。皆に語って聞かせよ」


 陛下が直々に命じてくださるのは、身分の低い俺が余計な口を挟まれないためだろう。

 また出自が低くても結果を重視して取り立ててくれる方なので、その点は尊敬できる。


 ただ最近は、何故後継でそこまで優柔不断なのかと思わなくもないが…………今は置いておこう。


「は、私も報せの兵の言がにわかには信じられず。しかし近くの山にでも上って西を見ればすぐに見えると言われましたのでそのように行動をいたしました」


 報せの兵は本気だった、本気で怯えていた。

 俺は見過ごせないものを感じて、小数を率いて近くで登山を敢行。

 小一時間程度で山頂に至った。


 そこで朝日に照らされた怪異なる巨躯というに相応しい姿を目の当たりにする。


「私は寡聞にしてあれがなんであるかは知りません。ただ、決して人が敵う者ではない」


 山ほどの体を細い複数の足が支える姿はか弱いようにも見えたが、その存在感は異様だった。

 禍々しく広げられた羽らしきものは長大で、あんな巨体に上から来られては軍など意味がないことは一目でわかった。


 それほど圧倒的な姿の上で、俺が見ている間に顔らしき部分から光を放ったのだ。

 ただ見ていることしか叶わない一瞬の放射。

 たったそれだけでわかる、絶望的な破壊力の差。


「目に見えて森が燃え上がり、その勢いは衰えを知らず燃え広がっておりました」


 山の下で待機していた部下も森が延焼していく黒煙は見えていた。

 まだ届いていないらしいが、いずれ西で森が炎上していることは知られるだろう。


「森が攻撃されていた?」


 狼煙のことを言った貴族が不思議そうに呟くと、陛下は発言を許す。


「狼煙で伝えられた情報はいくつかございます。襲撃を受けている、救援を求める、教会が襲われた、レイスが大量の四種類。その中に森を燃やす者の情報などはないので」


 逆に俺は教会の襲撃は知らないし、報せの兵もそんなことは言っていなかった。


 待てよ、報せの兵は南からきたんだ。

 俺が見た怪異なる巨躯は王国内の西とはいえ、北に近いほうにいた。


「別勢力ということか?」

「なんだと?」


 俺の呟きに反応したのは第一王子だ。


 俺は方角が違うことを説明する。


「それは怪異なる巨躯とやらがレイスやその上位種が発する幻覚ではないのか?」


 確かにそうした魔物もおり、本物に近い精度だけはあっても非実在なので害はないとも言われる。

 何よりそうした術を操るレイスは弱い。

 存在が薄いこともあり、場合によっては農夫の大喝で消えたと聞くこともあった。


 だが俺は強力なレイスを知っている。

 ダイチどのと出会った時に現れたレイスは、決して薄さや弱さを感じさせない存在感があった。


 レイスと言って軽視はできない。

 ましてや西には強敵となりえるレイスがおり、上位種の存在も疑うならば危険度は増す。

 だからこそ幻覚などで済ましていいとは思わない。


「距離がありすぎます。ましてや火災は本物でした。わざわざそこまでを幻覚で再現する必要などないでしょう」

「レイスは火の魔法も使うだろう」


 第一王子は過小評価を変えようとしない。

 確かにレイスでもできるが、あの怪異なる巨躯は違うと見たらわかる。

 確かな威があり、ましてや規模がありえないと言っても大袈裟にしかならず伝わらない。


 周囲もレイスという一点で軽視する流れになってしまっている。

 そこに聡明な第一王子の言葉でさらに空気が緩む。

 狼煙を上げて複数の報告など異常事態であるにもかかわらずだ。

 戦場では軽視すべきことではないが、戦場を知らない貴族たちには通じない。


「ヴァン・クール、見たことのない魔物であったのだな?」


 軽視しているなりに状況把握はするつもりらしい第一王子が確認して来た。

 なので脅威が伝わるようにもう一度異様な姿を語る。

 レイスとは全く違うことを強調したが伝わったかどうか。


「ふむ、では未発見のダンジョンから湧いて来た可能性もある」


 予想外の言葉に俺は驚くが、貴族の中には何かを察するらしい者がいた。

 そしてそうした者たちの視線は、一人沈痛な面持ちの第三王子へ向けられる。


 視線に気づいた第三王子は、意を決した様子で前に出た。


「陛下、このような場ではございますが、ご報告が、ございます」

「良い。何か知っていることがあるならばつまびらかにせよ」


 そこから第三王子が語ったのは、新ダンジョンと思し場所の調査の経緯だった。

 屍霊系か悪魔がいると目されたそこには、金級探索者がまとめる調査チームが派遣されているという。


 第三王子の名の下秘密裏に行われており、俺なんかが知れるわけもなかったが、それでも耳ざとい者は知っていたようだ。

 きっと第一王子も知っており、その上で今、未確認の魔物と絡めて話題にしたのだ。


「ダンジョンが溢れた可能性があります。金級探索者からの連絡はなく、失敗したかと。溢れた魔物に西の住民は害に晒されていることでしょう。こうなればもはや隠し立ても害の一端。これは私の失態。どうか、今すぐに西へ軍を率いてことを治めよとお命じください」


 第三王子は自ら西の異常を平定に向かうと決意も露わに言う。

 そのために軍を出す許可を取る姿はそれ程重く見ての即断なのだろう。


 あの巨躯に敵うとは思えないし軍才があるとも聞かない。

 それでも責任を取ろうという姿勢と、敵を軽視しない上で戦う力のない民を思う言葉に俺は心動かされる。


「教会が襲われているのは悪魔がいる可能性もあります。一刻も早く手を打たねば、被害は広がる一方でしょう」


 第三王子はさらに言い募る。

 その顔は緊張と苦悩で普段の明るさはない。

 だからこそ本気とも取れる切迫した表情だった。


 するともう一人前に出る者がいた。

 第一王子だ。


「失態を犯した者を送り込んでもことの二の舞。でしたらここは私が向かいます」


 落ち着いた態度で自推する姿に、第三王子ほどの切迫はない。


 そのせいか、どうも俺には点数稼ぎに見えてしまう。

 今朝の会話もあるだろうが、先ほどの軽視の姿勢もあり不安が湧いてしまった。


 陛下も競う二人の息子を前にすぐには決断できないようだ。

 その間に貴族たちも浮足立つ。


「ルージス殿下が危険を冒す必要はないでしょう。失態を犯した者がなさればよろしい」

「だがアジュール殿下は事の発端だからこそ、確かにここで出なければ後々に響く」


 貴族たちは継承者の争いの臭いを嗅ぎつけて自らの身の振り方を試算し始めた。

 どちらにつくべきか、どちらを推すべきか。


 そんなことは今どうでもいいはずだというのに。

 貴族からすれば死活問題で、今西で脅威にさらされている者より自らの将来の安泰を計るのは、人間として不思議なことではない。

 そうは思うが、飲み込めない。


 俺は気づかれないよう拳を握る。

 今は対処に前向きになってくれたことを良い流れとしてとらえよう。

 その流れの発端である第三王子アジュール殿下の勇気には敬意を持とう。


「南の難民からの報せも気になります。ダンジョンとは離れているので、別の要因も考えられましょう。ここは二手に別れてもいいのでは?」


 アジュール殿下が言うとおり、難民がいると聞くのは西の最南端。

 けれど俺が怪異なる巨躯を見たのは北に近い場所だ。

 ダンジョンの場所とも離れているという。


「下手に規模を大きくしては帝国と共和国が反応する。私だけで十分だ」


 第一王子が却下する理屈はわかる。

 帝国とは戦争中で、共和国は得体が知れない上に難民を出すような不安定な国情だ。

 そこに軍を近づければ更なる問題を引き寄せることになるかもしれない。


 そうは思うが、自身の優位を保持したいために聞こえるのは、俺の偏った見方だろうか。


「それ程いうのならば、まずは救援で向かえ、ルージス。襲撃を受けた場所を特定し、敵を見定めよ」


 陛下が決定を下すと、アジュール殿下は難しい顔で俯く。

 比べて第一王子は顔を上げて応じた。


 不安げなアジュール殿下の周辺に比べて、第一王子周辺は落ち着きを見せる。

 比べれば対処するにあたってどちらが良い結果をもたらすかは想像できた。

 ただ、レイスと軽視していることや怪異なる巨躯を幻覚と思ってしまっていることが、まずいことにならなければいいのだが。


 俺はその後発言の機会は与えられず、会議は終わった。


隔日更新

次回:活躍の場

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