192話:繋ぐ声
敵は教会勢力であり、節制と呼ばれるグループらしい。
(節制ってことは、やっぱり七美徳か?)
そうだとしたら他に似たようなグループが六つ存在することになる。
ゲームのアイテムを所有した団体で、強さはないけれど今回のイブ誘拐は完全にこちらの隙を突いての行動だった。
二度とあってはならないことだ。
再発防止のためにはまず節制というグループを潰す必要がある。
あとは他のグループに関する情報か。
どんなアイテム持ってるかわかれば対策できる、とも言えないのが問題だな。
「まずは無力化を優先せよ。生死は問わない。イブが抵抗すらままならなくされた方法もよくわかっていない。またネクロマンサーで情報を取れなくされても面倒だ」
「毒を入れた容器を割っても駄目ですし、いっそ盗賊ジョブの羊獣人呼びますか?」
アルブムルナが、先に毒を盗賊スキルで回収してから倒すべきではないかと言う。
俺たちは今イブとの合流地点から北に移動していた。
途中立ち寄ったのはイブが本性で砲撃を行った場所だ。
熱がうねり、炎がちぎれ飛んでは新たに生まれて辺りを赤く染め上げる。
木々なのか動物なのかわからない炭化した何かの塊が所々に見受けられ、その黒さがより炎の不穏な赤さを際立たせていた。
「羊獣人なんていらないよ。相手五人なんでしょ? だったらあたしら三人で十分だって」
「ティダ、楽観が過ぎるわよ。向こうがまた私を拘束したようなアイテムを使って来たらどうするつもり。アルブムルナ相手だとたまたま無効だっただけよ」
イブに使われていた血塗れの乙女の骸布の効果は不明だが、アルブムルナが無効化したリリスの邪視はわかりやすかった。
知っていると思って対処するのも、イブという前例がある限り禁物だ。
そう考えると正面から捕まえるっていうのも危険な気がしてきたな。
NPC誘拐とか一度でも嫌なのに。
「全員馬だとイブは言ったし、馬を潰して一度転移でこちらに戻り、もう一度仕掛けるか」
「手の内見る神の慎重さって本当に相手を選ばないんですね。あたしだったら転移で追いついて馬潰した隙に、そのまま全員殴って捕まえます」
確かにティダが上げるやり方のほうが手間はないし、それができる能力があるからこそだ。
俺の無駄な意見を慎重さと思い違ったようだ。
普通に臆病なだけなんだがなぁ。
「毒さえ潰していただければ殺しても私が対処をいたします。できれば肉体の損壊は軽微に済ますか、死んだことさえ自覚できないほど素早く仕留めていただければ、霊を呼んだときにエネミー化しないかと」
ついて来てるスケルトンがネクロマンサーとして注意点を上げる。
どうせ霊から情報を取るならと一緒に連れて来たが、逆に置いて来ても問題なかったことに今気づく。
俺の配下は全員転移できるんだから、一緒でも置いて来ても大したロスはない。
「こちらです、神よ」
位置はイブが把握しており、本性の時に逃げる者たちが向かう移動先も見ている。
どうやら人がいる場所があるそうで、そこに向けて逃亡する一団は北上中だそうだ。
(情報の取り漏らしは怖いしな)
可能なら七美徳がいる確証も欲しい。
あとイブをさらったのが誰の指示かも敵側からの証言が欲しかった。
「泳がせるだけ泳がせて、イテルたち魔女が毒を解明するの待つのも手ですよ」
俺の考えを読んだように、アルブムルナが進言する。
確かに一番のネックは情報を全く取れない自害だ。
あの少年がリーダー格だったのに何も情報が取れないままになってしまった。
「第二魔法」
アルブムルナが魔法で岩塊を離れた場所に発生させる。
俺は浮いてるから焼けただれた地面も平気だが、場所によってはマグマのように何かが煮え立っていた。
魔法で作られた足場をティダが先に跳んで渡る。
スケルトンは体の軽さを生かして風の魔法で俺の近くを飛んでいた。
「スタファのほうで死体を回収させたが、使えると思うか?」
「毒の作用を調べるには一助になりえるかと。腑分けをして内臓の中身で知れることもございましょう」
スケルトンがいうには、どうやら人間たちは狩りの獲物よろしく解体されるらしい。
(これ、プレイヤーには言えないな。後からばれても面倒だ。あ、逆に原型わからなくなるならいいか)
五十年前の老人以外に、隠れてるプレイヤーがいる可能性は否定できないから慎重に行こうとは思う。
もしくは教会、ひいては神聖連邦が囲い込みをしているのではないかと、ここにきて疑い出した俺だ。
(可能性はあるよな。あれだけアイテム出してるなら、それだけの数を確保した奴がいるんだ。この異世界でそんなことができるのはプレイヤーしかいない)
となると逃がして情報漏洩になるのはこちらにとって不利だろう。
ただ今回こっちも誘拐されたという大義名分はある。
「そう言えば、イブの姿はどれくらいに見られたかな?」
思いついて口にする俺にイブ自身が振り返って応じた。
「私の視界には気づく者とそうでない者が捉えられました。雲を見ていて見た者、たまたま家を出たら見た者など。五十五人を数えます」
「少ないようにも聞こえるが、見られたのなら騒ぎになるだろう。こちらに人が来る可能性もある。泳がせるのも手だが早期にこのことは終わりにすべきだ。警戒はウォームドラゴンにさせる」
呼び出すのは透明化と飛行能力を持つエネミー。
時短を決めて、まずは場所を把握してるイブに行く先で待つ人間の下へ転移させた。
俺たちも後から転移して合流する。
すると笑顔で振り返るイブが一人立っていた。
「全て逃げる間もなく止めました」
周囲は一面銀世界になっており、イブは何処か誇らしげだ。
イブにさえ気づかず凍らされ命を止められた者がほとんどらしい。
「さっきの熱さとはえらい違いだ」
「イブだと氷、大きくなると炭と化す火って感じ?」
「あら、本性でももちろん凍える血は使えるわ」
イブの範囲攻撃の幅の広さに呆れるアルブムルナとティダ。
周囲は木々の合間の空間で、そこに十四人の人間がいた。
人数分の馬もいるが全て凍って死んでいる。
「これらも回収させて情報を取るか」
「神よ、お許しいただけるならば、不要となった肉を配下に下していただけますよう」
「肉? どうするんだ、スケルトン?」
「毒を呷った者は危険ですが、こうして血も回らず殺したならば肉として有用ですので」
つまり食うのか? 人間を? そう言えばスケルトンと一緒に住むのはブレインイーターだったな。
下手に証拠残すよりもそっちのほうが隠蔽できるかもしれない。
俺が許可を出すとスケルトンなのに喜んでるのがわかる。
表情ない分スケルトンはオーバーリアクションなのか?
「む? 新手がまた十四人こちらに向かってきているな」
「落ちあう場所としてここなら、異変に気付いたからでしょう。この辺りは山でイブの本性が見えたかは微妙ですけど、あの光線は十分目立ったでしょうから」
アルブムルナ曰く、イブの光線で増援が現われたのではないかと。
ティダは気負わず別の可能性も上げる。
「ここ国境だし、無関係の兵って可能性もあるんじゃない? こいつら火も焚かずに潜んでたみたいだし」
「父たる神よ! すぐに凍らせてきます!」
「待て、イブ。悪戯に痕跡を残すな」
「そうだぞ。こういう時は神が大々的に動かした目くらましのレイス使えばいいんだから」
アルブムルナが妙なことを言う。
目くらまし? まぁ、いいいか。
そう言えばレイスは忘れて放置してたしな。
スキルを使って位置と行動を調べると、近くの教会施設を襲わせたままだった。
しかもティダやアルブムルナのような指示役がいないから今もひたすら教会施設を襲っては人間たちを殺しつくし、次の宗教施設を探して移動するということをしている。
「新たに出すほうが早いか」
俺は足元からレイスを湧かせた。
同時に霧が出るのは仕様のようだ。
ついでだから霧も風で操ってやってくる十四人のほうへ流す。
「うん? おかしいな。こちらに一直線に来ていた者たちがばらけて逃げ出した」
「それって、追ってた奴らですか? この冷気で気づかれたにしては早いですね。ってことは、イブが隠れてた奴取り逃がした?」
ティダがちょっと嬉しそうにいうのは失敗仲間とでも思ってるのか?
しかし面倒だな。
こっちはスケルトン入れて五人。
向こうは五人と知らせたかもしれない者がいるので、一人ずつで追っても逃げる者が現われるだろう。
「…………いや、もっといるな。レイスと接敵した十四人を囲んで手出しをしない八人がいる」
マップ化に現れた新手は、なんだか公国へ行った時の山の民のような動きだ。
一定距離を取ったまま動かず、俺も囲まれたことがある。
ここにも何か住んでたのだろうか?
「もうそっちはばれないようレイスが相手をすればいいよな」
「そうだね、こっちは最初の五人を追うのが第一だと思うよ」
「ふふん、予定どおりということね」
「人間相手に後れはとりませぬ」
「待て待て、スケルトンは弱いから却下だ。何よりお前には他に役目がある。ここはもっと強い者を…………」
「お呼びでしょうか」
呼んでないけどスライムハウンドが六体来た。
「まぁ、いいか。ではスケルトンは他の者を呼びここの撤収を急げ。スライムハウンドは一体手伝いに残ってくれ。各自にレイスを一体憑ける。異変があれば報せろ」
「どうせならダークドワーフ呼びましょうか? これだけ下草高ければ隠れられますし」
「光見たら叫び出す奴ら呼んだらばれるだけだろ。さっと追いついてさっと確保。毒のこと忘れるな」
手下を推すティダに、アルブムルナが釘を刺して歩き出す。
「参りましょう、父たる神よ」
イブに言われて俺たちは手分けして別れた。
俺は少年と一緒にフォーラゾンビを相手にしていた双剣の下へ向かう。
転移した瞬間、馬が派手に転び、泡を吹いて痙攣し始めた。
「クソ! 馬が耐えられなかったか。…………四十の十! 三の二十四! 畑の株へ! 異界のあ!?」
何やら叫ぶので殺して止めたが、マップ化に遠ざかる何者かの反応がある。
どうやら俺たちが把握した以上に敵の増援が散らばっているようだった。
隔日更新
次回:敵は帝国にあり